深淵の巨牛
Side・リディア
「そう思ってたんだが、まさかこう来るとはなぁ」
「気持ちはわからないでもないけど、とりあえずは討伐できたんだから、それで良しとしときましょ」
大和さんが激しく呆れ、プリムさんが宥めてますが、私からすれば何を言ってるのわかりません。
トレーダーズギルドが所有している大型漁船の上で、私達は激しい頭痛を感じています。
何故なら2人の足下には、首を切断された、巨大な牛型モンスターの死体があるんですから。
「まさか本当に、たった2人で災害種を倒してしまうなんて……」
「しかも余裕があるどころか、息一つ乱れてないとか、常識的に考えてもあり得ねえだろ」
「まったく同感だわ。しかも、ほとんど一撃じゃないの」
ホーリー・グレイブのクラリスさん、バークスさん、サリナさんが、とてつもなく微妙そうな顔をしていますが、それも当然です。
なにしろ2人の足下で横たわっている魔物はアビス・タウルスといって、ブルーレイク・ブルの災害種に当たるP-Cランクモンスターなんですから。
災害種は2つ上のランクに相当すると言われていますからアビス・タウルスはAランクモンスター相当になりますが、そのアビス・タウルスを空から強襲し、一方的に倒してしまったんです。
プリムさんが極炎の翼を纏いながら突っ込んでアビス・タウルスの体に大穴を空け、大和さんが試作翡翠合金刀で首を切り落として終了、戦闘時間わずか数秒ですから、ホーリー・グレイブの皆さんが微妙な顔をされるのも無理もありません。
「空から強襲っていうのは驚いたけど、それを考慮しても、こんな簡単に災害種は倒せないからね?」
ホーリー・グレイブのリーダー ファリスさんは、左手で頭を押さえています。
ですが仰る通り、例え完璧な不意打ちが決まったとしても、災害種はおろか異常種だって倒すことはできません。
異常種にしろ災害種にしろ耐久力が桁違いに高いですし、豊富な魔力によって身体強化を行っていますから、ハイクラスの攻撃が通らないことだって珍しくないんです。
なのに大和さんとプリムさんの攻撃は、いともあっさりとアビス・タウルスの命を奪ってしまったんですから、ホーリー・グレイブでなくともこうなります。
「グランド・ハンターズマスターに、この2人に戦いの常識を期待するなと言われちゃいたが、本当にそうなんだな。というかここまで常識外れだと、逆に常識を教えておかないとマズいことになりそうだ」
ホーリー・グレイブのハイクラスが大きく頷きますが、私もその通りだと思います。
「そこまで言うことないでしょう」
自分のライブラリーを確認しながら、プリムさんが文句を言っていますが、説得力はありません。
というか、なんでライブラリーを?
「言いたくもなるよ。なにせアライアンスを組むことになったら、大和君がリーダーをやることになるんだ。なのにリーダーが常識を知らなかったら、別の意味で壊滅しちゃうよ」
まさにファリスさんの言う通りです。
アライアンスというのは、ハイクラス以上のハンターで組まれる緊急討伐隊のことです。
リーダーは最もレベルの高い人が務めることになっていますが、大和さんとプリムさん以外のPランクハンターは高齢を理由に、リーダーを務めようとはしません。
Mランクのグランド・ハンターズマスターも同様です。
そしてプリムさんは大和さんと同じレイドですし、レベルも大和さんより若干低いですから、リーダーになることはないでしょう。
ところが大和さんはレベルが高いだけではなく、エンシェントヒューマンに進化していますから、普通に考えなくても、今後組まれるアライアンスのリーダーを務めることになります。
そのリーダーが常識を知らないとなると、魔物と戦う前に全滅する危険性が急上昇してしまいますから、アライアンスを組む可能性のあるホーリー・グレイブのハイクラス5人が大きく、何度も頷くのも当然の話です。
「その話は聞いてるけど、これでもまだハンターになって1ヶ月経ってないから経験不足ってことで、アライアンスのリーダーをやるのは何年か先だって言われてますよ」
「それも信じられねえんだけどな。まあ、客人って話だから、信じられなくても信じるしかねえんだが」
「ライブラリーに、しっかりと表示されてたもんねぇ」
バークスさんとサリナさんが溜息を吐いていますが、こっちも無理もない話ですね。
客人なんて、御伽噺の存在に近いんですから、仕方ありません。
「ライブラリーといえばプリムちゃんが自分のを見てるけど、レベルでも上がったの?」
クラリスさんが小首を傾げながら気にしていますが、私もさっきから気になってます。
その証拠に、プリムさんが少し挙動不審なんですから。
「えっと……あのね……」
何か言いたそうですけど、どうかしたんでしょうか?
大和さんと2人でとはいえ、災害種アビス・タウルスを倒したんですから、レベルが上がってもおかしくはないと思いますが?
