母と総合学園
日緋色銀が完成してから5日経った。
俺の新しい剣はエドに打ってもらうことに決めていて、既に製作に入ってくれているんだが、日緋色銀はハイクラスであっても魔力の消費が激しいらしく、ここ数日のエドは毎日疲労困憊となっている。
それもあってまだ完成してはいないんだが、あと数日あれば仕上がるそうだ。
それまではエド作の瑠璃銀刀・薄緑弐式を使うが、完成はかなり楽しみにしている。
今日はメモリアで、総合学園の入学準備の予定だ。
あと1週間ほどで入学式が行われるから、準備も佳境に入ってて、俺も連日奔走してるんだよ。
その合間を見繕って、ウイングビット・リベレーターを体と魔力に馴染ませるための狩りもやってるから、最近はマジで忙しい。
ヘリオスオーブは地球より大気中の魔力が多いらしく、さらに俺がエレメントヒューマンに進化してることもあるから、その甲斐あって予想より早く馴染んできてると言われてるのが救いだ。
それでも二心融合術を成功させるには、まだ足りないって言われてるんだが。
「大和、寮の備品が不足してるらしいよ」
「備品って言っても何が不足してるのか分からないと、手配しようがないぞ」
今俺は、メモリア総合学園の学生寮に来ている。
入学式は4月3日だが、1日から入寮することができるから、そのために備品や調度品、設備の点検なんかをしないといけない。
だけど手伝いを申し出てくれた母さんが、寮母を務めるバトラーから、備品が不足してるって言われたみたいだ。
「魔石だって言ってた。確かお風呂やおトイレも魔道具だから、魔石が必要なんでしょう?」
「ああ、魔石か。分かった、手配しとくよ」
魔道具は魔石がないと動かないから、何をおいても必須だ。
風呂は水属性と火属性、トイレは風属性の魔石が必要だから、すぐにでも手配しないとな。
トレーダーズギルドに行けば買えるんだが、メモリアだけじゃ用意できない可能性もあるから、どれぐらいの数が必要かも調べてからになるか。
「他は何か言ってた?」
「ううん、特には聞いてないよ」
「わかった、ありがとう」
魔石が足りてないのは問題だが、それ以外は大丈夫そうだな。
オークを定期的に乱獲してるせいもあって、火属性の魔石は以前の半額以下になってるが、水属性と風属性の魔石は変化無しだから、地味に経費が掛かる。
かといって該当の亜人 サハギンやコボルトの乱獲も、問題にしかならないんだよなぁ。
魔物の進化は謎だが、魔物の数が増えすぎたり、逆に減り過ぎたりしてもダメって説があるからな。
相場も崩れるし、経済的な影響も大きくなるから、余程のことがなければ乱獲は推奨されてないんだよ。
マイライトのオークは乱獲しまくりだが、これは魔化結晶の影響で増えたと予想されてるし、進化している個体も多く、絶滅させる勢いで狩っても底が見えないから、やむなしと判断されているが。
「設備の方は大丈夫だったか?」
「そっちも聞いてないなぁ」
「なら一回りしてから、校舎の方に移動だな」
寮は魔石が不足してる以外特に大きな問題はなさそうだから、部屋とかを見て回って、それから校舎、最後にスカラー校舎に併設してるMINERVAにしよう。
本校舎に移動し、教員室で打ち合わせを行っていた教師達と二言三言話をしてから、隣接している学園長室にノックしてから入る。
「これは大和天爵殿下。ようこそいらっしゃいました」
校長室で俺達を出迎えてくれたのは、メモリア総合学園の学園長を務める男性ドラゴニュート アルフォンス・フォアライダーさんだ。
総合学園はスカラーズギルド支部とは別だが、学園内はある意味で治外法権に近いこともあり、学園長はスカラーズマスターと同待遇となっている。
なのでメモリアにはスカラーズマスターが2人いるのと同じなんだが、スカラーズマスターは学園運営には関わらずギルド運営をメインに行い、学園長は学園運営をメインにするため、同じギルドでありながら別のギルドのような立ち位置でもある。
「学園長、準備の方はどうですか?」
「一部滞っておりますが、入学式には間に合う予定です」
