不穏な捜索
皇王城に向けて出発した俺達だが、拍子抜けするほどあっさりと到着してしまった。
魔族になってるとはいえ、住民が襲ってこないってのは分かる。
だけど兵士達まで襲ってこないとは、さすがに思ってもいなかった。
それどころか連合軍の姿が見えた瞬間、我先に逃げ出してたぐらいだからな。
まあ、コバルディアを包囲していた魔物とも戦ってなかったっぽいし、ハイクラスには遠く及んでない感じもしたから、戦闘経験もロクにないんだろうが。
「いささか拍子抜けだが、これから先は皇王城だ。近衛もいるだろうし、さすがに襲ってこない訳がない」
「仰る通りです。また先程の兵達が集まり、挟撃を画策している可能性もあります。あり得ない可能性ではありますが、警戒しない訳には参りません」
全員で皇王城に入るのは無理だから、城門前に残る隊は必要になる。
本来ならリッターも半数は残すべきなんだが、各国のリッターズギルドから精鋭を見繕っての参加である以上、どこを残しても問題になるだろう。
だから皇王城に乗り込むのはオーダーを除いたリッターになったんだが、オーダーズギルドからもレックスさん含む20名が同行する。
ハンターは申し訳ないけど城門前に残ってもらい、挟撃と魔物の襲撃に備えてもらう。
ただそれだと、ハンターとして乗り込むのがサヤさんだけになってしまうし、エンシェントクラスの人数も少ないから、俺達ウイング・クレストも同行することになった。
まあレックスさんが言うように、逃げたレティセンシア兵が挟み撃ちをしてくる可能性は、俺もゼロに近いと思う。
事前に決めていたことではあるから、特に問題なく部隊編成は終わり、俺達はリッターと共に皇王城へ足を踏み入れた。
だというのに、ここでも兵士達はすぐに逃げ出す有様だから、もはや呆れるしかない。
この分じゃ皇王家も逃げ出してるんじゃないか?
だけど逃げるところなんてないし、まずは皇王城をしらみ潰しに探すしかないな。
「では予定通りリッターは分散し、城内の捜索に当たってください。なおその際、レティセンシア軍の抵抗も予想されます。相手は魔族となっていますので、捜索には十分注意してください」
「「「はっ!」」」
レックスさんの指示に従い、リッターは9つの部隊に分かれて城内に散っていった。
もちろん魔族が牙を剥いた場合に備えてエンシェントクラスも1人ずつ同行してるから、簡単にやられることはないだろう。
俺もソルジャーの1部隊に同行して、予定区画の捜索だ。
ラインハルト陛下は謁見の間に残るが、そっちはレックスさん、ローズマリーさん、ミューズさんが護衛につくから、何の心配もない。
俺の担当予定区画は、地下牢を含む最下層となっている。
なんでそんなところをと思うが、抜け道があるかもしれないし、王族がそんなとこに隠れるはずがないっていう思考を利用されるかもしれないから、ネズミ1匹見逃さない勢いでしっかりと探すつもりだ。
ソナー・ウェーブがあるから、抜け道や隠し部屋に隠れてたとしても見付けられるしな。
ところがそんな俺の意気込みに反して、ソナー・ウェーブには何の反応も無い。
地下牢には誰もいなかったし、抜け道や隠し部屋らしきものも無かった。
牢番と思われる兵士はいたが、そいつら以外の反応も無かったから、本当に誰もいないってことなんだろう。
あ、兵士は自棄になって襲い掛かってきたから、俺のアイスエッジ・ジャベリンで瞬殺したぞ。
他のみんなもリッターと一緒に捜索してるが、いったい皇王家の連中はどこにいるのかねぇ。
Side・アテナ
ボクはハイドラグナーと一緒に、皇王城の調理場とか食糧庫辺りを中心に捜索することになった。
ただ残念だけど、ここには皇王家どころか衛兵すらいなかったし、何の手掛かりも見付けられなかったなぁ。
「ここもハズレかぁ。もしかしたら食糧庫に隠れてるかもって思ったけど、そんなことはなかったみたいだね」
「さすがにね」
ボクがドラグナーに同行することになった理由は、今回参加しているドラグナーには3人のハイドラゴニアンがいるからなんだ。
お義父さんとお義母さんの特訓で旦那さん共々進化できたから、すっごく喜んでたなぁ。
