父と合金
Side・エド
無事にエニグマ島を解放してきた飛鳥さん達は、ラインハルト陛下とグリシナ陛下の連名で、かなりの量の神金原石を下賜されて帰ってきた。
人間大サイズの原石が10個って、太っ腹にも程があるんじゃねえか?
陛下達の言い分としては、鉱山として開発すれば補充も容易になるし、安定供給もできるようになるが、ニーズヘッグが巣穴を作るために吹き飛ばした原石は朽ちるに任せるしかないから、功労者に与えるのは当然ってことらしい。
まあ俺としても、原石とはいえ神金を使える訳だから、文句はねえんだが。
だがその神金の原石、加工がマジで大変だった。
さすがに瑠璃色銀を作るほどじゃないが、それでもノーマルクラスじゃちょい厳しいな。
Sランククラフターに昇格したばかりのフィアナも、かなり手こずってやがる。
神金の加工はSランククラフターならできるんだが、それでもかなりの魔力を使わなきゃいけねえから、これで合金を作るとなったら、完全にハイクラフター案件じゃねえか?
「これ、あたし達でもわかるぐらい魔力使うね」
「ここまでとは、正直思ってませんでしたね」
マリーナとフィーナも、神金の加工に手間取ってやがるな。
それでも2人はちゃんとしたインゴットになってるが、魔力の多いフェアリーハーフ・ハイドラゴニュートのマリーナやハイハーピーのフィーナでも、1日に加工できるのは数本が限界だって口にしている。
「そうか?」
「いえ、実際にエンシェントクラフターでも、それなりに魔力が減ったのがわかりますよ」
「だよね。さすがに10本ぐらいじゃ影響はでないと思うけど、それ以上だとどうなるか分からないし」
エンシェントクラフターのフラムとルディアも、体感できるぐらい魔力を使ってやがるのか。
大和と真子はエレメントクラフターだから、全く影響なさげなのが腹立つが、こりゃ合金は2人にやらした方が効率良さそうだな。
俺も興味あるから、意地でもやるけどよ。
そんなこともあって3日後、ようやく神金合金の試作が完成した。
いや、瑠璃色銀より大変だったな。
だが苦労した分、とんでもない性能になった。
というか、これは普通に門外不出にしねえと、マジでヤバいことになるぞ。
「ほう、これが神金を使った合金か」
「ええ。いくつか作りましたが、一番性能がぶっ飛んでたのはこいつです」
飛鳥さんが手にしているのは、馬鹿みたいな性能になった、薄い緋色をした神金合金だ。
「ぶっ飛んだ性能って、どれぐらいになったの?」
真桜さんも興味あるのか。
そういや真子が製錬した神金のインゴットって、真桜さんの魔力で使いもんにならなくなってたな。
バスター・モンキーが真桜さんに石を投げつけて、それに怒った真桜さんが逆襲したそうだから戦闘に使用したって言ってもいいし、クラフターとしては興味深い結果だったから、ある意味じゃありがたかったが。
「魔力強度、硬度、魔力伝達率、魔力耐久値、魔力蓄積率、全部12です」
「えっ!?」
「それは……すごいな……」
真桜さんも飛鳥さんも驚いているが、俺も初めてこいつにメジャーリングを使った時は、腰が抜けるかと思うぐらい驚いた。
今あげた項目はいずれも最高値が10なんだが、それを超えてくるとは思わなかったし、全部同じ数値になるとも思わなかったからな。
だけど実際にできちまったし、他にも何本か作ってみたが全て同じ数値だったから何かの間違いって線もないし、メジャーリングは大和達も使ってるから俺のミスってこともない。
「こいつは一度製錬した瑠璃色銀に、半分サイズの神金を混ぜたもんです。名称は飛鳥さん達の国の伝説の金属にあやかって、日緋色銀になりました」
最初は魔銀や金剛鉄をメインにしたり、神金主体でやってたんだが、性能が落ちることもあったし、神金や瑠璃色銀と大差ない性能だったりで、さすがに合金にする必要性が感じられない性能だったんだよな。
それでも魔銀3、金剛鉄1、晶銀1、神金2の割合で製錬した合金は、魔力強度と魔力伝達率、魔力蓄積率が10で、硬度は9、魔力耐久値も8、数式値は94だったから、最有力候補だった。