一部滞ってるのは気になるが、入学式に間に合うなら大丈夫か。
「それとエネロ・イストリアス伯国ですけど、例のバカ王子は何か言ってきていますか?」
「はい。寮生活などできる訳がないから、自分が住むための屋敷とバトラーを用意しておけ、と。もちろん二つ返事で断りましたよ」
やっぱりふざけたこと抜かしてきてたか。
メモリア総合学園は天帝から三公までもが力を入れてる教育施設だから、一国の王であっても勝手なことはできない。
たかが伯国の王子ごときの我儘なんぞ、叶えてやる義理もないし、必要性も感じられないな。
「それで構いません。もし何か言ってくるようなら、俺に回してください」
「申し訳ありませんが、既に言ってきております。王子たる自分の住まいが用意できないのなら、メモリアを滅ぼしてもよいのだぞ、と」
「うわあ……」
アルフォンス学園長のセリフに、さすがの母さんもドン引きだ。
完全に宣戦布告じゃねえかよ。
「では学園長、面倒をかけて申し訳ないのですが、やれるものならやってみろ、と返していただけますか?近日中に来るでしょうから、オーダーズギルドにも監視を依頼しておきます」
「わかりました。やれやれ、初年度からここまで面倒ごとにあたるとは、さすがに思っておりませんでしたよ」
とりあえずの対応を伝えてから、俺と母さんは学園長室を後にしたが、アルフォンス学園長がぼやく気持ちもよくわかる。
そもそも何を思ってメモリアを滅ぼすなんてぬかしやがったのか、マジで理解できねえ。
いや、確か世界は自分を中心に回ってるっていう盛大な勘違いをしてるバカだから、自分の思い通りにならないことが気に入らないってことか。
「大和、その子、王子様なんでしょ?そんな強気に出ても大丈夫なの?」
「なんの問題もないな。ラインハルト陛下をはじめとした王達も、そのバカは見せしめにするつもりだから。さすがにここまでとは思ってなかったけど」
一国の王子を敵に回したことを心配してくる母さんだが、本来ならエネロ・イストリアス伯国の独立が取り消されるばかりか、一族連座で死罪っていう処罰が下ってもおかしくない奇行愚行だからな。
1月に独立したばかりとはいえ、エネロ・イストリアス伯国は貴族領に毛が生えた程度の権限しか持たされていない。
身分だって天帝や三王、三公はもちろん、天爵より下に設定されている。
さすがに公爵よりは上だが、それもあくまでも伯王が王だからっていう理由だけで、実際は同格と言ってもいいだろう。
「え?王様なのに、大和より下の身分になるの?」
「いずれは変わると思うけど、今はな。独立したとはいえ元は敗戦国だし、制限ぐらいはかけるよ」
元々はエネロ・イストリアス伯国より先に別のとこを独立させようと計画してたんだが、元伯爵で現イストリアス伯王は人格者で、国内も比較的安定してたから、少ない手間で独立させられるって判断されて、そのまま建国につながった経緯がある。
ただ本来なら王太子となる長男がこんなことを抜かすバカ野郎だから、そこだけが懸念事項だった。
だから無事に卒業できたら立太子っていう条件だったんだが、常日頃からこんな感じだから、今では父のクエルボ・イストリアス伯王にすら見限られていて、次期伯王となる王太子には、次男のアギラ王子が無事に卒業できたら立太子する予定だ。
「じゃあその子って、廃嫡されることが決まってるの?」
「更生してくれれば良かったんだが、どうあがいても無理だからな。ついでって訳じゃないがこんな教育を施したってことで、母親も幽閉予定だよ」
これが一般人なら話は違ったんだが、王侯貴族ともなると百害あって一利なしだからな。
だからバカ王子は廃嫡後の幽閉まで決まっていて、エネロ・イストリアス伯国では重罪人収監用と銘打った隔離塔も建造されたぐらいだ。
何年生きられるかはしらんが、幽閉されたら日の目を見ることもないだろう。
「まだ子供なんだから、そこまでしなくても……」
「残念だけど、そういう訳にはいかないんだよ。地球でもそうだろ、優位論者とか」
「それはそうだけど……」
