子供達の名前
真子さん達に諭されてから白妖城に戻ったが、会食はもう終盤になっていたため、プリムが無事に出産したことを伝えるのが精一杯だった。
それでも祝いの言葉はもらってるし、明日も昼ぐらいまでは来なくていいって言われている。
プリムが気絶するほどの難産だったし、フラムもこれから出産になるだろうから、そう言ってもらえて本当にありがたい。
礼を言ってからアルカに帰ると、丁度フラムの出産の最中だった。
この分だと日付が変わるぐらいになるって話だが、相変わらず俺は部屋に入れなかったけどな。
理由も理解してるし4人目ってことになるから、少し慣れてきてる自分もいるが。
「そういやプリムは?」
「まだ目が覚めてません。下手に動かさない方がいいだろうということで、今夜はあのお部屋で、ヒーラーが付きっ切りで看てくださるそうです」
リビングにいたミーナが、プリムの様子を教えてくれた。
まだ目が覚めてなかったか。
真子さん達から、朝まで起きないだろうって言われてたけど、ちょっと心配になってくるな。
「心配なのはわかるけど、大丈夫だよ。さっきあたしもミーナも看てきたから」
「はい。赤ちゃんも、マナ様がお乳を上げていましたし、元気になってきているって聞いています」
プリムの目が覚めてない以上子供のミルクはどうするんだと思ってたんだが、マナが代わりにあげてくれてたのか。
こういう時、子持ちの奥さんが複数いるっていうのはありがたいな。
「良かった。それで、フラムは?」
「ちょっと時間が掛かってますけど、経過としてはよくあることだそうです」
どうやらフラムは、俺達が出てすぐに産気付いたらしい。
だけど子供が、なかなか子宮の中から出てこないため、時間が掛かるんだそうだ。
初産だとままあることだし、リカさんもそうだったらしいから、これについては特に心配されてはいない。
そして日付が変わった頃、フラムも無事に女の子を出産した。
子供が動いたら、あとはすぐだったみたいで、稀に見る安産だったそうだ。
プリムのことがあったから、本当に一安心だな。
報告を受けた俺は、すぐに部屋に行って、フラムを労った。
「お疲れ様、フラム」
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるフラムの隣には、ウンディーネの赤ちゃんが寝かされていた。
フラムは妖族だから生まれてくる子も妖族だと思ってたが、今のところ俺の子供は全員嫁さんの方の種族だから、ちょっと寂しく感じてしまう。
「大和さん、この子の名前は考えてあるんですよね?」
「ああ、もちろんだ。この子の名前は……」
「いえ、名前は、プリムさんの赤ちゃんからお願いします」
フラムの子の名前は、俺の中ではとっくに決まっている。
だがその名前を口にしようとした寸前で、フラムに止められてしまった。
「なんで?」
「日付が変わってますし、この子より先にプリムさんの方が出産していますから、この子は妹になります。お姉さんより先に妹に名前を付けるのも変ですし、プリムさんにも聞いてもらいたいですから、起きてからの方がいいと思いまして」
ああ、そういう理由か。
フラムは元気だが、プリムは体力を使い果たして寝てしまっている。
さらに数時間の差とはいえ、プリムの子の方が姉になるから、フラムとしては先にプリムの子に名前を付けるべきって考えているみたいだ。
プリムにも聞いてもらいたいっていう理由もあるし、俺もそれは理解できるから、ありがたくそうさせてもらおう。
「わかった。じゃあプリムが起きたら、名前を付けることにするよ」
「はい」
数時間の差とはいえ、日付的にはプリムの子の方が1日お姉さんってことになる。
フラムの方が予定日は先だったんだが、あくまでも目安だし、特に珍しい話じゃない。
だから俺もフラムの言葉に甘えて、先にプリムの子から名前を付けることにしよう。
「それじゃあ大和君、いつもの通りで悪いけど」
「ええ、わかってます。2人を頼みました」
「任されたわ。ああ、ユーリ様とキャロルも明日学園なんだから、今日はお休みください」
「よろしいんですか?」
「もちろん。幸い、私は明日の予定はどうとでもできるし、1日2日ぐらいなら寝なくても平気だしね」
「それではお言葉に甘えさせて頂きます」
ユーリとキャロルは、明日も学園に通うから、今日はこれでお役御免か。
残るのは真子さんとアプリコットさんだけになるが、2人ともAランクヒーラーだし、プリムもフラムも大丈夫ってことだから、何かあっても対処できるってことなんだろう。
「フラム、今日はゆっくり休んでくれよ」
「はい、ありがとうございます」
「それと……プリム、大変だったけど、無事に産んでくれてありがとう」
まだ寝ているプリムの頬に手を当てる。
するとプリムの顔が、少し綻んだような気がした。
本当に大変だったみたいだし、真子さんが言うにはプリムは最悪の事態を考えてたみたいだから、母子共に無事で心から安心できる。
今はこの程度しかできないけど、起きたらちゃんと言葉で労わないとな。
Side・プリム
目が覚めると、あたしの前には真子と母様がいた。
あたし、なんでここにいるんだっけ?
