西の森での討伐報告
Side・真子
ラクスの合図を確認した大和君達は、慌てて森の中に入っていった。
学生達じゃ対処できない魔物がいるってことだけど、昨日森を調べた限りじゃそんな魔物はいなかったはずなのに、いったい何がいたっていうのかしら?
しいて言えば最深部にあるゴブリンの集落だけど、少し前に長と思われるゴブリン・プリンスは討伐されてるから、近付かなければ学生達に危険は及ばないはず。
私も森に入りたいところだけど、私はヒーラーとしての役目もあるし、事情を聞く必要もあるから、しばらくはここから動けない。
ユーリ様が戻ってくれば動けるし、すぐに出てくるでしょうから、動くのはそれからになる。
実際、すぐにラウス君のトラベリングで出てきたし。
「ユーリ様、ご無事ですか?」
「はい。アウローラ殿下もレイナも、傷一つ負っていません」
そっちはあんまり心配してないわ。
ユーリ様もヒーラーだし、学生じゃ対処できない魔物が出たとしてもラウス君がいるんだから。
「アリア、その子達は?」
ユーリ様に続いて出てきたアリアだけど、5人のハンターを念動魔法で拘束しながらだったから少し驚いた。
「ゴブリン・クイーン率いる群れに追われていましたが、それをラウス君が倒したところを見て固まっていたので、手っ取り早く離脱するためにこうしています。さあ、着きましたよ」
分からない話じゃないけど、もうちょっとやりようは無かったのかしら?
少しケガしてるけど四肢の欠損はないし、ゴブリン・クイーンに追われてその程度なら、ヒーリングでも大丈夫か。
「って、ちょっと待って。ゴブリン・クイーンがいたの?」
「はい。そちらは率いていた群れも含めてラウス君が倒していますが、まだ残りがいる可能性があるので、残ってもらっています」
それはいるでしょうね。
さすがにゴブリン・クイーンが生まれてたとは思わなかったけど、昨日いなかったのは確認済みだから、進化したとしたら昨日の夜から今日にかけてってことになる。
亜人の災害種は、1日に何度も出産することができるけど、仮に進化したのが昨夜だったとしても、産んだ個体はさほど多くはないでしょうから、群れの規模としては50匹もないはず。
「そのゴブリン・クイーンですが、森の奥から現れました。彼らもそちらから逃げてきましたから、おそらくゴブリンの集落に攻撃を仕掛けてしまったのではないでしょうか?」
待ちなさいよ。
ゴブリンの集落があるってことは伝えてあるし、ゴブリン・プリンスがいなくなったとはいえそこそこの規模はあるから、今回の狩りは比較的浅いエリアのみって決められてるでしょ。
なのに奥から逃げてきた?
「私達は境界ギリギリで狩りをしていましたが、その奥からですから、おそらくはゴブリン・プリンスが討伐済みということで、自分達で集落を潰そうと考えたのでは?」
「そうなの?」
ユーリ様の考えてる通りだとしたら、これは大問題になるわよ。
「あの……えっと……」
「お、俺達……その……」
図星っぽいわね。
ラウス君は残ってるようだし、大和君達も森に入ったから学生達の安全は確保できるだろうけど、境界近くを見回っていたハンター達はマズいかもしれない。
さすがにこれは、いくら学生だっていっても処罰は免れないわ。
「真子さん!治療をお願いします!」
そう考えてるところで、リディアがトラベリングで開いた門から、5人の学生と左腕を斬り落とされたハンターを連れて出てきた。
って、ブレイド・ナイツのサモンじゃない!
レベル48のハイエルフが左腕を落とされるなんて、いったい何がいたの!?
「す、すまん……」
「黙って!『エクストラ・ヒーリング』!リディア、何がいたの?」
「ゴブリン・プリンセスです。サモンさんならここまでの傷を負う魔物ではないのですが、さすがに学生をかばいながら、しかも不意打ちを受けてしまっては……」
ゴブリン・プリンセスまでいたのね。
いえ、昨日いなかったのは間違いないから、こっちも昨夜から今日にかけて進化してたってことか。
「アリア、神帝の魔力って、完全に相殺できてるのよね?」
「そう聞いていますが、既に影響を与えていた魔力分まではどうしようもありませんから、それが原因ではありませんか?」
「そうなるわよねぇ。はい、終わったわよ」
「すまん、助かった」
「こっちこそ、学生達を守ってくれてありがとう」
「さて……」
サモンの治療を終えた私は、アリアが連れてきたハンター達に視線を移す。
彼らのせいとは言い切れないけどゴブリン・プリンセスは異常種だから、最深部の集落から出てきた可能性が高い。
彼らを追いかけなかったのは疑問だけど、全部が全部後を追うワケじゃないから、多分警戒の意味もあったんじゃないかしらね。
「えっと……」
私の視線に身を竦ませるハンター達だけど、これはどんな処分が下されるのかしらね?