戦場では死を運ぶ戦女神の女王として振る舞う母さんだが、本来は優しい人なんだよな。
だけどヘリオスオーブは王制世界だから、王子がそんなことじゃ国が割れたり、最悪滅びることになる。
だから王侯貴族には厳しい教育が課せられるんだが、ソレムネ貴族は特権階級ってことで図に乗ってたから、特にアミスターやトラレンシアとは意識が違い過ぎている。
だからこそ、厳しい処罰が科せられることになっているんだよ。
「民主主義にすれば……建国されたばっかりなんだし、それはダメか」
「ああ。それに俺は、下手に民主主義は導入しない方がいいと思ってるしな」
「なんで……ああ、日本の政治家を見てれば、そう思うのも無理もないか」
そういうことだ。
今でこそ落ち着いているが第3次大戦前の野党は、取るに足らない揚げ足取りばかりしてたそうだし、党名を変更しての責任逃れまでしてたらしいからな。
そんな連中、政治家じゃないだろ。
ヘリオスオーブでもそうなるとは限らないが、リベルター連邦は議会制だったし、承認がなければ軍を動かすこともできなかったから、ソレムネに侵攻されても迎撃すらロクにできなかった。
ソレムネに通じていた裏切り者の存在もあったが、そのせいで国土の半分以上を占領されてしまい、結果的に見ればリベルターは滅びたと言っても過言じゃなかった。
連邦天帝国としても、アバリシアという魔族の国と敵対している状況なのに、そんな事態を招いたりなんかしたら、さすがに滅びるしかないだろう。
「ああ、そっか。神帝の国と敵対してるから、変に民主主義を導入して、派兵とかに反対されたりしたら、すっごい被害がでるね」
「それで済めばいいけどな。絶対王政も問題だが、そのために三王がいるんだし、地球と同じようにしなくてもいいとも思ってるよ」
「確かにそうかもしれないね。だから相手が子供でも、容赦はしないってことなんだ」
「そうなるかな。しかもあのガキは、このメモリアを滅ぼすと口にしたからな。たとえ冗談でも、行っていいことと悪いことがある。それさえも分からないようなバカが王位に就けば、国が荒れるだけで済めばマシだろ?」
まかり間違ってバカ息子が王位に就いてしまったら、イストリアス伯王位は確実に剥奪される。
だがラルヴァは納得なんかせずに、挙兵することだろう。
エネロ・イストリアス伯国の兵はソルジャーズギルドになるから、ソルジャーが賛同することはあり得ないんだが、私兵とかはいるだろうから、そっちを集めるんじゃないかな?
その程度じゃアミスター・フィリアス連邦天帝国を揺るがすことはできないが、国民が不安を感じるのは間違いないし、不在となった君主の代理もたてないといけないから、余計な仕事が増えることになる。
「だから厳しいけど、そのラルヴァっていう王子様は廃嫡して、絶対に表舞台に出てこないようにってことなのか」
「ソレムネの教育のせいってのは同情するが、父親のクエルボ伯王は立派な方だから、それは理由にならないし、弟はすごくまともだからな」
アギラ第二王子が真面目で優秀だからこそ、エネロ・イストリアス伯国の独立が承認されたっていう背景もあるからな。
「母さん、ここが最後だ」
エネロ・イストリアス伯国の内情を話しながら視察と確認を続け、最後となるコロシアムに到着した。
グラシオンの施設がMINERVAとして建造が開始されたことで、総合学園のコロシアムはメモリアンMINERVAと呼ばれるようになっている。
もちろんMINERVAだけでも通じるんだが、所在地を表す必要はあるから、いつの間にかこうなってたな。
「あ、誰か使ってるみたいだよ」
「今日はハンターに解放してる日だからな」
俺達が入学の準備に忙殺されていても、ハンターにとっては関係ない。
だから今日も多くのハンター達が、MARSを使った模擬戦に精を出している。
「せっかくだし、少し見ていくか?」
「うん!」
楽しそうな顔してるが、母さんには参考にならないだろうし、楽しいかどうかも微妙な気がするけどな。
とはいえ、人の戦ってるとこを見る機会は意外と少ないから、俺も見学しておくとしよう。




