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明風 第一部  作者: 舞夢
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明風の奇跡、お妙と楓

「そうか、今日から明風は、わが子か・・・」

建礼門院は明風を強く抱きしめながら、何度も同じことを繰り返す。

「うれしい・・・」

失ったわが子は、生き返ることはない。

悔やんでも悔やみきれない。哀しんでも哀しみきれない。

でも、この明風はこんなに可愛い。

この子を抱いているだけで、何か新しい力が心と身体の奥から湧いてくる。

この子を育てたい、いや、この子は育てなければならない。

この子の育つ姿を見たい,でも・・・

建礼門院は、そう思いながら自分と明風を不安そうに見つめるお妙が気になっている。

確か、明風はお妙の乳で育ったと聞いている。

お妙も自分と同じように、争乱に巻き込まれて、幼い娘が行方知れずとのこと。

お妙も不憫である。お妙から明風を取り上げてしまうのも・・・しかし明風は愛おしくてたまらない。ただ、ここ寂光院は尼寺。本来は男子禁制なのである。

段々と冷静さを取り戻した建礼門院に、また別の悩みも生じている。


「建礼門院様」

明風の声も落ち着いてきた。

「ん?なあに?」

建礼門院は明風を抱く力を少し弱めた。

「おりていい?」明風

「え?寂しいけど」

建礼門院はくすっと笑い、明風をおろした。

確かに寂しいけれど、お妙のところに戻るのも仕方がないと思った。

しかし、どんな形であれ、明風を近くに置いて育てたいという気持ちは変わらない。

明風の次の動きを見守ることにした。


「ねえ?」

しかし、明風は、お妙のところにはすぐに戻らなった。

建礼門院の隣に座る幼い女の子の前に座り、声をかけたのである。


「え?」

幼い女の子が驚いたような声を出した。

まさか、明風が自分の前に座るとは思ってなかった。

そして自分の前に座った明風は、自分の瞳をじっと見つめている。


「お名前はなんて言うの?」

明風が聞く。

「楓」

幼い女の子が答えた。


「うん・・・」

相変わらず明風は楓の瞳をじっと見ている。

「どうかしたの?」楓

楓に限らず建礼門院や本堂に座る全てのものが、明風の行動が読めない。


「お妙さん」

突然、明風がお妙に声をかけた。

明風はいつもの愛らしい顔に戻っている。


「え?」

お妙はいきなり声をかけられて驚いた。

「こっちに来て!」

明風が手招きをする。

「え?いいの?」

お妙は明運や建礼門院の様子をうかがう。

「お越しなさい」

建礼門院は頷いた。

建礼門院の記憶に、少しひらめくものがあった。


「お妙さん、楓をしっかりと見て」明風


お妙は、明風の言葉に従って楓の前に座り、その瞳をじっと見つめる。

楓もお妙をじっと見つめる。

楓の瞳から涙がこぼれ出した。


「あっ!」

突然、お妙が大声をあげた。楓の着物の胸を少しはだけた。

左胸の上に小さな黒子が見える。


「あーーーーーっ」

お妙はいきなり楓を抱きしめた。

「生きていたの!あーーーっ」

お妙は泣きじゃくる。

楓もお妙の胸に顔をうずめ、わんわんと泣いている。

明風はお妙と楓の姿をじっと見ていた。


「楓は・・・」

建礼門院が語り出した。


「まだ秋でしたか・・・京の都で騒ぎがあった日に、この寂光院に届けられたのです」

「白拍子の一行に囲まれ、いや、囲まれていたというよりは護られ・・・」

「白拍子の長とは顔なじみ、仔細を尋ねましたが、ただ頭を下げるだけで申しません」

「ただ、やむごとないお方からの、火急の願いとの書状を渡されました」

「その書状には、不幸にも命を落とした楓の父が、実はこの建礼門院の弟とのこと」

「ただ、残念ながら、楓の母は行方知れずのままでした」  

「しかし、まさか明風に乳を与えたお妙が、楓の母とは・・・」


建礼門院は、楓の頭をなでた。

「そして、私の隣に座るこの尼は鈴音と言う名で、鈴音は、その後また別の争乱の日」

「雪が降り、風が強い寒い夜でしたが・・・本当に京の街は争乱が多いとか・・・」

建礼門院の顔が曇った。何らかの含みがあるような表情である。

鈴音は、明風をじっと見つめたままである。


「いや、これぞ仏恩でありましょう」明運

「本当にその通りですね」

建礼門院は目を閉じ合掌する。

「本当に今日は幸せです、新しい明風という可愛らしい子供もできました」

「楓の母も見つかり、本当に安心しました」

建礼門院の瞳に力が満ちてきた。


「明風は、これから・・・」建礼門院

「いや、明風はやっと読み書きを覚え始めたばかり」

「わが寺でしっかりと修行を積ませます」明運

「固いですね・・・」

建礼門院は少し寂しそうな顔になる。

修行などよりは、どんな形であれ、身近に置いて育てたいのが本音である。


「修行の合間には、建礼門院様のもとに参らせます」

明運が微笑んだ。

「本当にうれしい、ありがたい、これで生きる張り合いが生まれました」

建礼門院は、明風に優しく微笑んだ。

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