普通に活動してるハンターなら、最悪の場合は国家騒乱罪ってこともあり得るけど、まだ学生ってことを考えると、高額の罰金で済まされる可能性もある。
それはどっちでもいいけど、何より問題なのは本当に集落に突っ込んでいたとしたら、なんでそんな無謀なことをしたのかだわ。
そっちも、だいたいの予想は付いてるけど。
「王家の護衛をしているラウスが気に入らないのでしょう。真子も聞いていると思いますが、事あるごとに、それも私達の前でも、平気で突っかかってきていましたから」
「……そうなの?」
俯いて視線を逸らしてるけど、完全に図星ね。
ノーマルクラスだから仕方ないのかもしれないけど、それでも相手の力量を見抜けないようじゃハンターとしては三流以下だし、そこに年齢や経験は関係ない。
むしろ、それができないハンターは早死にするだけよ。
総合学園が作られたのも、そういったハンターを減らすためっていう理由があるのに、初年度からこんな子達が出るとはね。
いえ、初年度だからこそ、なんでしょうけど。
「話は後で、先生方やオーダーも交えて行います。どんな処罰が下されるかは分からないけど、あなた達がやったことは、この実習に参加している学生達の命を危険に晒し、メモリアにも重大な被害をもたらしていたかもしれないんだから、甘んじて受けなさい」
「「「はい……」」」
次々と森から出てくる学生達が、何事かと思いながらこちらに視線を送ってくる。
説明するかどうかは悩むところだけど問題が問題だし、リカ様や学園長としっかり話し合ってから決めることにしましょう。
この子達を助けたのはラウス君って話だし、今日みたいな事があったんだから、今後は大人しくなるでしょうし、それ以外はまともな子達らしいから、なるべく軽めの罰則で済むといいわね。
Side・ユーリ
学生達や護衛のハンター達は、大和さん達が森に入ったこともあってか、全員が無事に出てくることができました。
最深部にあった集落には、驚いたことにゴブリン・キングまでいたそうですが、こちらはラウスが集落ごと潰していますから、最悪の事態は防げたと言ってもいいでしょう。
そんな危険な森に学生達を入れてしまったことは私達の落ち度ですし、あのハンター達が刺激してしまった結果なのも取り調べの結果判明していますが、とりあえず最悪の事態は防げたと言えます。
私達は急ぎ総合学園に戻り、領主のリカ侯爵、学園長、オーダーズマスター クリス、そしてハンターズマスターも交え、報告を行っています。
「数は思ってたより少なかったですから、多分キングもクイーンも、本当に進化したばかりなんだと思います」
そう報告するラウスですが、集落にいたゴブリンの数は50足らずで、大和さん達や護衛、学生達が討伐したゴブリンを合わせても100に届かない数ですから、確かにキングとクイーンが番いとなっていた集落にしては少ないですね。
「昨日いなかったのは間違いないから、昨夜から今朝にかけて進化したんだと思うが、クイーンが最前線に出てきてたってことを考えると、自分でも進化してることに気付いてなかったのかもしれないな」
「ああ、それはありそうだよね」
「ということは、集落にいたキングが一番早く進化したから集落の長になって、クイーンやプリンセスは今朝からついさっきまでの間に進化したってことですか?」
「多分だけどな」
というのが大和さんの予想ですが、クイーンやプリンセスなどの亜人のメスは、子を産むことが多いと聞きますから、その可能性は低くはなさそうですね。
「怪我人は、ブレイド・ナイツのサモンさんが一番の重傷だったと報告を受けましたが、他のハンターはどうだったんですか?」
「普通の狩りでも負う程度の傷ばかりでしたね。一応治療はしていますけど、何もしなくてもすぐ治ったと思います」
サモンはレイドメンバーにも言われていましたが、どうやら運が悪かったという話で済んでしまったようです。
いえ、Aランクヒーラーの治療を無料で受けられたのですから、ある意味では運が良いと言えるかもしれませんが。
「例の子達ですが、ラウス君に隔意を抱いているからこその行動でした。どうも先月の事があったので、自分達よりレベルは上かもしれないと感じていたようですが、だからこそ自分達がゴブリンの集落を潰し、ラウス君を見返そうと考えていたようです」
「先月って言われてもけっこう頻繁だったんで、心当たりはいっぱいあるんですが?」
