騎士の武具製作依頼
Side・マリーナ
いやいや、ミーナも無事に大和と婚約できたみたいだし、めでたいね。
あとはフラムだけど、こっちも問題なく婚約しそうだよ。
なにせミーナと婚約したことで大和も開き直ったみたいだから、あと何人かは確実に増えるだろうね。
高ランクハンターは、普通に何人も女を侍らせてるし、中にはレイドの女全員を妻にしてるハンターもいるからすごいよね。
「そういえばマリーナ、エドってフィーナとは結婚しないの?」
「う~ん、難しいね。知っての通りフィーナは身請奴隷だから、簡単にはいかないんだよ」
あたしはフィーナもエドの嫁に、って思ってるし、エドもまんざらじゃなさそうなんだけど、身請奴隷でもあるフィーナは、身請時に得た金額を稼ぐまで解放されることはないし、あとどれぐらい残ってるのかもわからない。
クラフターズマスターに聞けば教えてくれるだろうけど、簡単に稼げる額じゃないのは間違いないし、とてもじゃないけど肩代わりなんてできないよ。
「瑠璃色銀は公表できないけど、翡翠色銀に青鈍色鉄、それに新魔法メルティングもあるんだから、足しにはなるんじゃないの?」
「微妙なとこかなぁ。確かにメルティングが工芸魔法になったってこともあるから金一封は貰ってたし、翡翠色銀と青鈍色鉄も公表すればまた貰えるだろうけど、そこまでだしね」
確かにメルティングにしろ翡翠色銀や青鈍色鉄にしろ、かなりすごい物だってのは間違いないから、エドの名声はすごく高まるだろうと思うけど、それがクラフターにとっての最上の栄誉なんだよね。
製法を独占して、高値をふんだくれば大金が手に入るけど、それは身の破滅にしかならないし、何より大和が許してくれないと思う。
メルティングを使えばかなり魔力の消費を抑えられるんだけど、しばらくはエドが作ることになるし、その分は稼げるだろうけど、材料に魔銀、晶銀、金剛鉄を使うから、ハイクラスに進化してる人でもない限り、注文はしてこない気がするんだよね。
それに稼いだお金も材料の買付で消える可能性があるし、何より翡翠色銀も青鈍色鉄もいくらぐらいで売るかがわからないから、それが決まるまでは受注もできないっていう問題があるよ。
参考までに、標準的サイズの魔銀のインゴットが3,000エル、晶銀が5,000エル、金剛鋼が8,000エル、神金はなんと50万エルもする。
あたしが売るとしたら、最低でも翡翠色銀は2万エル、青鈍色鉄は3万エル、瑠璃色銀は10万エルってとこかな。
あまり安くしすぎると、魔銀や金剛鉄製武具の売上が落ちるし、低ランクハンターやクラフターには手が出ないから、ある程度は高く設定しておかないといけない。
あたしはBランククラフターだけどCランクトレーダーでもあるから、エドよりは商品の需要と供給、物価のことには詳しいよ。
「そうなんですね。それならフィーナさんは解放されてから、エドワードさんとご結婚ということになるんですか?」
「今の流れだとそうなるかな。フィーナも一緒に、合同披露宴したかったんだけどなぁ」
やっぱり一度、聞いてみた方がいいかもしれないなぁ。
「マリーナ、ミーナさんの希望は聞き終わったのか?」
「終わってるよ。はい、これ」
プリムやミーナと話してばかりだと思ったかもしれないけど、しっかりとお仕事はしてたよ。
これぐらいのことは、クラフターなら誰でもできるし。
もちろん、しっかりと集中した方がいいんだけどね。
「どれ……また奇抜というか、これじゃハンターっていうより名のあるオーダーだな」
あたしもそう思った。
とは言っても、オーダーでもこんな鎧は着けてないけどね。
オーダーにとって鎧は所属や階級を表してるから、オーダーズギルドの支部ごとに違いがある。
フィール支部はプレシーザーの革を重ねた革鎧に、魔銀の胸当てと肩当て、腰当て、手甲に足甲、っていう感じになってるよ。
見た目は魔銀のハーフプレートアーマーだけど、腹部はプレシーザーの薄く青い革が覆ってるように見えるのが特徴かな。
レティセンシアと国境を接するベルンシュタイン伯爵領ポラル支部はワイバーンの薄い緑の革、バリエンテとの国境を護っているクリスタロス伯爵領フランコ支部はグラントプスの薄茶色の革が見えるようになってて、ロイヤルオーダーになると魔銀と晶銀、部分的に金剛鉄を使ったプレートアーマーだって話だよ。
オーダーズマスターの鎧は、このプレートアーマーに支部ごとの特徴が追加される形だったかな。
