母の慈愛、父の戦果
母さんやリカさんとメモリアを視察中、バレンティアに終焉種コボルト・エンペラーが現れたという報告が俺に届いた。
しかも驚いたことに、コボルト・エンペラーは父さんが倒すと口にし、既に向かっているそうだ。
父さんが向かってるなら問題ないと思うが、話を聞いた以上俺も向かわない訳にはいかない。
だからリカさんをアマティスタ侯爵邸まで送り届けてから、俺は母さんと共にバレンティアに転移した。
「もう終わった?」
ところがハンターズギルド・バレンティア本部でレミーに話を聞くと、討伐報告が届いたのが20分ほど前で、今は第10鑑定室で報告してる真っ最中なんだそうだ。
「つい先程、グランド・ドラグナーズマスターも慌ててお越しになられましたし、宰相のヘルトライヒ公爵もこちらに向かわれているそうです」
既にグランド・ドラグナーズマスターも来ていて、さらに宰相も向かってるとか、大事になってるな。
バレンティアにはテスカトリポカっていう終焉種が既に生息しているが、さらに新しく生まれたとか言われたら、大事になるのも当然なんだが。
「早い分には悪いことじゃないんでしょ?」
「被害が出てないとはいえ、終焉種だからな。即討伐が理想だが、エンシェントクラス必須の魔物でもあるから、実際に討伐しようと思ったら時間が掛かるし、それでも絶対とは言い切れない」
オーク・エンペラーにオーク・エンプレス、スリュム・ロード、アントリオン・エンプレス、そしてハヌマーンの討伐は経験あるし、全部倒してはいるが、過去の終焉種討伐戦で討伐に成功したことは無いし、それどころか全滅っていう結果も普通だった。
今回は報告から討伐まで1日も経ってないが、これは父さんが動けたからっていうだけで、本来なら俺に報告が届いてからウイング・クレストや他のエンシェントクラスにも援軍を依頼し、そこから情報をまとめて進発ってことになるから、実際に討伐に行くのは2,3日先になってただろうな。
「レミーちゃん、その報告、私達も聞けるのかな?」
「討伐されたのが飛鳥さんですから、大丈夫だと思います」
「なら、お願いしてもいい?」
「分かりました、ちょっと聞いてきます」
俺も、父さんがどうやってコボルト・エンペラーを倒したのか興味があるな。
後で聞けるんだろうが、早く聞けるならその方がありがたい。
「大和、気にしすぎちゃダメだよ?」
「え?」
「お父さんが倒しちゃったこと。早急な討伐が望まれるってことだし、今の大和は剣がないでしょ?マルチ・エッジやウイングビット・リベレーターで代用できるかもしれないけど、使い勝手は違うんだから、本当の意味で全力は出せないんじゃない?」
母さんの言う通り、瑠璃銀刀・薄緑がない今の俺だと、本気を出したとしても全力には遠い気がする。
マルチ・エッジやウイングビット・リベレーターは何本でも生成できるし、剣としても使えるんだが、分類的には短剣になるし、どれだけ形状を刀に似せたとしても刃渡り40センチが限界だから、刃渡り75センチの薄緑と同じようには使えない。
終焉種相手だと、ちょっとの差が致命傷につながるから、被害が出てないなら俺も武器の完成を優先させてただろう。
「人助けは大切だけど、そのために自分の命を犠牲にする必要はないし、いくら強くても1人でできることなんて少ないんだから、無理はしちゃダメだよ。お母さんだって悲しいし、お嫁さん達も悲しむんだから」
「分かってる」
父さんや母さんを除けば、俺はヘリオスオーブの最高レベル到達者で、最大戦力でもある。
だから要請が来れば出撃することになるんだが、武器がない現状で無理をさせようとする権力者はいないだろう。
だけど犠牲になる人達にとってみれば、なんですぐ助けてくれなかったのかっていう不満につながってしまう。
母さんは俺を心配してくれてるだけじゃなく、俺1人の力の限界もしっかりと諭してくれている。
確かに俺がどれだけ強くなろうと、複数ヶ所で終焉種が暴れたりなんかしたら、対処なんてできっこない。
