技術革新
Side・エドワード
大和達にクレスト・アーマーコートと名付けられた防具を渡した俺とマリーナは、クラフターズギルドに足を運んだ。
理由はもちろん、翡翠色銀と青鈍色鉄を公表するためだ。
ちゃんとそれぞれの合金で片手直剣を打ってあるから、それも見本として持参している。
じいちゃんやタロスさんの剣に比べたら、まだまだなんだけどな。
金属に関することだから、鍛冶部門を統括しているスミスチーフも呼んでもらってるんだが、そのスミスチーフのガラバさんとクラフターズマスターのラベルナさん、そして何故かフィーナがクラフターズマスターの部屋で、俺が持ってきたインゴットと剣を前にして激しく唸っている。
クラフターズギルドには鍛冶部門、仕立部門、調理部門など、いくつかの部門がある。
仕立部門の統括は、クラフターズマスターが仕立師だから兼任してるが、他の部門は、それぞれチーフと呼ばれる部門長が統括している。
スミスチーフはドワーフでMランククラフターのガラバさんが務めているが、ガラバさんは親父の親友でもある。
「す、すごい……」
「……エド、お前、とんでもないもん開発しやがったな」
「まったくだよ。なんだい、このインゴットは。いったいどうやれば、こんなとんでもない物ができるのさ。それも2種類も」
俺も大和に言われなかったら、絶対に考えなかったな。
大和の世界の知識って、マジですげえって思う。
「こっちの緑のは魔銀と晶銀を2:1で、青いのは金剛鉄と晶銀を、こっちも2:1で混ぜてます。メルティングで溶かしてからドロドロのうちに混ぜて、デフォルミングで精製って流れになります。大和が、武器の問題を何とかしようとして提案してきて、面白そうだからってことで俺がやってみたんだが、そうしたらこんなものが出来たというわけです」
「なるほど、新魔法はこのために奏上したのか。大和君の案ということは、客人の知識ということかい?」
「ええ、合金っていう技術だそうです。名前はあいつの世界にあるっていう伝説の金属にあやかって、緑の方が翡翠色銀、青いの方が青鈍色鉄って付けられてます」
確か、日緋色金だったっけかな。
まあ、あいつの世界じゃ神金も金剛鉄も魔銀も伝説の金属で、実在してないって言ってたが。
「客人の世界の伝説の金属にあやかった、ヘリオスオーブ産の合金ですか。良い名前ですね」
「俺もそう思う。それにしても、まさかこんなとんでもない物を持ち込んでくるとはな。それぞれが魔銀や金剛鉄より、ワンランク上と言っても過言じゃねえぞ。武器に悩んでいるハイクラスからしたら、喉から手が出る程欲しがる代物だ」
「ハイクラスにとって、武器は長くても数ヶ月しか使えない。これは命を預けるには足りないし、自分だけじゃなく仲間の命も危険に晒す。だけどこの翡翠色銀と青鈍色鉄で作った武器なら、かなり長く使えるかもしれない。武器の売り上げは落ちるだろうが、それでもハイクラスが命を落とす方が問題が大きくなるんだから、価格を高めに設定すれば採算は取れるだろう」
だよなぁ。
ハイハンターは魔銀か金剛鉄、どちらか好みに合う方の金属の武器を使っている。
オーダーズギルドは自国で魔銀が採れるから魔銀で統一しているが、ハイオーダーの中には金剛鉄を好む人もいるらしいから、鎧はともかく武器に関してはオーダーも好みの問題になってるな。
だがどちらの金属を使っても、決して避けられない問題が武器の寿命だ。
魔銀は強度不足を魔力で補っているため、金剛鉄は低い魔力伝達率に無理やり大量の魔力を流し込んでいるため、長くても半年、短ければ1ヶ月足らずで、武器は寿命を迎えて壊れる。
両方の特性を持った神金なら問題はないんだが、フィリアス大陸では迷宮でしか手に入れることができない。
しかも手に入れられる確率は低く、価格もとんでもなく高いから、ハイクラスだろうと一生拝めないことだって珍しくない。
だけど翡翠色銀と青鈍色鉄は、それぞれが元になった魔銀、金剛鉄の上位互換といった性能になってるから、魔銀や金剛鉄の延長線上で使うことができる。
重さは、翡翠色銀は魔銀より多少は重くなり、青鈍色鉄は金剛鉄の3分の2程度になってるんだが、それでも鉄と同じぐらいの神金よりは慣れてる金属に近い感じで使えるから、この点だけは神金以上と言えるかもしれねえ。
「俺もクラフターズマスターに賛成だ。だが問題は、価格をいくらにするか、だな」
「だね。作り方は聞いたけど、そんな方法を使ってる以上、1万エルってのはありえない。フィーナ、あんたはどう思う?」
