翼の秘密
Side・ファリス
オーク集落を殲滅した私達は、来た時と同じ場所で野営をし、日が明けてからフィールに戻ることになった。
だけど私達ホーリー・グレイブの獣車の隣を歩いているヒポグリフの希少種、ジェイドとフロライトの背中には誰も乗っていない。
そのせいか、2匹も寂しそうにしている。
「悪いね、ジェイド、フロライト。君達の主人はお疲れなんだ。もう少ししたら起きるだろうから、それまでは我慢してくれよ?」
寂しそうな顔で私に頷いてくれるジェイドとフロライトだけど、そんなつぶらな瞳で見つめられると、私まで申し訳なくなってくるよ。
そう、ジェイドとフロライトの主人大和君とプリムちゃんは、私達の獣車の中で寝ている。
昨夜は彼ら以外は疲労困憊、満身創痍だったから、ロクに夜番もできなかった。
だから2人が寝ずの番をしてくれたんだけど、おかげで私達は大分回復することができた。
そのお礼ってワケじゃないけど、帰りの道中は私達の獣車で休んでもらうことにしたんだ。
2人寄り添って寝てるけど、新婚さんだし、見ていて微笑ましいものがあるよ。
「寝顔見てる分には、まだ成人したばかりの新米ハンターって感じなんだけどな」
「寝顔だけはね。だけどマナリングは切らしてないし、それどころか魔力が漏れてる感じすらするから、さすがはエンシェントクラスってことよね」
バークスとクラリスの言いたいことも分かる。
今回のアライアンスで、私達はすごく久しぶりにレベルが上がった。
それも1つじゃなく3つ、あるいは4つもだ。
だから私の夫のクリフもレベル53になりGランクに昇格できるようになったし、バークス、サリナ、クラリスもレベル49になったから、何年かすればGランクに昇格することも可能だろう。
かく言う私もレベル57になってしまったから、時間はかかるがPランクへの昇格も夢じゃなくなってきてしまったな。
その私達が総出で、しかも寝込みを襲ったとしても、この2人にはほとんどダメージは与えられないだろうし、それどころか返り討ちに遭うのは間違いない。
それにしても、確かに魔力は漏れているな。
翼族のプリムちゃんは翼が大きくなってるけど、客人とはいえ大和君は普通のヒューマンだ。
なのにその大和君にも、翼みたいなものがあるのは何故なんだろうか?
「確か大和君て、種族的にはヒューマンでしたよね?」
「ああ。客人の世界にはヒューマンしかいないそうだし、進化っていう概念もないと聞いているね」
刻印術師っていう手に刻印を持った人はいるそうだし、大和君もその刻印術師だそうだから、それが客人の世界の翼族みたいなものになるんだろう。
「エンシェントクラスになると翼が生える、なんて話は聞いたことないな。確かにプリムもグランド・ハンターズマスターも翼があるが、どちらも翼族として生まれてきたのは間違いない。それに大和と同じ客人がエンシェントクラスに進化したこともあったが、翼が生えたなんてことはなかったはずだ」
客人は、過去にもヘリオスオーブに来訪している。
特に有名なのはアミスター王家に嫁がれたサユリ・レイナ・アミスター様、トラレンシア王家に婿入りしたカズシ・ミナト・トラレンシア様、後に初代バシオン教皇となられた巫女と結婚したシンイチ・ミブ様の3人だけど、他にも10人ぐらいは歴史に名を残していて、その道を目指す人達の目標となっている。
サユリ様はOランクヒーラー兼Oランククラフターだけど、カズシ様とシンイチ様はOランクハンターになっているから、当然エンシェントヒューマンにも進化している。
だけどそのお2人には、翼なんてものはなかったのは間違いない。
何故ならカズシ様もシンイチ様も、30年ほど前までご存命で普通にハンターとして活動されていたし、何よりシンイチ様はグランド・ハンターズマスターの師匠でもあるから、間違えようがない。
「ファリスさん」
大和君の背中にある翼のようなものに考えを巡らせていると、オーダーズマスターに声を掛けられた。
「どうかしたのかい?」
「彼らの様子はどうですか?」
オーダーズマスターも、彼らに寝ずの番をさせてしまったことを申し訳なく思っているし、彼らだって死闘を繰り広げたばかりだったんだから、けっこう心配そうな顔をしている。
大和君はオーダーズマスターの妹と結婚するそうだから、彼にとっては義弟ってことにもなるし、心配ぐらいはするか。
「気持ち良さそうに眠っているよ」
「それは良かった。フィールまではあと3時間ぐらいですから、このまま寝かせておきましょう」
「それが良い。フィールに着いたら、イヤでも起きなきゃならないんだからね」
再召喚した際、ジェイドとフロライトには指示書が持たされていたけど、オーダーズマスターの荒唐無稽な報告書を信じてくれたことは、オーダーズマスターが安心したような顔をしていたから、みんなにもすぐに分かった。