だけどフィアナが、瑠璃色銀や翡翠色銀、青鈍色鉄を製錬してから試してみたらどうかって提案してきたから、確かにそれもアリだと思ってやってみたんだよ。
そしたらこんな、アホみたいな性能の合金ができちまったって訳だ。
参考までに、瑠璃色銀を作る比率に神金を加えたパターンも何個か作ったが、どれかの数値は10になるんだが、他が落ちるってのが多かったな。
名称については薄い緋色ってことで、大和の奴がノータイムで日緋色銀って提案してきた。
もともと瑠璃色銀なんかも、日緋色金っていう大和の国の伝説の金属にあやかってるから、色的にも性能的にも相応しいし、俺達も満場一致だったんだけどな。
「なるほど、日緋色銀にしたのか。確かに日本の日緋色金は太陽の色をしていると伝わってるし、その名の通り緋色をしているとも言われていた。金か銀かの違いはあるが、瑠璃色銀が魔銀を主体とした合金だから、名称としては悪くないな」
「本物とは違うんだろうけど、なんか感慨深いね」
「大和や真子も、そう言ってましたね」
だから大和も真子も、日緋色銀が完成した時は小躍りしてやがったぐらいだ。
もっとも今は、飛鳥さんと真桜さんに二心融合術っていうのを教わってる最中で、今も試してるところだから、この場にはいねえんだけどな。
大和は来たがったんだが、飛鳥さんに日課を終わらすまで来るなって言われちまってるし、二心融合術ってのの習得も大切だから、今回は泣く泣く諦めてたが。
「それじゃあ飛鳥さん、やっつけ仕事で作った剣で申し訳ないですが、この日緋色銀の剣に、魔力を流してもらえますか?」
「わかった」
日緋色銀を作った理由は、大和の新しい剣を打つためだが、最大の理由はいつか、飛鳥さんや真桜さんみたいなアーククラスに進化できた時に備えるためだ。
瑠璃色銀はエレメントクラスの魔力には耐えられるが、アーククラスの魔力には耐えられなかった。
真子の作った数式の数値だと、エレメントクラスに必要な値は81以上だからアーククラスは91以上になるんじゃないかと思うんだが、日緋色銀の数値は120になるから、多分大丈夫だろう。
実証してみない限り確かなことは言えないし、飛鳥さんもそれを承知の上で提案してくれたんだから、本当に日緋色銀が完成したかどうかは、飛鳥さんが魔力を流してみて初めて判明する。
インゴットに魔力を流されてもわかりにくいから、とりあえず剣の形に成形したんだが、やっつけ仕事感が半端ねえのが申し訳ない。
とはいえ、それだけでも滅茶苦茶大変だったんだよ。
だから本当なら昨日やってもらうはずだったのに、1日ズレちまった。
「うわぁ……魔力がとんでもないよ……」
「でも暴力的な感じはしませんし、それどころか包み込まれるかのような安心感がありますよ」
「すごい……綺麗です……」
「ハンターとしても、お手本にしたいぐらいだわ」
マリーナ、フィーナ、フィアナ、カメリアが、感嘆のため息を吐くが、俺もまったく同感だ。
だけど剣の形にした日緋色銀は、飛鳥さんの魔力を受けても輝きを失っていないし、それどころか強くなってる気さえする。
「全力っていう訳じゃないが、それでもけっこう力を入れてるつもりだ。だがこいつは、綻びたりする様子がないな」
「ってことは……」
「完成、って言ってもいいんじゃないかな?」
「いよっしゃあああああっ!」
飛鳥さんの一言で、俺は思わずガッツポーズをとりながら叫んじまった。
瑠璃色銀が完成した時もすげえ達成感だったが、日緋色銀はその時以上だ。
マジで嬉しいぜ。
「それにしても、瑠璃色銀を製錬してからでないとここまでの性能にならないとは、いまいちよく分からないな。理屈にもあってない気がするんだが」
「そこはあたし達も疑問に感じてますけど、合金は完成した時点で独立した物質ってことになって、魔銀や金剛鉄、晶銀単体とは別物ってことになるんだと思います」
「よくわからないけど、瑠璃色銀は合金だけど、瑠璃色銀っていう金属にもなっちゃってるってこと?」