ミーナのデザインを見ると、デザイン自体は大和やプリムと同じ、裾が膝下まであるロングコートなんだけど、所々に装甲を張り付けてあるからプレートアーマーっぽく見えなくもない。
さらにバトルドレス系のスカートアーマーと合わせるみたいだから、女性オーダーが喜びそうなデザインだよ。
オーダーの鎧は男女兼用で武骨なデザインだから、女性オーダーからの人気は高くないし、不満の声はあたしでもよく耳にしてる。
いや、これはロイヤル・オーダーでも憧れるかもしれないから、今度オーダーズマスター、じゃなくてサブ・オーダーズマスターのローズマリーさんに売り込んでみよう。
もちろん裾はもっと短くするし装甲も減らすけど、それでも今の鎧より見た目は良くなるし、翡翠色銀を使えば防御力も上がるから、オーダーだって喜んでくれそうだしね。
「俺の希望も入ってるからな。というかウイング・クレストとしては、このコートを標準にしようと思ってるんだよ」
「なるほどな。だけど、それじゃオーダーズギルドみたいに、同じような装備で固めることにならねえか?」
「そこは装甲とかの配置やデザインを変えることで、同じようには見えても同じじゃない物ができるだろ?あとは色だな」
大和も色々と考えてるね。
実際、大和が希望してる色は黒っぽい感じの瑠璃色、プリムは深紅に近い緋色、ミーナは光沢のある白百合色だから作る側もけっこう大変なんだけど、色もけっこう大事だし、オーダーメイドなんかじゃ指定されることもあるから、そこは工芸魔法カラーリングを使って、頑張って染色するよ。
カラーリングは、魔力のある物質にしか使えないけど、自由に染色することができる魔法なんだ。
魔力はあんまり消費しないけど、人によってはすっごく細かく注文してくるから、魔力よりも神経が擦り減ってたまらない。
大和はそこまで細かくはしないって言ってるけど、希望してる色は大和の世界での呼び方らしいから、染色の前にもう一度しっかりと教えてもらうつもり。
刻印具っていう魔導具を使えば、サンプルになる色がわかるのもありがたい。
「カラーリングのこと教えたのは、失敗だったんじゃないかって思えてくるな。そのうち知られるだろうから、できねえって言うつもりもないけどよ」
「そんなこと言ってやがったら、後でクレーム入れてただろうな。それはそれとして、いつフィーナを落とせるんだ?」
おっと、ここで大和が話を変えてきたよ。
完全にからかってるのがわかるけど、さっきの逆襲に出てるって気もするねぇ。
「落とすも何もフィーナは身請奴隷なんだから、解放されなきゃ結婚も何もないぞ」
正論で返すエドが腹立たしいな。
そこは俺がすぐに解放させてみせる、とか、いつでも落とせるぞ、とか言ってみなよ。
「つまり、解放されれば結婚するってことだな?」
「……てめえ、何考えてやがる?」
「何も。で、どうなんだよ?」
「そりゃ考えてないっていえば嘘になるが、まだマリーナとも結婚してねえんだから、考えるとしてもそれからだ」
言質を取られないように、慎重に言葉を選んでるなぁ。
あたしもイライラしてきたよ。
「それならそれでいいんだけどね。今度、って言っても落ち着いてからになるんだけど、あたし達の披露宴をやるつもりなのよ」
「それは豪勢なこったな。で、俺達も招待してくれるのか?」
「というか、あんたとマリーナ、それからフィーナの披露宴も合同よ」
エドが思いっきり、後ろにひっくり返っちゃった。
頭から床に激突してたけど、あれは痛いよ。
「だ、大丈夫ですか、エドワードさん?」
無理そうだね。
後頭部を抑えながら、悶絶してるもん。
だけど、エドを心配そうに見てるのはミーナだけで、あたし達は今がチャンスとばかりに話を進めるよ。
「あたし達の披露宴も、一緒にさせてくれるんだ。ありがたいけどいいの?」
さも、今初めて聞いたように、口裏を合わせるあたし。
あたしも聞いたのはついさっきだけど、せっかく誘ってくれたんだし、あたしとしても披露宴はやってみたいんだよ。
「もちろん。あたし達の都合に合わせてもらう形にはなるけど、それで良ければね」
プリムも、今初めて話したかのように話を振ってくる。
さっきまでのわずかな時間で全て決まったから、あとはいかにしてエドがフィーナを落とすか、大和がフラムを落とすかだけだよ。
あ、披露宴で着るドレスはどうしようか?