その旦那さん達もいるしボクも面識があるから、種族的な問題もあってボクはドラグナーとってことになったんだ。
「普通に考えたら、こんなところにプライドだけは一人前の皇王家が隠れてるはずがないからな」
「そうよねぇ。裏をかかれるかもしれなかったけど、そんな頭があるんなら、こんな事態にはなってないし」
ハイドラゴニュート グスタフさんと雷竜のハイドラゴニアン デメテル夫妻が皇王家を貶してるけど、ボクもそうだと思う。
あ、グスタフさんはファースト・ドラグナーっていう、ドラグナーの指揮官として来てくれてるんだ。
デメテルは40年前にウィルネス山を下りてるけど、クリスタルパレスにはドラゴニアン最年少になる娘のペルセポネもいる。
何度かグスタフさんと一緒に会いに来てたしペルセポネの面倒はよく見てたから、ボクも気心が知れてて、すごく助かってるんだ。
他の2人のドラゴニアンは10年程前に結婚したばかりだからなのか、まだ子供は生まれてないけど。
「それはそうと、ここには何もないようだし、一度戻る?」
「そうするしかないな。できれば我らの手で皇王を捕らえたかったが、こればかりは運も絡むからな」
「捜索場所の割り当ても、揉めないようにってことでクジ引きだったものね」
「言うな……」
誰がどこを捜索するかは事前に決められてたけど、まさかクジ引きで決めてたとは思わなかった。
オーダーズギルドだけならともかく全てのリッターズギルドが参加してるんだから、誰がどこを探すかを決めるとなると、揉めるに決まってる。
だけどクジ引きってことなら、たとえ可能性がゼロに近い場所に当たったとしても、文句を言うこともできない。
そう考えるとクジ引きでっていうのは、案外悪くない方法だったのかも。
確かあみだクジって言って、全部隊が場所を決めてから、新しく線を追加してたんだっけ?
ともかく、これ以上探しても何もなさそうだから、ボク達はラインハルト陛下の待つ謁見の間に戻ることにした。
Side・真子
私が同行しているビースターの部隊は、剣呑な雰囲気が漂っている。
何故ならこの部隊には、本来ここにいないはずのロイヤル・ビースターズマスターがいるから。
担当区画もテラスを含む中庭っていう大ハズレ区画だったし、捜索も私のソナー・ウェーブですぐに終わっちゃったからあとは戻るだけなんだけど、手柄が欲しいロイヤル・ビースターズマスターからしたら、この状況は許容できないみたいなの。
理由はロイヤル・ビースターズマスターが、グリシナ獣王陛下の王配の座を狙っているから。
最初はデイヴィッド殿下の父親になるハンターに嫉妬して、そのハンターの登城を認めてなかったのかと思ったけど、情報を集めていくと野心家だってことがわかってしまった。
デイヴィッド殿下の父親は、グラシオンを拠点にしているとはいえ、ハイクラスにも進化していない一介のハンターに過ぎない。
だけどグリシナ陛下がそのハンターを見初め、懇願されたからこそ、デイヴィッド殿下がお生まれになられた。
アレグリアの王は、女性の場合は結婚しない場合も多いけど、絶対というワケでもない。
だからその事実は、王配としての権力を欲していたロイヤル・ビースターズマスターにとっては、とてもじゃないけど認められない事実となっている。
しかも王配としてのみならずグランド・ビースターズマスターの座も狙っているみたいだから、どうやらアレグリアという国を支配し、いずれはアミスター・フィリアス連邦天帝国をも、っていう野望があるみたいだわ。
この事実を知ることができたのは、アソシエイト・ビースターズマスター トールマンさんが、ロイヤル・ビースターから相談を受けたから。
トールマンさんは先代グランド・オーダーズマスターでもあり、他国でも尊敬を集めているからこそ相談を受けたそうなんだけど、まさか近衛騎士団長でもあるロイヤル・ビースターズマスターが、そんな野望を秘めていたとは思わなかったそうよ。
当然グリシナ陛下やグランド・ビースターズマスターにも報告は上がってるけど、実害があったワケじゃないし、何よりその証言だけで具体的な証拠は何もないから、処罰なんかを下すことはできない。
