父と孫
メモリア総合学園の入学式が終わって2日経った日の夕方、俺は日ノ本屋敷のリカさんの部屋でガックリと膝をついていた。
「まあ、なんだ。こんなこともあるだろう」
「そ、そうですよ。大和さんも仕事してたんですから、仕方ないですって」
エドとラウスの慰めが心に痛い。
「こんなことはよくあるぞ。むしろ無事に生まれてきたんだから、そのことを喜べ」
「分かってるけど、できれば立ち会いたかったんだよ」
今日は天樹城で、メモリア総合学園の様子やレティセンシアをどうするかといった会議が催されていて、俺も出席していた。
ところが会議が終わってから、リカさんが無事に出産したと連絡が来てしまった。
俺としてはもっと早く教えろと思うんだが、父さんが仕事も大切だからといってバトラー達を止め、リカさんやマナまで同意してしまったもんだから、俺への報告が会議終了後になってしまったらしい。
確かに今日の会議は、俺にとっても連邦天帝国にとっても非常に重要なものだった。
メモリア総合学園はフィリアス大陸初の総合学園であり、初年度でありながら王族が9名も入学している。
本当はもう1人いたんだが、そのバカは入学式早々にやらかしやがったから、入学と同時に退学となり、今はエネロ・イストリアス伯国にある隔離塔に監禁されている。
幸いにもそのバカのおかげで、王族であっても特別扱いされないと周知されたため、貴族の子弟も今は大人しくしている。
ラウス達からも、まだ始まったばかりではあるが、大きな問題は起きてないって聞いてるしな。
そしてもう1つの問題 レティセンシア皇国についてだが、こっちはあまり楽観してはいられない。
レティセンシアは皇都コバルディア以外の町や村が、住民もろとも壊滅している。
唯一残っているコバルディアも、物資の補給が一切できず、王家や一般人問わず全てが魔族と化した。
しかも魔族の魔力は、宝樹にすら悪影響を及ぼすから、このまま放置する訳にはいかない。
だからコバルディアは、こないだ生成に成功したクラウ・ソラスとアガート・ラムの神話級術式を使い、都市ごと消滅させることになった。
父さんと母さんが帰ってからになるし、このことは伝えるつもりもないけどな。
だけど今は、そんなことは二の次だ。
「仕事は仕事だ。子供のためにもな」
「分かってるよ。リカさん、改めて聞くけど体調は大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
リカさんの部屋には、出産を手伝ってくれていた真子さんとアプリコットさんもいるし、ベッドの傍らに設置されたベビーベッドには、褐色肌のエルフの男の子が眠っていた。
ハイエルフに進化しているリカさんは真っ白な肌をしているが、進化する前は褐色の、いわゆるダークエルフだったし、お母さんのエリザベートさんもそうだから、この子もそうなったんだろうな。
「サキちゃんもだけど、もしかして生まれてくる子って、お母さん側の種族の方が多いのかな?」
「いや、妖族やドラゴニアンはそうだけど、他の種族はそうでもないぞ。完全な偶然だろ」
まあ生まれた俺の子は2人ともエルフだから、母さんの言いたいこともわかるけどな。
ハーフの可能性もあるから確率半々って訳じゃないだろうが、父親側と母親側どちらの種族が生まれてくるかは運でしかないだろう。
「それと、名前はどうするの?」
「飛鳥真だ」
子供の名前は、ずっと前から決めていた。
男の子になるか女の子になるかは分からなかったが、ちゃんと男女別に考えてあるし、プリムとフラムの子用にも用意済みだ。
ちなみにアスマの名前は、父さんの名前を拝借している。
「お父さんの名前をもらったのか。なんか大変そうだね」
「そんな重圧をかけるつもりはないって」
父さんや母さんのことはそれなりに有名になってきてるが、国の上層部や一部で止まっている。
ハンターにも広まってはいるが、戦争当事者以外は話半分かそれ以下になってるらしい。
だからアスマも、そこまで大きなプレッシャーは感じないんじゃないかと思う。
それにそんなことを言ったら、サキだって母さんの名前をもらってるんだから、似たようなことになりかねないしな。
「え?サキちゃんって、お母さんの名前使ってたの?」
「ああ。って、名前の由来は教えてなかったっけか?」
「聞いてないよ」
そうだったか。
まあ桜姫の名前は飛鳥真と違って、桜の字を使ってるだけなんだが。
「まあ、それはそれとしてだ。リカさんもアスマも大事なさそうだし、あまり傍で騒いでても迷惑だろう」
「ああ、そうだった」
リカさんは出産したばかりだし、アスマも生まれたばかりなんだから、騒いで良いことなんて何もない。
もう少しここにいたい気持ちもあるが、今はリカさんにしっかりと休んでもらいたいし、ここは大人しく引き下がろう。