そう思いながら視線を動かすと、隣で寝ている小さな姿が映り、それでハッキリと思い出した。
「起きたわね。もう朝よ」
「母様。じゃああたし、この子を産んでから、ずっと眠ってたの?」
「眠ってたというより、気を失ってたって言うべきね。ごめんねプリム。出産時に念動魔法を使ったのは初めてだったから、とんでもなく痛かったでしょう?」
記憶の糸を辿ってみると、確かにあたしは、この子を産むために激しい痛みに耐えていた気がする。
だけどそんなことより、この子が逆子だったっていう事実と、この子が生まれてこられないかもしれないという恐怖に負けそうになっていたから、そっちはあまり覚えていなかったりもする。
確かに真子が何か言ってたけど、あたしに念動魔法を使ってたなんて、これっぽっちも思ってなかったわ。
「今だから言えることだけど、私達も準備不足だったわ。本当にごめんなさい」
「謝ることじゃないわ。真子がいなかったらこの子は産まれてこれなかっただろうし、あたしだってどうなってたことか……。だからありがとう、真子」
あたしの出産は、ヒーラーズギルドでも稀に見る難産だったらしい。
しかもあたしがエンシェントクラス最高レベル保持者ってこともあって、真子の念動魔法でフォローしてもらったルディアとキャロルが全力で押さえつけないといけない事態にもなっていたそうだから、真子がいてくれなかったらあたしやこの子だけじゃなく、みんなのことまで傷つけてしまっていたかもしれない。
こんなとんでもない恐怖を感じたのは、間違いなく生まれて初めてだわ。
もし真子がいてくれなかったら、本当にどうなっていたことか……。
「お礼を言われるようなことじゃないわ。あ、でも今回の出産のことは、ヒーラーズギルドに報告しないといけないから、そこは了承してくれる?」
「それはもちろん」
記録に残る程の難産で、それがエンシェントクラスってことなんだから、ヒーラーズギルドにとっても是非ともほしい記録になるわよね。
「っと、誰か来たわね。まあ、大和君でしょうけど。どうぞ」
「失礼しますよっと」
ドアがノックされて真子が許可を出すと、入ってきたのは真子の予想通り大和だった。
心配そうな顔をしてくれてるのが申し訳ないけど、あたしもホッとするわ。
「大和」
「プリム、目が覚めたんだな。体調はどうだ?」
「快調、とは言い切れないけど、今は大丈夫よ」
「そうか、良かった……」
安堵の溜息を吐く大和に、なんか嬉しくなる。
あたしは出産直後に意識を失ってから今までずっと眠ってたから、大和も心配してくれてたのね。
「プリム、子供は見たか?」
「ええ。フォクシーの女の子で、しかも翼族なんですって?」
翼族の子が翼族になるとは限らない。
出産直後に真子に教えてもらった気もするけど、生まれてくれたことに安堵したぐらいしか覚えてないから、本当に驚いたわよ。
「ふあぁ……あ、おはようございます」
「おはよう、フラム」
「プリムさん、大丈夫ですか?」
「フラムにも心配かけちゃったのね。ええ、大丈夫よ」
起きてきたフラムの隣にも赤ちゃんがいるってことは、あたしの後でフラムも無事に出産したってことになる。
フラムの出産の様子はまだ聞けてないけど、あたし程の難産じゃなかったでしょうね。
「フラムも子供も……大丈夫そうだな」
「はい。あ、大和さん、この子達の名前をお願いしてもいいですか?」
「え?まだ名前付けてなかったの?」
「ああ、フラムに言われたってのもあるけど、プリムが寝てる間にっていうのもどうかと思ったからな」
大和もフラムも、あたしに気を遣ってくれたのね。
嬉しいしありがたいけど、同時に申し訳なく思うわ。
「それで大和君、この子達の名前は?」
「プリムの子が翼姫、フラムの子が湖姫だ」
ツバキとミズキか。
大和のことだから意味はあるんでしょうけど、どんな意味なのかしら?
