レティセンシアの迷宮
Side・ミーナ
コバルディアに転移してから3時間、ようやく私達は魔物を駆逐し終えました。
総数9,721匹、内訳はIランク2,056匹、Cランク2,256匹、Bランク3,435匹、Sランク1,045匹、Gランク673匹、Pランク132匹、Mランク89匹、Aランク32匹、そしてOランク3匹と、迷宮氾濫すら超える程の数となっていましたけど、何か理由があるんでしょうか?
「これ程の数だったとは、さすがに想定外だな」
「スカウト・オーダーがコバルディアを監視していたとはいえ、遠目からの上に全域をという訳にはいきませんでしたから」
コバルディアの様子はスカウト・オーダーが常に監視していたのですが、住民は全て魔族になっていると思われていますから街中には入れませんでしたし、魔物も異常種や災害種が多いため遠目から監視するしか手がありませんでした。
ですから魔物の総数を把握することはもちろん、どのような種がいるのかも、正確に調べることはできなかったんです。
それでも2,000から3,000程の数に異常種や災害種がいることも想定はしていたのですが、実際はその倍どころか3倍ですら利かない数でしたし、終焉種までいたとは思いませんでした。
レティセンシア地方の魔物の全てがコバルディアを包囲していたかのような、そんな予想すら成り立ってしまうぐらいです。
「これ、もしかして迷宮氾濫も重なってるんですかね?」
「おそらくはね。コバルディア近隣に迷宮は無いけど、レティセンシア国内には未攻略の迷宮が3つある。そのうちの1つは、150年前の迷宮氾濫でディザスト・ドラグーンを放出した、あのフェルサ迷宮だ」
大和さんと兄さんは、これほどの数の魔物が現れていた理由が、迷宮氾濫ではないかと予想しました。
確かに兄さんの言う通り、コバルディアから北に徒歩3日程の距離にあるフェルサ迷宮は、約150年前に迷宮氾濫を起こし、その際にA-Iランクモンスター ディザスト・ドラグーンまでも溢れてしまいました。
その際、当時のエンシェントクラス5人全てが集まったにもかかわらず、討伐のためにOランクオーダー ジャンヌ・キルシュリヒト様が命を落とされた程です。
さらに未攻略の迷宮は他に2つもあるのですから、3つの迷宮全てが迷宮氾濫を起こしていたとしたら、コバルディアを覆っていた魔物がこれほどの数になるのも理解できます。
「その可能性は高いかもしれんな。特にここ数年は、我々との小競り合いにうつつを抜かしていた上に、ハンターすら利用していたのだ。迷宮に入るハンターが減っていたとしても、おかしくはない」
「私達も、レティセンシアの迷宮に入ったことはありませんからね」
「ソレムネと同じように、狩った魔物は兵士が全て徴収するという噂もあります。行こうとも思いませんでしたよ」
ラインハルト陛下のご意見に、スレイさんとエルさんも同意を示されました。
昨年迷宮氾濫を起こしたヴァルト獣公国のガグン迷宮は入るハンターが激減したため、ソレムネ地方のラオフェン迷宮に至ってはハンターどころかソレムネ兵すら入っていない状態だったため、同時期に迷宮氾濫を起こしてしまい、私達も鎮圧のために奔走した覚えがあります。
ですから、その2つの迷宮以上に人が入っていないであろうレティセンシアの迷宮が迷宮氾濫を起こしていても、何も不思議はありません。
「面倒な。フェルサ迷宮にブルガル迷宮、あとは……どこでしたっけ?」
「ロウクーラ迷宮だ。だが未確認の迷宮、さらに新しく生まれた迷宮がある可能性もある。なにせレティセンシアは、神帝が上陸してしまった国でもあるんだからな」
陛下の一言で、皆さんの顔に不安の色が差しました。
確かに神帝の魔力で宝樹が蝕まれ、魔物の進化を促されてしまい、新たな終焉種まで生まれてしまったんです。
ですから神帝の魔力によって新しい迷宮が生まれてしまっていても、おかしくはありませんね。
「それはまた、面倒どころの話じゃありませんね」
「本当にね。町や村が滅んでるから噂を集めることも出来ないし、場所を絞り込むことも難しいわ」
「魔化結晶で進化させられた魔物が、これで全部だっていう保証も無いしね。しかも本当に迷宮氾濫まで絡んでいるとしたら、迷宮氾濫種だってどれほどいるか、予想すら出来ないよ」
アイゼンさん、シャザーラさん、ファリスさんも、厳しい顔をしながら言葉を絞り出されました。
レティセンシアの迷宮は3つですが、攻略されている迷宮はありません。
レティセンシアの迷宮は、フェルサ迷宮より徒歩1日西に歩いたところにブルガル迷宮が、フェルサ迷宮から北に徒歩で1週間ほどのところにロウクーラ迷宮がと、東部に集中しています。
ですから新しく迷宮が生まれていた場合、西側という可能性も低くはありませんし、神帝がコバルディアに降り立ったことを考えると、東部という可能性もあり得ます。
しかも神帝の魔力によって生まれた迷宮となれば、下手をすればクラテル迷宮以上の難易度になっている可能性も否定できませんから、エンシェントクラスであっても生きて帰れるかどうか。
それら全ての迷宮が迷宮氾濫を起こしていたとしたら、どれほどの魔物が溢れてしまったのか、想像すらできません。
ラオフェン迷宮は約500匹でしたが、ガグン迷宮ではミステルという町に向かった魔物だけでも1,000匹以上で、ガグン大森林に向かった魔物も合わせると1,500匹以上になっていたでしょう。
