オーダー
Side・プリム
アルベルト工房で大和が考案した合金 瑠璃色銀が完成し、それを使ってエビル・ドレイク討伐の報酬になる武器をお願いして、さらに防具の製作依頼も、ウインガー・ドレイク持ち込みでお願いしてたら、思ったよりも時間がかかっちゃったわね。
お昼が近かったから、こないだ行った異郷の都で食事をして、ついでとばかりにヒーラーズギルドに寄って回復魔法や治癒魔法の載った本、使い方を勉強するための本、試験対策の本なんかを買ってから、あたし達はアマティスタ侯爵家に向かうことにしたわ。
まだしばらく、母様はアマティスタ侯爵家に滞在してもらう必要があるけど、なるべく不自由はさせたくないのよ。
だけどハンターはライセンス剥奪の上で捕縛したし、以前より母様の安全は確保されているからあたしも会いに行きやすくなったし、近いうちに家を買うつもりでいるから、そうしたら母様にも住んでもらいたいわ。
「送ってくれてありがとう」
「当然のことじゃないですか」
あたしと結婚したことで、母様は大和の義母になった。
だから大和にお願いしていた護衛も、結婚と同時に解約されている。
というか、大和に無理やり解約させられたわ。
家族を守るのは当然なのになんで金を取らなきゃいけないんだ、って母様と一緒に怒られちゃったの。
すごく嬉しかったけどね。
「お帰りなさいませ、アプリコット様。ようこそいらっしゃいました、プリムローズ様、大和様」
アマティスタ侯爵家の侍従長、ラミアのミュンさんが出迎えてくれたんだけど、ちょっとイラッとしちゃったわ。
今までは大和よりあたしの名前が先に呼ばれる理由もあったし、大和はあたし達親子の護衛という建前もあったから仕方ないんだけど、あたし達は夫婦になったんだから、夫の名前を先に呼ぶのが普通じゃない。
ミュンさんは知らないから、今まで通りに対応してくれただけなんだけど、それでも一言いっとかないといけないわね。
「ミュンさん、実はあたしと大和は、昨日結婚したの」
「それはおめでとうございます。知らぬこととはいえ、失礼を致しました」
さすがはアマティスタ侯爵家の侍従長だわ。
理解が早い。
「すぐにフレデリカ様をお呼びいたしますので、恐れ入りますが少々お待ちくださいませ」
と思ってたんだけど、慌ててフレデリカ侯爵を呼びに行っちゃった。
あたし達の案内はタイガリーのバトラーに任せてはいるけど、侍従長としてそれはどうなのかしら?
とりあえずあたし達は昨日の応接間に通されたけど、あたしと大和は母様を送ってきただけなのよね。
この後はクラフターズギルドに寄って、ハンターズギルドで依頼を受けてから牧場に行って、それからミーナと待ち合わせだから、予定はけっこうビッシリよ?
