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母と移動手段

 母さんとメモリア総合学園で入学準備をしている俺だが、最後にメモリアンMINERVA(ミネルヴァ)の様子を見に来ると、ハンターがMARS(マーズ)を使っているところだった。

 まだ入学式前ってこともあり、週に2日ほどハンターに解放しているんだが、どうやら盛況のようで何よりだ。

 今は6人のハンターが、新たに追加した海上戦闘パターンを利用し、(ブロンズ)(ノーマル)ランクモンスター サンダー・スクイドと戦っている。


「あれってイカだよね?」

「ああ。サンダー・スクイドっていう(ブロンズ)ランクモンスターだ。アミスターとバレンティアの間によく出るから、多分あのハンター達は、この後バレンティアに行くんじゃないかな?」


 アミスター―バレンティア間を就航している定期船は、護衛としてハンターも乗り込んでいる。

 その理由は、道中で襲ってくる魔物に対処するためだ。

 海の魔物は戦いにくく、それでいて船にでも乗らない限りは戦う機会もないから、MINERVA(ミネルヴァ)で使用されるイリュージョン・モンスターの中では使用頻度も高い。

 だから船での移動を考えてるハンターは、事前に魔物の生態を学ぶために使っている。

 特に多いのが、ランク的にも手頃で、かつ遭遇頻度も高いサンダー・スクイドと(カッパー)(ノーマル)ランクモンスター エクレール・ドルフィンだな。


「船に乗ってても、安全じゃないんだね」

「むしろ船は目立つから、逆に危ないかもしれないな。まあ、船に乗らないと移動が出来ないから、こればっかりはどうしようもないんだが」


 空を飛べる騎獣と契約していてもどこかの町で休ませないといけないし、空を飛ぶ魔物だって多いんだから、空の上も安全とは言い難い。

 それに船は、多くの人を一度に運ぶことができるから、その点は契約者とその連れ数人ぐらいしか運べない騎獣より優れていると言えるだろう。


「そっか。大和達はアテナちゃんやエオスちゃんが運ぶ獣車で移動してるけど、それって一般的じゃないんだね」

「一般的どころか、王族ですら無理だな。いや、バレンティアのフォリアス陛下はアテナの妹と結婚するから、できなくもないか」


 アテナの妹イーリスは、5月にフォリアス陛下との結婚が予定されている。

 なので俺は、フォリアス陛下の義兄ってことになってしまうんだが、天帝の義弟であり妖王の夫でもあり、次期ヴァルト獣公の父(予定)でもある身からすれば、今更って気もしているんだよな。

 まあそれはそれとして、さすがに竜王妃が獣車を運んで移動ってのは問題だらけだから、できるかどうかは別問題か。


「そりゃそうだよ。あ、そうだ。ねえ大和、お母さんも後でMARS(マーズ)っていうのを使ってもいいかな?」

「は?いや、使っても母さんには意味ないと思うけど?」


 突然MARS(マーズ)を使いたいとか言い出した母さんだが、使用頻度の高い魔石は(アイアン)ランクから(シルバー)ランクまでだし、(ミスリル)ランク以上の魔石は置いてすらいない。

 だから使うとしたら、最高でも(プラチナ)ランクってことになるんだが、母さんが使うなら終焉種でも不足してる気がするんだが?


「戦いたいんじゃなくて、どんな感じなのか体験してみたいんだよ。だってMARS(マーズ)って、大和が作ったんでしょ?」

「俺だけじゃなく、真子さんにフラム、ルディアもだな。実際クラフターズギルドにも、製作者は4人ってことで登録してるし」


 MARS(マーズ)の構想を考えたのは俺だが、真子さんの知恵も大いに助かったし、フラムやルディアも独自の考えでオーバーコートや結界パターンなんかを考えてくれた。

 そのおかげでMARS(マーズ)が完成したんだから、俺1人で作ったなんて、口が裂けても言えないぞ。


「それは知ってるよ。でも大和が製作者の1人ってのは間違いないでしょ?だからだよ」


 それならいいが。

 まあ本人が体験したいってことだし、別に構わないか。


「分かった。だけどさすがに割り込みはできないから、少し待つことになるぞ?」

「もちろんだよ。それまではハンターさん達がどうやって戦うのか、じっくりと見せてもらうから」


 なぜだろう、ハンター達がすごく気の毒に思えてきた。

 俺の父さんと母さんがヘリオスオーブに来ていることは、それなりに知られている。

 レベル210超のアークヒューマンだってことは知られてないが、俺より強いってことは一部では有名だ。

 とはいえ公表してる訳じゃないから知らない人は知らないし、ハンターもフロートやポラル、あとはフィール辺りで活動してない限り、耳にしてる者は少ないんじゃないだろうか?