「プリムの子は黄色い体毛みたいだから、杏姫にしようかと思ってたんだ。だけど翼族ってことだし、プリムもバリエンテじゃ、真紅の翼姫って呼ばれてたことあるだろ?だから翼の姫ってことで翼姫だ」
真紅の翼姫って呼ばれた覚えはないけど、そう呼ぶ人もいたって話は確かに聞いた。
この子が翼族だったのはあたしも予想外だったけど、だから大和はその二つ名をこの子の名前にしてくえれたのね。
「なるほどね。でも大和君、気付いてた?」
「何を?」
「杏って、英語でアプリコットっていうの。それって誰の名前かしらね?」
「え?マジで?」
ツバキの毛色から考えてたみたいだけど、まさかその名前が母様の名前と同じだったとは、さすがに思いもしなかったわ。
本当ならその名前が付けられてたのかと思うと、ちょっと残念な気もするわね。
「あー、悪い。マジで気付かなかった」
「仕方ないでしょ、それは。母様には残念かもしれないけど2人目の子にっていうのもアリだし、ネージュ姉様の子でもいいんじゃない?あ、母様の子でもいいのか」
「いや、それはそれでどうかと」
まあ、大和はそう言うでしょうね。
それに母様の子ってことはあたしにとっても妹ってことになるから、色々とややこしいことになるわ。
それもあってか、母様は子供を産むつもりはないみたいだから、大和に抱かれる時は避妊魔法コントレセプティングを使ってるけど。
「大和さん、ミズキの名前も意味があるんですよね?」
「え?ああ、もちろんあるよ。ミズキはウンディーネとして生まれてくるのは、ほとんど確定してただろ?」
「ハーフの可能性もありましたけど、確かにそうですね」
確かにウンディーネハーフの男の子っていうこともあり得たけど、その可能性はものすごく低いわね。
「それにフラムは、近いうちに男爵になって、プラダの代官になる。そうなるとミズキは、次期代官ってことだ。プラダはナダル海とヴェール湖に挟まれているけど、ナダル海は内海だから大きな湖って言ってもいい。だから湖の姫っていう意味を込めてあるんだ」
「湖のお姫様、ですか。ウンディーネとしてはこれ以上無い名前ですね」
フラムの言う通りね。
ツバキもだけど、ミズキもとても良い名前だわ。
「それじゃあこの子達は、ツバキちゃんとミズキちゃんで決定ね」
「ええ」
大和が付けた名前に、反対なんてするはずがないもの。
あ、でもちょっと待って。
サキはラピスラズライト天爵家、アスマはアマティスタ侯爵家の跡取りでしょ?
それでミズキがプラダの代官となる男爵家の跡取りってことは、フレイドランシア天爵家の跡取りって、もしかしてツバキってことになるの?
「ん?いや、そりゃそうだろ」
マジで?
いえ、確かにそうなるんだけど、この先誰かが男の子を産むかもしれないんだから、その子を跡取りにした方が良くない?
もちろん絶対に産まれるとは限らないけど、あたしとしてはちょっと遠慮したいというか、天帝家にバリエンテ獣王家の血を入れるのは早いというか……。
「そんなことないだろ。というか、多分他のみんなも、絶対に遠慮すると思うぞ。それなら次女ではあるけど年功序列ってことで、ツバキが跡を継いだ方が、問題は起きないだろ」
それも否定できない話か。
まあ、この先どうなるかは分からないし、正式に後嗣に指名されるのは学園を卒業してからになるから、今は候補ってことで納得しときましょう。
まだ生まれたばかりなのに、そこまで先のことを考えても仕方ないけどね。