それでも問題があるのは間違いないから、本人にはしっかりと釘を刺してあるし、グリシナ陛下も王配として迎えることはあり得ないと断言されていたりもする。
さすがにそんな野心家をロイヤル・ビースターの長にし続けておくワケにはいかないから、後任も既に決まっているんだけど、その後任となる予定のロイヤル・ビースターのレベルは、まだロイヤル・ビースターズマスターのレベルを超えられていない。
だからこそまだロイヤル・ビースターズマスターでいられるんだけど、本人もそれを知ってるから、かなり焦ってるのよ。
「このままでは埒があかんな。ファルコ、我々はこのまま、居住区へ向かうぞ」
「それは駄目ですよ。我々に割り当てられているのはこの近辺ですし、居住区はフェイサーの担当なんですから」
ビースターズギルド除名をチラつかされているからか、ロイヤル・ビースターズマスターは手柄がどうしても必要になる。
だけど今更異常種や災害種の討伐は大した手柄にならないし、終焉種なんて戦うことすらできない。
だから皇王家の首をってことになるんだけど、私達が割り当てられている区画はテラスを含む中庭で、他の区画を勝手に捜索することは重大な違反行為となる。
そんなことをしたら、たとえ皇王家の首を取ったとしても、処罰は免れない。
そんなことはこの場のビースター全員が理解しているんだけど、視野が狭まっているロイヤル・ビースターズマスターは気付いてもいない。
「というより、ファースト・ビースターはファルコ卿で、あなたには指揮権も命令権も与えられてないわよね?なのになんで、ファルコ卿に命令してるの?」
さらにロイヤル・ビースターズマスターは、元々今回の戦には不参加だったのに、直前で本人がフロートに現れてしまったから、同行させるしかなかったのよ。
おいていったら何をしでかすか分からなかったし、監視の意味もあるからね。
ラインハルト陛下やレックスさんからも、指揮権や命令権は一切無いと言われているし、フロートに出向中のコンフォーム・ビースターズマスターからも同様のことを伝えられている。
しかもさっきの魔物との戦闘では、手柄を欲しがるあまり突出し過ぎて本人が一番の重傷を負っていたし、それがビースターの被害が一番大きかった理由だったりもするわ。
つまり私からしたら、完全な足手まといでしかないのよ。
だからキツイ言い方になってるのは承知の上で、私も口を挟んでいるわ。
「そ、それは……」
「言っとくけどね、さっきの醜態はラインハルト陛下の耳にも入ってるし、グランド・オーダーズマスターをはじめとした多くのリッターも目撃してるのよ?今更手柄を立てたって、功績になるかどうかも疑問だわ」
そもそもこの場に来ている時点で、命令違反の罪からは逃れられない。
こんなのが近衛の長なんて、王家だって不安で仕方ないに決まってるし、解任するには十分な理由だわ。
「……」
何も言えなくなったロイヤル・ビースターズマスターだけど、私に向ける視線には殺気が籠っている。
これが、私がこの部隊に同行することになった理由よ。
私は大和君以上に防御系術式を使えるし、広域対象指定の精度も上になる。
だから万が一ロイヤル・ビースターズマスターが皇王家を狙ったとしても、私ならすぐに防ぐことができるし、逆に拘束することも簡単。
大和君もできるけどハイビースターの速さを考えると、本当に一瞬の差で間に合わない可能性があった。
だからイヤなんだけど、私がやるしかないのよ。
「あの、もうよろしいですか?」
「あ、すいませんファルコ卿。はい、大丈夫ですよ」
「はい。もう探すべき場所もありませんから、一度謁見の間に戻ろうと思います」
確かに探すべき場所は全て探し終えてるし、これ以上この場に留まる意味はないわね。
「そうですね」
特に反対する理由はないから、私達もラインハルト陛下が待機している謁見の間に戻ることにした。
ロイヤル・ビースターズマスターは私がしっかりと監視しているし、本人もそれをわかってるようだから、抜け出す素振りも無い。
それでも皇王家の姿を見てしまったら何を仕出かすかわからないから、この後もしっかりと監視は続けないとね。




