父母と刻印神器
日ノ本屋敷の中庭で、真子さんと最近の日課の二心融合術に向けての練習をしていると、父さんと母さんがやってきた。
ようやく完成した日緋色銀の最終確認をするために、さっきまで工芸殿にいたはずなんだが、ここに来たってことは終わったってことか。
瑠璃色銀と神金の合金は、俺から見ても馬鹿みたいな超性能になってたから、あれなら父さんや母さんの魔力にも耐えられるはずだ。
というか、既存の最大値を超える値がでてるんだから、耐えてくれなかったらアーククラスに耐えられるもんは無くなるぞ。
ちなみに木材は天樹か宝樹、魔物素材はMランクモンスター以上という検証結果になってたりする。
木材は分かるが、魔物素材は思ったよりランクが高くなかったから逆に驚いたな。
「大和、真子。どうだ?」
「どうも何も、いつもと変わらずね」
「できそうな気はしてるんだが、何かが足りない気もしてるんだよな」
俺がウイングビット・リベレーターを生成できたことで、真子さんのスピリチュア・ヘキサ・ディッパーと二心融合術ができるかもしれないと、俺と真子さんは互いにそう感じ取った。
それ以来何度も試行錯誤を繰り返してるんだが、一向に成功する気配がない。
幸いというか、父さんと母さんが俺を探すためにヘリオスオーブに来てくれたから、事情を説明して二心融合術の手ほどきもしてもらってるんだが、それでもなかなか手ごたえが感じられず、難儀している。
「だろうな」
「その名の通り、2人の心を合わせないといけないからね。法具生成と同じで、一度成功すれば大丈夫なんだけど、それまではかなり大変なんだよ」
「実際あいつらも、ガーン・デーヴァの生成まで2年かかったからな」
「え?ガーン・デーヴァっていう刻印神器が生成されたって話は大和君に聞いてたけど、2人が教えてたの?」
魔弓ガーン・デーヴァか。
生成者は俺がヘリオスオーブに転移する4年ぐらい前に新しく七師皇に就任したが、その人達も父さんや母さんに師事してたし、成功させるまでは俺の実家にいたから、俺も良く知ってる。
かなり厳しい指導を受けてたから、たまにぶっ倒れてることもあったな。
ただ世界でも有数の実力者達でもあったから、俺も面倒見てもらったことがあるんだよ。
「超一流の生成者でも2年か。平時ならそれでも構わないんだけど、アバリシアっていう問題を抱えてる私達には、そこまで余裕があるかは分からないわね」
「俺達もそう思っている。だからできるかは分からないが、カラドボルグとフェイルノートにも手伝ってもらうつもりだ」
「は?カラドボルグとフェイルノートにも?」
アバリシアは多くの魔族を失ってるから、すぐに兵を再編するのは不可能だ。
だから1年や2年で再侵攻ってことはないと思うんだが、ドラゴンを従えている以上、少数の精鋭を送り込んでくる可能性はある。
ヘリオスオーブ人を小馬鹿にし、自分を最強だと自惚れてる神帝が進化することはないと思うが、エンシェントデーモンの数が増える可能性は否めないから、できる限り早く二心融合術を成功させたい。
「そんなことできるの?って、そういえば先輩がカリスを生成した時って、確かエクスカリバーがフォローしてくれたんだっけ?」
「あれはあれで特殊事例だから、参考にはならないぞ」
「エクスカリバーがフォローできた理由は、エクスカリバーにとってカリスが半身だからだしね」
その話、さすがに初めて聞いたんだが?
いや、俺もエクスカリバーとカリスを見せてもらったことはあるよ?
その人達の娘が兄貴の婚約者だし、昔から世話にもなってたからな。
だけどマジで、そんなことできんの?
「大和坊と真子嬢であるならば、かろうじてと言ったところか」
「絶対と断言はできぬ故、過剰な期待はせぬよう願いたい」
「なんか自信なさそうね。いえ、ちょっとでもフォローしてくれるのはありがたいから、文句はないけど」
刻印神器の弱音が聞けるとは、夢にも思わなかった。
「俺達も試すのは初めてだからな。カラドボルグ、どうだ?」
「大和坊は主達の子息だからな、印子の誘導に関しては問題ない」
「問題なのは真子嬢だが、彼女の法具は主達と同じ水と風の属性を宿している。試してみなければ確かなことは言えぬが、何とかなるであろう」
そういや刻印神器は光属性か闇属性だが、カラドボルグは水属性、フェイルノートは風属性っていう、かなり珍しい刻印神器だったな。
確か昔刻印継承したことで、父さんと母さんの属性が前面に出たって話だったか?
