明風の動揺と滝
明風も走り出したけれど、雨は激しさを増し足元がぬかるみ、かなり走りづらい。
「あれ・・・」
誰かが少し先に倒れている。
「転んだのかな」
しかし転んだにしては、すぐに起き上がれないようだ。
「大丈夫ですか?」
明風は倒れている人に近寄り声をかける。
若い娘のようだ。
「うーん・・・痛い・・・」
若い娘は左脚を抑えている。
転んでどこかを打ったようだ。確かに、道に石もゴロゴロしていて転びやすい。
「私に摑まって」
若い娘を抱きおこした。
歳で言えば、十五歳から十六歳ぐらいか、明風より一、二歳上に見える。
若い娘は歩けそうにないので、背負うことになった。
雨は、ますます激しくなり、明風自身も寒気を感じている。とても里までは歩けない。
「とにかく、どこかで雨宿りをしなければ」
激しい雨の中、必死に雨宿りの場所を探す。
それでも、少し歩くと古いお堂が見えてきた。
お堂に入り、若い娘をおろした。
「ありがとうございます、私、お清と言います」
若い娘がお礼を言った。
「いえいえ、ここにお堂があったのも御仏の御慈悲です」
明風はお堂の奥にある薬師如来に手を合わせた。
囲炉裏があったので火打石で火をつけると、お堂の中に少し暖かさが戻った。
明風の背負い箱の中に、乾いた手ぬぐいが数枚ある。
「これでお身体をお拭きください」
明風は手ぬぐいを全てお清に渡し、後ろ向きになる。
「ありがとうございます」
すぐに、お清が濡れた着物を脱ぐ音が聞こえた。
お清は全くびしょ濡れであった。
おそらく乾くのにも時間がかかるだろう。
明風は、しばらくはこうして後ろ向きにならなければならないと思った。
しかし、明風自身もかなり濡れ、寒気が増している。
囲炉裏の火が多少暖かさを感じさせてくれるが、とても寒気がおさまるどころではない。
「あの・・・お坊様・・・」
少しして、お清が声をかけてきた。
「手ぬぐいお返しします、それから・・・お身体お拭きします、こっちに向いてください」
お清はいきなり明風の腕をつかんだ。
「え?」
明風はどうしたらいいのかわからない。
しかし、次の事態は明風の予想をはるかに超えていた。
「ほら、お坊さんだってびしょ濡れじゃない!」
そう言ってお清は明風の前に立った。
「わっ!」
明風は顔を手で覆った。
「どうしたの?」
お清は全裸で明風の前に立ち、笑っている。
「・・・ずっとこの時を狙っていたの」
お清は全裸のまま明風の明風の濡れた僧衣をほどきはじめる。
「わーーーーっ」
明風は何をどうしたらいいのかわからなくなった。
必死にお清の腕を振りほどき、そのまま、お堂を飛び出した。
お堂の外は豪雨。
しかし、明風には関係がなかった。
ただただ、山の奥に向かって走った。
雷が鳴ろうと木々が激しく揺れても走るだけ。
「これは仏罰が当たる」
「御仏の前で、あんな淫らな・・・」
「こんな悪僧なら滅びてしまうしかない」
何度も同じことを繰り返す。
山の奥に滝が見えた。明風は滝に向かって走った。
豪雨で滝の水量が恐ろしく増しているけれど、その滝に打たれようと思った。
それで命が亡くなれば御仏のご意思だと思った。
滝の入口で滑って腰と頭を打ったが、これも仏罰だと思った。
よろけながら滝の下に入り、滝に打たれた。
気を失うほど滝の水量は激しく、必死に阿弥陀を唱えながら滝に打たれた。
突然稲妻が光り、雷が鳴り、滝の脇の木が大きく揺れた。
明風は、その木が自分に向かって倒れてくることがわかった。
逃げられないと思った。そして、これこそ仏罰と思った。
木の倒れる大きな音とともに、明風は気を失った。