「まだ確かなことは言えませんけど、魔銀や金剛鉄だって、原石と製錬した金属は別物と認識されていますから、瑠璃色銀もそういう扱いになってるんじゃないかなと」
真桜さんの疑問は当然だし、俺達も今も考えてる問題なんだが、マリーナの説明した通りになってるんじゃないかっていう意見が多くなってきてる。
実際魔銀や金剛鉄も、原石と金属じゃ数値が違うし、インヴェスティングでも別物って表示されてるからな。
多分瑠璃色銀を含む合金も、名称がつけられた時点でインヴェスティングに登録されて、瑠璃色銀、翡翠色銀、青鈍色鉄っていう金属として認識されてるんだろう。
だから日緋色銀も、魔銀、金剛鉄、晶銀、神金の合金じゃなく、瑠璃色銀と神金の合金っていう鑑定結果が出ているんだと思う。
「鑑定結果もそうなってるんだ」
「便利なようでいて、使いこなすのは思ってた以上に面倒そうだな」
「実際、使いこなしてる人は少ないでしょうね」
鑑定結果は名称や産地、簡単な説明が出る程度だから、簡単に調べるぐらいにしか使われてないらしいけどな。
トレーダーにとっては必須の魔法だが、だからこそ商談の時ぐらいしか使わないし、あとは魔物と遭遇した時ぐらいか。
ああ、スカラーも使えるから、研究にも役に立ってるな。
「ああ、確かに研究には有用そうだ。ところでエドワード君、他のインゴットも試してもいいかな?」
「他のですか?構いませんけど、90を超えてるのはこいつだけですよ?」
「ああ、確か真子の考案した数式で、進化したクラスでも使えるかの、凡その目安がわかるんだったか」
「ええ。アーククラスなんてのは想定してませんでしたが、エレメントクラスの上って考えると、多分91以上の値がないと、無理だと思います」
瑠璃色銀があっさりとボロボロになったぐらいだから、それでも耐えられねえ可能性はあるけどな。
もしかしたらエレメントクラスとアーククラスの間にも別のクラスがあるっていう可能性もあるが、それこそ大和あたりが進化しねえとわからねえことだ。
それに日緋色銀が完成したんだから、そこは気にしなくてもいいだろう。
とはいえ、飛鳥さんの提案は俺にとっても興味深いから、是非とも試してもらいたい。
「別のクラスか。その可能性は否定できないが、確かエレメントクラスっていうのも、大和が到達するまでは認識すらされていなかったんだったか?」
「ええ。『モデリング』。こんなもんか。飛鳥さん、お願いします」
「目の前で見たのは初めてだが、金属を剣の形に変形させるなんて、すごい魔法だな」
工芸魔法モデリングは、鍛冶師にとっては基本となる魔法だ。
飛鳥さんが言ったように金属を変形させる魔法なんだが、本格的に剣を作るなら何度も使う必要があるし、同時にシャープリングっていう魔法も使わないと、ちゃんとした剣とは言えない出来になる。
今回は魔力を流すのが目的だからシャープリングは使ってないが、本来なら剣としては失格で、こんなもんを売ろうもんなら爺ちゃんに殺されるかもしれねえ。
「では……、むっ!」
「あっ!」
「マジ……?」
ところが94という数値を持つ合金は、しばらくは飛鳥さんの魔力に耐えてたんだが、結局は耐えられず、中ほどから折れちまった。
柄や鍔元もヒビ割れてやがるが、これって前に飛鳥さんが瑠璃色銀の短剣に魔力流した時と同じ結果だぞ。
「うわ、94でもアーククラスの魔力には耐えられないのか」
「日緋色銀が完成していて、本当に良かったですね」
「だな」
飛鳥さんがいてくれたから早い段階でわかったが、そうじゃなかったら大和あたりが進化しなきゃわからなかった。
そしたらまた、合金の問題が再発するところだ。
結果的に日緋色銀が完成してるから、その問題は回避されたってことになるんだが、まさか94っていう値でもアーククラスに耐えられないとは思わなかった。
日緋色銀は120だから耐えられたんだろうが、まさかアーククラスに耐えられる基準値って、100ってことじゃねえだろうな?
もしそうだとしても他の合金は90以下だから、ロクに調べることもできねえぞ?
本当に、日緋色銀が完成しててよかったぜ。