真子さんのスピリチュア・ヘキサ・ディッパーは水と風の複数属性特化型だから、確かに同じ属性ってことになる。
「では大和、真子。やってみてくれ」
「わかった」
「ええ」
父さんに促されて、俺と真子さんは二心融合術を行うために、魔力を集中させる。
心を合わせるってことだが、この場合は二心融合術の成功を考えてれば大丈夫だろう。
「カラドボルグ、フェイルノート。どうだ?」
「うむ、確かに2人の言う通り、二心融合術に対しての適性があるようだ」
「この感覚ならば、おそらくはエクスカリバーとカリスのような関係になるであろう」
「ってことは、2つ生成されるってこと?」
「その可能性は高い」
なんかカラドボルグとフェイルノートが、想像を絶するセリフを発してやがるな。
エクスカリバーとカリスの関係って、確か剣と聖杯を模した鞘ってことだろ?
ある意味じゃそれも二心融合になるんだろうが、俺と真子さんが生成できた場合も、そんな感じになるってことなのか?
「あくまでも可能性ゆえ、絶対とは言えぬ」
「だがエクスカリバーとカリスも、そなたらと同じく融合型と複数属性特化型の組み合わせとなる」
「なるほど、法具の組み合わせから見ても、可能性があるってことか」
「「然り」」
なるほど。
「それでフェイルノート、カラドボルグ。2人はできそうなの?」
「現時点では厳しいと言わざるを得ない。真子嬢はともかく大和坊が融合型を生成したのは、数ヶ月前と聞いている」
「未だ融合型の印子が馴染んでおらぬ故な。法具は生成者の印子で生成しているとはいえ、現世に物質化している」
カラドボルグとフェイルノートの話を聞く限りじゃ、俺がもう少しウイングビット・リベレーターの生成に慣れておく必要があるってことだが、馴染むってどういう事だ?
「なるほどな。大和、刻印法具とはなんだ?」
「へ?い、いや、突然言われても……」
「ああ、なるほど。そこからだったのか」
「刻印融合術といっしょに教えようと思ってたからね」
なんか3人は分かってるみたいだが、マジで俺にはサッパリだ。
「私から説明するわ。法具は生成者の印子で生成するでしょう?」
「ええ」
「だけど法具は、しっかりと物質として存在してるわよね?」
「生成者には重さを感じないこともあるそうだけど、基本的にはそうですね」
刻印法具にも重さはあるが、法具によっては生成者に重量を感じさせないこともあるらしい。
設置型や生活型は、特にその傾向が強いって話だ。
俺のマルチ・エッジにミラー・リング、ウイングビット・リベレーターは見た目通りの重さだが、真子さんのスピリチュア・ヘキサ・ディッパーは3メートル近い大きさの風車だから、重量があったりなんかしたら動けないどころか潰されるだけだしな。
物理法則がどうなってるのかって話ではあるんだが、印子を使って生成しているから、物理法則とは関係ないってことなんだろう。
「ええ。だけど物質化してるってことは、当然使えば使う程馴染んでいくわよね?」
「そりゃ武器に限らず、日常品でも手に馴染んでくるから、半ば無意識に使うこともありますね」
折れてしまったが、瑠璃銀刀・薄緑はすげえ手に馴染んでたから、マルチ・エッジを左手に生成することに何の違和感もなかったからな。
「つまりそういうことよ」
そういうことって……ああっ!
「つまりウイングビット・リベレーターを、もっと使うようにしろってことですか?」
「そういうこと。それも体に馴染ませるだけじゃなく、魔力的にもね。融合型は一度既存の法具を生成してから刻印融合術を発動させないといけないけど、馴染んでくればそっちもかなり早く生成できるようになるわ。当然だけど、術式の精度も強度も上がるわね」
馴染ませるって、そういうことだったのか。
ポラル防衛戦では手の内を晒さないように最初は生成しなかったが、心のどこかでまだ慣れてないから、無意識に理由を付けて、生成するのを避けてたのかもしれない。
しかも結果的には生成する羽目になったんだから、無意味どころか敗戦につながっただけの悪手だったってことになる。
「そういうことだ。手の内を晒さないよう戦うのは当然だし、力量差があればそれでも構わない。だが相手の力量が不明な状態で戦力を出し渋るなど、油断や慢心でしかない。本来であれば、命を落としても文句を言えない失態だ」
父さんの指摘が耳に痛い。
刻印融合術に成功してから何度か生成しているが、俺は切札としての使い方をしていたから、頻繁に生成していた訳じゃない。
だけど父さん達に言わせれば、それは大間違いになる。
使って体と魔力に馴染ませることが生成者の力量に直結するなんて、考えたこともなかった。
じゃあ神帝は200年近くも使ってるから、本人と法具はとんでもなく馴染んでるってことになるんじゃないか?