クリスがゴブリンの集落に手を出したハンター達の取り調べ結果を教えてくれましたが、やはりでしたか。
ラウスの言う通り頻繁に突っかかってきていましたが、実際に手を出したのは先月の特別講師を招いた授業の後のみですから、おそらくはその時に、自分達よりレベルが上かもしれないと感じたのでしょう。
実際には、上どころの話ではありませんが。
「ラウスのレベルやハンターズランクを非公開にしてたのが仇になったか」
「公開してたら、もっと面倒になってたと思うけど?」
「それにたとえ公開してたとしても、あの子達が信じるかは別問題じゃありませんか?」
「そうなんだよなぁ……」
ルディアとリディアの疑問に頭を抱える大和さんですが、確かにその可能性もありましたね。
未成年でエンシェントクラスに進化したラウスとレベッカは、進化直後は多くの貴族から勧誘を受けていました。
特にラウスは顕著で、バレンティア東部の貴族達は、露骨な圧力までかけてきたぐらいです。
まあその貴族達は、大和さんばかりかお兄様までも敵に回してしまいましたから、すぐに大人しくなったのですが。
それもあってラウスもレベッカもあまり表に出ることはなく、狩りもフィールで細々と行っていたほどです。
それでも知っている者は知っていますし、ウイング・クレストの一員ということも同様ですから、先の貴族達の醜態と大和さんを恐れて手を出してこれないのです。
「自分に自信を持ってる子にはありがちだけど、今回はちょっとヒドいわね」
「さすがに処罰無しとはいかないが、幸いにも大和天爵達がいてくれたおかげで、誰も被害を受けていない。ブレイド・ナイツのハンターが重傷を負ったがそちらも治療済みということだし、今回は厳重注意の上で罰金が妥当か。ハンターズマスター、この場合だと如何ほどになるのですか?」
「災害種がいたワケですから最低でも白金貨数枚ですが、オーダーズマスターの仰る通り被害は僅かですから、今回は各々金貨2枚といったところでしょうか」
「それでいいんですか?」
「罰金は、被害者への補填という意味もあるからね。Aランクヒーラーがエクストラ・ヒーリングを使ってくれたことを考えると、今回はその程度ってところかしら」
厳重注意の上で金貨2枚ずつの罰金ですか。
思っていたより軽い処分ですが、学生の身で金貨を稼ぐのは大変ですし、Aランクヒーラーがエクストラ・ヒーリングを使っても金貨2枚程度で済みますから、妥当なところではありますか。
「そちらはそれでいいとして、次の問題はラウス君ですね」
「はい。やむを得なかったとはいえ、人前で、特に彼らの前でゴブリン・クイーンを瞬殺していますからね。いずれバレるのは分かっていましたが、少し時期が早いかもしれません」
私もそう思いますが、ラウスだけではなくレベッカとキャロルも残って森の中で討伐を行っていましたから、公表するのもアリだと考えます。
ラウス、レベッカ、キャロルのレベルが非公開という理由は、その情報を得た他国の貴族が在学中の令息令嬢に指示を出し、取り込もうとする可能性があるからです。
学園内は、たとえ貴族であろうと許可なく立ち入ることはできませんが、手紙のやり取り程度は何の問題もありません。
3人は婚約者同士ですし、エンシェントクラス相手に力尽くなどできませんからレベッカとキャロルは大丈夫だと思いますが、ラウスは未成年とはいえ男子ですから、娘や妹を嫁がせようと考える貴族は必ず出てきます。
ですがラウスは、レベッカとキャロル以外にもレイナ、セラス様とも婚約していますし、特にセラス様はリヒトシュテルン大公女ですから、無理な婚約の押し付けはリヒトシュテルン大公国も良い顔をしませんし、さらにフリューゲル獣公女アウローラ殿下も婚約したいとお考えのようです。
ですからこの際、アウローラ殿下との婚約も認めてしまい、お兄様から公表してもらえば、そんな貴族からの横やりは防げるはずです。
ラウスの婚約者は、学園を卒業するまでにあと1名増えているようですし、さらにもう1名増えるかもしれないというガイア様の予知夢がありますから、その1名がアウローラ殿下という可能性は低くないでしょう。
アウローラ殿下は公太子でもありますから婚約という手は使いにくいですが、大和さんとヒルデお姉様という実例も身近にありますから、検討してみてもいいかもしれませんね。