さすがに終焉種の討伐は公にできないから伏せられるけど、オーク・キングとオーク・クイーンがいたことは既に知られているから、この2匹の討伐で押し切ることに決まったそうだ。
実際にキングとクイーンだけしかいなかったら、あの2人を突っ込ませるだけで終わっただろうけどね……。
あと異常種のプリンスやプリンセスの件だけど、こちらも伏せられるそうだ。
キングが2匹、クイーンが3匹、プリンスが2匹、プリンセスが私達の討伐した個体を含めると6匹だから、迂闊に公表すると終焉種が現れてるんじゃないかっていう推測に繋がるし、そうなるとフィールでも混乱が起きるに決まってるから、そうするべきだと私も思う。
さすがに陛下には報告しなきゃいけないけど、それはいずれ結婚することになるフレデリカ侯爵がしてくれることになったらしい。
頭と胃が痛い内容を報告しなきゃならないなんて、本当に同情するよ。
「オーダーズマスター」
「ダート、どうかしたのか?」
「はい。前方にグラス・ボアが、3匹ほどいます」
グラス・ボア3匹か。
ハイクラス以上のアライアンスの前に出てくるなんて、運が悪いね。
今はオーダーが警戒してるから、私達が動く必要はなさそうだ。
「わかった。では……」
「いえ、イリスさんが向かいましたから、すぐに終わると思います」
イリスが向かっていたのか。
なら、本当にすぐ終わるね。
この辺りに出てくる魔物は、グラス・ボアやグラス・ウルフ、ゴブリンみたいなIランクが多いけど、稀にCランクも出てくる。
と言っても上位種のグリーン・ウルフやホブ・ゴブリンだったりするから、対処は難しくない。
だけどマイライトの山や森に入ると、途端にモンスターズランクが上がるから油断ならない。
山や森の中はCランクが多いけど、中にはBランクもいるし、Sランクと遭遇することだってある。
一番厄介なのは、森の中住むフォレスト・ウィッパーっていう、尻尾の先が刃物みたいになってるサルだろう。
こいつはBランクだけど、木々の間を自在に駆け回って尻尾で変幻自在の攻撃を仕掛けてくるし、その尻尾もかなり伸びるから初見だと一方的に攻撃されてしまい、新人はもちろんBランクハンターだって倒されることも珍しくない。
運が良いのか悪いのか大和君達は遭遇したことがないみたいだけど、仮に遭遇しても2人なら何の問題もなく対処してしまいそうだ。
あと厄介なのは、鉱山なんかに出てくるパペット系かな。
その鉱山で採れる鉱石が、魔力溜まりか何かの要因で魔物化したって言われているんだけど、意思は持たず、だけど鉱物の体を持っているから、並の武器じゃ傷つけることもできない。
アミスターは魔銀鉱山が多いから魔銀の体を持つミスリル・パペット、晶銀の体を持つクリスタ・パペットなんかが多いけど、鉄鉱山にはアイアン・パペットが出てくるね。
金山にはゴールデン・パペット、銀山にはシルバー・パペット、銅山にはカッパー・パペット、そして金剛鉄鉱山を有するバレンティアにはアダマン・パペット、迷宮には神金の体を持ったオリハルコン・パペットなんてのもいるよ。
モンスターズランクは元になった鉱石によって変わるけど、CからBランク、オリハルコン・パペットはSランクになる。
オリハルコン・パペットは滅多に遭遇しないんだけど、希少なオリハルコンを入手できる数少ない機会でもあるから、ハイクラスなら出会った瞬間に倒すことを考えるね。
まあ神金でできてることもあって、すごく倒しにくいんだけど。
もっとも翡翠色銀や青鈍色鉄が手に入るようになったら神金の価値も下がるだろうから、積極的に狩るハンターは減るかもしれないね。
その後1時間程進むと、ようやく大和君とプリムちゃんが目を覚ました。
フィールまではまだ2時間ぐらい掛かるから、もう少し寝てても良かったんだけどねぇ。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「はい。すいません、警戒とか任せちゃって」
「寝ずの番をしてもらったんだから、この程度はな。というか、フィールまではまだ2時間近くかかるから、もう少し寝てても良かったんだぞ?」
「ありがたいんだけど、もうすぐお昼でしょう?寝てただけでもお腹はすくから、目が覚めちゃったのよ」
納得だ。
野営地を発ったのは7時過ぎだけど、あれから休憩を挟みつつ5時間近く進んでいるから、確かにもうすぐ昼食だ。
そこでだいたい1時間ぐらいは休憩するから、フィールに着くのは3時過ぎぐらいになるだろう。
「そろそろ昼食にしよう」
丁度良く時間になったようだ。
獣車を止めて外に出ると、ジェイドとフロライトが嬉しそうに寄ってきた。
「おはよう、フロライト」
「クワァッ!」
しょげちゃってたフロライトだけど、一気に元気になったね。
甘えん坊だってのは知ってたけど、少しぐらいは躾けとかないと、あんまりよくないことになりかねないよ?
