菖蒲咲子という女
なんとか、朝と昼に一話ずつ投稿できました。夜も投稿できるといいのですけど……
この間、ゼミで起きた一件からしばらく日が明けたが特にこれといって周囲に変化はなかった。
とどめを刺した張本人である咲子の様子は、今まで通り変わらない。
学内ですれ違えば、「灯夜ちゃん、おはよー! 元気?」「今日は三限か~。お疲れ~」などと鬱陶しいほど会話を投げかけてくる。まるで人懐っこい小動物のように。
会話内容も依然として変わらない。ゼミ室での一件を気にしていないのか、それともなかったことにしたいのか……
女子は怖い。
だからこそ、この誘いの意図が分からず困惑してしまう。
本当に気にしていない、もしくはなかったことにしたいのなら軽い適度な謝罪を入れるくらいはしてきそうなのに。
わざわざコンタクトを試みる咲子に困惑どころか、恐怖を感じてしまう。
「灯夜ちゃん! 灯夜ちゃん! 今日ってひま?」
学部が同じこともあり、何かと授業が被ることも多ければ、すれ違うことも多い。
いつもすれ違えば、「おっ、灯夜ちゃんじゃん!」程度で終わる会話をしてくるため、今回も他愛もない一方的なキャッチボールを投げかけてくると思っていた。
だが、今回は予定の有無を聞かれてしまった。
……怪しい。絶対何か裏がある。
咲子がゼミ室で裏の顔らしき悪態を見せてからは、この女が怖くてしょうがないのだ。できる限り、関わりたくない。
「今日って……。五限まであるんだけど」
五限終了時間は六時を回る。六時からの暇は暇とは言えないだろう。授業を理由に咲子から逃げてしまいたい。
「うん! 知ってるよ、あたしもだし。だからバイトないでしょ?」
……は?
この女の得体の知れない発言に、彼女自身を見失いそうになる。この女は、何者なんだ。
「バイトないでしょ?」一見、普通の会話。ごく普通の大学生がするようなオーソドックス会話と捉えるのが一般的だろう。
だが、おかしい。咲子に、バイトをしているなど言ったことはない。それにどうして、人の予定を把握しているんだ……
赤の他人の予定を網羅している、女子大生を目の前に背筋に寒気が走る。
「どうし、て……俺の予定を知ってんの……」
怖い。ただ、怖い。
目の前で微笑む俺とニ十センチは差があるであろう、同級生が怖くて仕方ない。
緩んでいる口元の微笑みが、不気味でしかないのだ。
「んー、えっとね。……そう! 谷山が言ってたんだ~」
一度、考えるそぶりを見せ人差し指を顎付近に置く。その後、閃いたかのように目を輝かせ声を上げる。
普段の俺なら、「こずみんまではいかないけど可愛いな」なんて言いたくなるほど愛くるしい。
なのに、寒気が止まらない。谷山がどうじゃない。あいつだって、俺のバイト時間なんて把握しているわけがない。大学以外で会うことはないのだから。
「そ、そう……なんだ」
「うん! だから暇でしょ?」
体制が崩れた相手に素早く左フックを打たれたような、とどめの一言。
逃げ場がない。どうしたら、この女の誘いを断れるんだ……
「予定はないけど、六時って遅いし……」
六時なんて別に遅くはない。ライブがある日なんてもっと遅い。なんとか理由を付けて逃げ出すために、口から出た必死な言葉は意味不明であった。
「えぇ~? 六時って別に遅くないでしょ。灯夜ちゃんは小学生か、何かなの?」
お前に言われたくない……
小学生より少し大きいか、小さいか。それさえも判断のつかない小柄な少女。
とても大学生には見えない、彼女の容姿。普段の彼女は小学生のように落ち着きがなく、猫のように人懐っこい。
幼く振舞う彼女はどこか、演技をしているようで取り繕った人格を演じているようで……
どうしてだろう。この少女の本性がどうしても知りたい。
そう、感じてしまっていた。この時点で、俺はこの少女の策略にハマっていたのだろう。
「ねえ~~灯夜ちゃん~~」
