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明風 第一部  作者: 舞夢
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楓の看護と建礼門院の願い

明風は天井を見ていた。

「うっ・・・痛」

首を横に動かすことができない。

「だめだ」

手や足を動かそうとするが、そのたびごとに激痛が走る。


「でも、ここはどこだろう、どうしてここにいるんだろう」

どう見ても見慣れた明運の寺ではない。

あの時、お清とあんなことになった。自分でもどうしていいのかわからなかった。

とにかく滝に行こうと思って、滝に入った。入る時に滑って転んだ。

腰と頭をひどく岩にぶつけた。それも仏罰だと思った。

滝に打たれていたら大きな雷が鳴り、目の前の大きな木が倒れてきた。

とても避けられそうになかった。これが仏罰だと思った。

死んでも仕方ないと思った。


木が自分に向かって倒れてくる時に、明運様や、お妙、茜、建礼門院様の顔が浮かんだ。

申し訳なかった。ここで死ぬなんて・・・ただ、もう一つ寂しいことがあった。

出来れば、本当の父と母を知りたかった。でも、ここで死ぬと思った。

明風の頭の中に、そこまでの記憶が戻ってきた。

明風はまた眠くなり、そのまま眠ってしまった。


額に冷たく少し濡れた布があてられた。

少し傷口に沁みるが、心地がいい。

「誰だろう、きっと手当をしてくれている」

「こんな私に・・・」

明風はゆっくりと目を開けた。


「あっ・・・」

明風は驚いた。

「楓さん」

楓の顔が目の前にある。


「やっと目が覚めた」

楓は明風を見つめてくる。


「じゃあ、ここは?」明風


「建礼門院様のお寺」

「あなた、滝の中で倒れていて、嵐盛様が探し出してここに運んでくれたの」楓


「そうだったんだ」明風

「全く・・・三日もこんな状態」楓


「ごめんなさい」


明風は謝り、起き上がろうとするが痛みが激しくとても無理。

「もう、無理に決まっているじゃない!」


楓は怒った。涙顔である。

「みんな、どれほど心配したかわかっているの?」

「建礼門院様だって、貴方がこんなことになってから何も召し上がらないし」

「明運様も明信様も責任を感じて、断食はじめるし、茜さんも、お妙母さんも、同じようなもの、鈴音さんも、毎日水垢離しているの」

「あなたの意識が戻らなかったらって、心配で心配で・・・」楓の頬に涙が伝っている。

「私だって・・・」

楓は顔を覆って泣き出してしまう。


「あなたがお妙母さんと逢わせてくれたのよ、どれほどうれしかったことか」

「いつもあなたを待っていたのは建礼門院様だけではないよ」

「あなたと私、お妙母さんと三人でお話ししている時は、本当に幸せだもの」

「だから建礼門院様にお願いして、あなたの介抱をさせてもらっているの」

楓の言うことは、あちこちに飛ぶ。しかし明風は応えることが出来ない。

何しろ少し目を開けているとすぐに頭がクラクラとする。明風は再び寝入ってしまった。


建礼門院と楓が眠っている明風を見つめている。


「とりあえず、目を開けることができたのね」建礼門院

「はい」楓

「これからも介抱は任せましたよ」建礼門院

「はい、必ず」楓

「私も先が短い、でも、少しでも明風と過ごしたい」建礼門院

「そんな、先が短いなど・・・」楓


「いやいや、自分の身体は自分が一番よくわかる、それほど長くはない」

「ただ・・・」建礼門院

「ただ?」楓

「明風の親として、どうしてもかなえたいことがあるの」建礼門院

「どうしてもかなえたいことって?」楓

「明風の子を見ること・・・親にとって孫を見ることがどれ程幸せなことか・・・」

建礼門院は楓の顔を真剣に見つめる。


「はい」

楓は、真剣に見つめてくる建礼門院の意図が少し不安である。


「楓・・・」建礼門院

「はい」

楓はかしこまった。


「明風と夫婦になり、明風の子を産んで欲しい」

建礼門院はそう言って楓に頭を下げた。


「・・・」楓は寝ている明風の顔を見た。

「わかりました」

楓は迷わなかった。

明風は、初めて会ったときから好きだった。明風とならどこに行ってもと何度も思った。

明風なら母お妙も反対はしない。ただ、不安なのは明風の気持ちがわからないこと。

いつも笑顔で話してくれるが、どこか寂しい顔をする時がある。

はたして自分で大丈夫だろうか・・・


「とにかく、しっかり看病しなさい、そして・・・元気になったら・・・」

建礼門院は楓の手をぎゅっと握りしめた。

楓は建礼門院の意図を身体で理解した。

少し不安を感じたが、やり遂げなければならないと思った。


「明運なら気にすることはない、僧侶の戒律など、気にしなくていい」

「それに、明風は、そもそも僧侶におさまる器ではない」

建礼門院は楓の手を握りしめながら不思議なことを言った。

そして、その不思議な言葉の意味がわかるのは、かなり先のこととなった。


明風は日増しに回復した。

楓も懸命に介抱を行った。

「少しずつ傷の所も治ってきたね、叡山の薬も効いたのかな」

いろんなことを言いながら、日に一度は明風の身体を拭く。

身体を直に見て拭くことによって、明風の回復の程度がわかるのである。

しかし、まだ上半身だけである。下半身は傷がひどく、まだ薬を塗り込む程度。

薬が沁みるらしく、明風はそのたびに歯を食いしばる。

時々、痛すぎて泣き出しそうになることもある。


「でも、治すためだから、我慢しなさい」楓はかなり厳しい。

痛みのためなのか上半身にまた汗が噴き出るので、拭き始める。

「お肌はなかなか、きれいだね、筋肉はあまりないかな」

楓の顔が上気し、拭く力も強くなる。

「あの、痛い・・・それと・・・」

明風は痛みと上半身を見られている恥ずかしさで赤面する。


「痛いのはがまんしなさい」

「で、それとって何?」

楓は不思議そうに聞く。


「あの・・・」

明風は口ごもる。


「はっきり言いなさい」楓は少し強めに拭く。

「あの・・・恥ずかしくて・・・」

やっとのことで、しどろもどろで明風が応える。


「ああ、こうして、拭いていること?」楓


「はい」

明風は素直に答える。

「くすっ・・・」

楓は笑っている。


「え?」

明風は楓の笑いの意味がわからない。


「何を今更・・・」楓


「今更って?」

明風は楓の言葉の意味もわからない。


「今更って・・・あなた覚えていないだろうけど・・・意識なかったし・・・」

楓の顔が上気している。

「担ぎ込まれた時に、全部脱がせて着替えさせたのは私」

「何しろびしょ濡れで血だらけだったし」楓


「・・・・・・・」

明風はどう応えていいのかわからない。


「だから、あなたの身体全部・・・」

楓はそれ以上を言えなかった。

楓自身が赤面してドキドキしてしまったのである。

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