昼食は、私達はブルーレイク・ブルやレイク・ラビットの串焼きとサラダ、パンだったけど、グラントプスやバトル・ホース、ヒポグリフ達は柔らかく煮込んだブルーレイク・ブルの肉だった。
私達が食べても美味しい物なのにそれを従魔にって提供してくれたんだから、トレーダーズギルドも豪気だよね。
「はい?魔力強化ですか?」
「そうだ。すまないがやってみてくれ。勿論、全力で」
「はあ、わかりました。それじゃ」
食事が終わってから、オーダーズマスターがそんなことを言い出した。
彼も気が付いていたのか。
オーダーズマスターの要請に従って、全力でマナリングを使った大和君だけど、やっぱり背中に、翼みたいな物が見えるな。
「大和、翼が生えてるわよ?」
「翼?うお、マジだ!?」
本人に自覚はなかったか。
大和君がオーク・エンペラーの相手をしてた時は私達もオーク・クイーンと戦ってたからよく見てないけど、多分あの時も、彼の背中にはあったんだろうね。
「目の色まで変わっちゃってるじゃない」
「ホントだ。青くなってるわね」
目の色まで変わるとは、さすがに思わなかったな。
「プリムちゃん、何か分かるかい?」
「さすがに分からないわよ。だけど翼族の翼は余剰魔力でできてるって言われてるから、多分大和の魔力が、それだけ凄いってことになると思うんだけど……」
さすがに翼族でも分からないか。
マナリングは魔力で武器や防具なんかを強化する魔法だけど、自分の魔力そのものも強化している。
だけど余剰魔力が発生したなんて話は、私も聞いたことがない。
考えられるとすれば、プリムちゃんの言う通り、大和君の魔力が凄いってことぐらいか。
「大和、少しマナリングを絞ってみて」
「こうか?」
そのプリムちゃんに言われて、大和君はマナリングの出力を落とした。
すると翼も消えていったけど、同時に大和君の魔力が、私にもわかるぐらいに減っていった。
「やっぱり」
どうやらプリムちゃんには、心当たりがあるみたいだね。
「どういうことだい?」
「翼族の翼は魔力でできてるけど、それは魔力の塊っていうこと。私は意識したことはないけど、翼族はその魔力も強化してるから、フィジカリングとかマナリングとかの自己強化系魔法は、普通の人よりも強化の幅が大きくなるの」
それは有名な話だね。
だからこそ翼族は他の種族よりも魔力が多く、進化していなくてもハイクラスに匹敵する力を持っているんだから。
「もしかして大和君は、マナリングを全力で使った場合のみ、翼族になっているということなのか?」
「正確には翼族になってるんじゃなくて、魔力で作り出した翼を使った強化、になるのかしら?」
プリムちゃんも自信なさげだけど、言いたいことは分かった。
その理屈でいくと魔力で疑似的な翼を作り出し、そこにマナリングを重ねれば、誰でも強くなれるってことになるんじゃないかい?
「そうかもしれないけど、そもそもの話として大和が全力でマナリングを使ってやっとなんだから、他の人じゃ翼を作り出せるかどうかも分からないわよ?」
そう言われると、確かにそうかもしれないと思ってしまう。
そもそもの話、翼を作り出すなんて、どうやればいいのかも分からないし、どれ程の魔力を食うのかも分からないな。
「大和、今の調子は?」
「何も問題はありませんが?」
「……お前を基準にしようとした俺が間違ってたな」
クリフが大和君に魔力の調子を聞いてみたけど、確かに参考にはならないな。
エンシェントヒューマンだし魔力も私達とは桁違いなんだから、参考にしようとしたクリフがバカなんだけど。
「そうだな、自分の背中に翼があることをイメージして、そんな感じで魔力を使ってみるってのは?特にファリスさんはフェアリーなんだから、翼のイメージは難しくないでしょう?」
確かにそうだ。
フェアリーも翼を持っているから、どんな感じで翼が生えているかは分かる。
それを魔力でイメージして、か。
ちょっとやってみよう。
「……無理だよ、こんなの!」
そう思った私だったが、即座に根を上げた。
いや、翼をイメージして魔力で形作るってのは出来たんだけど、とんでもない魔力を食うじゃないか!
すぐに気が付いて止めたけど、それでも普通に戦ってるより魔力の消耗が激しいよ!
私の種族フェアリーは、翼族程じゃないけど、それでも他の種族より魔力量は多い。
さらに私はハイフェアリーに進化してるから、さらに魔力は増えている。
その私の魔力でも足りないってことは、最低でもエンシェントクラスに進化しないと使えないって考えてもいいはずだ。
もっともグランド・ハンターズマスターでも出来るかは、正直微妙な気がするけどね。
ああ、プリムちゃんの魔力は大和君に匹敵してるそうだから、あの子は出来そうだ。
……とんでもない子達がさらにとんでもなくなるって、ホントになんて言ったらいいんだろうね?




