本殿前の異変
一行は、楼門をくぐった。神服殿、舞殿、橋殿が目の前にある。
長明は一応の説明を行うが、明風は、ただ笑顔で聞いているだけである。
明運は、明風を見ているが何も言わない。
何より明風の光輝く姿が、本殿まで進んでどうなるのか、期待があった。
不安は何も感じない。何より境内に入った時から、明運自身が尊い御力に守られているという感覚に包まれている。
「では、御本殿に」
長明の案内で中門をくぐり本殿に向かう。
まず、七つの御社に十二支を守る神様が祀られた「言社」に参拝をする。
明風は神妙ながら笑顔で参拝する。
「本当にうれしそうに参拝をするなあ」
長明も、明風の笑顔の参拝が気に入ったようだ。
そして一行はついに本殿の前に立った。長明は、再び本殿について明風に説明を行う。
「下鴨神社の本殿は西本殿に賀茂建角身、東本殿に玉依媛を祀っている。
賀茂建角身命は、京都を開かれた神で、京都の守護神、また、『古事記』『日本書紀』は、賀茂建角身を金鵄八咫烏としている。
玉依媛命は、山城国『風土記』によると、鴨川で禊をしている時に、上流より流れ来た丹塗の矢を拾われて床に置いたところ、矢は美しい男神になり、契を結んだ。
婦道の守護神として縁結び、安産、育児等、また、水を司どる神として著しい御神徳を発揚せられている。
また、平安京が造営されるにあたり、まずこの神社に成功のご祈願を行った。
以来、京都のみならず国家国民の安穏をご祈願する神社として崇敬を集められている。」
長明が要点のみの説明を行った後、明風は両本殿にそれぞれ参拝し、中間に立った。
もともと、四月にしては珍しいほどの陽光の日。
しかし、その光眩しさが特に本殿の前で、尋常ではなくなってきている。
「これは・・・」
長明がうめいた。
明運は、必死に目を細めて光輝く明風を見ている。
「何という光の強さだ」長明
「うん、こんな光は見たことがない。」明運
「どんどん強くなるぞ」長明
「明風も光っているが・・・」明運
「両の本殿も」
長明が言う通り、西の本殿も東の本殿も不思議な強い光を放っている。
そして、どんどん光を増している。
「いや、それだけではないぞ」
長明は後ろを振り返る。
慌てて、明運も振り返った。
「これは、何ということだ」
明運もうなる。
後ろの言社からも強い光が発せられている。
「うわっ・・・無理だ」
長明は自分の顔を手で覆った。
「これは・・・」
明運も目を開けていられない。
「明・・・運・・・」
長明の声が途切れ途切れである。
「むぅ・・・」
明運は言葉も出ない。
二人とも身体が震え、しびれを感じた。
その上、震えもしびれも、強くなる一方になった。
二人にとって、震えとしびれが限界と思った時、恐ろしいまでの強い光を感じた。
そして、そのまま二人は気を失ってしまった。
明運と長明の額に冷たく濡れた布が当てられ、明運と長明は、ほぼ同時に目を開けた。
「おっ・・・」
明運は自分の前に立つ明風の姿を見た。
しかし、未だ頭がかなりぼんやりとしている。
長明が見えた。
長明は、目をしばたいている。
「ここは・・・」明運
「御手洗社が見えるだろう」
長明が応えた。
応え方も、ぼんやりとしている。
「それで冷たく濡れた布か・・・」明運
すぐ近くに御手洗池がある。
布はおそらく、この御手洗池で濡らしたのだろうと思った。
「そうじゃないだろう、全員、本殿の前にいたんだ」
「今は御手洗社の前だ、何故だ」
長明が首をかしげる。
「少なくとも中門は出ている。しかし、どうやって出たのか」
明運も、ようやく正気が戻ってきた。
「あの、私がお運びしました」
明風の声が聞こえた。
明風の言葉通りなのか、明風の僧衣は少々はだけ、足元も汚れている。
「お二人とも本殿の前で倒れられ、呼びかけてもお答えがなく、ここに運びしました」
「今日は暑い日ですので、熱にお当たりになられたかと・・・」
明風は微笑んでいる。
「そうか・・・」
明運は明風の顔をじっと見る。
先ほどまでの異常な輝きは感じられない。しかし、先ほどまでと何かが違う。
輝きの中に品がある。
そして明風という一人の人間の奥深くから、輝きが発せられているように感じた。
「鴨の東と西の神様も、お二人のことを心配されて、この池の前へとのことでした」
「少々苦労しましたが、何とかお気づきになられて安心しました」
明風は、再び池に向かい、手ぬぐいを洗っている。
「おいおい・・・」長明
「何だ」明運
「御手洗池の神聖な水を、こんな俺たちに使うとはなあ」
長明は苦笑いしている。
「それもそうだなあ」
明運も、そう応えるしかない。
「しかし、さっきとは別人だ、光の質が違う、清冽で清浄、その上強い力と」長明
「温かみか・・・」明運
「その通りだ、これはおそらく・・・」長明
「おそらく?」明運
「鴨の大神様に気に入られた、そして御力を、お分けになられた」
「こんなことは禰宜でなければわからん、とにかく明風は計り知れない」
長明は低い声になった。
「そうか・・・」
明運は口を固く結んだ。
「やはり、僧侶では惜しい」
長明は今度は、きっぱりと言い切った。




