菖蒲咲子
「おおきくなったら、アイドルになるんだ!」
それは、物心がつく前からあたしが口癖のように発していた言葉だった。
どうして、アイドルになりたいのか、なりたかったのか見当もつかない。女優、俳優などといった知識がなかったのかもしれない。
幼稚園では、お遊戯会や発表会があると自ら率先して表舞台に立っていたのが原因だろうか。
一度しか出番のない村人、序盤で切りつけられて以降現れることのない兵士、必要性を感じない木……
どれも、あたしには合わなかった。やりたくなかった。
一番目立つ場所でスポットライトを当たって、あの役をやっていた女の子。と呼ばれたかったのだ。
あたしの存在を知らしめる。なんて、意味のわからないことをいつも考えていた。
深い理由はない。ただの目立ちたがりで注目されることに快感を覚えるだけの哀れな幼女だったのだ。
気づけば表舞台に立ちたいと考えていたし、それ以外の選択肢を考えられるほど、あたしは現実を直視できていなかった。
だから、あたしは否定を受け止めることができず親に反抗した。あの頃は、身も心も子供だったのだ。
「さきちゃん。あなた、そういえばどこの高校へ行くの?」
中学三年生の時に、洗濯物を畳んでいる母親にいきなり問われた。単なる世間話のつもりだったと思う。
「えー? 高校なんて行かないよ」
あたしは、お菓子を口に頬張り携帯をいじりながら気だるげに答えた。
「……どうして? ママ、初めて聞いたんだけど」
母親は驚きと怒りを混合したような今までに聞いたことのない声であたしに話しかけるが、の時のあたしは十四歳。空気を読めるほど大人ではなかった。
「だってー、学校行きながらアイドルやるの大変そうだし。あたし、勉強したくないし」
チョコが塗られた細長い棒のようなお菓子を齧りながら返答する。
「……さきちゃんは、本当にアイドルになりたいの? 冗談じゃなくて?」
さすがのあたしもここで気づいた。母親を怒らせてしまうような発言をしてしまったんだと。でも、売り言葉に買い言葉。売られた喧嘩は買う。
単細胞なあたしには、火に油を注ぐ発言しかできなかった。
「だって、前から言ってたじゃん! アイドルになるって!」
思春期の堪忍袋の緒が切れるタイミングはわからない。急に込み上げてくるのだ。
まるで、何かに支配されたかのように……
滲み出る気を抑えられない。
「本気で言ってるの? 本気でアイドルになりたいの?」
「……だから言ってるじゃん! アイドルになるから高校行かないの!」
今思えば、浅はかで無計画で、根拠のない自信に蝕まれているだけの井の中の蛙だった。
あたしなら、なれると思ってたし、気づいたらなっている……そんなもんだと思っていた。
「……そう。その考えは変わらない? 何年か後に後悔しない?」
「しない! 絶対にしない! あたしならなれるもん!」
過去の自分に社会を舐めるなと喝を入れたい。お前のせいで、あたしの人生はハチャメチャだったんだぞって。
「じゃあさ、さきちゃん。本気なのはわかったから、一つ答えて」
「なに?」
特に考えもしないで、よくも母親に口答えしたものである。
若いって恐ろしい。若者の原動力って夢とか希望とか、根拠のない自信なのだろうか。
「高校に行かないでアイドルもやらない。高校に行ってアイドルもやる……。どっちか選んで」
「は? なによ、それ! あたしは高校に行かないで――」
「決めて」
母親は本気だった。洗濯物を畳むことさえ忘れて、夢を見ている娘に希望を与えてきた。
何もしないか、全部やるか。極端ではあるが、娘の夢を否定しないことを示唆しているようにも思えた。
「……アイドルはしたい」
「じゃあ、高校には行くのね」
「でも、高校は行きたくない」
「それはおかしい話じゃないの」
「どうしてよ」
あたしは、興味のあることしかしたくなかった。アイドルならアイドル。お遊戯会ならお遊戯会。勉強なら勉強。同時に色々なことをしたくなかった。
面倒くさいのもあったけど、不器用で容量が悪いのは自分が一番わかっていたから。
アイドルになるなら、高校は邪魔になる不確定要素だったから。
「やりたいことをやるなら、やりたくないこともしないといけないの」
母親は、宥めるように微笑むようにあたしに言った。
「どうして? やりたいことやるだけの方がいいじゃん」
「……あのね、さきちゃん。洋服が欲しかったら、何が必要だと思う?」
「急に何? ……お金?」
母親は説明するときに例える癖があった。今回も例えてわかりやすく説明しようとしたいのだろう。
「そう、お金が必要でしょ? でもそれって働かないとお金がもらえないから、洋服が欲しかったら働かないといけないよね?」
「うん……そうね」
「やりたいことがあったら、やらなきゃいけないこともやらないといけないの」
無理やり、話をまとめようとする。この人は、早く話を切り上げないと自分でも何が言いたいのかわからなくなるのだ。
「どうしてよ」
「大人になったらわかるわよ」
母親の言葉の意味があたしにはわからなかった。
だけど、結局高校に通うことにはなってしまう。でも、必要以上に出席しなかったし、勉強もしなかった。
大学に進学は絶対にしたくなかったから不必要だと判断したのもあるし、やる気もおきなかった。
親に無理言ってレッスン代は出してもらい、努力をしつつも親に迷惑をかけ尖っていたあたしは、親と決別したくて仕方がなかったのだ。
自立して親と関係を絶つ。そのためには、稼がなければならない。
何があたしをそうさせたのかはわからないが、意地を張りすぎていた。憶測だけど、親からのアドバイスを命令だと受け止め、刃向かいたかったんだと思う。
尖っていた理由なんて、その時のあたしにしかわからない。
尖りすぎていたあたしは、過去を後悔することになる。
夢にまで見ていたアイドルには成れず、気づけばモルモットになっていたのだから……
更新が遅くなっていくと思います。
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