狩人達の思い
Side・ファリス
コバルディアに到着した途端、多過ぎる魔物の歓迎を受けた私達だけど、その数にかなり苦戦している。
魔物はBランクが一番多いけど、進化してる個体もそれなりの数が見られるし、異常種や災害種も相当数確認できているからね。
しかも大和君、真子、そしてレックス達が3匹の終焉種の相手をしているから、異常種や災害種は私達エンシェントハンターを中心に迎撃していくしかない。
それでも人数は多いから、ガグン大森林のハヌマーン討伐戦よりはマシかな。
私がリーダーを務めているホーリー・グレイブも、夫のクリフの他にバークスが無事にエンシェントヒューマンに進化できているから、戦力は大幅に上昇しているからね。
ホーリー・グレイブだけじゃなく、他のレイドやリッターにも進化できた人は多いから、今回ハンターの参加はソレムネ戦の半分ぐらいになってるけど、戦力が低下してるとは思えない。
本当に飛鳥さんと真桜さんには感謝だよ。
「おっらああああっ!」
雄叫びと共に、バークスが異常種ブルー・ファングの頭蓋骨を砕く。
「サリナ!」
「分かってる!」
その隣では、バークスの嫁であるクラリスの矢が異常種クレスト・ユニコーンの足を止め、間髪入れずにサリナの槍が貫いていた。
ライアスとシーラも順調に魔物を狩ってるし、私の夫のクリフは災害種ブルー・フェンリルを倒したところだ。
他のレイドやリッターも、見てて不安になるようなことはないから、この調子でいけば魔物の掃討は時間の問題だろう。
「ファリス」
「スレイ?どうしたんだい?」
「サヤ達が、スレイプニルの討伐に成功した」
おお、成功したのか。
「4人ともエンシェントクラスだし、特にグランド・オーダーズマスターは、ウイング・クレストを除けばフィリアス大陸最高レベルですしね」
ディオスの言う通り、グランド・オーダーズマスター レックス君は、飛鳥さんと真桜さんがヘリオスオーブに滞在している間に、頻繁に稽古をつけてもらっていたと聞く。
私も参加させてもらったことがあるから言えるけど、大和君が鬼だと言っていた理由を、身を以て理解できたね。
なにせ30人近いエンシェントクラスが総出で襲い掛かっても、掠り傷どころか触れることすらできなかったんだから。
その上で加減されてることも分かったから、最初は本当に落ち込んだもんだよ。
「まあ、気持ちはわかるが。私はもちろん、ディオスが進化できたのは、間違いなく飛鳥さんのおかげだからな」
「あれは……」
エンシェントヒューマンに進化しているディオスが遠い目をしているけど、気持ちは心から理解できる。
なにせハイクラスは、飛鳥さんの魔力だけで戦闘不能になってたからね。
飛鳥さんもマズいと思って魔力を抑えてくれたけど、それでも何もできなかったんだから、ある種のトラウマだよ。
まあうちのバークスも、おかげで進化できたんだけどさ。
「飛鳥さんの圧力に比べたら、数が多いだけの魔物なんて、何の脅威にもならないか」
「むしろ飛鳥さんを超える脅威が出たりなんかしたら、尻尾を巻いて逃げるよ」
私もスレイとシャザーラに、全面的に同意するよ。
飛鳥さんを超えるほどの脅威なんて、手に余るどころかフィリアス大陸の全戦力を以てしても勝てないだろうからね。
「ということは……ああ、やっぱり大和君も真子も、それぞれ終焉種を倒し終わってるね」
「あの2人は、エレメントクラスっていうだけじゃないからね」
大和君と真子は、エンシェントクラスの上となるエレメントクラスに進化しているが、恐ろしいことに刻印神器なる刻印法具の上位版まで生成してしまった。
2人でなければ生成できないそうだが、それでも終焉種を簡単に倒すことが可能な刻印術を行使できるから、単純な戦力強化なんていうレベルの話じゃない。
実際ウロボロスとフェニックスは、いとも容易く屠られているからね。
「確か飛鳥さんが、世界を滅ぼすことも可能だって言ってたよね?」
「言ってたわね。リネア会戦じゃ多数の魔族にドラゴンを一瞬で殲滅していたし、それでも相当加減してたって聞いたわ。だからニーズヘッグ討伐の際には、その刻印術は使わなかったそうだし」
「羨ましい話よね。私も見てみたかったわ」
私もそう聞いているけど、セイクリッド・バードのシャザーラは羨ましがっている。
私達ホーリー・グレイブとスレイ達グレイシャス・リンクス、そしてエルのファルコンズ・ビークは、運が良いことに飛鳥さんがニーズヘッグを討伐に行かれる際、同行を許可してもらった。