「リカさん、またあとで来るよ。今はゆっくり休んでくれ」
「ええ、ありがとう」
今日はゆっくりと休んでもらって、明日ゆっくりと話をしよう。
ああ、アスマはアマティスタ侯爵家の跡取りでもあるんだから、メモリアをはじめとした領内にも告知して、祝い酒とかも振る舞わないといけないんだった。
さすがに今日は時間が時間だから、明日朝一で手配しないとな。
それが終わったら、父さんと母さんに持って帰ってもらう土産も用意しないと。
兄貴への結婚祝いもあるけど、あっちでも使えそうな物を見繕ったり考えたりしないとだから、なかなかの難題だ。
だけどあと数日しかないし、そろそろ決めないとなぁ。
Side・プリム
リカさんが無事にアスマを出産した翌日、大和はすぐにメモリアに飛び、アマティスタ侯爵家に仕えているバトラーとともに後嗣誕生を告知し、祝い酒も振る舞った。
サキの時は、マナがまだ領地を持ってないこともあってフィールとフロートだけだったけど、アマティスタ侯爵領は代官を擁してる町や村が全部で5つあるから、そっちにも通達や準備が必要。
だから昼を過ぎた今でも、大和とミーナ、リディア、ルディアの4人は帰ってきていないのよ。
「生まれたばっかりだと、男の子も可愛いなぁ」
「分かるが、そろそろ俺にも抱かせてほしいんだが?」
「え~、もうちょっと待ってよ~」
お昼ご飯を食べた後、お義父様とお義母様のご希望で、私はリカさんの部屋まで案内していた。
お2人にとっては2人目の孫だし、何よりアスマはアマティスタ侯爵家待望の男児の跡取りだから、リカさんのお母様 エリザベート様も感涙を流されていたわ。
昨日から日ノ本屋敷に泊まっていて、今はリカさんと領地やアスマの将来について、ニコニコとしながら話し合っているわ。
「そういえば、確かアスマは、アマティスタ侯爵家の跡取りでしたか?」
「はい。さすがに生まれたばかりですから、領民へのお披露目は来月になりますが」
「来月って、ちょっと早くないかな?」
「そうかもしれませんが、獣車に乗ってメモリアを一周するだけですから。領主に子が生まれた場合、生後1ヶ月でお披露目をするのが慣例となっているのです」
余裕があれば天樹城に登城し、王陛下へ報告するまでが習わしらしいわね。
実際登城するのは生後半年から1年ぐらいになるけど、アスマの場合は大和やあたし達がトラベリングを使えるから、そんなに時間もかからないし。
ちなみにサキのお披露目は行われていない。
理由はマナも大和も、拝領していないからよ。
いずれは2人とも領主になるけど、まだ領地も決まっていない状況じゃお披露目も何もあったものじゃないからね。
あたしの場合も同じ理由でお披露目はしない予定だけど、フラムはプラダの代官として叙爵が決まってるし、プラダでも周知されてしまっているから、やらないといけないらしいわよ。
「あ、寝ちゃった?」
「またか。まったく、昨日もそうだったぞ?」
「いや~、可愛くてつい……」
お義父様とお義母様のお話からすると、どうやらアスマは眠っちゃったようね。
まあ生まれたばかりの赤ちゃんなんて、1日の大半は眠ってるんだから、このタイミングで寝入っちゃっても仕方ないか。
だけど確かお義父様は、昨日もアスマを抱っこできなかったんじゃなかったかしら?
それでも本気でお義母様に文句を言ってるワケじゃないし、むしろ仕方ないっていう感じなのがすごいと思うわ。
なんと言うか、長年連れ添ったおしどり夫婦っていう感じ?
実際大和が言うには、すごく仲が良いらしいし。
あたし達にとっても、すっごく勉強になるわ。
「ごめんね、飛鳥。エリザベートさんも、ごめんなさい」
「お気になさらず。飛鳥様も真桜様も、数日後には元の世界に帰られてしまうのです。ですから今の内に、アスマを可愛がってやってください」
エリザベート様の仰る通り、お義父様とお義母様は、5日後に地球に帰られることになっている。
大和や真子はお土産を色々用意してるらしいけど、あっちじゃストレージ・バッグやミラー・バッグが使えるかわからないから、選ぶのに苦労してるようね。
お義父様もお義母様も、刻印具を使ってあたし達やサキの姿絵、大和達は写真って言ってたけど、それをたくさん保存してるわ。
あたし達も何かないかと思って探してるけど、魔物のお肉とかぐらいしか思いつかないのよね。
「それじゃ俺達も、ここでお暇しようか」
「そうだね。リカちゃん、ゆっくり休んでね」
「ありがとうございます」
ここでお義父様とお義母様は退室されたけど、あたし達もあんまり長居は出来ない。
だから後は真子と母様、それからエリザベート様にお任せね。
飛鳥馬→飛鳥真 漢字間違えてました。




