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飲み会への誘い


 大学の講義室は広い。特に今、行われている生物学のように全学部共通の講義は桁違いに人が多い。


 とは言っても、六月にもなればほとんどの学生は授業に出席すらしに来なくなる。ましてや、学生証を読み込んで出欠を把握する授業だ。勉強に意欲がある人間や、惰性で単位を欲する人間しか出席しないだろう。


 場所が広ければ比例して人数も多い。なのに、これだけいても知り合いはいない。他人と関わらなかった故の結果ではある。


 それでも、会話する人間は微量ながら存在するのだ。


「おっつかれ。隣に失礼しまーす」


 俺は物思いに更けながら、退屈そうにホワイトボードを半目開きで眺めていた。すると、鈍い音と共に隣の空席に鞄を置かれ、椅子を後ろに引き座った男が馴れ馴れしく話しかけてきた。


「なんだ……谷山か。もう遅刻だけど」


「いいんだよ。この教授に遅刻という概念はない」


「なら、お前は欠席ってことか」


「今日も厳しいな。っとノート見せて」


 六月だというのにサンダルで登校してきた赤髪の男は、無言で俺のプリントを奪い去り、写し始める。


「そういえばさ、灯夜。今度ゼミで飲みに行かね?」


「嫌だ」


 谷山はシャープペンシルを動かしながらノートから目を逸らさない。こちらを向かずに突拍子もなく出した問いに答えるのは億劫だ。


「どうしてよ。女子三人だぜ、三人」


「俺はお前みたいな薄汚い性欲に飢えた猛獣とは違う」


「灯夜。そんなんだから友達できないんだよ。俺以外で喋れる人いる?」


  ……腹立つな、こいつ。


  時折、この男から発される言葉は煽りなのか、心配なのかはわからない。だが、いつもよりも眉毛に元気がない。


 微塵だけ剃り残された歪な形をした眉毛はいつも以上に可笑しい。


 そのうえ、しんみりとした顔で語りかけながら、今度はこちらを凝視――覗き込んでいる。これが面白くない訳がない。


 ……もしかしたら、殴られたいのかもしれない。だが、俺はこいつよりは大人であるため握りしめた拳を隠しながら、落ち着いた声で答える。それに、今は授業中だ。


「別にいいんだよ。友達ができて自分の時間が無くなるのが一番嫌なんだよ」


 しかし、これは紛れもなくこれは真実であった。一般的な大学生(とはいっても全て谷山から得た知識なのだが)は、ことあるたびに何かとこじつけて食事や、遊びに出かけるらしい。


 今、一番優先しなければならないのは授業とバイトがない日は全てイベントに費やすことなのだ。


 仮に級友と仲良くなり、食事に出かける機会があっても、こずみんがどこかでライブをしていると思うと、食事さえ喉を通らないだろう。


「それなら別にいいけど。ゼミの人は喋るんだから飲みくらいよくないか?」


「さっきから、のみのみのみってなに? ノミ? 痒いの?」


 飲みとはまさか酒飲みことではあるまい。俺は危険予知が発動し身震いしてしまう。


 考えた挙句、つまらない会話で流す作戦に躍り出たのだ。


「飲みは、酒飲み。行ったことくらい……お前はないか」


 殴り書きと言いたくなる独特な字面が展開される黒板を必死に一字一句訂正に写していた谷山は、こちらを見るなり憐みの目を向けてくる。


「さけって……。サーモンでも飲み込んだりするんですかね」


「流石にその言い逃れは厳しいぞ。面白くない」


「……辛辣なご意見どうも。でもさ、俺がまだ成人してないの知ってて言ってるのか?」


 酒。アルコールが含まれた飲料水の総称である。この国だと年齢が二十歳を超えた人間を成人とし、酒、煙草、競馬などといった様々なことが解禁されるのだ。


 しかし、まだ誕生日が来てない未成年である俺は、酒を飲むと警察のお世話になってしまうだろう。


「知ってるけど。なんなら俺も成人してないし」


「じゃあ、なんでまた」


「いや、あのなあ。大学生で飲酒をしたことがない人間は滅多にいないぞ」


 谷山の一言で、直接俺の脳に衝撃が走ってしまう。

 電流ではなく、光よりも早い何かが直接脳裏に刺さり脳内で循環され響きわたる。


 今思えば、常識の大学生である模範は俺の中だと谷山しかいない。谷山が、大学生は人数が揃えばすぐにカラオケに行くと言われたら、その通りだと信じる。谷山が大学生は飲酒していると言えば……


 それは真実である。


「俺が……俺が、間違っていたのか……」


「そうだぞ、灯夜。だからゼミで飲みに」


 蹲りながら自分の常識が打ち砕かれた事実を受け入れた。慰めるように真実を告げる男は背中にゆっくりと優しく手を置く。


 平和的解決の瞬間だと悟る……ことにはならなかった。


 俺は決して見逃さない。


 寸分の狂いも見逃さなかった俺はつかさず疑問を問いかける。


「……どうしてゼミなんだ? 女性がいるから?」


 そう、仮に飲酒したいだけなら誘うのは俺を一人だけ誘えばいい。ゼミの女性方は関係ない。


 これは巧妙な罠だ。俺のことを餌にして鯛を釣ろうと試みている。自分に海老ほどの価値があるかはわからないが、同じゼミというステータスを持つ俺は海老に成り得たのかもしれない。


 下心満載な面を隠しきろうとわざわざ回りくどい言い回しをしてきたのなら、この問いかけを肯定することはできないはずだ。


 さあ、どうする? 谷山。俺はお前の化けの皮を剥ぐ準備は整えたぞ。


「そうだよ。俺は梢ちゃんと飲みたい!」


 この男の本質を忘れていた。谷山は、清々しいほど欲望にストレートな屑であることを。



きりが悪いですね、これ。すぐに続きを出せるように頑張ります。

ブクマ何人もしていただき、ありがとうございます。とても励みになります。

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