事実、去年秋の迷宮氾濫は2ヶ所で起きたし、ラオフェン迷宮を攻略したのはブラック・アーミーで、ガグン迷宮の方は攻略どころか中に入ってすらいない。
ガグン迷宮は溢れ出た魔物が高ランクばかりだったし、数も多かったからしばらくは大丈夫だろうと判断されたことが理由だが、かなりの高ランク迷宮だっていう予想もあるから、攻略するならしっかりと準備を整えてからにするべきだという判断が下されたっていう理由もある。
一番近いミステルの人達からは、町を蹂躙されて余りある数の魔物を溢れさせたガグン迷宮を早く攻略しろっていう声が上がっているのも事実だが、俺だけでやろうと考える必要もない。
「うん。じゃあそろそろレミーちゃんも戻ってくるだろうし、お父さんがどうやってコボルト・エンペラー、だっけ?それを倒したのか、聞きに行こう」
「ああ」
そっちはかなり先になるが、攻略した迷宮は迷宮氾濫も迷宮放逐も起こらなくなるし、危険な罠なんかも撤去されるそうだから、安全性も高くなる。
迷宮は資源の宝庫でもあるから、攻略後に迷宮核が壊されたこともなく、迷宮にとっても安心して余生を過ごせるっていうメリットもあるしな。
今は時間が作りにくいから、行くとしても数年は先になるだろう。
エンシェントクラスが増えてるから、迷宮によってはその人達が攻略してくれるだろうし、そっちも期待しよう。
帰ってきたレミーに案内され、俺と母さんは第10鑑定室に向かった。
Side・ハルート
今日はなんという日なんだろうか。
昼前、バレンティア最大戦力の一角であるハンターズレイド ドラゴネス・メナージュが重傷を負いながらも帰還し、ハンターズギルドへ報告が行われた。
コボルト・プリンセスが誕生したことはドラグナーズギルドにも報告が上がっているが、サフィーロ湖の孤島だという情報も来ているため、緊急性は低い。
だが異常種なのだから、最大戦力を派遣しての偵察依頼は、ハンターズギルドとしては当然の選択になる。
だが報告された内容は、耳を疑わずにはいられないものだった。
まさか終焉種コボルト・エンペラーまでもが誕生していたとは、想定すらしていなかった。
ただでさえバレンティア東部に聳え立つソルプレッサ連山には、終焉種テスカトリポカが生息しているというのに、ここで2匹目の終焉種が誕生など、人的にも経済的にも損失は避けられない。
ところがその後上がった報告では、ウイング・クレストのリーダーでありエレメントヒューマンでもある大和天爵の父君が、コボルト・エンペラーの討伐に向かったというものだった。
彼の父君 飛鳥殿のことは我々も報告を受けているが、正直動いていただけるとは思っていなかった。
大和天爵は視察中とのことだったが、緊急であろうと出立までは数日を要することも珍しくないのだから、明日明後日にでも動いてもらえれば御の字だと考えていたのだ。
武器を失っているとも聞いているが、それでも大和天爵はフィリアス大陸最大戦力でもあり、多数の終焉種討伐の実績まであるのだから、彼を頼ることになるのは心苦しいが最善でもある。
だというのに、2度目の報告からわずか3時間後、つまり今から30分ほど前になるのだが、またしてもハンターズギルドから緊急報告が届けられてしまった。
しかも討伐成功という、我々が最も待ち望んだ報告だ。
同時にたった3時間で、終焉種を含むコボルトの群れを殲滅してしまったという事実に、戦慄せざるを得ない。
だが報告を聞かない訳にはいかないから、俺は最優先でハンターズギルドを訪れることにした。
「これが……コボルト・エンペラー、なのか?」
「はい。コボルトは小柄な亜人ですが、さすがに終焉種ともなると巨体となるようです」
身長3メートルとオーガより一回り大きな体だが、不可解なことに体中から血が流れているし、表情も絶望に染まっている。
体の傷は剣や槍といった刃物で付けられたものではないし、打撃跡も見受けられない。
いったいどうすれば、このような不可解な傷を付けられるのだろうか?
