父の怒り
Side・真子
用事があってハンターズギルドにやってきたんだけど、そこで私は驚愕の光景を目撃してしまった。
「そう言われても、軽くぶつかった程度だろう?」
「何抜かしてやがる!どう見ても、てめえがわざとぶつかってきやがったんじゃねえか!見ろ、こいつを!」
「うう……痛えよぉ……」
どこの三文芝居かと思わずにいられないけど、つまりはチンピラハンターが難癖付けて絡んできているだけのお話。
だけどその相手っていうのが、ビックリすることにお義父さん、つまり飛鳥君だったりする。
難癖付けてきてるのは、雪が積もる前にフィールに来ていた、リベルター地方出身のクライム・ハートっていう小悪党集団で、今までも何度かこんな騒ぎを起こしているわ。
何度かオーダーズギルドで取り調べも受けてるはずだけど、懲りるってことを知らないのかしら?
とりあえず、間に入らないと。
「あ、わかった!飛鳥、この人達あれだよ!テンプレ!」
「は?」
ところが真桜の方は、この状況を喜んでいたりする。
確かにテンプレだけど、この状況でそのセリフは、逆に火に油を注ぐだけでしかないんだけど?
「ああ?なんだこのチビは!俺達を誰だと思ってやがる!?」
「知らないよ。あと私が小さいのは事実だけど、他にも小さい人はいるでしょ?そこで倒れてる演技してる人だって、確かドワーフじゃないっけ?」
真桜のセリフに二の句を告げなくなってるチンピラだけど、実際その通りで、肩を抑えて痛がってる演技をしている男はドワーフで、見る限りじゃ真桜より小さい。
つまりチンピラのセリフは、そのまま自分の仲間への侮辱にもなっているワケ。
「てめえ……俺らドワーフをバカにしてんのか!?」
「ち、違う!今のは口が滑ったんだ!じゃなくて、今起きたらバレるだろ!」
「あ……」
こいつら、本物のバカだわ。
もともと演技だってバレバレだったけど、これで言い訳の余地もなくなったわね。
「こ、こうなったら……!」
「へ?きゃっ!」
完全に血迷ったわね。
よりにもよって真桜を人質に取ろうだなんて、自殺願望があるとしか思えないわ。
「うわー、怖いよー。飛鳥、助けてー」
「棒読みじゃないの……。なんて下手くそな演技……」
頭が痛くなるほど、真桜の演技は下手くそ過ぎる。
まだクライム・ハートの方が、いい演技してたわね。
間に入ろうと思ってたけど、その気持ちがすごい勢いで萎えていくわ。
「それには同意するわ。あいつら、死んだわね」
「エルさん。ファルコンズ・ビークもフィールに戻ってたんですね」
私の後ろから声を掛けてきたのは、ファルコンズ・ビークのリーダーを務めているエルさんだった。
ファルコンズ・ビークも魔族との戦争には参加してくれていたんだけど、もう帰ってきてたとは思わなかったわ。
だけどエルさんも飛鳥君と真桜のライブラリーは見てるから、クライム・ハートの小悪党どもが自殺を選んだと判断して、少し距離をとってるわね。
「ええ、ちょっと前にね。あなた達はそれどころじゃなかったから仕方ないけど、報告事項は結構あるわよ?」
「そうなんですか?」
「ええ。だけど今は……」
「確かに……」
報告事項は気になるけど、確かに今はそれどころじゃないわね。
「……何のつもりだ?」
ほら、飛鳥君が怒ってる。
しかも大和君とは比べ物にならないほどの強大な魔力がハンターズギルド内に充満してるから、巻き込まれてるハンターや職員も多い。
これはあとで、フォローするのが大変だわ。
「な、なんだ……なんだ、その化け物じみた魔力は!?」
「さあな。そんなことよりもう一度聞くが、それは何のつもりだ?」
「ひ、ひいいいいっ!!」
「ゆ、許してください!ほんの出来心だったんですぅぅぅっ!!」
完全に飛鳥君の魔力に当てられてるわね。
むしろよく意識を保ってられると感心するわ。
ハンターや職員の多くは意識を失ってるし、その中にはハイハンターもいるから、飛鳥君が意図的にやってるんでしょうけど。
「許してください、か。慣れた手口だったから、何度もやってるんだろう?それにだ、お前達みたいな輩は、そのセリフを口にした人達を許してきたのかっていう疑問もある」
「ひいいいいいっ!!」
「す、すいません!こないだも町の人から、有り金全部巻き上げました!」
「その前も、娼婦を犯して路地裏に捨てました!」
さらに魔力を強めた飛鳥君の前に、自分達の悪事を白状してるけど、こいつらそんなことまでやってたのね。
これはさすがに、オーダーズギルドも黙ってないわ。
それにこれ以上飛鳥君の人外の魔力に当てられてたら、最悪再起不能になって取り調べすらできなくなる。
ここいらが潮時でしょうね。
「はいはい、そこまでよ。再起不能にされたらこっちが困るから、そろそろ魔力を抑えてくれない?」
