父の思惑
ギルドマスター達に父さんと母さんを紹介してからアルカに帰った日の夜、俺は本殿4階の寝室で真子さんに正座させられることになった。
「というワケなんだけど、何か弁明は?」
「申し訳ございませんでした」
俺としては、素直に頭を下げることしかできなかった。
確かにライナスのおっさんから話を聞いて、すぐにスカラーズギルドに話をしにいったんだが、その最中で父さんのバカげた魔力は感じた。
だけど父さんや母さんをどうこうできる奴がいるとは思えなかったし、2人ならどうとでもできると思ったから、そのままスカラーズギルドで話を続けてたんだよな。
スカラーズマスターやライナスのおっさんは倒れる寸前だったしスカラーの中でも倒れた人は出たが、すぐに意識を取り戻したし、研究者の集まりってことで大きな混乱が無かったことも、俺が事の大きさに気付くのが遅れた原因だ。
一番被害が大きかったのはヒーラーズギルドで、妊婦さんの何人かが切迫早産になりかけたらしい。
幸いにも父さんの魔力が原因の早産は防げたそうだが、おかげでヒーラーはてんやわんやだったし、真子さんも駆り出されたって言ってたな。
近隣でも倒れた人が続出したし、オーダーも次々と集まってくる事態になったから、一時的に治安維持に支障まで来したとも聞いている。
さすがに父さんばかりか母さんも大いに反省して、以降は好奇心を封印していたぐらいだ。
真子さんはオーダーズマスター イリスさんにこっぴどく怒られたそうで、今はその怒りが俺に向けられている。
怒るなら当事者にしてくれと思うが、2人は反省してるし、そもそもの元凶はクライム・ハートのバカ野郎どもで、既にオーダーズギルドに捕まっていると聞く。
だから真子さんの怒りは、俺に向くしかなかったという訳だ。
「真子、そろそろいいんじゃない?」
「そのつもりよ。言いたいことも終わったし、親友であり義理の両親の後始末だったんだから、これぐらいですませるつもりだったわ」
それでも思ってたより大変だったから、俺に八つ当たりしたかったってことかよ。
まあ、俺としても両親のやらかしたことだし、実際に後始末してくれたのは真子さんだから、これぐらいは甘んじて受け入れるが。
「それにしても、アーククラスの魔力ってとんでもないのね」
「本当ですね。ハンターズギルド内だけじゃなく、近隣にまで影響が出るなんて」
「あれでも抑えてたっぽいから、本気だったらフィールどころかプラダでも分かったかもね」
「マジで?」
「多分だけどね」
プラダって、フィールから徒歩で半日近く掛かる距離があるんだぞ?
それなのに魔力が感じられるかもしれないって、とんでもないにも程があるだろ。
それ、下手な終焉種よりヤバくないか?
「ヤバいわね。まあだからこそ、ニーズヘッグの討伐を口にしたんだろうけど、本人が自覚ないのも困りものよね」
「え?お義父様、ニーズヘッグの討伐をなさるんですか?」
「ええ、本人がそう言ってたわよ。息子にできることはあまりないから、とも言ってたわね」
「神金を使った合金で、俺の新しい剣を作ればいいとも言ってたな」
もちろん俺としても嬉しかったし、真子さんによればファルコンズ・ビークも見学に来るそうだから、多分陛下も来たがるだろう。
神金の安定供給ができれば、フィリアス大陸にも大きな利益が出るし、いつかアーククラスに進化することができた時に備えることもできるからな。
「ああ、だからお義父さんは、ニーズヘッグを倒すつもりになったのか」
「そういやルディアは、父さんが瑠璃色銀のナイフをボロボロにしたとこを見たんだっけな」
「うん、すごかったよ。ただ無造作に魔力を流しただけなのに、瑠璃色銀製のナイフがあっという間にボロボロになったからね。エンシェントクラスが全力で魔銀に魔力を流したら、あんな感じになるんじゃないかな?」
それは初めて聞いたな。
というか無造作に魔力を流しただけで、エンシェントクラスが全力で魔銀に魔力を流した感じに近いって、マジでとんでもない話だろ。
「だからこそ飛鳥君は、いつか大和君がアーククラスに進化した時に備えようとしてくれてるのよ。多分だけど神金も瑠璃色銀と大きな差はないから、合金にしないとアーククラスの魔力には耐えられないでしょうからね」
「あ、だからお義父様は、合金の開発を提案されたんですね」
「そっか、お義父さんがいれば、アーククラスの魔力に耐えられるかどうかも、すぐに調べられるもんね」
「そういうことよ」