その際に聞いたんだけど、リネア会戦終盤に突如として戦場に現れた飛鳥さんと真桜さんは、大和君の魔力を頼りにヘリオスオーブへやってきたんだそうだ。
そしてそのタイミングで大和君が神帝に追い詰められてしまったため、すぐに助けるために行動に移られた。
あの光景は脳裏に強烈に焼き付いていて、忘れたことなんて一度もない。
私達もハイデーモン相手に戦っていたんだけど、エンシェントクラスに匹敵する魔力を持つ魔族相手は厳しく、手傷もいくつか負わされていた。
多勢に無勢とまではいかなかったけど、それでも災害種の群れを相手にしているような錯覚は覚えたから、最悪の場合誰かがやられていたかもしれなかった。
そう思ったと同時に、目の前にいた魔族が、1人残らず光の雨の中に消え去ってしまったんだから、当時は本当に何が起きたのか理解できなかったよ。
空でアテナとエオスを追い詰めていたドラゴン達も、全てが同じタイミングで胴体から真っ二つになっていったし、説明してもらった今でも理解できてるとは言えない。
その際に飛鳥さんと真桜さんが使ったのが、さっき大和君と真子が使った神話級と呼ばれる刻印術なんだそうだ。
「その刻印術を使って、コバルディアを魔族ごと消し去る、か」
「仕方がない。魔族が生きている以上宝樹は蝕まれていくし、最悪の場合枯れるどころか折れてしまうかもしれないんだ。そうなったら、もっと多くの人が犠牲になる」
スレイの言う通りだよね。
コバルディア、というよりレティセンシアがこんなことになっているのは、皇王家や貴族だけじゃなく、住民達にも原因があるんだ。
その上で、やむにやまれぬ事情があったとはいえ、宝樹どころか天樹にまで悪影響を及ぼす魔族になってしまっているんだから、生きていてもらっては私達だって困るどころの話じゃない。
魔族はヘリオスオーブに住む人達にとって、亜人以上に相容れない敵となっているんだから、1人も逃がさないようにということなら、コバルディアごと消し去るというのは理にかなっていると思う。
「だけどその前に、まずはこいつらを何とかしないとね!」
数が減ってきたからか、異常種や災害種の襲撃頻度も少なくなってきた。
だからこそこうして話す余裕が出てきたんだけど、いつまでも雑談に興じてるワケにはいかない。
「そうだね!さあ、おしゃべりはここまでだ!一気に行こうか!」
「そうしましょう!」
私とスレイが決断を下すと同時に、ホーリー・グレイブもグレイシャス・リンクスもセイクリッド・バードも、再度武器を構え、魔物の群れに向かっていった。
Side・エル
「エル!」
「了解!これで終わりよ!」
ファルコンズ・ビークのサブ・リーダー ホリーの攻撃で地面に叩き付けられたクレスト・ユニコーンの首を、手にした大鎌に風のブレーディングを纏わせ、一気に振り下ろし、首を落とす。
首が胴体から離れたのを確認してから、私は近くで戦っている息子のカールの方へ視線を送った。
するとホリーの娘であるミリーとともに、私達と同じクレスト・ユニコーンと戦っている姿が見える。
カールはまだ未熟だけど、飛鳥さんと真桜さんに稽古をつけてもらったからなのか、クレスト・ユニコーンが相手でも劣勢になっていないようだから、母親として一安心だわ。
「それにしても、バトル・ホース系が多いわね」
「元従魔や元召喚獣ってことなんでしょうね。バトル・ホースは従魔にしやすい魔物だから、レティセンシアも相当数契約していて、その多くが魔化結晶で望まぬ進化をさせられて、主が魔族になったことで契約の軛から解き放たれて今に至る、そんなところじゃない?」
ホリーの言う通り、この場で一番多い魔物は、従魔・召喚獣として最も人気の高いバトル・ホース系。
レティセンシアは従魔や召喚獣に魔化結晶を使い、進化を促していたけど、後に自身にも魔化結晶を使って魔族となったことで、天与魔法が使えなくなってしまった。
その際に従魔・召喚契約も破棄されてしまい、魔物達は契約の軛から解き放たれ、レティセンシア国土を蹂躙する災厄に成り果てた。
既に魔化結晶によって進化している個体も相当数いたようで、コバルディアを除く町や村は全滅している。
さらに神帝が上陸したことで、魔物達はさらなる進化を遂げてしまったと神託が下っているから、この場のみならずフィリアス大陸には新たな終焉種が何体も生まれてしまうという、前代未聞の緊急事態にもなっているわ。
