竜王の結婚披露宴
Side・アテナ
ボク達は今日、竜王城の大ホールで催される、フォリアス陛下の結婚披露宴に招待されている。
フォリアス陛下は既にヘルディナ妃殿下とご結婚されてるんだけど、ヘルディナ妃殿下以外の竜王妃様はいらっしゃらない。
だからっていうワケじゃないけど、フォリアス陛下はプリスターズギルド・バレンティア本部で3人の女性と結婚の儀式を行い、竜王城に戻られてから披露宴を行うことになってるんだ。
結婚した女性は、ボクの双子の妹イーリス・ウィルネス・シルバー、ラヴィーネ・メリュジーヌ伯爵令嬢、そしてハンターズギルド・バレンティア本部の受付嬢でリディアとルディアの友達のレミーの3人で、名前を挙げた順に第二、第三、第四竜王妃ってことになるんだって。
バレンティアの女性貴族の正装は、5メートル近い長さの布を、ほっそりとしたドレスに挟みながら巻き付けて、利き腕の反対側の肩にまわすことで着用するんだ。
確か客人が、サリードレスっていう名称を付けてるよ。
だけどフォリアス陛下と共に入場してきた4人の竜王妃様は、両肩が布で覆われている。
竜王家のサリードレスは、布の長さが8メートル近くあるから、片側だけじゃなく両肩を覆う余裕があって、それを王家としての特色とすることで、貴族や民間との差別化を図ってるって後で教えてもらった。
あとドレスの色も、竜族としての属性が基調となってるから、風竜のヘルディナ妃殿下は緑、シルバー・ドラゴニアンで氷竜でもあるイーリスは白銀、氷竜のラヴィーネ妃殿下は白、地竜のレミー妃殿下は黄色がベースだよ。
今回はボク達も貴族として招待されてるから、大和とマナ様、ユーリ様は三天家当主として、プリムは妊娠中のネージュ陛下の名代としてなんだけど、リディアとルディアは新婦2人の友人として招待されてるんだ。
ボクは新婦の姉だから、今回は大和の妻代表ってことにもなっちゃったよ。
他のみんなは妊娠してたりお仕事だったりで欠席だけど、ちょっとうらやましいって思っちゃった。
ドレスはボク達の結婚披露宴でも着用した和ドレスっていうのを、アレンジを加えて仕立て直したんだ。
新しく仕立てても良かったんだけど、王絹布の在庫が心許なかったから今回は仕立て直すだけにして、次に手に入れたら新しく仕立てることにしたよ。
「お忙しい中、本日は私達の結婚披露宴にお越しくださり、感謝に堪えません。今日という良き日を迎えられたことは、天帝陛下をはじめとした皆様のお力添えをいただいたおかげです。第一竜王妃となったヘルディナ、そして新たに竜王妃となったイーリス、ラヴィーネ、レミーとともにこの国を盛り立て、連邦天帝国の益々の発展に力を尽くすことを、この場を借りて誓います」
フォリアス陛下の隣に4人の竜王妃様が並ばれ、挨拶が始まった。
こういった場の挨拶ってすっごく長いんだけど、ボク達の披露宴から挨拶は短めっていうのが流行りだしたから、挨拶と宣誓の言葉を簡単に纏めたフォリアス陛下は、そのまますぐに乾杯の音頭を取った。
「それでは皆様の益々のご活躍と発展を祈って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
乾杯も終わったし、これで今日は無礼講になる。
とはいえ、最低限の礼儀は必要だけどね。
この場にいる貴族は大丈夫だって聞いてるけど、バレンティアの貴族は特にそういった礼儀に煩いのが多いから。
まあそういった貴族って、貴族っていう立場を勘違いしたバカばっかりだし、そいつらのほとんどは昨日捕まってるんだけどさ。
あ、そういえばイーリスに聞きたいことと言いたいことがあったんだった。
乾杯も終わったし、今なら行っても大丈夫だよね?
「ねえ大和、今ならイーリスのとこに行っても大丈夫だよね?」
「いや、今はフォリアス陛下達へ直接お祝いを伝えてる最中だから、それが終わるまでは無理だな。王家だけじゃなく貴族も多いから、多分1時間じゃ終わらないと思うぞ」
うえぇ、そんなにかかるのかぁ。
でもボク達もあとで挨拶に行くんだし、よく考えなくてもそれは当然か。
まあ特に急いでるワケでもないから、終わってからでもいいかな。
「そっかぁ。じゃあ終わってからにするよ」
「昨日のことだろ?俺もどうなったか聞きたいと思ってたから、終わったら一緒に行こうな」
「うん!」
大和も一緒に来てくれるんなら、逆にそっちの方が良かったかも。
それじゃあお料理は色々並んでるから、時間まではたくさん食べておこっと。
え、ボク達にも貴族が挨拶に来る?
