大原から京への道、そして明運の立ち回り
明運は一度方針を決めると、行動は早い。
明風が準備を終えて庵を出た時には、明運が庵の前で待ち構えていた。
「師に遅れる弟子があるか!」
いきなり叱られてしまった。
「申し訳ありません」
風は素直に頭を下げた。
「良い、叱られるのも修行だ」
明運は既に歩き出している。
門の外に出た僧侶は、明運と明風だけ、少し離れて目立たぬように八瀬の男たちが警備につく。
そして、四月にしては珍しいほどの陽光の日になった。
「道中、何があるかわからん、用心はしておけ」
歩きながら、明運が明風に注意を促す。
「はい・・・」
返事はしたものの、明風は用心をする理由がわからない。
それでも、明風は師匠明運に言われるまま、目を凝らしながら歩いていく。
「何、この明運は嫌われ者でなあ」
明運は、突然カラカラと笑った。
「嫌われ者?」
師匠明運が嫌われ者とは、未だかつて聞いたことがない。
ますますもって理由がわからない。
「わからぬか、まあ仕方がない、特に弱い者相手に刀や槍を振り回すような・・・」
「そうだな、鎌倉とか六波羅とか、検非違使とか言う連中に嫌われている」
物騒なことをいいながらも、明運はにこやかである。どんどん都に向かって歩いていく。
明風は、不安を覚えながら明運の後を歩く。いや、歩くより他はないのである。
都に近づくにつれて、人の往来が多くなってきた。
商人や農民は荷車に荷を満載して都に向かっている。
商人の荷車には大量の布地や乾物、米。農民の荷車にも、様々な野菜が積まれている。
明風は、今までこれほどの荷を見たことがなく、素直に感心している。
「都には物が集まり、また人が集まる、これが当たり前のことだ」
「やっと争乱が終わり、落ち着きだした・・・落ち着きだした程度ではあるがな・・・」
「しかし、多少でも落ち着かなければ、物は持ち込めず、人は入れない」
「治安が保たれてこそ、商売も人も自由に動くことができる」
明運の言葉の裏には、これから都を目指す明運と明風のことも含まれている。
「さて、まだまだ・・・厄介だ」
明運が突然つぶやいた。
「え?」
明風は、明運の顔を見た。
明風には「まだまだ」と「厄介」の意味がわからない。
「たわけもの、前を見ろ」
明風は、また叱られてしまった。
「きゃあ!」
突然、前から若い娘の悲鳴が聞こえて来た。
「全く、下賤な馬鹿者が!」
明運はいきなり前に向かって走り出している。
若い娘が道の真ん中で座り込み、ワナワナと震えている。
「おい!この俺の誘いを断るとはいい度胸だ!」
「ここで首と胴が切り離されたくなかったら、素直に俺の馬に乗れ!」
中年のでっぷりと太った侍が娘の前にいる。既にかなり酔っぱらっているようだ。
顔が赤黒く、衣服が乱れ下品である。呂律も回っていない。
「おい!聞こえないのか!」
震えて声が出ない娘に向かい、その侍は一層いきり立つ。
周りの通行人は、恐ろしくて全く動くことが出来ない。
動いたら、どんなとばっちりが来るか予想ができないからである。
「この!グズグズしやがって、この娘!許せねえ!」
ついに侍が刀を抜くと、四月の陽光に照らされて刀身がギラギラと光った。
「きゃあ!」「うわぁ!」
まりの恐ろしさに通行人から悲鳴があがった。
必死に手を合わせて拝むものもいる。
「この俺を怒らせた罰だ!邪魔するやつは、この娘と同じに始末してやる!」
侍は周囲の通行人を威嚇しながら娘に近づいていく。
周りの通行人は、どうすることもできない。
「この馬鹿者!」
ついに侍は娘に向かって刀を振り上げた。
再び刀身がギラリと光った。誰もが娘の無残な死を予感し、目を閉じた。
「ぎゃあっ!」
次の瞬間、大声が聞こえた。
娘の声ではない。酔った侍の声である。
全員が異変に気づき、目を開けた。
「何をしやがる!」
意外なことに、今度は侍がへたり込んでいる。
侍の刀は数間先に落とされ、侍の首元には独鈷が突き付けられている。
そして、独鈷を突き付け、侍を見据えているのは、明運であった。
「やい!六波羅の俺様に対して何ということをする!」
「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
侍はへたり込みながら、悪口を続けた。
「この、たわけもの!」
いきなり明運が大音声を発した。
侍はもとより、周囲の者全員が震えあがるような大声である。
今度は、侍が度肝を抜かれてワナワナと震えている。
「刀を何のために使うのだ、女子を切るためか」
「鎌倉から遣わされた六波羅の侍は、女子に刀を使うのか」
「しかも、朝から衣服は乱れ酒臭い、鎌倉武家とは、そんな下賤の者なのか」
明運は今度は、静かに話をする。静かは静かなりに、迫力がある。
侍は、明運に目を見据えられ、震えているだけになった。
「これから栄西殿に逢いに行くがお主の行状を逐一伝えておく」明運
「え?」
侍は目を見開いた。
栄西の名前に驚いたようだ。
「もしや、貴方は・・・」
侍の声が弱々しくなった。
「拙僧は大原の明運、出自は八瀬、そして叡山」
明運は再び侍を見据えた。
「申し訳ない!」
侍は人が変わったかのように謝り、土下座をはじめている。
「さあ!これで済んだ。皆さん、進みなされ!」
明運は通行人全員に声をかけた。
全員がほっとした顔で歩き出す。
「そしてお前は」
明運が侍を振り返る。
「反省してもらう」明運
侍はがっくりと肩を落とした。八瀬の男たちが一瞬で縄に縛りつけている。