「わ、私ですか!?え、えっと、トータルの売り上げからも考えると、最低でも翡翠色銀が3万エル、青鈍色鉄は5万エルでしょうか。いえ、国によっては、10万エルに届くかも」
突然話を振られたフィーナだが、ラベルナさんの秘書みたいな仕事もしてるから、こんな話をする機会もそれなりにある。
そのフィーナの提案は、俺にとっても納得のいくものだ。
アミスターは魔銀と晶銀、バレンティアは金剛鉄の産出国だから、この2国ならそこまでは高くならないと思う。
だけど、他の国はそうはいかない。
迷宮で取れる場合もあるがそれでも大した量じゃないないから、ほとんどの国は輸入に頼ってる。
そうなると当然、価格も高くなる。
だけど、それよりも大きな問題がある。
「価格は任せますけど、ソレムネとレティセンシア、バリエンテには漏らさないようにしてほしいんですよ」
「ソレムネとレティセンシアはわかるが、バリエンテもか?」
ガラバさんが、首を傾げた。
気持ちはわかるよ。
「ええ。それが考案者の条件なんで」
「そういうことなら仕方ないが、ギルドがないソレムネ、撤退するレティセンシアはともかく、バリエンテは難しいよ?なにせバリエンテはアミスターの友好国だし、国境も接してる。だから、どれだけクラフターズギルドが徹底しても、噂の拡散は防ぎようがない。もっとも、それはソレムネやレティセンシアに関しても同様だけど」
それはあいつらも承知の上だ。
製法も公開する以上、遠くない内にバリエンテでも作られることになるだろう。
それでも時間を稼ぐことはできるし、その間にアミスターの優位性は確保できるから、それまで抑えていれば良いって考えてるみたいだ。
「難しいが、そういうことなら価格は高めに設定しよう。バリエンテはアミスターとバレンティアに挟まれてるから、魔銀や晶銀、金剛鉄も手に入れやすいけど、そこからソレムネに流れる可能性があるからね」
その可能性は考えてなかったな。
だけど確かに、バリエンテはアミスター、バレンティア、ソレムネに挟まれてるから、バリエンテを通じて翡翠色銀と青鈍色鉄の製法なり完品なりが、ソレムネに漏れるかもしれねえ。
もしかしてあいつら、プリムの問題の他にもその可能性があると思ったから、バリエンテの名前も挙げたのか?
「ですな。とはいえ、さすがに10万エルは取りすぎだ。俺はそれぞれ5万エルと7万エルが相場だと思ってるんだが、それは問題が落ち着いてからにしましょう。なので、そうですな、翡翠色銀が7万エル、青鈍色鉄は8万エルってとこでどうです?」
「あたしも相場はガラバさんと同じだと思ってるから、それでいいと思う。いつ問題が落ち着くかはわからないけど、大和君がいいと言ったら下げることにしよう」
「ですな。エド、とりあえずだが価格は決まったぞ。おい、エド?」
「おーい!聞こえてる?価格決まったよー!」
「うおっ!?耳元でデカい声出すなよ!」
考え事をしてたら、マリーナに耳元でデカい声を出された。
耳が痛え……。
何?価格が決まったって?
「ああ、とりあえず7万と8万にして、問題が解決、あるいは落ち着いたら5万と7万に下げるってことですか。了解っす」
予想より高くなったが、クラフターズマスターとスミスチーフが決めたんだから、それが妥当なんだろう。
そこは俺が口を出す問題じゃないな。
「あと当然だけど、このことはグランド・クラフターズマスターにも報告することになる。現物を持っていく必要もあるだろうから、あんたが直接王都に行きな」
げ、マジか。
「ついでってワケじゃないけど、マリーナやフィーナとの結婚を報告しといで。お母さん達もいつ結婚するのかって、ずっと待ってたんだからね」
しかも、結婚報告も兼ねろってか。
つか、なんでフィーナもなんだよ!?
「あははは。実はね、プリムとマリーナから、噂は聞いてたんだよ。近いうちにエドが、歴史を変えるようなとんでもない代物を持ち込むって」
俺は思わず、マリーナを睨みつけた。
こいつ、なんてことしやがったんだ!
「早いか遅いかだったら、早い方がいいでしょ?それにフィーナはウイング・クレストの獣車製作依頼を受けてるから、その報酬で、けっこう目標に近くなるみたいなんだよ」
マジでか!?
って、フィーナもそうだとは思わなかったらしく、驚いてるぞ。
「本当だよ。しかもミラーリングの10倍付与もあるから、今回のフィーナへの報酬は、少なく見積もっても10万エルだ」
すげえな。
一度にそれだけの報酬が手に入るなんて、高ランククラフター並じゃねえか。
つうか、またしてもあいつら絡みかよ。
正式な依頼とはいえ、作為的なものを感じるな。
いや、フィーナが早く解放されるのは、俺としても望むところなんだが。