父さん、そこまで考えてくれてたのか。
神金合金が完成したとしても、実際にアーククラスの魔力に耐えられるかどうかはわからない。
だけどアークヒューマンの父さんがいれば、それもすぐに確認できる。
問題は父さんが帰るまでに完成させることができるかだが、エド達だって興味はあるはずだから、最優先でやってくれるだろう。
もちろん俺も、率先してやるつもりだ。
「すごい方なんですね、お義父様って」
「若い頃はあそこまでじゃなかったけど、年とともに成長したってことでしょうね」
俺が知ってる父さんは冷静沈着で思慮深いんだが、真子さんはまた違った印象を持っているのか。
まあ同級生だし、若い頃の父さんがどうだったかは俺も知らないから、そういうこともあるだろう。
「じゃあ近いうちに、ニーズヘッグの討伐に行かれるのね?」
「ああ。ラインハルト陛下との謁見後になるだろうが、都合のいい時間を作るよ」
個人的にはすぐにでも行ってもらいたいんだが、終焉種の討伐ともなると各国に話を通しておかないとマズい。
父さんなら万が一もないが、王達にとっては不安で仕方ないだろうからな。
だけど話を通すのも簡単じゃないし、俺にも代官としての仕事があるから、すぐっていうのは難しい。
だからヒルデやユーリ、リカさんとも相談して、なんとか都合をつけないと。
「フィールのことでしたら、心配はありません」
「メモリアも、お母様がいるから大丈夫よ」
「デセオの方も治安が安定してきていますから、大和様のお手を煩わせる必要はなさそうです」
どうやら大丈夫らしいな。
それでも行く前にプラダを含めて視察しとかないといけないから、行くとしたら来週ぐらいか。
「きっとファルコンズ・ビークみたいに、見学希望者が増えるんだろうね」
「だろうなぁ」
「飛鳥君は考えなしに安請け合いなんかしないから、意味があるんだと思うけどね」
確かに真子さんの言う通り、父さんは絶対に安請け合いなんかしないから、見学希望者が増えても受け入れるだろう。
ファルコンズ・ビークの見学も、けっこうあっさり許可したらしいしな。
「意味かぁ。どんな意味があるのかな?」
「さっぱりだ」
ただどんな意味があるのかは、俺にはとんと見当もつかない。
「思慮深いのも考えものよね。こっちがどんなに考えても、当人が考えてるのはそんなに大したことじゃなかったりもするし」
「ですねぇ」
思慮深いって、こっちのことを考えてくれてるのはありがたいんだが、答えに至るまでは自分で考えろってとこもあるからなぁ。
「まあ、それはそれでしょ。それよりお義父さん達の招待って、確か明後日に決まったんだよね?」
「そう聞いてるな」
アルカに帰ってきてから聞いたんだが、父さんと母さんを天樹城に招待する日は、どうやら明後日に決まったようだ。
ラインハルト陛下はすぐにでもってごねたらしいが、レックスさんやラライナ宰相に窘められて、渋々諦めたとも聞いた。
それでもなるべく早くっていう希望は通って明後日ってことになったそうだから、ラインハルト陛下の機嫌も直ったらしいが。
「思ったより早いけど、今回はその方が都合がいいか」
「そうですね。ただ問題なのは、その後のことのような気がしますけど」
真子さんとリディアの言う通り、問題なのはその後だな。
陛下も絶対にニーズヘッグ討伐の見学に来たがるに決まってるから、俺だけじゃなく陛下の都合にも合わせないといけなくなるぞ。
「お兄様なら言い出しそうですけど、天帝としてもニーズヘッグの討伐は重大事ですし、エニグマ島に本当に神金鉱山があれば、アミスターはもちろんアレグリアにも莫大な利益がもたらされます。しばらくは輸出は規制されるでしょうが、天帝であるお兄様や大和さんには幾分融通していただけるでしょう」
そこが断りにくい問題なんだよな。
エニグマ島があるのはアレグリアになるから、一番利益を得られるのはアレグリアになる。
だけど神金を輸出できるようになれば、新たな特産品ってことになって、アレグリアには相当な益がもたらされるだろう。
当然アミスターにも輸出はされるが、それより先に天帝家に献上されることになるのは間違いない。
その過程で俺にもいくらか回してもらえる可能性があるそうだが、それはそれでありがたい話だ。
「本当に神金鉱山があるかは分からないし、仮にあったとしても、すぐさま採れるかも分からないよね?」