プリム達のも含めてあたしが仕立ててもいいんだけど、大和達からの依頼で仕事が立て込んでるし、クラフターズギルドに依頼出した方がいいかもしれない。
フィーナが絡むんだから、クラフターズマスターがやってくれるかもしれないけど。
「待てよ!なんでそんな話になるんだよ!?」
「せっかくだし、結婚の記念にもなるだろ。それにメルティング、翡翠色銀、青鈍色鉄、公表はできないけど瑠璃色銀の完成記念にもなるんだからな」
大和が、悟りでも開いたみたいな感じになってるね。
まあ、大和の場合は、色んな意味で披露宴をしないワケにはいかないから、悟りの1つも開けるか。
神金に匹敵する瑠璃色銀はまだ公表しない、というかできないけど、翡翠色銀や青鈍色鉄だって魔銀や金剛鉄を超えてるんだから、十分に革命を起こせる。
って、ことは披露宴までには公表することになるの?
「それがいいと思うのよ。新しい魔法に新しい合金。この2つがあれば、Pランクになる大和にも見劣りしないでしょ?」
それは確かにそうだね。
新しい魔法はここ数十年は奏上されていなかったし、合金なんて発想自体がなかったんだから、これはクラフターズギルドに限らず、国からも称えられる偉業だよ。
災害種の単独討伐を成した大和とは方向性が違うけど、立ち位置としては同格になってもおかしくはないね。
「というか大和、まさかPランクになっちゃったの?」
「いや、レベル60にはなったが、まだランクアップはしてないぞ」
なんでそんなに早くレベル上がるのさ!
こないだは59だったじゃん!
……いけない。
大和のやることにいちいち驚いてたら身が持たないんだから、ここは華麗にスルーするべきだね。
「レベル60になったってことは、大和ならすぐにPランク昇格だね。エンシェントクラスへの進化も、時間の問題かぁ」
ハイクラスから進化するのがエンシェントクラスだけど、そこまで到達できる人は、今も昔もほとんどいない。
実際今のヘリオスオーブには1人しかいないし、今いるPランクハンターはもちろん、Gランクハンターもここ数年はレベルが上がってないって噂があるから、今後数十年はエンシェントクラスに進化できる人は現れないんじゃないかって言われてたと思う。
だけど大和は手が届くどころか、既に片足を突っ込んでいた。
エンシェントクラスはレベル61になったら進化できる可能性があるらしいから、次に会った時にはエンシェント・ヒューマンになってても、あたしは驚かないよ?
「さすがにそれはないだろ。ハイクラスへの進化はレベル45が平均で、レベルが上がれば進化しやすくなるみたいだけど、エンシェントクラスもほとんど同じだと思うしな」
それは確かにね。
だけどね大和、それってフラグだよ?
実際、レベル41でハイクラスになった人だっているんだから、絶対に進化しないなんて言えないんだよ?
フラグは客人がもたらした言葉で、言ったことが現実になるって意味の諺にもなってるんだけど、けっこう当たることが多いんだよ。
大和の世界の言葉なんだから、当然大和も知ってるよね?




