父母と迷宮
Side・ミーナ
私達は今日、お義父様とお義母様と一緒にクラテル迷宮へやってきました。
メンバーは妊娠中のプリムさんとフラムさん、出産されたばかりのリカ様も含めて、大和さんの妻全員とバトラーのエオスさん、マリサさん、ヴィオラさん、ルミナさん、そしてユニーちゃんです。
あ、サキちゃんとアスマ君もいますよ。
生まれたばかりの赤ちゃんを連れてくるのはどうかと思いますが、お義父様もお義母様も明日には帰られてしまいますから、これが本当に最後ということで心配する大和さんやお義父様を説き伏せたんです。
ユーリ様とアリアさんも、今日はそのために学園を休まれたぐらいですから。
「うわあ……凄いね!」
「これが大和達の言っていた瀑布の火山か。確かに一見の価値があるな」
クラテル迷宮は様々な階層があります。
ですからここを選んだんですが、今回の目的地は第4階層です。
本当は空に浮かぶ島々という第7階層まで行きたいのですが、お義父様とお義母様が帰られるのは明日ですから、さすがに時間がありません。
ですから一面が海という第4階層を目的地にしているんです。
「この第2階層は、本当に色々な火山があるんだな」
「雪山もあったし、砂だらけの山もあったよね」
「ここまで環境が複雑な階層は、他にはソルプレッサ迷宮第7階層ぐらいですね。探せばあるのかもしれませんが、私達は知りません」
マナ様が説明をされていますが、確かに多種多様な環境の階層を持つ迷宮は、バレンティアにあるソルプレッサ迷宮ぐらいですね。
いえ、私達が入ったことのある迷宮は、そのソルプレッサ迷宮以外ですとアミスターにあるイスタント迷宮、そしてここクラテル迷宮だけなんですが。
「話を聞くと、他の迷宮にも行ってみたくなるなぁ」
「そんな時間はないぞ。今日だって大和達が何とか時間を作ってくれたから、ここに来れたんだからな?」
「分かってるよ」
確かに今日クラテル迷宮に来たのは、お義父様とお義母様を案内するためです。
ですが幸いにも、皆さん今日明日の予定は空けておられましたから、特に問題ではありません。
ご出産されたばかりのマナ様とリカ様、妊娠中のプリムさんとフラムさんはどうかと思いますが、最初で最後の家族旅行でもありますから、私達も何も言えません。
「ふえええっ!」
「わわっ!サキちゃん、どうかしたの?」
ここでお義母様が抱かれているサキちゃんが、ぐずりだしました。
生後3ヶ月のサキちゃんですが、ミルクなのかオムツなのかは非常に分かりやすいです。
この泣き方ですとミルクですね。
「申し訳ありません、お義母様。どうやらお腹が空いたようです」
「あ、そうなんだ」
「はい。失礼しますね」
「うん」
お義母様からサキちゃんを受け取ったマナ様は、ミラールームへ下りて行かれました。
粉ミルクもありますが、やはり母乳の方が健康や成長に良いとされていますから、マナ様もリカ様も可能な限りご自分でお乳をあげるようにされているんです。
「ふわあっ……」
「おっと、こっちもか」
今度はお義父様が抱っこされているアスマ君ですか。
アスマ君は生後4日ですから、本来でしたら連れ歩くべきではありません。
ですが天樹製多機能獣車は結界の天魔石もありますから、外がどんな悪環境でも影響は受けません。
それでも万が一はあり得ますから、リカ様はもちろんユーリ様や真子さんも、最大限の注意を払われています。
「ミルクでもないし、となるとオムツかしら?お義父様、申し訳ありません」
「いや、気にしないでくれ。すまないがお願いするよ」
「はい。ルミナ、悪いけど手伝ってくれる?」
「畏まりました」
ルミナさんはユニーちゃんのお母様でもありますから、こんな時はとても頼りになります。
ですがルミナさんがお手伝いで席を外してしまいますと、当然ながらユニーちゃんは残されることになります。
「おいで、ユニーちゃん」
「は~いっ!」
ですがお義母様が、ユニーちゃんの相手をしてくださいました。
この1ヶ月、ユニーちゃんのことも可愛がってくださったお義母様ですから、ユニーちゃんもすっかり懐いてしまっています。
「あ、また来た」
「ホントだね。フェイルノート」
「うむ」
丁度ユニーちゃんがお義母様の膝の上に座ったところで、瀑布の火山に生息しているサハギンの群れが現れました。
ですがお義母様の無性S級無系術式シルバリオ・ディザスターの前に、あっという間に銀の像と化し、そのまま砕け散ります。
海の中に近い瀑布の火山ですから、もしかしたらお義母様も少しは苦戦されるかもと思ったこともありましたが、そんなことは一切ありませんでしたね。
「水族館のようではあるが、生息しているのは全て魔物で、しかもいつ襲ってくるかも分からない、か。これはなかなか難易度が高そうだな」
「父さんが言っても、説得力はないけどな」
「同感。だけど実際、ここで足踏みするハンターは多いらしいわよ」
お義父様のセリフに呆れる大和さんと真子さんですが、お義父様のレベルがレベルですから、そう仰る気持ちも分かります。
ですが第3階層への階動陣はこの瀑布の火山にしかありませんから、先へ進むためには避けて通れません。
ですから真子さんの仰る通り、ここで足止めされてしまうハンターは、ハイクラスであっても多いんだそうです。
実際Gランクモンスターもいますから、無理もないんですが。
こんな風に。
「今度はランス・マーリンか」
「カジキマグロか。なかなか美味そうだな」
「美味いぞ。って、あれ?父さん達に出したことなかったっけか?」
「来たばかりの頃に2度ほどだな。ただ姿形はは知らなかったから、どんな魔物だろうと予想はしていたよ。さすがにカジキマグロだとは思わなかったが」
マグロ、ですか?