「真子か。ずっと見てたんだし、さっさと介入してきてほしかったんだけどな」
「そうしようと思ってたんだけど、その前に誰かさんがわざと人質になったからね。そしたらすぐにあの様でしょう?」
「それを言われると痛いな。真桜、そろそろか弱い女性アピールはしなくていいぞ?」
「えー、そうかな?アカデミー賞ものだったと思うけど?」
寝言は寝てから言いなさいよ。
アカデミー賞どころかそこいらの素人の子供の方が、よっぽどいい演技するわよ。
「テンプレに期待してたんだろうけど、巻き込まれる方はたまったものじゃないわよ」
「本当にね。見て下さいよ、ギルド内を。ご主人の魔力で、みんな気絶してるんですから」
「え?あっ!」
「……すまん、やり過ぎた」
私とエルさんの呆れた視線にセリフで、ようやく自覚してくれたか。
だけど飛鳥君が怒るのは仕方ない。
むしろ反省するのは、下手な演技をしてまでか弱い女性を演じてた真桜ね。
飛鳥君に助けてもらいたかったんだろうけど、レベル221もある飛鳥君の魔力なんて、ノーマルクラスはもちろん、ハイクラスやエンシェントクラスでさえ耐えられないわよ。
実際エルさんも、かなり辛そうにしてたんだから。
「あとでフォローはしとくけど、自分達のレベルが規格外中の規格外だって自覚しといてよ?」
ハンターズギルド内じゃ意識を保ってる人の方は数人しかいないけど、この分じゃ近隣もどうなってることか。
お詫びとして何かしないと、さすがに申し訳ないわね。
どうなったかはしっかりと調べて、お詫びにいかないと。
「すまん、正直ここまでだとは思わなかった」
「私も、ちょっと舞い上がっちゃってたみたい。ごめんね」
「いいわよ、別に。あ、カミナさん、申し訳ないんですけどオーダーズギルドへ通報お願いできますか?」
「は、はい……」
受付で唯一意識を保っていた、ウイング・クレスト専属の受付嬢カミナさんだけど、腰が抜けてるようで立ち上がれないっぽい。
ノーマルクラスで耐えられたのはすごいけど、影響は簡単に抜けないから、しばらくは動けそうもないわね。
それでもカミナさんに頼むのが手っ取り早いから、大変だと思うけどお願いします。
「というか、なんで大和君は下りてこないのよ!」
「ああ、大和君も来てるのね」
「両親を案内してるんだから当然です!」
そしてここで私の怒りの琴線に触れたのは、飛鳥君と真桜の息子。
多分ライナスさんのところにいると思うけど、なんでこんな惨状になってるのに2人とも下りてこないのよ!
あのバカげた魔力なんて、フィールのどこにいても感じられるでしょう!
そもそもなんで、両親をほっぽってハンターズマスターのとこに行ってるのよ!
「お、落ち着いてよ、真子」
「そうだぞ。大和は今、ハンターズマスターとスカラーズギルドっていう所に行ってるんだ。昨日の件が関係してるそうだから、早めに調べておきたいと言っていた」
スカラーズギルドに?
確かにスカラーズギルド・フィール支部も、年末に完成して運営も始まっているけど、MARSは設置してないから、あくまでもトレーダーズギルドからの移籍者の受け皿でしかなかったはず。
もちろん研究者は移籍してるし、マナ様も少し落ち着いたら移籍するって言ってたけど、やってることは今までのトレーダーズギルドと大差なかったんじゃなかったかしら?
「昨日の件っていうと、おそらくドラゴンについてでしょうね」
エルさんに言われて、私もその理由に思い当たった。
確かに魔族は、グラーディア大陸に生息しているらしいドラゴンっていう第三の竜種を率いていた。
しかも隷属に成功していたみたいだし、モンスターズランクもAランクはおろかOランクまでいから、調査は必須。
だけどMARSは、メモリア総合学園もグラシオンMINERVAも予約でいっぱいで、割り込むことも出来ない。
そうなると方法としては、ウイング・クレストが所有している試作型か、それの改良型を新造して使うしかないわ。
さすがにフィールに設置することはないと思うから、研究はアルカで行うことになるでしょう。
だからそのためのスカラーを派遣してもらうために、スカラーズギルドに行ってるのかもしれない。
「それについてだけど、多分そうだと思うわ。確認されたドラゴンは3種、レッド・ドラゴンとバーニング・ドラゴン、そしてブラッドルビー・ドラゴンだけど、レッド・ドラゴンとバーニング・ドラゴンからは魔石も見つかっているわ。ブラッドルビー・ドラゴンはあなた達が回収してるけど、おそらくそちらからも魔石が出てくるでしょうね」
別の大陸の魔物であってもヘリオスオーブの魔物だから、魔石は持ってるってことね。
そうなるとMARSが使えるから、大和君がスカラーズギルドに相談に行くのは当然か。
今じゃなくてもいいと思うけどさ。
あと、どこでその情報仕入れてきたのかしら?