「そこが問題だが、ニーズヘッグが一度エニグマ島の外に出たのは、エニグマ島から神金が持ち出されたって言われてるからだろう?だからいくらかは、ニーズヘッグがため込んでるような気もするんだ」
そうじゃなかったら、おそらくニーズヘッグが怒り狂うようなことは無かったんじゃないかとも思う。
「その可能性はありますね。もちろん確認した人はいませんから、実際にどうかは分かりませんけど」
「それでも神金鉱山があるとしたら、エニグマ島が最も可能性が高いのも事実なのよね」
「ああ。本当にあるかは分からないが、それでも可能性が高いっていうだけで解放する価値はある」
「確かにね」
ニーズヘッグがいなくなれば、ナダル海の潜在的な脅威が消えることになるから、船便とかも増えるだろう。
船便が増えれば経済も活性化するから、ナダル海に面している国も潤うことになるし、リベルター地方やバリエンテ地方の復興も進むし、ソレムネ地方も発展が期待できる。
ヒルデの負担は増えるだろうが、それも含めて代官の仕事だし、補佐をしているヴィンセント・ゴルドシュティアの孫娘に、ソレムネ地方の一部を任せて独立させるっていう案も前倒しになるかもしれない。
「そっか、その可能性もでてくるのか」
「そうですね。わたくしとしてもパルメの献身には報いたいと思っていますし、そのための下準備にも着手していますから、多少予定が早まっても問題はありません」
ヴィンセント卿の孫娘パルメ・ゴルトシュティアとは俺も面識があるが、統治の補佐はもちろん不穏分子の情報も逐一仕入れてくれているし、それが的確だったりするから、俺達としてもかなり助かっている。
だからそのパルメ嬢に王位を与え、独立させるっていう案は、デセオの統治を始めてからしばらくして出ていたぐらいだ。
本来ならエネロ・イストリアス伯国より先の予定だったんだが、ソレムネ中央部は治安が不安定だったし、反抗的な貴族も多かった。
逆に北部は、反抗的な貴族もいたが、イストリアス伯爵家という予想外の貴族がいたから、少しの労力で独立させることができることが判明した。
だからこそエネロ・イストリアス伯国の方が先に独立したんだが、そうじゃなかったらパルメ嬢が先に独立していただろうな。
「なるほどね。あ、でもそのパルメって人、どこの領地を与える予定なの?」
「中部から南部にかけてのナダル海沿いです。国土としてはエネロ・イストリアスより狭くなりますが、交通の要衝となる地域ですから、発展もさせやすいでしょう」
「国名も、フェブロ・レヒストレスと決まってる。伯国になるか侯国になるかはまだ決まってないが、多分侯国になると思う」
パルメ嬢の功績はイストリアス伯王より上になるし、本来なら最初に独立させる予定がズレたから、その詫びという意味もある。
「フェブロ・レヒストレス侯国か。じゃあレヒストレス候王家になるのね?」
「多分ですけどね」
ソレムネ地方は12の小国に独立させる予定だが、全ての国が独立するのはいつになるかわからない。
だけど王位だけは決まっていて、最初は伯王となり、功績を立てれば候王となる。
その上が最上位となるが、それでも三公家や天爵家より地位は下となる。
「候王の上だと公王になるけど、それだと三公と被るし、なかなか難しいわよね」
「ですね。まあ何代か先の話になるから、焦って決める必要もないけど」
候王の上の王位がまだ決まっていない理由は、公王だと三公家と同格になってしまうからだ。
大公、橋公、獣公は公王位でもあるから、安易に候王の上の王位にしてしまうと三公に加えなければならなくなる。
将来的には加えて四公としてもいいのかもしれないが、ソレムネは敗戦国として滅びた形でもあるから、現時点どころか数代は三公と同格にするのは避けたい。
だから地球でも使われていた伯王、候王といった伯爵や侯爵に由来する王位が採用されたんだが、ここで問題となるのが公爵由来となる公王だ。
だからどうしても、候王の上であり公王の下となる王位が必要となってくるんだが、それをどうしたもんかと頭を悩ませる日々が続いている。
とはいえ、最速でも次々代以降の話になるから、数十年は余裕がある。
だからそれまでに考えれば、大きな問題にはならないはずだ。
「あ、そっか」
「面倒臭いけど、必要な話だから考えないといけない。だけど焦って考える必要はないってことなんだね」
「そういうことだ」
俺も考えてるが、良い案はなかなか出てこない。
焦る必要はないから気楽に構えているが、それでも早く決めた方がいいのも間違いない。
何か良い案ないかねぇ。