「お待たせしてごめんなさい」
この後の予定をどうしようかと考えてはじめた矢先、フレデリカ侯爵がやってきた。
思ったより早かったわね。
「只今戻りました、フレデリカ様。申し訳ありませんが、またしばらくご厄介になります」
「お帰りなさいませ、アプリコット様。昨日は楽しめましたでしょうか?」
「はい。ミュンさんからお聞きになったと思いますが、昨日娘が大和君と結婚しましたので、遅ればせながらご報告させていただきます」
「おめでとうございます。遠くないうちにご結婚されると思っていましたが、心からお祝い申し上げます」
固いわねぇ。
かたや元とはいえ公爵夫人、かたや侯爵家現当主だからある意味じゃ仕方ないのかもしれないけど、あたしが家を継いでいたら、こんなことは日常茶飯事だったのよね。
正直、あたしに貴族の立ち居振る舞いができるとは思えないから、そう考えるとけっこうな恐怖だわ。
「ありがとうございます。俺達は互いにハンターですけど、Gランクということもありますので、近いうちに皆さんを招待して、小さな披露宴でも開きたいと思います。その際は、侯爵も参加していただけるとありがたいです」
そういえばエドとマリーナには、合同で披露宴をやろうってことを言うの忘れてたわ。
よく考えたらリチャードさんとタロスさんには、結婚したことすら伝えてない気がする。
そこはエドから伝わってるかもしれないけど、さっき武具の製作依頼を出してきたし、忘れられてるような気がしないでもないわ。
まあいいわ。
外堀から埋めればいいだけだから。
エドが考えた新しい魔法はおそらく奏上されると思うし、レティセンシアとの件が落ち着いて大丈夫だと判断できたら、翡翠色銀と青鈍色鉄は公表してもらうことにもなるでしょう。
多分エドはGランクに、もしかしたらPランクになれるかもしれないわ。
あ、経験が足りないから、そこまでは無理か。
だけどエドが名声を得るのは間違いないし、リチャードさんの孫ってことで領代も面識があるみたいだから、断られることもないでしょう。
「ありがとう、是非参加させていただくわ」
「それと、これはまだ本人達に確認をとってないんですが、アルベルト工房のエドとマリーナの披露宴も合同でやろうと考えてますので、そちらも了承いただけると助かります」
「リチャード師のお孫さんね。話には聞いてたけどついに彼も結婚するなんて、これはお目出度い話だわ。もちろん問題ないわよ」
予想はしてたけど、随分とあっさり承諾してくれるわね。
こっちとしては助かるからいいんだけど。
「それで、2人はこれからどうするの?」
「クラフターズギルドに獣具製作依頼を出していますし、正式に獣車製作依頼も出そうと思ってるので、まずはそちらへ行きます。その後でハンターズギルドへ行って、簡単な依頼でも受けようかと」
「それは助かるわ。ヒポグリフがいれば遠出も苦にならないだろうし、何よりハンターがいない現状では、どうしてもあなた達に頼ることが増えてしまうから、少しでも依頼を受けてくれることは領代としても私個人としてもありがたいわ」
「狩りをしてこそのハンターですからね」
「その言葉、私としても耳が痛いわ」
なんでかしら?
フレデリカ侯爵は領代としてフィールを支えてくれているんだから、そんなことで耳が痛くなるはずはないし、そもそも大和が言ってるのはあのクズどものことだから、侯爵には関係ないんですけど?
「オーダーズギルドも魔物を狩るために動いていて、特にハンター登録をしているオーダーは、連日街の外に出てくれているんだけど、そのせいもあってオーダーズギルドにもかなりの負担を強いてしまっているのよ。私もオーダーズズギルドに登録をしているんだけど、今は領代としての仕事を優先しなければいけないから、手伝うこともできなくてね。と言っても、私はCランクオーダーだから、あまり力にはなれないんだけど」
フレデリカ侯爵ってオーダーだったのね。
それなら納得だわ。
というか他にもギルドはあるのに、なんでオーダーズギルドに登録を?
オーダーズギルドはアミスター王国騎士団のことなんだから、領地を持ってる貴族だと、オーダーの仕事ができないんじゃないかしら?
「アミスターの貴族は王家も含めて、どこかのギルドに登録しなければならないのはご存知かしら?」
「はい、それは有名ですから」
「オーダーズギルドはアミスターにしかなく、プリスターズギルドは聖職者として、神に一生を捧げることになる。そしてバトラーズギルドは侍従を教育するギルドだから、貴族としては登録しにくいんだけど、実はオーダーズギルドには、外部協力者扱いになるオーダーも存在しているの。アウトサイド・オーダーって呼ばれているんだけど、私のような領地を持つ貴族、ハイハンターなどが登録することがあるわね」
なるほど、それでオーダーズギルドに登録をしたのね。
でも多くの貴族は、クラフターズギルドかヒーラーズギルドに登録することが多いって聞いてた気がするんだけど?