「ああ、多分大本は私でしょうね。ハンターズマスターに報告したの、私だから」
「え?でもエルさん、ハンターズギルドの外から来ましたよね?」
「あんな魔力を感じたら、誰だって来るでしょ?ほら、オーダーズマスターも来たわよ」
「あ、ホントだ」
確かに飛鳥君のバカげた魔力を感じたら、何事かって思うわよね。
エルさんの言う通り、オーダーズマスターのイリスさんも真っ青な顔してやってきたけど、正直下手な終焉種なんかよりよっぽど強烈な魔力だったんだから、終焉種と対峙した経験のあるイリスさんからしたら、その時の絶望的な記憶が蘇っても不思議じゃないわ。
「真子、先程の魔力は?いったいここで何があったんだ?」
私の姿を見つけて少し安堵したイリスさんだけど、根本的な問題が解決されたワケじゃないから、顔色はまだ青い。
これは真桜の悪事も含めて、しっかりと説明しないといけないわね。
「そ、そんなことが……。それではこちらが、大和君の……」
「ええ。父 飛鳥と母 真桜よ。飛鳥君、真桜、こちらはフィール支部のオーダーズマスター イリス・セルヴァントさん」
「初めまして、大和の父 飛鳥です。この度はご迷惑をお掛けしました」
「母の真桜です。本当にすいませんでした」
「いえ、理由が分かれば問題ありません。ではあの者達は、こちらで引き取ります。ああ真子、あとで話があるから、本所まで来てもらえるか?」
「は~い」
そうなるわよね。
やっぱり近隣にも、大きな被害が出てそうだわ。
まあ義理の両親の後始末だし、昨日のこともあるから、今回は私が骨を折るとしましょう。
「大変ね」
「ある意味じゃいつものことですからね。それよりエルさん、昨日の報告って、他にもまだあるんですよね?」
「ええ。正式な報告は陛下かグランド・オーダーズマスターからになると思うから、私からは簡単に伝えるだけになるけど」
それはそうだろうけど、簡単にでも教えてもらえるんなら、その方がいい。
「それもそうか。そうね、ドラゴン以外だと、やっぱり武器のことかしら。アバリシアじゃ神金が、こちらの魔銀並みに出回ってるのは事実だったみたいよ」
「ということは、魔族の武器って神金製だったんですか?」
「ええ。ただ魔族の魔力に汚染されてたそうで、鋳潰して再利用っていうのは無理らしいわ」
うわ、それはイヤな情報だわ。
もしかしたら神金を手に入れることが出来るかもって思ってたけど、まさか魔族の魔力に汚染されてたなんて、そんなの絶対に使い物にならないじゃない。
それにしても魔族の魔力って、神金すら汚染するのね。
コバルディアの近くにある宝樹を守るために神々が守ってるって聞いてたけど、もしかしたら大和君の瑠璃銀刀・薄緑が折れたのも、神帝と何度か打ち合ってたことが一因なのかもしれない。
「じゃあやっぱり、飛鳥がエニグマ島を解放するしかないのかぁ」
「は?エニグマ島を解放?」
ここで真桜から爆弾発言が飛び出した。
いや、エニグマ島ってドラグーンの終焉種ニーズヘッグがいるんだけど?
確かに飛鳥君なら倒せるでしょうけど、まさか戦うつもりなの?
「ああ。大和にしてやれることは、もうあまりないからな。あいつの剣も折れてるし、この際神金とやらを使った合金でも開発した方が、もう一度神帝と戦う際にも力になるだろう」
なるほど、息子のためか。
確かに納得できる理由だわ。
同時にフィリアス大陸のためにもなるから、私はもちろん歓迎するし、多分ラインハルト陛下やグリシナ陛下も喜ばれるでしょう。
「……もしニーズヘッグの討伐に行かれるなら、私達も見学させていただいてもよろしいですか?」
「構いませんが、参考になる戦いができるとは限りませんよ?」
「いえ、アークヒューマンの戦いを、この目で見ておきたいんです。先日は気が付いたら、目の前の魔族が消えていましたから」
エルさんが興味を持つのも、わからない話じゃない。
私は2人の力をよく知ってるけど、他の人達は大和君も含めて、そうじゃないからね。
あ、でもファルコンズ・ビークが同行するんなら、絶対にラインハルト陛下も同行を希望されるわよね?
あのお方が飛鳥君が戦うって聞いて、黙ってるはずがないもの。
グリシナ陛下も自国のことだから見学を希望されそうな気がするし、となると他にも見学希望者が出てきそうだわ。
まあ戦うのが飛鳥君だし、真桜がいるから流れ弾が飛んでくることもないでしょうけどね。