王家にはボク達から挨拶に行かないといけない?
ママ達も来てるから、そっちにも挨拶にいかないとなの?
それってボクじゃなくて、プリムやマナ様でも……今日はボクが大和の妻代表だから、ボクが行かないとダメなのか。
大変だけど仕方ない。
じゃあ急いで挨拶にいって、お料理を食べる時間を確保しよう!
Side・マナ
無事に披露宴も終わり、私は大和とアテナに同行し、竜王家のプライベート・サロンへと足を運んだ。
竜王城は広大な敷地内に建てられており、5階建ての建物となっている。
1階は大小いくつかのホールやドラグナーズギルドが、2階と3階は政務のための部署や施設が、4階には謁見の間や来賓用の貴賓室が、そして最上階となる5階が竜王家のプライベート区画なの。
後はウィルム湖の小島に離宮があって、休暇の際はそちらで過ごすことも多いらしいわ。
今回案内されたサロンは5階のロビーにあり、既にフォリアス陛下やヘルディナ妃殿下、イーリス妃殿下、さらにお兄様やシエル義姉様も招待されていたようで、私達が来るのを待っていた。
あ、エリス義姉様とマルカ義姉様は、今回は欠席よ。
シエル義姉様はこういった場に出られたことがあまりないから、経験を積んでもらうためにお任せしたって聞いてるわ。
本音は面倒だから、丸投げしただけなんだけどね。
「ん?プリムが来ていないようだが?」
「先に帰ったわ。ツバキが片言だけど喋るようになってきたし、来月には天嗣の儀式があるから、その準備のためにね」
「ああ、もうそんな時期なのか」
プリムが産んだツバキとフラムが産んだミズキは、来月1歳の誕生日を迎え、天嗣の儀式を行うことになっている。
一応ツバキは次期フレイドランシア天爵ということになってはいるんだけど、まだ継承権は発生していないから候補止まりだし、更にツバキにはヴァルト獣公位継承権も与えられることになっているから、色々と面倒なことにもなってたりするの。
今は天嗣の儀式をどこで行うかってことに、ヴァルトの貴族達が横槍を入れてくるようになったから、その対応に時間を取られてるのよ。
「それは大変ですが、ネージュ陛下はなんと仰っているんですか?」
「俺……私の思うようにと。陛下は今妊娠されていますから、特に問題なければその子が獣公位を継ぎます。ただその子に万が一があった場合、ヴァルトがどうなるかわかりませんから、ツバキの継承権を無くす訳にはいかずで」
「それは仕方ない話だな。だが貴族達の横槍は、私としても気になる。あまりひどいようなら、こちらにも一報を入れてもらえるか?」
「お気遣い、ありがとうございます」
妊娠中のネージュ陛下も諫めてくれてはいるんだけど、あまり負担をかけるワケにはいかないから、その話はプリムが一手に引き受けている現状となっている。
横槍を入れてくる貴族の多くは、いずれヴァルトの実権を握ろうと考えてる輩が多いんだけど、中には純粋にプリムが獣公女という立場を考えて発言してる者もいるの。
だけどツバキは次期フレイドランシア天爵の最有力候補で、フレイドランシア天爵家は天帝位継承権を有する三天家の1つだから、ヴァルトで天嗣の儀式をというのは難しい。
大和やプリムはそう考えてるし、ネージュ陛下も本音ではそうなんだけど、だからこそヴァルトでっていう意見が多いのよ。
ヴァルトで天嗣の儀式を行ったツバキが天帝として即位することになった場合、ヴァルトが優遇されるとでも考えてるんでしょうね。
実際、そんな考えをしてる貴族が何人かいるから。
だけどツバキは、血縁はないけどお兄様にとっても姪になるし、三天家の後継者候補でもあるから、口を出す理由としては十分。
だからお兄様が声を上げれば、ヴァルトの貴族達も黙るしかなくなるでしょう。
あんまり露骨にっていうのはダメになるけど、姪のことだから少々のことは問題にならないからね。
「それで陛下、イーリスが狙われてたっていうお話なんですけど」
「そのお話については、少し長くなりますがよろしいですか?」
「お願いします」
その話はそこまでで、アテナが本題を促す。
本題とは、アテナの双子の妹で第二竜王妃となったイーリス妃殿下の御命を狙っていたという貴族達について。
実行犯、共犯、そして黒幕含め、全てがバレンティアの東部貴族達だったんだけど、連中が蠢動し始めたのは今から3年前、大和によってナールシュタット・ニズヘーグ公爵が失脚してからになる。