「ええ。直接見たから言えるけど、あのまま私が戦っても、腕の1本や2本は持っていかれたかもしれないわね」
「あのサンダーケージ・ドームっていう術式と真子は相性が良いから、そんなことないと思うけど?」
「それこそやってみないと分からないけど、精度は高かったし発動も早かったから、普段から使い慣れてるのは間違いないわ。本人が意識してるとは思えないけどね」
まあ刻印術師優位論者は、法具が生成できることを絶対視して、それ以外の人間を見下してるからな。
S級の開発には力を入れるが、それ以外じゃロクに訓練すらしないと聞く。
だから神帝は、グラーディア大陸で日常的に使い続けていて、その結果意図せず法具が馴染んできたってことなんだろう。
「200年も戦い続けてるようだから、その可能性は高い。だからこそ単一属性型ながら、融合型を生成したお前と渡り合えていたんだろう」
つまりあの敗北は、父さんも言ってたが俺の慢心が原因ってことか。
「ごめんね。てっきり大和君は知ってると思ってたし、手の内を晒さないようにっていう考えもわかるから、あえて聞かなかったの。だけどこんなことなら、もっとちゃんと話しておくべきだったと思うわ。生活型や設置型は、部分生成しても法具には違いないから、それも勘違いさせる原因だったかも」
「真子さんが悪いんじゃなく、俺が油断や慢心してたのが悪いんですよ」
真子さんの知識は俺も頼りにしてたから、これは聞かなかった俺が悪いな。
「でも今日知ることができたんだし、これからはちゃんと生成するでしょ?」
「そりゃな。ようは今のままだと、刻印神器の生成に必要となる魔力が確保できないから、しっかりと隅々にまで魔力を馴染ませて、魔力を確保しろってことだろ?」
「正解だ。父さん達も初めて知ったことだが、ガーン・デーヴァの生成者が成功に2年もかかった理由は、法具に魔力を馴染ませるための時間だったということだろう」
そういうことなんだろうな。
地球だと法具を生成しても使う機会は少ないが、ヘリオスオーブだと遠慮なく狩りに使えるから、多分それより早くなるんじゃないかとも思う。
「それは大和次第だろう。どれほどで馴染むのかは、個人差や法具差もあるから予想もしにくい」
「フェイルノート、予想で構わないんだけど、私達が帰るまでにできそうかな?」
「毎日のように生成し、魔物を狩り続けていれば、不可能ではないかもしれん。ただしあまりにも格下では、意味も薄いと思う」
いや、ちょい待ち母さん。
父さんと母さんが日本に帰るのは、4月10日の予定となっている。
今日は3月21日だから、3週間弱しかない。
俺にも仕事があるから、実際に使える時間は2週間程度ってとこだろう。
たったそれだけで法具を馴染ませるなんて、さすがに無理だぞ。
「ある程度まで馴染めば、我々が補助を行おう。それも絶対とは言えぬ故、過度な期待は抱かずにいてもらえると助かるが」
だから待てっての。
いや、刻印神器がサポートしてくれるんなら俺としてもありがたいけど、どの程度で馴染んだって言えるのかも分からないし、ある程度ってのがどれぐらいなのかもわからないだろ。
「二度と会えなくなるんだし、最後の親孝行ってことで頑張るしかないんじゃない?」
「それは……」
俺の耳元で囁く真子さんだが、確かに声を大にして言える内容じゃない。
それに二心融合術を成功させれば、確かに親孝行にはなるか。
俺はヘリオスオーブに残るから、その後は二度と父さんや母さんと会うことはできない。
だから確かに、最後の親孝行ってことになる。
そんなことを言われてしまったら、少しぐらい無理をしてでも、ウイングビット・リベレーターを馴染ませてみようと思う。
いや、できるかどうかはわからないが、なんとかやってみよう。
ここまで育ててくれた父さんと母さんに、最後の親孝行だ。




