母の疑問
ハンターズギルド・ドラグニア本部で真子さん達と合流し、父さんのコボルト・エンペラー討伐の内容を教えてもらったが、さすがに俺も常識を疑った。
コボルト・エンペラーは進化して数日程度だと予想されているが、それでも終焉種ってことに違いはない。
なのに正面から攻撃を受け止めたって、俺でも無理だと思ってやったことねえよ。
しかもミスト・インフレーションを使って一撃で倒したって、マジかと思う。
神話級なら可能だと思ってたけど、まさかS級でも倒せるとは……。
それも驚愕の話だったが、それ以上に疑問に思ったのはコボルト・エンペラーが生まれたことだ。
終焉種は異常種や災害種以上に生まれない。
昔は討伐不可能とまで言われていた魔物だから、簡単に生まれたりなんかしたら、フィリアス大陸は人が住めなくなってしまう。
だというのに、コボルト・エンペラーは特に前兆もなく、本当に突然生まれた感じがする。
異常種や希少種は多かったが、それでも普通なら増えてることが報告されるから、こっちも突然増えてるのかもしれない。
そう思っていたところ、アリアに神託が下った。
「神託が?」
「はい。以前のようなおふざけではなく、かなり緊急性の高い内容でした」
その言い方はどうかと思うが、確かに以前、コンプリートとかいう意味不明な神託が下ったことがあるな。
結果的に人族、獣族、妖族、竜族という4種族全てから嫁さんを娶ったっていう意味だったが、そんな下らないことで神託なんか下すなと本気で思ったもんだ。
だけど今回は緊急性も高いってことだから、まともな内容なんだろう。
「内容は?」
「はい。昨日お義父様が討伐された、コボルト・エンペラーについてです」
「コボルト・エンペラー?」
「それってどういうことなの?」
「はい。コボルト・エンペラーが生まれてしまった理由は、神帝がフィリアス大陸に上陸してしまったからだそうです」
マジか、それは。
神帝は過去にも親征でフィリアス大陸に攻めてきたことがあるが、その時はそんなことなかったはずだぞ。
いや、その時は海戦だったから、神帝はフィリアス大陸に上陸してはいないか。
それにその当時は魔化結晶も無かったから、仮に上陸したとしてもそこまでの影響力は無かったはずだ。
「大和様の仰る通りです。魔化結晶を使用した神帝は、エンシェントデーモンへと変化しています。その魔力は宝樹へも多大な害をもたらすばかりか、ヘリオスオーブの魔力にも影響を与えています。その神帝が上陸してしまったことで、魔化結晶を使用したかのような影響がでてしまったんだそうです」
最悪じゃないか。
ということはエンペラーを含むコボルト達は、エンシェントデーモンの魔力によって強制的に進化させられてしまったってことか。
「最悪じゃない。しかも神帝の魔力が影響を及ぼしたってことなら、これからも進化してしまう魔物が増えることになるわ」
「ええ。異常種や災害種はもちろん、最悪の場合 終焉種まで生まれる可能性があるわ。さすがにこれは、緊急国際会議を催してもらわないといけないわね」
マナとプリムの言う通りだ。
異常種や災害種でさえ町の1つや2つは容易に滅ぼすのに、最上位の終焉種が生まれてしまう可能性があるなんて、緊急事態以外のなにものでもない。
すぐにでも各国に報せないいけないな。
「まだ続きがあります」
「まだあるの!?」
ところがアリアは、神託には続きがあるとか言いやがった。
まだ何かあるのかよ。
「はい。魔族はデーモンと仮称されていましたが、神々も呼びやすいと仰ったため、正式に認められました。ですからデーモン、ハイデーモン、エンシェントデーモンという呼称は、正式にライブラリーに登録されたそうです」
何があるのかと思ったが、はっきり言ってどうでもいい案件だ。
確かにフィリアス大陸で魔化結晶を使った奴の種族は魔族と表示されていたそうだが、クラス表記は魔化結晶使用前の種族名そのままだった。
ヒューマンの場合を例に出すと、魔族・ヒューマン、もしくはハイヒューマンだな。
だけど正式に魔族の種族名がライブラリーに登録されたってことは、ハイクラスの場合はハイデーモンに表記が変わることになる。
だからと言って、別にどうにかなるって訳でもないが。