ナールシュタットはアバリシアと内通していたことで国家反逆罪で一族郎党が処刑されているけど、あの男は竜王の座を望み、フォリアス陛下が即位と同時にご結婚されたヘルディナ妃殿下に毒を盛ったことがある。
当時はナールシュタットまで辿り着けなかったそうだけど、疑惑は常に持たれていたし、最終的にはナールシュタット子飼いの貴族が全ての罪を擦り付けられて改易の上で処刑されてたわ。
だけどそのナールシュタットが消えたことで、バレンティアの東部貴族達は大きく力を削がれ、さらにアミスター・フィリアス連邦天帝国が建国されたことで、完全に力を失ったと言っても過言じゃない状況になった。
そのことに焦った東部貴族達は、ドラグナー登録から弾かれた竜騎士や素行の悪いハンター達を抱き込み、表では竜王家に従いながらも裏では着々の反乱のための戦力を整えていっていたそうよ。
何度かドラグナーズギルドによって制圧されてるけど、どうやらそれは囮だったみたいね。
さらに娘や妹を竜王妃に据え、復権を狙っていたわ。
そのために邪魔となるのは現竜王妃と婚約者達だけど、第一竜王妃たるヘルディナ妃殿下は既に子を成せない身体となっているから脅威とはならず、レミー妃殿下は平民出身だから、こちらも貴族たる自分達に逆らうとは考えなかった。
残るはイーリス妃殿下とラヴィーネ妃殿下となるんだけど、イーリス妃殿下は聖母竜ガイア様のご息女、ラヴィーネ妃殿下は西部貴族たるメリュジーヌ伯爵家のご令嬢だから、簡単には手出しができない。
だけどイーリス妃殿下が妊娠したという話が広まったことで、襲撃優先度はイーリス妃殿下の方が高くなってしまった。
「そこまでは聞いていましたが、レミー妃殿下が平民出身だから自分達の言いなりにできると考えていたとは、救いようのない愚かさですね」
「同感だ。平民出身だろうと一国の王妃である以上、貴族より身分は上となる。しかも彼女もハンターなのだから、生半可な実力では返り討ちに遭うだけだ」
「私も全くの同感なのですが、それが当然と考えていたのが、我が国の東部貴族達なのです」
フォリアス陛下が自国の恥だと断じられたけど、本当にそうだとしか思えないわね。
確かにバレンティアは貴族の権勢が強く、フォリアス陛下のことを蔑ろにしていた貴族も多かったけど、連邦天帝国が建国されたことで、西部貴族も含めて権勢は削がれている。
西部貴族は元々竜王家を敬っていたし、その程度じゃなんのダメージにもならなかったから問題は起きていないんだけど、権力を笠に着ていた東部貴族には多大なダメージとなり、没落した家もあると聞く。
だからこそ竜王妃を輩出して権勢を取り戻そうと画策したんだけど、それが逆に自分達にトドメを刺す行為だということには、結局最後まで気が付かなかったようね。
「イーリスはドラゴニアンですから、彼らも簡単に妊娠するとは考えていなかったというのも、焦った一因でしょう。なにせその頃は、イーリスよりラヴィーネの方が危険でしたからね」
まあそうでしょうね。
なにせイーリス妃殿下は、ハイドラゴニアンに進化するまでウィルネス山にあるクリスタル・パレスにお住まいだったんだから、簡単に手出しなんてできないわ。
だけどイーリス妃殿下がハイドラゴニアンに進化し、更には妊娠されたことで状況が変わった。
だから焦って毒を盛ったそうだけど、ハイクラスだからこそ毒物は効かず、逆にそこから関与していた者が割り出されて行き、それが昨日の大捕り物に繋がったそうだから、完全に自滅でしかない。
「ただそのせいで、東部貴族は2家しか残っていませんから、今後の対応がかなり大変なんです」
「え?2家しか残らなかったんですか?」
「はい、先日の襲撃、並びに暗殺計画に、彼らは進退を賭けていたようですから。残った2家についても、単に怖気づいて参加しなかったというだけですから、改易とまではいかずとも領地を取り上げることになるでしょう」
東部貴族は、本当に全滅してたのね。
だけど彼らは百害あって一利なしっていう存在だったから、逆にバレンティアにとっては良いことでしょう。
後始末はとんでもなく大変だけど、フォリアス陛下から悲壮感はなさそうだから、バレンティアの問題解決の日も遠くは無さそうだわ。
それまでは東部に領地を有する、フォリアス陛下の兄君が婿入りされたウロボロス公爵家を中心に、ヘルディナ妃殿下のご実家となるリンドヴルム公爵家、ラヴィーネ妃殿下のご実家メリュジーヌ伯爵家とも協力して、事態の収拾を図られるでしょうね。
バレンティアのことだから私達に出来ることは少ないけど、早期の解決を心からお祈り申し上げます。