大和が、そうなの?って感じで視線を向けてくるけど、そうなのよ。
「それもその通りなんだけど、オーダーズギルドに登録する貴族も一定数はいるわ。だけどアウトサイド・オーダーになるためには、グランド・オーダーズマスターの認可も必要だから、領地持ちの貴族でも簡単には登録できないのよ。普通のオーダー、こっちはインサイド・オーダーって呼ばれているけど、インサイド・オーダーなら、アミスター国民であれば特に厳しい条件はないし、オーダーズギルドのおかげで騎士団としての規模も大きいから、貴族だけじゃなく一般でも登録する人は少なくないって話ね。もっとも、一応入団試験みたいなものはあるんだけど」
インサイド・オーダー、アウトサイド・オーダーっていうのは初めて聞いたわ。
そういえば、ミーナが手があるかもしれない、みたいなことを言ってたけど、このことだったのかもしれないわね。
オーダーズギルドはアミスター王国騎士団のことだから、当然だけどアミスターにしかない。
だから協会魔法に分類されている騎士魔法も、オーダーにしか使えない。
最近バレンティアの騎士団も、一部を使えるようになったって話だけど。
騎士魔法は、ストレージやマジックバッグの中を調べることができるスキャニング、魔力で相手を拘束するアレスティングみたいな治安維持のための魔法もあるけど、戦闘用や対アンデッド用の魔法もあるから、実戦での有用性も高い。
というかスキャニングっていう魔法、ストレージの中すら調べられるって、とんでもなくない?
あ、神殿魔法のレギュレイティング?っていう魔法で登録された物品があるかどうかしか判別しかできないのね。
「中には騎士魔法目当てにアウトサイド・オーダーとして登録しようとする者もいるんだけど、さすがにアウトサイド・オーダーは、スキャニングやヒアリングみたいな魔法は使えないわ。もちろん、私みたいな例外もいるんだけど」
それはそうでしょうね。
とくにヒアリングは尋問用の魔法らしいから、アウトサイド・オーダーが普通に使えたりなんかしたら大問題になりそうだわ。
それと例外だけど、フレデリカ侯爵みたいな領主は、ある意味じゃオーダーズマスターよりも上の立場になるから、使えた方がいいっていう判断みたい。
もちろん悪用なんかしたら、すぐにオーダーズギルドから除名されて、さらには国から処罰が下ることになるんだけど。
「あとこれは、オーダーだけじゃなくてハンターにも言えることなんだけど、ヒーラーズギルドに登録する人が多くないということね。いえ、他のギルドと比べればの話なんだけどね。ランクアップに応じて天賜魔法回復魔法も使えるようにはなるんだけど、そのランプアップ試験がすごく難しいから、IランクやCランクヒーラーがすごく多いみたいなのよ」
あー、それは確かに問題だわ。
だけどヒーラーズギルドの試験は人命を救うためのものなんだから簡単にするワケにもいかないし、Cランクの魔法となるハイ・ヒーリングが使えれば大抵の怪我は治せるから、あえてランクアップする必要もないってことなのかもしれない。
ヒーラーズギルドはクラフターズギルド同様アミスターの王都に総本部があるから、国としても力を入れているギルドなんだけど、設立されてまだ数十年という新しいギルドでもあるし、理念は客人の世界に沿ったものが多いとも聞いているから、ヘリオスオーブの人には簡単に受け入れられないのよ。
公衆衛生に関しては徹底されたから理解している人は多いけど、それでも納得できてない人、余裕のない人も少なくないんだとか。
「その問題に関しては、一朝一夕で解決はできないでしょう。そもそもヒーラーズギルド自体、まだ設立されて50年程の新しい組織なのですから」
母様の言う通りね。
あたしも余裕ができたら、ヒーラーズギルドに登録しようかしら?
一応ブラッド・ヒーリングまでは使えるし、頑張ればPランクぐらいまでなら……あ、ヒーラーズランクのPって、エリア・ヒーリングだわ。
広範囲回復なんて、あたしには無理。
人にはできることとできないことがあるってエドが言ってたけど、あたしもその通りだと思うわ。