魔族にライブラリングなんて、死体の検分ぐらいにしか使われないんだからな。
「まとめると、魔族に関した神託ってことなのね」
「はい。神帝がコバルディアに上陸したことで、コバルディアに近い宝樹にかなりの悪影響が出てしまっているそうです。現在も神々が保護していますが、なるべく早くコバルディアの魔族を一掃するよう仰っておられました」
魔族の種族名なんかより、そっちの方が遥かに重大じゃないか。
かなりの悪影響が出てるって話だが、絶対まだ余裕あるだろ。
「神々からそんな要請が来るとは、本当に危険な影響が出てたのね」
「はい。本来でしたらコバルディアの宝樹は、折れないまでも一部が枯れてしまう程の影響がでていたそうなんです。ですがお義父様とお義母様がヘリオスオーブに来られたことで、その事態は防げたと仰っておられました」
父さんと母さんの影響で、宝樹が枯れるようなことはなかったのか。
レベル221と217だし、エレメントクラスの上と思われるアーククラスだから、エンシェントデーモンに対抗するには十分なんだろうが、逆にエレメントクラスじゃ対抗しきれないってことでもあるな。
「私達が来たことで、神帝の悪影響が少し緩和できたのか」
「少しどころではありません。天樹や宝樹は、ヘリオスオーブが作られた時から、一度も枯れたことはないと伝わっています。もし枯れてしまえば、その地域は魔力の循環に支障をきたし、人が住めなくなると言われているんです」
「そ、そうなの?」
プリスターズギルドに伝わっている伝承の1つだな。
確か枯れてしまった場合、再び花を咲かせるまでその宝樹が影響を及ぼしている地域は人が住めず、高ランクの魔物が蔓延る魔境と化すっていう内容だったはずだ。
しかも花が咲くまでは、数十年から数百年という長期スパンだったな。
折れてしまった場合も伝えられていて、その場合はその土地が海に沈み、二度と浮かび上がることもない、だったか。
「うわあ……」
「最悪じゃないか。俺達の影響もあるそうだが、おそらくはカラドボルグとフェイルノートのおかげだろうな」
刻印神器か。
確かにその可能性はあると思うが、その上でアーククラス2人だからな。
本来なら枯れるはずだった宝樹が枯れずに済んだんだから、神帝の魔力による影響を打ち消しただけじゃなく、若干だが回復もさせたってことになるか。
「そう言ってもいいかもしれないわね。お義父様とお義母様が来られなかったら、コバルディアを含むレティセンシアの国土は死の大地となり、連邦天帝国にも大きな影響を与えていたでしょう」
「現時点でも魔化結晶によって進化した魔物が多数いるっていうのに、宝樹が枯れたりなんかしたら、さらにヤバいのが出てくるかもしれないものね」
マナと真子さんが言う通り、コバルディアの宝樹が枯れていたら、本当に面倒なことになってたな。
特にレティセンシアと国境を接しているアミスターとヴァーゲンバッハは、防衛に多くの戦力を割く必要が出てくる。
アミスターはリネア渓谷を警戒するだけで済むが、ヴァーゲンバッハは南北に長い国だから、国土の多くを警戒しないといけない。
とてもじゃないが、ソルジャーズギルドだけじゃ対処しきれないだろう。
しかも終焉種なんかも生まれやすくなるって伝わってるから、最悪の可能性も高くなる。
「そんな伝承があるんだ。あれ?でもヘリオスオーブって、確かできてから数百年ぐらいしか経ってないんじゃないっけ?」
「伝承によれば、神々がヘリオスオーブを創造されたのは500年程前だとされています」
ヘリオスオーブにも創世神話はあるが、地球ほど数がある訳じゃない。
宗教は全てプリスターズギルドとして纏まっているし、土地神や精霊信仰なんかもある。
だけど創造神が父なる神だということは、どこの宗教も共通していたりする。
神々が実在している世界でもあるから、神々についてはけっこう正確に伝わってるってことなんだろうな。
その創世神話は、こんな風に伝えられている。
父なる神と母なる女神が協力し、巨大な球の中央に海を作り、その上に3つの大地を作った。
3つの大地を作ったところで、母なる女神以外にも女神が集った。
父なる神はその12柱の女神を妻として迎え、共に海と大地を作り出した母なる女神が妻達をまとめることとなった。
