下鴨神社 鴨長明登場
ついに明運と明風は京の都に入った。
右手に大きな神社が見えてきた。
「下鴨神社という、この京の都の守り神だ」
明運はしばし足を止め、じっと見ている。
「寄ってお参りをせねば・・・ついでにあいつに会ってみるか、しかし、いるかなあ」
明運はつぶやく。京の都に入ったのだから、京の守り神にご挨拶でもしなければと思った程度である。
また、その神社に顔を見たい相手がいるらしい。
「どうだ、明風、お参りをしていこう」
明運が明風を振り返ると、明風も下鴨神社を見ている。
「あれっ・・・」
明運は再び驚いた。
明風の身体がさらに輝いて見える。京の都に入り、その光が増したようだ。
「はい、お参りしたく・・・」
明風は静かに応えた。
「うん」
ただならぬ明風の光に、明運は緊張を覚えた。
深い森に入った。
「糺の森という」
欅、榎木、椋木などの広葉樹が鬱蒼と生い茂っている。
「古くから、心を糺す森と言われている、この京の都の聖地である」
明運は世間一般で言われていることを明風に伝えるが、明風は会釈をするだけである。
相変わらず、輝きは消えない。糺の森に入っても、変わりはない。
すぐ左に神社があった。「ここも古い神社だ、河合神社という」
「古くから下鴨神社本宮に次ぐ大社だ、御祭神の玉依姫命は、女人の守り神として信じられている」
明運は、一応の解説を行った。
「ここに友がいるはずだが・・・」
明運がつぶやいた。
河合神社にお参りをする。
しかし、「友」はいないようだ。
「まあ、どこかにぶらついているのだろう、いなくても、あいつなら仕方がない」
明運と明風は、お参りを済ませ、河合神社を出た。
「この小さな川を瀬見の小川と言う、古くからの歌枕で源氏や枕草子にも出てくる」
明運はここでも「解説」をするが、明風は未だそういう文化の素養はない。
明運と明風が小川を見ていると河合神社の方から人が歩いて来た。
そして声をかけて来た。
「おい、しっかり探してくれ、明運」
五十過ぎの男である。
僧衣を着ているが、僧侶という雰囲気はない。
「おや、この風来坊、いないと思ったのでな」
「またどうでもいいことを書き散らしているのだろう」
明運の顔が笑顔になった。
どうやら旧知、そのうえ気の置けない間柄と明風は感じた。
「風来坊とは何だ、自由気ままと言うべきだ、この世のことなど、流れる川の如し」
「書き物にしても、名文だ、後世においても一、二を争う名文となるぞ」
「それに、こういった気ままな生活だから、人目を気にせず名文が出来るのさ」
「少なくとも、明運の堅苦しい読経や説法よりは、よほど人の心を打つ」
その風来坊は、そう言って笑っている。歯に衣着せぬ言い方である。
そして何より、爽やかな笑顔である。
「こいつは長明という」
「もともと河合神社の禰宜の家柄だが、性格が悪くて跡を継ぎ損ねた」
「そして、簡単に言えば、それを拗ねて出家したのだ」
「まあ、ちっぽけな方丈に住んでなあ、その方丈も組み立て式で、そしてフラフラとどこにでも住める」
明運の言葉も遠慮がなく、明風も笑ってしまう。
「全く叡山育ちにして、言葉に遠慮がない」
長明は苦笑するが、明運の言葉を全く気にしていない。
明運と会話をしながら、時々明風を見る。
「この子か、明運」
長明は明運を見た。
「うん」明運
「そうか・・・やはり何かある」長明
「何かとはよくわからん」明運
「長明もよくわからないが・・・強いものを感じる」
長明の言葉が慎重になってきた。
「そうか、お前も感じるのか」明運
「取りあえず、下鴨神社を案内しよう」
長明は明運と並び立った。
糺の森を明運、長明、明風が再び歩き出した。
「しかし・・・」
長明は神妙な顔で明運の顔を見る。
「しかし・・・とは」明運
「本当によく似ている」
長明は小声である。
明運の顔が引き締まった。