「その……大和、これを見て」
「何かあったのか?」
大和さんも心配そうな顔で、プリムさんのライブラリーに視線を落とします。
「おお、おめでとう、プリム!」
ところが大和さんは、すごく喜んでいますね。
……何となくですが、イヤな予感がします。
「言いにくいなら俺が代わりに言おうか?」
「お願いしてもいい?」
「わかった」
「何があったんだい?ライブラリーということは、何か称号でも付いたかな?」
普通ライブラリーを確認するとしたら、レベルが上がったかどうかを確認するぐらいですが、レベルが上がったかどうかは感覚的にも分かりにくいです。
それ以前に、一々魔力を使ってライブラリングを使わなくても、ライセンスを見ればいいだけですから、ライブラリーを見る機会はそう多くはありません。
称号が増える事はありますから、それを確認するぐらいでしょうか。
ですが、プリムさんのレベルは61です。
ホーリー・グレイブの方々はプリムさんがPランクだとは知っていますが、レベルはご存知ありませんし、大和さんを含むPランクの中では一番レベルが低いですから、考えに至っていない感じがします。
「俺も驚いたんですけど、プリムがエンシェントフォクシーに進化したんですよ」
「「「「「……はい?」」」」」
さすがホーリー・グレイブ、息ぴったりですね。
というか、やっぱりですか……。
進化すると魔力が増えるので体感でもわかると聞いていますから、それで自分のライブラリーを確認してたんですね。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。エンシェントフォクシーに進化したって聞こえたんだが、私の聞き間違いかな?」
「い、いえ、私もそう聞こえました……」
「お、俺も……」
「俺もだ……」
「ということは……え?嘘?本当に進化したの!?」
「ええ」
驚きますよね。
5人目のPランクハンターになったばかりなのに、気が付いたら3人目のエンシェントクラスになっちゃったんですから。
またハンターズマスターが、目を丸くしちゃうんでしょうね。
いえ、あの人は大和さんとプリムさんがしでかしたことをよくご存知ですから、華麗に流されるかもしれません。
「そ、それは……おめでとうって言うべきなんだろうけど……」
ルディアも驚いてはいますが、まだホーリー・グレイブよりダメージは少ないですね。
「普通にお祝いでいいと思いますよ。おめでとうございます、プリムさん」
「おめでとうございますぅ!」
「お、おめでとうございます……」
フラムさんとレベッカちゃんは当たり前のように対応してますが、ラウス君は少しぎこちないですね。
それより、私もしっかりと祝辞を述べないといけません。
「おめでとうございます、プリムさん。実際に進化してみて、どんな感じですか?」
「ありがと。そうね、魔力が増えたのがよくわかるわ。今はそれぐらいだけど、適正のある属性魔法の魔力の消耗が抑えられるって話だから、それはおいおいかしらね」
そんな話は初めて聞きましたが、そもそもエンシェントクラスはグランド・ハンターズマスターだけでしたから、噂が広まってなくても無理もない話かもしれません。
「いいんだけどさ。それよりも、確かトレーダーズギルドの人が教えてくれたのって、サージング・バッファローって話じゃなかった?」
「そういえばそうですね。だけど漁師の人も慌ててたでしょうし、まさか災害種が生まれていたとは思わなかったんじゃないでしょうか?」
ルディアとフラムさんが疑問を感じていますが、最初に聞いた時は、確かに異常種のサージング・バッファローという話でした。
ホーリー・グレイブがハンターズマスターへの挨拶を終えた後、私達は適当な依頼を見ていたんですが、そこにトレーダーズギルドの職員が駆け込んできて、サージング・バッファローを目撃したと教えてくれたんです。
聞けば結界の外に出た漁師さんが、近くの小島に動く蒼い巨体を目撃したとかで、慌てて戻ってきたという話ですから穏やかじゃありません。
幸い、と言っていいのかわかりませんが、サージング・バッファローは魔化結晶という魔導具を使って異常種に進化させられた魔物の疑いがありますから、大和さんとプリムさんへの指名依頼として、既に受理されていたんです。
ホーリー・グレイブの皆さんも見学を希望されたため、すぐにトレーダーズギルドに船を出してもらったんですが、確かに目的の小島に近付くと、蒼い巨体が動いているのがわかりました。
それを見た瞬間、大和さんとプリムさんは空を飛んで島に近付き、そのまま倒してしまったというわけです。
ジェイドもフロライトも呼んでいませんから、後で知ったらまた拗ねちゃいますよ?
「フラムの言う通りでしょうね。異常種だって滅多に見ないんだから、災害種が生まれてるなんて、普通は考えないでしょ」
「実際俺とプリムも、倒すまではサージング・バッファローだと思ってたからな」
「いや、異常種を討伐する際は、普通はしっかりと確認してから行うんだからね?」
大きな溜息を吐くファリスさんですが、大和さんとプリムさんは視線を逸らしています。
アライアンスなんか組まなくても、この2人がいれば大抵の異常種や災害種はなんとかなるんじゃ?