妻たる女神達を称えるために、父なる神は宝樹と呼ばれる巨樹を植え、3つの大地を支える柱とした。
それに感動した女神達は、父なる神に感謝と愛を捧げるため、最も大きな大地に天樹と呼ばれる巨樹を植え、世界を支える柱とした。
女神達の感謝と愛を受け取った父なる神は、妻達と協力し、宝樹を管理するための精霊を生み出した。
精霊達は力を使うことで、自然現象を操る力が与えられ、世界に満ちる天樹と宝樹の恩寵、魔力を循環させる役割も担った。
その後神々は、世界に住まう者として、4つの種族を生み出した。
4つの種族はそれぞれ、人族、獣族、妖族、竜族と呼ばれ、さらにその種別に属する種族も多く作られた。
人族にはヒューマン、エルフ、ドワーフ、オーガを、獣族にはフォクシー、ウルフィー、リクシー、タイガリー、ラビトリー、アルディリーを、妖族にはフェアリー、ヴァンパイア、ウンディーネ、ハーピー、ラミアを、そして竜族にはドラゴニュートとドラゴニアンを。
そしてドラゴニアンには、長い寿命と竜へと変わる力を授け、世界を見守る役目を与えた。
人間の誕生を祝った神々は、魔力を利用する術を伝え、生活に有用な魔法も作られた。
その魔法を利用し、人々は暮らし、増え、やがて3つの大地に広がっていった。
細かいところは覚えてないが、だいたいはこんな感じだな。
本当はもうちょい描写が多いし、少し続きもあるんだが、今はこんなもんでいいだろ。
「へえ。面白いね」
「そうだな。種族の数は多過ぎる気もするが、逆に多種族にすることで差別意識をなくそうとした、か」
「でも気になったんだけどさ、3つの大地っていう割には、数が合わなくないかな?」
「確かにグラーディア大陸を含めると4つになるが、グラーディア大陸にだって島はあるだろうから、大地ってのは大陸のことだと思う。だから多分、もう1つ未知の大陸があるんだろうって言われてるよ」
創世神話を見た時は、フィリアス大陸と南北の島のことだと思ったが、グラーディア大陸がある以上数が合わない。
それにグラーディア大陸にだって島はあるに決まってるから、それならもう1つ大陸があるって考えた方が自然だろう。
というか、プリスターズギルドでもそう考えられてるんだから、特に疑問に感じるような内容じゃないと思うんだが?
「ううん、お母さんが気になったのは、そっちじゃないんだ」
「と、仰いますと?」
「グラーディア大陸って、神帝が逃げ帰ったところでしょう?」
そりゃアバリシアはグラーディア大陸にあるんだから、神帝が逃げ帰るところはグラーディア大陸しかないぞ。
「でもそのグラーディア大陸のドラゴンには、大まかなランクしか設定されてなくて、脅威度を示すランクっていうのは無いって言ってたよね?」
「ああ。だから未知の魔物ってことなんだろうな」
「突然変異で生まれて、それが増えたんじゃないかしらね。全部火属性のドラゴンだったし」
真子さんの言う通り、俺もそんなとこだと思う。
「でも魔物も、神様達が作ったんでしょ?未知の魔物っていうのは間違いないだろうけど、作った神様が知らないなんて、さすがにそんなことはないと思うけど?」
……母さんの疑問は、言われるまで誰も疑いもしなかった。
魔物は人々を堕落させないためとして、同時に生活の糧とするためとして、神々が作り出した。
進化の系統やモンスターズランクも、神々が決めていたはずだ。
なのに神々が、自分達が作った魔物を把握してないとは考えにくい。
Tランクモンスター辺りなら可能性が無い訳じゃないと思うが、ヘリオスオーブでも最上位のドラゴンならそれはあり得ない。
となるとドラゴンは、神々が作り出した魔物じゃないってことになるのか。
だけどそうなると、どういうことなのかがさっぱり分からないぞ。
「私もわからないけど、気にしておいた方がいいんじゃないかな?もしかしたら、それが神帝に関係することかもしれないし」
「そうするよ。というより、積極的に調べた方がいいかもしれないな」
「調べるにしても方法は限られてるから、予測推測を重ねるぐらいだろうけどね。それでも、何もしないよりマシだけど」
マナの言う通りだけど、それでも事前に考えてるのとそうじゃないのとじゃ、全く違うからな。
母さんの疑問、しっかりと考えるようにしよう。