迷宮の規模や攻略状況によって溢れる魔物の数に差が出るようですが、3つの迷宮は人手が入ることもほぼなかったでしょうし、未確認の迷宮や新しい迷宮まであるとなれば、先程討伐した数以上になるということでしょう。
「迷宮に関しては、コバルディア陥落後にエンシェントハンターに依頼を出す。未確認の迷宮についても気にはなるが、まずは判明している3つの迷宮を攻略してもらい、少しでも安全を確保しておきたい」
陛下のお考えは、当然のものです。
迷宮までの道のりもですが、どのような構成になっているのか、どのような魔物が生息しているのかも不明ですから、ハイハンターでも荷が重いでしょう。
しかもフェルサ迷宮はディザスト・ドラグーンが溢れたこともあるのですから、守護者もそれに準ずるランクであると予想が付きます。
「それはもちろんです」
「確認されてる迷宮は、いずれも深いようですからね。しばらくは大丈夫でしょうが、ディザスト・ドラグーンという実例もあるんですから、早急に攻略しておかないと、問題にしかなりません」
「攻略できるかは入ってみないとわかりませんが、できる限りのことはするつもりです」
「私も、無茶なことをさせるつもりはない。3つの迷宮は2つ以上のレイドで入ってもらうつもりでいるが、無理だと判断したら撤退してくれ。このようなことで皆を失うことは、あってはならないからな」
ハンターの皆さんも、レティセンシアの迷宮攻略の重要性は理解されていますが、陛下はその攻略で無理をしないように続けられました。
迷宮攻略はレティセンシアの後始末の1つでもありますから、そのようなことで皆さんを失ってしまえば、連邦天帝国としても計り知れない損失になります。
ですから陛下のお言葉には、そのような意味も含まれているんだと思います。
「それではレックス、そろそろ皇王城に向けて進軍を開始しようと思うが、皆の様子はどうだ?」
「怪我人は、真子夫人が協力してくださったこともあり、負傷者の多かったビースターも含めて治療は完了しております。またエンシェントハンターの皆さんやエスコート・オーダーズマスターがフォローしてくださったため、奇跡的に死者も出ておりません」
怪我人の治療は、真子さんがリア・ファルという神話級の刻印術と治癒魔法ノーブル・ヒーリングを同時に使うことで、全員を一度に治療してしまっていました。
治癒魔法にはエリア・ヒーリングという魔法もあり、使い手の魔力によってはハイ・ヒーリングに匹敵する治癒力を発揮します。
ですがハイ・ヒーリングでは重傷の人を癒すことはできませんし、四肢欠損も治せません。
四肢が僅かでも残っていればノーブル・ヒーリングで復元させることができますが、無ければエクストラ・ヒーリングを使わなければなりませんし、先天的に有していない場合はリヴァイバリングという魔法を使う必要があります。
だというのに、真子さんは刻印術との併用とはいえ、ノーブル・ヒーリングを同時に使い、四肢を落とされてしまったリッターやハンターまでも、まとめて治癒してしまったんです。
しかもその後で、四肢を食べられてしまった方数名に、そのリア・ファルを併用したエクストラ・ヒーリングまで使われていますし、それでもまだ魔力は半分以上残っているそうですから、エレメントクラスの魔力がいかに凄いかがよくわかります。
死者が出ていないことは驚きましたが、エンシェントハンターの皆さんのフォローもありましたし、エンシェントラミアに進化されたばかりのエスコート・オーダーズマスター クレアさんも、単独で戦場を駆け回っておられましたから、この結果になったということなんでしょう。
「それは何よりだ。クレア、進化してから初めての大規模戦闘だが、魔力は大丈夫か?」
「はっ、思っていたより余裕がありますので、今後の行動にも支障はございません」
先月進化したクレアさんはラミアということもあって、エンシェントクラスの中でも魔力は多い方になります。
ですから単独で戦場を駆け回っていたのに、消耗してるようには見られません。
ちなみにクレアさんは、かつてエスコート・オーダーでもあったミューズ義姉さんの、直属の上司でもあります。
「ではレックス、進軍を開始する」
「はっ!連合軍に告げる!これより我々は、皇王城に向けて進発する!敵兵も我らを迎撃せんと討って出てくるだろうが、こちらに向かってこない限りは放置で構わない!民に対しても同様だ!」
魔族相手ですから容赦する必要はないのですが、迂闊に手を出せばこちらの被害も無視できないものになります。
ですから、こちらに向かってこない限りは無視することになっているんですが、襲ってくる相手が兵士とは限りません。
本来でしたら一般人は殺さずに無力化するんですが、相手が魔族だとそんな余裕はありませんし、何より魔族は神敵ですから、1人でも生きていてもらうワケにはいきません。
その場合、リッターであっても精神的な負担を感じることになりますから、襲ってこないなら無視するに限るというお話なんです。
最終的には大和さんと真子さんが生成している、クラウ・ソラスとアガート・ラムの神話級刻印術トゥアハー・デ・ダナンでコバルディアごと消滅してもらいますから、ここで戦う意味も薄いという理由もありますけど。
あ、どうやら準備できたようですね。
ハンターはそれぞれが所有している多機能獣車に、リッターはオーダーズギルドが所有している多機能獣車に乗り込んでいます。
確認も済んだようですし、いよいよ皇王城に向けて進軍開始です。
これでレティセンシアとの諍いも終わりですから、私も頑張ります!