咲子は金縛りのように動けなくなっていた俺のすぐ近くまで気づけば来ていた。駄々をこねる子供のように幼い声を出しながら。
だが、次の瞬間、下から覗き込むように咲子は告げた。
「……暇でしょ」
その声は、いつもの甘ったるい声ではなく子供を躾けるような威圧するかのような低い声。威圧だ。咲子は、普段との会話に強弱をつけて威圧しているのだ。
震えてしまった俺は、咲子の顔を見ることなどできない。一瞬、声が違いすぎて咲子だとは理解できていなかった。それくらい、俺は恐れ慄いている。こんな、小学生ほどの背丈の少女に。
見えない。咲子の姿が。それどころか顔も見れない。きっと、目は見開きながら煽るように挑発しているのだろう。
「……う、ん。暇……今日は予定ないから……」
「……えぇ~! ほんと~! やったぁ!」
「逃げさせないからな」とも取れるくらいに間髪も入れずに返答する。
怖い。だが、同時にこの女の素性が知りたい。
「灯夜ちゃんとはね~、いろいろとお話ししたいことがあったんだよねっ! ふふん!」
またも、いつもの小学生のようないつもの振る舞いに戻る。まるで、嵐が過ぎ去って晴天の空が広がるように。
その勝ち誇りつつも人を陥れているような顔は、断れない状況にしたから出かけるぞと言わんばかりの表情であり、俺に逃げるという感情さえ与えなかった。
「話したい事って何? すぐに終わる話なら別にメールでも」
今から遅くない。必死に俺は逃走の二文字を脳内に浮かび上がらせる。
寒気が走った。この女とは関わってはいけないと、本能が……脳みそが合図を鳴らし続けている。
この女は、間違いなく常人離れしているのだ。
どうせ、逃げれないと思っていても、必死に抵抗を続ける。
「あーあー。だっから灯夜ちゃんはダメダメダメダメなんだよ! 文面じゃ伝わらない、目を合わせて口開いて、ふぇいすとぅーふぇいす? じゃないとわからないことだってあるんだよ!」
……言い分はわからんでもない。
文面だけでは誤解が生じることだってある。少なくとも、さほど携帯を介して連絡を取ることがあまりない俺みたいな人間は、コミュニケーションがまともにとれず、違う解釈をすることだってある。
咲子は正論しか言っていない。反論をできる気がしない。
もう、諦めてしまおう。話し合いをすぐに終わらせればいいのだ。
「別にそれはいいけど……。六時からじゃもう大学の施設とかやってなくない?」
俺は、諦めた意志を見せ大学の何処で話すのか疑問を問いかける。
「…………へ? それはボケなの? ツッコミなの、灯夜ちゃん……」
咲子は首を百八十度曲げているのではないかと思うくらいに困惑したように首を傾げ、「これはあたしが悪いの?」と、しゃがみ込みながら頭を抱え呟いている。
相変わらず、忙しくて騒がしいなと、呆気を取られていると突如立ち上がり下から俺の顎を目掛けて、アッパーでもするのかの勢いで指を差し高らかに宣言する。
「いい? 五限が終了次第、正門前集合! 何かあったらメールじゃない。電話! わかったら返事!」
「わかりました!」
「よろしい! じゃあね!!」
半泣きで怒るように彼女は宣言する。自分の要件を一方的に伝え、その勢いに委縮してしまう。反射的に、俺は敬語で力強く答えてしまった。
芸人が披露するテンポのいい勢いで押し切るネタなのか、はたまた運動で行われている先輩への絶対王政なのかはわからない。
だが、きっと演技ではないだろう。計算し尽された振る舞いを見せる咲子だが、演技で半泣きをするわけがない。間違いなく、常識のない男子大学生に喝を入れたような。
まるで、弟を説教するような姉に見えた。
やっと、僕の好きな場面まで動きましたね。当分は咲子との関りが増えていくと思います。
ブクマが10を超えました。ありがとうございます。更新を待ってくれている人がいるのはとても嬉しいです。
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