楓の寂しさ
建礼門院の表情が明るい。
明風の顔を毎日見ることができるし、明風の怪我の回復も順調.
そして明風と楓が契を結んだ。
楓がこっそりと建礼門院に伝えたのである。
このまま明風がこの寺にいれば、きっと明風と楓の子を見ることができる。
そんな期待が建礼門院の心を明るくさせている。
「明風の顔を毎日見ることができて本当に楽しくて」
建礼門院は明風の顔を見るたび、同じことを言う。
「明風と楓の子を抱きたい」
ついには明風に本音まで言ってしまうようになった。
明風は恥ずかしそうな顔をするが、その言葉のたびに頷いている。
楓にも声をかける。
本当に嬉しそうな顔で
「楓、私は嬉しくて仕方がない、明風にも楓にも、栄養のあるものを食べさせたい」
「二人とも身体に力をつけて欲しい、そして、元気な孫を早く見せて欲しい」
楓は赤面するけれど、楓自身同じことを考えている。
「建礼門院様に言われなくても」明風は絶対に自分から離さない。
楓自身がずっと明風と暮らし、明風の子供が本当に欲しかった。
しかし、明風が時折考え込む顔が気になっている。
楓には、明風が今後、どのように生きたいのか、全くわからない。
明風は修行に出たいのかもしれない。
そして、明風にとって楓は本当に必要なのか、不安で仕方がない。
「明風・・・」
楓は身体の傷もほぼ癒えて、ぼんやりと庭を見ている明風に声をかけた。
「うん」
明風は、変わらず優しい顔をしている。
楓は、そんな表情もたまらなく好きだ。
「いいお天気だね」
楓は月並みなことしか言えない。
「うん・・・」
明風はふっと笑顔になる。
楓は心配なことを言ってみる。
「修行に出たい?」
言って後悔した。
明風の応えが、「修行に出る」の場合、どうしたらいいのか、自分自身も建礼門院様も、どれほど寂しいことになるのか、明風の応えが怖くて仕方がない。
「修行に出ると言うよりは・・・」
明風は、慎重に言葉を選んだ。
「うん」楓
「一度、明運様のお寺に戻らなくてはいけない」
「明運様や明信様にお詫びをしたい、お妙さんや茜さんにも・・・」
「嵐盛様や八瀬の人達にもお詫びしなければ」
明風はゆっくりと話す。
「うん」楓
「それを第一にしないといけない」
明風は楓の顔を見た。
「うん・・・」
やはり明風は、この寺から離れていくらしい。
しかし、明風の言うことはもっともである。人として当たり前のことを言っている。
「楓・・・」
今度は明風から声をかけた。
「うん」
楓は、真顔の明風に少しドキッとする。
「大丈夫、楓のことは離さない、ずっと一緒」
「でも、今はまず、明運様のお寺に戻る」
明風は言い切った。
「わかった」
楓は寂しくなり涙ぐんだ。
仕方ないことだけど、寂しかった。
数日して明風は寂光院を出た。建礼門院や楓に頭を下げ、お礼を述べた。
建礼門院も楓も涙で声が出なかった。
「またすぐに戻ってきます」
明風のその一言だけが、二人の心を支えていた。