 だからMARS(マーズ)を使ってるハンターが母さんのことを知らなくても不思議じゃないんだが、母さんのレベルも種族も知ってる俺としてはそう思わざるを得ない。


「あ、そうだ。ねえ大和」

「ん?どうかしたか?」

「どうかしたってワケじゃないけど、飛空艇とかは作らないの?」

「へ?」


 ハンターの戦いぶりを見ていた母さんが、突然そんなことを口走った。

 飛空艇って、なんでまた?


「だって異世界転移とかじゃお約束でしょ?あれは物語だけど実際に自分が来てみると、空を飛べる乗り物はあった方がいいんじゃないかって思ったんだ。最初はドラゴニアンの竜化とか空を飛べる魔物もいるから、それでもいいかなって思ってたんけど、一般的じゃないんなら、作ってもいいんじゃないかって」


 確かに俺達はアテナやエオスに獣車を運んでもらってるし、一度行ったことのある場所にはトラベリングを使うから、移動手段も速度もヘリオスオーブ最速と言ってもいいだろう。

 一応空を飛ぶ騎獣との契約は一般的ではあるんだが、食費もけっこうかかるから、万人が使いやすいとは言い難い。

 ドラゴニアンやトラベリングなんて、どっちも数が少ないんだから、使える方が珍しい。


「つまり母さんは、一般人の長距離の足替わりに、飛空艇を開発してみたらって言いたいのか?」

「うん。海にも魔物がいて、しかもそっちの方が強力なのが多いんでしょ?それなら空を飛んだり走ったりできる魔法がある分、まだ空の方が対処しやすいんじゃないかな?」


 確かに母さんの言う通り、海の魔物は強力だし、水中にいると1つ上のランク相当だって言われている。

 しかも水中呼吸とかの魔法は、俺や真子さんも試してみたが一向に奏上される気配がないから、水中戦はウンディーネや水竜のドラゴニュート、ドラゴニアンぐらいしかできない。

 だけど空の魔物は、モンスターズランクは見たままになるし、プリムと真子さんが奏上した奏上魔法デヴォートマジックフライングとスカファルディングがある。

 そのおかげで空中戦が主流になりつつあるから、水中の魔物より対処はしやすいと言える。

 もちろん高ランクモンスターと遭遇する可能性は否めないが、それは船でも同じことだから、確かに空を飛ぶ飛空艇の方が安全度は高いかもしれない。


「考えたこともなかったな。だけど確かに、母さんの言う通りかもしれない。帰ったらみんなにも話して、何とか考えてみるよ」

「うん。できればお母さんも乗ってみたいけど、さすがに2週間じゃ厳しいよね?」

「さすがに何とも言えないな」


 発案は母さんだから、試作でもいいから何とか作って、乗ってもらえたらとは思う。

 だけど母さんが日本に帰るまで、あと2週間ほどになってるから、さすがに厳しいのも間違いない。

 もちろん頑張るが、どうやって船を飛ばすかっていう問題もあるから、考えがまとまるまで何日かかるかも分からないな。

 スカファルディングは魔力で疑似的な足場を作る魔法だから、飛空艇に応用できるか微妙だし、フライングは翼が必要だから、こっちも飛空艇にした場合にどうなるかが予想できない。

 定番のプロペラっていうのが無難な気がするが、それなら風属性魔法ウインドマジックを付与させれば事足りる気もするなぁ。


「あっ!あのハンター、なんか武器を下ろしちゃったよ」

「ああ、あれは致命傷食らって脱落したんだ。ほら、ライフ・バー」

「ホントだ。外からも確認できるっていいよね」


 飛空艇開発に考えを巡らせていると、ハンターの1人が、サンダー・スクイドの雷属性魔法サンダーマジックを纏った強烈な一撃を受けて、ライフ・バーを削りきられたところだった。