地球に棲む魔物、ではなくて魚でしょうか?
いえ、確かにランス・マーリンは美味しい魔物ですし、私も好きですから、ここで出てきた以上、しっかりと狩るつもりでいますよ。
「ふむ、さすがに一面が海だと、倒すのも手間だな」
「どこがだよ……」
大和さんが激しく呆れていますが、こちらに向かってきていたランス・マーリンは、お義父様のブルー・コフィンという刻印術によって、あっという間に凍り付いてしまいました。
確かにこの瀑布の火山の魔物は、私達も面倒だと思いますからお義父様の気持ちはよくわかりますが、それでもこんなあっさりと倒されるのですから、どこが手間なのかと思わずにはいられません。
「というか父さん、母さんもだけど、俺達の分も残しといてくれよ」
「あ、ごめんごめん。迷宮に来たのは初めてだから、舞い上がっちゃってたよ」
「ユニーを抱っこしながら言っても、説得力ないわよ?ねえ、白雪?」
「ガウッ」
「すまんな」
当然従魔も連れてきているんですが、獣車を引いてくれているジェイド以外は中庭で寛いでいます。
ですが真子さんの召喚獣 白雪とマナ様の召喚獣ルナだけは、後部デッキに出てきているんです。
ルナはマナ様について行きましたが、白雪はユニーちゃんと仲が良いですから、それもあって今はお義母様に寄り添っていますね。
「虎に懐かれるって、ちょっと違和感あるなぁ」
「今更でしょ。それに白雪はスノーミラージュ・タイガーだけど、大きな猫って言ってもいいぐらいなんだから」
「猫にしては大きすぎるよぉ。可愛いからいいけどさ」
「ガウッ!」
お義母様に撫でられたからなのか、白雪は気持ちよさそうに鳴き声を上げました。
と思ったら、今度は氷の槍を作り出し、突然海に向かって放ってるじゃありませんか。
なぜと思って槍の行き先に視線を送ると、そこにはウォーター・スパイダーがいて、次の瞬間氷の槍に貫かれて絶命してしまいました。
「すごいね、白雪。水の中だから臭いなんてわからないはずなのに、あんな遠くの蜘蛛を見つけられるなんて」
「すごいよ白雪!」
「ガウガウ♪」
「目も良いからね、この仔。というか白雪、ユニーだけじゃなく真桜もいるからって、ちょ~っと調子に乗りすぎじゃない?」
「ガウッ!?」
「冗談よ。その調子で、しっかりとユニーのことを守ってね」
「ガウッ!」
真子さんに睨まれて一瞬怯んだ白雪ですが、ユニーちゃんとお義母様がおられることで、いつもより頑張ってる感じがします。
一番人懐っこい仔でもありますから、褒められるのが嬉しいんですよね。
逆に私の従魔のブリーズは大人しい仔ですから、私が戦わない限り絶対に戦いません。
場所が場所ですから、別に構いませんけどね。
「白雪までやる気なのか。これじゃ益々、俺達の出番がないな」
ですね。
ですが今日の目的は狩りではありませんが、最近の私達はあまり狩りに出ていませんから、腕が鈍ってないか心配です。
ですからできれば、私達も戦いたいです。
「出番が欲しいのか?」
「俺や真子さんは刻印神器を生成するために狩りに行くことも多かったけど、他のみんなはそうじゃないからな。腕を鈍らせないためにも、適度に狩りはしないとだろ?」
「確かにな。ならこの階層は任せるとしよう」
「ありがとうございます、お義父様」
腕を鈍らせてしまえば、熟練のハンターであっても命を落としかねません。
ですから適度な間隔の狩りは、ハンターにとっては必須です。
さすがにケガや妊娠などの場合は仕方がありませんけどね。
もっともケガは、治癒魔法ですぐに治せますから、あまり理由にはなりませんが。
「けっこう登ってきたね。だけど頂上は見えないなぁ」
「いえ、そろそろ頂上に到着致します。この瀑布の火山は分かりにくいですが、わたくしどもは幾度か来ておりますから、多少は地形も記憶しております」
「そうなんだ。あ、ホントだ」
ヒルデ様の仰る通り、瀑布の火山の頂上が見えてきました。
頂上にはセーフ・エリアもありますから、安全にこの瀑布の火山の全景を見ることもできます。
絶景ですから、一度は見ておきたい光景ですよ。
「あら、もう頂上なの?」
「あ、マナ様。リカ様も」
「サキちゃんもアスマ君も、もういいんですか?」
「ええ。お乳を飲んだら落ち着いたわ。まだまだ眠りそうにはないけどね」
「アスマもよ。オムツを変えたら機嫌が良くなったみたいね」
頂上に到着しようかというタイミングで、マナ様とリカ様が戻ってこられました。
サキちゃんとアスマ君もご機嫌ですけど、外出してるのがわかっているのか、今日は本当に元気ですね。
いつもならミルクやオムツの交換が終われば、そのまま寝てしまうのに。
「元気だよねぇ」
「だねぇ。でもその方がいいよ」
「そうですね。まあ、今日のことは覚えてないと思いますけど」
それはそうですよね。
なにせ生後3ヶ月と生後4日なのですから、覚えているワケがありません。
ですがもしかしたら、って思いもあります。
それがわかるとしても、何年か先の話ですけど。
「見えるかはわからないけど、この子達にもあの景色を見せてあげましょうか」
「そうですね」
私も賛成です。
仮に覚えていなくても、また来ることは出来ますからね。
お義父様とお義母様はおられませんが、兄弟姉妹が増えているのは間違いありませんから。
そろそろ山頂です。
休憩がてら、みんなで景色を楽しみましょう。




