明運の正体?そして明風の不思議な光
明風は何もできなかった。
ただ、師匠明運の「大立ち回り」を見ていただけである。
それに、何しろ明運の飛び出しは非常に早かった。
常に沈着冷静な明運が、まさかそんな動きをするとは、明風には全く予想外であった。
明運の独鈷の技も驚いたが、それ以上に明運の口から出た「栄西」という名前に驚いた。
栄西と言えば仏法を求め、宋の国へ二度も渡った高僧である。
宋の国においては天台教学を修め、また当時繁栄していた禅宗にも興味を持ち、臨済宗黄龍派の嗣法の印可を受けた。
その上、密教の真言の印信を受ける等、現在の仏教界で最高の尊敬を集めている。
それに加え、行動力も並はずれている。
臨済宗の印可により、帰国後、早速禅の布教を開始し、博多に聖福寺を建立。
聖福寺は、我が国最初の禅道場となり、後鳥羽天皇より「扶桑最初禅窟」の扁額を賜るなど高い評価を得た。
また、朝廷だけではなく鎌倉方とも親しく、北条政子建立の鎌倉寿福寺の住職に招聘されている。
叡山天台宗からの排斥にも柔軟に対応し、ついに源頼家の外護を得、京都に禅・天台・真言の三宗兼学の建仁寺を建立した。
また、鎌倉から依頼され南都東大寺の勧進職を務め、権僧正までのぼりつめている。
確かにこれほど朝廷にも鎌倉方にも親しい栄西に行状を報告されたら、この侍の明日はない。
また、栄西は、明運の寺でも、修行僧の間で時折話題となり尊敬を集めていた。
しかし、未だ幼い明風にとっては、とにかく「雲の上の偉いお坊様」である。
そんな「雲の上の偉いお坊様」に「逢いに行ける」とか、「そんな偉い人が明風の顔を見たい」など、全くもって明風の理解できる程度を超えている。
そして「大原の明運」「出自は八瀬、叡山」と聞いた武士は、ますます肩を落とした。
明運の名は鎌倉方にとっても、重圧を感じさせる、あるいは「うかつ」に手を出せないものなのか。
明運と鎌倉方の関係は、「嫌われている」と明運は言うものの、本当はどうなのか、明風はよくわからない。
明風は、赤子の頃から八瀬のお妙や茜、時折寺に来る嵐盛を知っている。
それ故八瀬に特に恐怖などは感じない、むしろ本当に親しみを感じている。
しかし、明信からは、八瀬のことを聞いたことがある。
八瀬の人々は源頼光に滅ぼされた鬼の酒呑童子の子孫で、獣が常食、時には人を食らう。
特に、八瀬に縁の無いものが、八瀬に足を踏み入れたなら、本当に目立たぬよう用心して、一刻も早く立ち去らなければ、命の保証は無いとのことである。
鎌倉侍の表情から見て、そんな話が鎌倉にも伝わっているのだろうか。
師匠明運が、その八瀬の出自であり、朝廷や鎌倉方にとっても、敵に回したくない強力な力を維持している叡山の出自であれば、六波羅の酔った侍が勝負できる相手ではない。
明風は師匠明運について、そして世間、都について知らないことが多すぎると自覚した。
しかし、明運は、そんな明風の気持ちの動揺などお構いなく都への道を進めている。
「忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや 雪ふみわけて君をみむとは」
突然、明運が歌を詠んだ。
「・・・」
明風は、またしても、よくわからない。
「ふん、知らぬのか」
明運は、からかうようである。
明風自身、今のは和歌と思うが、そもそも明運に和歌など習ったことがない。
習うのは、仏法一筋である。
「なんと、無粋な」
ますます、明運は明運をからかう。
無粋と言われても、明風は全く対応ができない、そもそも知識がない。
「これは業平様の歌で、今の現実を忘れてしまい、夢かとも思います。まさか雪をふみわけて、貴方様のお姿を見ようとは・・・という意味だ」
「業平様が、雪の降りしきる大原に惟高親王様を訪れた時に詠まれた歌でな」
「惟高親王様は文徳天皇様の第一皇子で本来は皇位を継ぐべきお方であったけれど、惟仁親王様、後の清和天皇様にその座を奪われてしまった、そして大原に隠棲したのだ」
「業平様ご自身も皇統をひく高貴な血筋、深い哀しみを共感したのだろう」
明運は、そう解説した。
明風は、何故、師匠明運が、突然業平様と惟高親王の歌を詠んだ理由がわからない。
明運には少し頭を下げたが、わからない和歌の話よりは、都に行くほうに興味がある。
明風は何も応えず明運と都への道を進んだ。
それでも明運はいろいろと話かけてくる。
「この道は大原道と言い、大原から八瀬、そして京の出町柳に通じている」
「大原から先は、若狭という国の小浜に通じている」
「それ故、若狭街道とも、鯖街道とも言われている」
「京には海が無いため、若狭から様々な魚介類が京に運ばれた」
「その中で鯖が特に多かったので、鯖街道と呼ばれるようになった」
明運の道についての解説であり、それは、和歌や歴史より、わかりやすい。
明風も、そういう具体的な話は好きである。
「明運様の教えは、ありがたい」
世間のことを、ほとんど知らない明風には、確かにありがたい。
そんな明運の話を様々聞きながら歩いていく。
しばらく歩くと、都が見えてきた。
明風の目が輝き、歩みも速くなる。
「あれ・・・」明運は明風の変化に気がついた。
「何か身体全体から光が出ている、明風の目に都が映った時からだ」
「それにしても、清冽な光だ、清浄でもあるな」
明運は明風から発せられだした光のようなものに驚いている。
「やはりあの御紋、御血筋か・・・」
「都で輝く光なのか・・・」
「明風は業平様や惟高親王様とは、逆の形になるのかも知れない」
明運は、不思議な予感にとらわれていた。