 あ、1人やられてから立て直しに苦労してるな。

 今戦ってるハンターは6人ともノーマルクラスだが、あんまり戦い慣れてない気がするぞ。


「なんか戦い慣れてないみたいだね」

「母さんもそう思うか」


 母さんも俺と同じ感想を持っていたが、それも当然か。

 俺でさえ慣れてないって感じたんだから、母さんからしたら未熟も未熟ってことになる。

 案の定、1人やられてから芋づる式に次々と倒されていって、最後に残ってたハンターも雷属性魔法サンダーマジックの直撃を受けて終了した。


「あそこで立て直せてたらまた違ってたんだろうけど、1人抜けちゃってから動揺しちゃって、そこからはズルズルだったね」

「ハンターとしては致命的だな。仲間がやられたから動揺するのは仕方ないんだが、それでもすぐに立て直す兆しすら見られなかったんだから、全滅するのも当然だ」

「これがMARS(マーズ)じゃなくて実戦だったら、あの子達は死んじゃってたってことか」


 そうなるな。

 これが地上なら逃げるっていう選択肢もありだが、船上戦闘ってことになると逃げ場はないから、生き残る可能性は皆無に近い。


「そんな事態を減らせるように考えたし、効果は出てるって聞いてるんだが、あんな感じで自分の実力を過信してる奴らもいるんだよな。特に幻影だから、どれだけ攻撃を食らっても傷は負わないし、まぐれでも一度倒したってことで、図に乗ることもあるらしいんだ」


 幻影は所詮幻影だから、実際に遭遇してしまった場合、相手から感じる圧力とか毒とかは体感できない。

 毒はそのまま死ぬこともあるし、高ランクモンスターなんかと遭遇したら動けなくなることもあるから、幻影は本物は違うって認識も必要だ。

 今は無茶をするハンターが減ってるって話だが、多分そのうち、無謀な狩りをするハンターもでてくるだろう。

 ハンターは自己責任なんだから、そこまでは責任持てんが。


「じゃああの子達って、サンダー・スクイドっていう魔物と戦うには早いってこと?」

「というより、船の上で戦うのはまだ早いって感じだな。多分だけど、(ブロンズ)ランクとの戦闘経験もほとんどないと思う。せめて陸棲の(ブロンズ)ランクと戦ってからでないと、サンダー・スクイドの相手はキツい」


 サンダー・スクイドは水棲種だから、船上戦闘パターンだと1つ上相当のランクだと思っていい。

 つまり(ブロンズ)ランクのサンダー・スクイドが、(シルバー)ランク相当になるってことだ。

 あの様子じゃ陸棲の(ブロンズ)ランクモンスターの相手すら満足にできないだろうから、船の上での水棲種の相手は厳しいなんてもんじゃないぞ。


「さっきから黙ってきいてりゃ、勝手なことばっかぬかしてんなよ!」

「そうよ!さっきは油断してたからやられちゃったけど、ちゃんと戦えれば(ブロンズ)ランクぐらい!」


 俺と母さんの会話が聞こえてたようで、さっきのハンター達が文句をつけてきたが、これは俺達も悪かったな。

 だけど魔物相手に油断なんて命取りでしかないし、そんな発言をする時点で未熟だって断言できる。


「別にバカにしたつもりはないんだが、そのセリフが言い訳にもならないってわかってるか?」

「どこがよ?幻影なんだから、何度でも戦えるでしょ」

「それだ。確かに幻影だから何度でも戦えるが、これが本物だったら、あんたらは船ごと海の底だ。実際、船も大破沈没っていう判定が出てるからな」

「幻影だから油断しました、なんて、言い訳としては三流だよね。どうせ勝てなくても、所詮は幻影だからってことで結果を軽視して、本物にやられるんじゃない?」


 母さんも辛辣だが、俺もその通りだと思う。


「言ったな!なら、お前らがやってみろ!」

「そうよ。(ブロンズ)ランクはあたし達だって手間取るんだから、簡単に倒してくれるのよね?」


 ああ、陸棲の(ブロンズ)ランクモンスターは討伐経験あるのか。

 だから次は水棲種ってことなんだろうが、発想が安易というか、なんというか。

 やれって言うなら構わないが、こいつら俺のこと知らないのか?

 メモリアにはけっこう顔出してるから、そこそこ知られてると思ってたんだけどな。

 別に構わないが。


「いいよ。じゃあ私がやるね」

「いや、母さんが出るまでもない。ここは俺が行くよ」

「お母さんもやってみたいんだけど?」

「後で用意するよ。それに、これは俺が対応すべき案件だからな」


 俺達が親子だったとは思わなかったのか、すげえ驚いてるな。

 実際母さんはヘリオスオーブに来たからなのか、少し若くなってるようにも見えるし、親子に見えなくてもおかしくはない。

 若く見えるってことは、若作りしてる人もいなくもないが、ほとんどは進化してる証ってことになるから、少なくとも母さんが進化してるのは理解できただろう。

 ハイクラスにとって(ブロンズ)ランクは単独討伐も容易な魔物だから、母さんが出ても勘違いしているであろうこいつらにはあまり意味がない。


 だからといって、俺が出ても大差ないんだけどな。

 まあやれって言われたんだし、ご期待に添えるよう頑張りますか。

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