「君達、目の前でエンシェントフォクシーに進化されたってのに、随分とあっさりしてるね?」
「慣れですね」
ファリスさんが疲れたような顔で溜息を吐いていますが、その意見をフラムさんがバッサリいきました。
確かに慣れはあるんでしょうが、普通はその程度で何とかなるようなことじゃありません。
私も人の事は言えませんが。
「大和さんとプリムさんは色々と規格外ですから、そういうもんだって思ってた方がいいですよぉ」
「その意見には賛成だな。なにせP-Cランクモンスターを、あんなにあっさりと倒せるんだからな。逆にこの2人が手古摺るようなら、下手をすれば手出しできないかもしれないぞ」
レベッカちゃんの意見にクリフさんが賛同していますが、サリナさんとクラリスさんも同意のようです。
「それはそれで勘弁ですよ。それより、注意してください。下から来てるっぽいんで」
「下から?」
「ええ。多分、スカイダイブ・シャークじゃないかと」
大和さんがそう言った瞬間、湖面から数匹の魔物が飛び出してきました。
ブルー・シャークはここまで狂暴じゃありませんから、大和さんの言うようにスカイダイブ・シャークなのでしょう。
って、S-Rランクモンスターじゃないですか!
「これがスカイダイブ・シャークか。空を飛ぶのは厄介だが、叩き落しさえすれば何もできなくなるから、まだ対処は容易な部類だね」
「だな。バークス、サリナ、クラリス」
「わかってるって!『イークイッピング・オン、ミスリル・グラップル』!」
大和さんが奏上された新魔法イークイッピングを使い、武闘士用の手甲と足甲を装着したバークスさんが、最初に襲い掛かってきたスカイダイブ・シャークに炎を纏わせて打撃を繰り出し、早速甲板に叩き落しました。
「バークス、背中ががら空きよ?」
「ホント、私達がいないと何にもできないんだから」
バークスさんの背後から襲い掛かろうとしたスカイダイブ・シャークは、クラリスさんの風を纏った矢で勢いを削がれ、サリナさんの槍で貫かれて絶命。
すごい連携です。
「サンキュー」
「お礼は夜にね」
「そうそう」
アダルトチックな会話をしていますが、結婚してるんでしょうか?
って、今はそんなことを考えてる場合じゃありませんでした。
「それっ!」
フラムさんの矢を受けたスカイダイブ・シャークは、ラウス君の剣とルディアの拳で甲板に落とされていますが、レベッカはエラの間に矢を突き刺しています。
この子、けっこうえげつないことをするんですよね。
そのエラから矢を生やした個体は、私が双剣で切り捨てましたが。
ホーリー・グレイブの他の方々もハイクラスの援護を受けながら、順調に倒しているみたいですね。
「加減が難しいわね……」
プリムさんはエンシェントフォクシーに進化したばかりですから、まだ加減が掴めていないみたいです。
その証拠にプリムさんに襲い掛かったスカイダイブ・シャークは丸焦げになって、良い匂いをさせていますから。
匂いが良いだけで、食べられないんですけどね。
「『クエスティング』。全部で6匹か。ファリスさん、そっちはどうですか?」
「こっちは7匹だね。これぐらいの数なら、生き残りって言ってもいいだろう」
全てのスカイダイブ・シャークを倒し終わると、大和さんとファリスさんがクエスティングで数を確認しました。
全部で13匹ですか。
普通なら多いんですけど、数日前まで異常種のデビル・メガロドンが2匹もいたわけですから、そう考えると別段多過ぎるってワケでもないですね。
「回収したら、戻りましょうか」
「そうしよう。さすがに今日は狩りに行く気分じゃなくなったけど、明日からに備えて英気を養わないといけないからね」
気分が乗らないということは集中力が切れたということですから、そんな状態で狩りになんか行けません。
その理由がアビス・タウルスを簡単に倒し、さらにエンシェントフォクシーに進化までしてしまった大和さんとプリムさんにあるワケですから、私達からは何も言えませんしね。
それにこれだけの数のスカイダイブ・シャークを倒したんですから、今日の成果としては十分と言ってもいいかもしれません。
「ところで、君達はどうするんだい?」
「大物を狩った訳ですから、今日はゆっくりしますよ。さすがにこの時間じゃ、遠出はできませんからね」
まだ3時ぐらいですが、さすがに日が沈むまでの時間じゃロクな狩りができませんしね。
というか元々今日はオフの予定でしたから、アルベルト工房に行くつもりだったんです。
アビス・タウルスやスカイダイブ・シャークを売ったら、顔を出してみましょう。