「先にご報告致しますが、コボルト・エンペラーと共にコボルト・プリンセス、ワーウルフ・コボルトのWランクも、計8匹現れました。また集落には、まだ子供でしたが、9匹のWランクを確認しています。殲滅していますが、総数497匹という大規模な集落でした」
マナリース天爵の報告は、驚愕でしかない。
総数497匹だと?
近年では類を見ない大規模集落ではないか!
それをエンシェントクラスとはいえ、10名以下で殲滅したなど、恐ろしい話だな……。
だが子供を含めれば15匹にもなるWランクが生まれている以上、放置するのは危険過ぎる。
むしろバレンティアとしては、歓迎すべき事案だ。
「内訳はコボルト152匹、リカオス・コボルト198匹、ワーウルフ・コボルト129匹、コボルト・プリンス7匹、コボルト・プリンセス10匹、そしてコボルト・エンペラーか。しかも主力は上位種。希少種も想像以上の数だな」
「キングやクイーンは確認できなかったようですから、ある意味ではそれが救いですね」
ハンターズマスター カナメ殿の言う通り、災害種の姿が無かったのは朗報と言ってもいいだろう。
終焉種がいるだけで大問題なのだが、終焉種は異常種を産む、あるいは終焉種が産ませた子は進化しやすいという説もあるから、時間の問題だったはずだ。
おそらくとしか言えないが、コボルト・エンペラーは以前アミスターで討伐されたオーク・エンペラー、オーク・エンプレスと同じく、進化したばかりではないだろうか?
「それで、肝心のコボルト・エンペラーだが、いったい飛鳥殿は、どのような手段を用いられたのだ?」
「私の切札の1つですので、詳細は黙秘させていただきます。ですが、そういった刻印術を使ったとだけ」
飛鳥殿の切札か。
ポラル防衛戦でも、ドラグーンと同等かそれ以上と思われるドラゴンを、無造作に剣を振るっただけで倒したと聞くが、そのような方の切札など、俺のような凡愚には想像もつかないな。
興味はあるが、無理に聞き出そうとしても教えてくれるはずなどないし、それ以上にこの御仁と敵対するなど、命がいくつあっても足りるものではない。
「マナリース殿下、討伐の様子をお伺いしてもよろしいですか?」
「そうですね。お義父様、よろしいですか?」
「あまり面白いとは思いませんが、必要なことでしょうから」
さすがのマナリース天爵も、義父の許可なく話すことは躊躇されるか。
だがご本人の許可も出たのだし、私も興味がある。
是非とも聞かせてもらいたい。
ところが話が進むにつれ、私は冷や汗が止まらなくなった。
マナリース天爵達がWランクのコボルト・プリンセスやワーウルフ・コボルトを倒しきるまでの間、コボルト・エンペラーの攻撃をあしらい続け、そればかりか正面から剣を受け止めただと?
終焉種どころか上位種、下手をすれば通常種の膂力にすら敵わないというのに、まさか最上位の魔物を正面から相手取ることができるとは、それは神の所業ではないのか?
しかも一瞬でコボルト・エンペラーに接近し、たった一度斬りつけただけで、体中から血飛沫を上げさせた上で命を奪ったなど、普通ならば信じるどころか創作を疑うレベルの話だ。
さらにコボルトの集落も、飛鳥殿がほとんど1人で殲滅したとは、本当にどうすれば、わずか3時間程度でできるというのか……。
「失礼します。大和天爵と御母堂がお越しになられました」
「あ、来たんだ」
「みたいね。ハルート卿、お通ししてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
大和天爵はもちろん母君までお越しになられたということなのだから、俺としてもお会いしたい。
大和天爵も今日は視察中だというのに、わざわざ予定を変更して駆けつけてくれたのだから、バレンティアを守るドラグナーズギルドの長として、心から感謝できる。
母君 真桜殿にもお会いするのは初めてなのだから、まずは挨拶をさせていただかなければな。