「本当にレティセンシアって、ロクなことしないわよね」
「同感ね。だけどそれも、今日で終わりよ」
「ええ。従魔だった仔達には悪いと思うけど、ここは一気に行くとしましょう!」
魔化結晶で進化させられてしまった魔物達も、皇王の愚策の犠牲者になる。
だから少し心が痛むけど、黙ってやられるワケにはいかない。
「同感ですけど、あっちからさらに面倒なのが来てるんですから、雑談に興じるのは勘弁してください、よっと!」
「あ、ごめんごめん」
エンシェントヒューマンのクラークが、P-Iランクモンスター アグニ・ホークを地面に叩き落としながら、私達にさっさと戦闘に戻れと言ってきた。
本当にその通りね。
「落ち着いてよ、クラーク。エルさんやホリーさんの考えてることは、私も思ってたんだから」
「そうは言うけどな、相当数狩ったってのに、まだ終わりが見えてないんだぞ?しかも終焉種もあの3匹で終わりとは限らないんだから、さっさと狩っとかないと、何が起こるかわからないだろ?」
私とホリーの話を聞いていた妻のフローラにそう言い返すクラークだけど、確かにそれもその通りね。
そもそも終焉種がいるなんて想定すらしてなかったんだし、神帝の魔力が進化の原因だって言われてるんだから、他にもいないなんて断言できないわ。
「それなら次に終焉種が出てきたら、私達がやるか?」
「いや~、それはちょっと。確かにレベルは上がってるけど、終焉種の相手ができるなんて自惚れるつもりはないですよ」
ホリーのセリフに怖気づくクラークだけど、普通はそうよね。
私はそんなこと感じる暇もなかったし、状況的に猶予もなかったけど、大和君とプリムさんの援護をしてただけだから、大変ではあったけど正面から戦うより気は楽だった覚えがあるわ。
それでももしかしたら、本当にいつか、私達も正面から終焉種と戦う日が来るかもしれないから、覚悟は決めておいた方がいいでしょう。
「その時はその時よ。だけど今は、目の前の魔物を狩らないとね」
「ですね」
さっきクラークが見つけたのは、レオの異常種アビス・フォール。
モンスターズランクこそM-Iランクだけど、レオはドラグーンと並ぶヘリオスオーブ最強種の一角だから、おそらくOランクに匹敵する力を秘めていると思う。
レオの通常種はGランクだから従魔・召喚契約を結ぶことは可能だけど、レティセンシアのハンターや兵士じゃ契約は無理でしょうから、あのアビス・フォールはレティセンシアに生息していた個体が、神帝の魔力によって進化したって考えてもいいでしょうね。
「それじゃあ、一気にいきます!」
弓術士のフローラの魔力で形作られた矢は、射掛けられると同時に人間と同サイズの巨大な杭となり、渦を巻くように回転しながらアビス・フォールに向かっている。
直線的な攻撃だからアビス・フォールにはすぐ避けられてしまったけど、杭はすぐさま向きを変え、再度アビス・フォールに襲い掛かっていく。
火属性魔法と土属性魔法、そして雷属性魔法を融合魔法で融合させ、風属性魔法によって螺旋回転を加え、念動魔法によって追尾を可能にしたこの魔法は、大和君のグレイシャス・バンカーを参考に作られた、フローラの切札となる固有魔法。
フローラはスパイラルステーク・デトネイターと名付けているわ。
最大5本まで同時に操れるから、いくらアビス・フォールでも全てを避けるなんてことは不可能で、何度か体を掠めている。
3本は迎撃に成功しているけど、そっちだけに注意を向けていると、当然私達への警戒が疎かになる。
「今ね!」
「ええ!」
その隙を逃さず、私の大鎌がアビス・フォールの右前足を、ホリーの足刃が腹部に大きな傷を付ける。
「トドメだっ!」
そしてクラークが、長剣に風と氷のブレーディングを纏わせ、大上段から斬り下ろす。
スパイラルステーク・デトネイターに翻弄され、右前足を失い、胴体に大きな傷を負ったアビス・フォールは、なす術もなくその一撃を受け、地に倒れた。
「よっしゃ!次は!?」
「エビル・ドレイクとラーヴァ・クロコダイルっぽい!油断しないでね、クラーク!」
「フローラもな!」
倒れて動かなくなったアビス・フォールを一瞥してから、クラークとフローラは次の獲物に意識を移した。
2人とも強くなったわね。
これも大和君達や飛鳥さん、真桜さんのおかげだわ。
ハイクラスのメンバーも、私の息子やホリーの娘も含めて、まだ少し余裕はあるようだから、このまま一気に魔物を殲滅しちゃいましょう!




