魔王の影
Side・真子
ラインハルト陛下の下を早々にお暇した私達は、トラベリングを使ってポラルに転移した。
ドラゴン襲来の報から私達への連絡まではさほどタイムラグも無かったこともあって、幸いにもポラルはまだ襲撃されていない。
だけどポラルを守っていたトライアル・ハーツ、報告を受けてすぐに転移したレックスさん達は既に待機していたし、話を聞きつけたエンシェントハンター達も続々と集結してきたわ。
戦争経験者ばかりだから勝手に動くことはないけど、それでも30人以上もエンシェントクラスが集まっているから、まずは打ち合わせが必要ってことで、ポラルの代官を務めているハーピーのラグナ・アクエリオ男爵も含めて、門付近に防衛線として構えられている多機能獣車に集まることになった。
「まさかキャロルお嬢様がお越しになられるとは思いませんでした」
「故郷の危機ですから、大和さんに無理をお願いして同行させて頂きました。ウイング・クレストも、さすがに全員とはいきませんでしたが、多数のエンシェントクラスを派遣してくださいましたから、ラグナ男爵もご安心ください」
キャロルはポラルの南にある、ベルンシュタイン伯爵領領都シンセロ出身。
万が一にもポラルが落ちてしまえば、次に狙われるのはシンセロになる。
シンセロにはご家族もいらっしゃるから、キャロルが同行したくなる気持ちもわかるわ。
「キャロル嬢、ラグナ男爵。旧交を温めているところ申し訳ありませんが、軍議を始めさせていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、申し訳ありません、レックス卿」
「お願いします」
キャロルはラウス君とレベッカちゃんがトラベリングを覚えてから、何度かポラルにも足を運んでいるんだけど、今は戦時状態になってしまっているし、ポラルもベルンシュタイン伯爵領の一部だから、戦況はすごく気にしていた。
だから気が逸ってしまってしまって先に確認しようとしてしまっていたところを、レックスさんにやんわりと注意されたところね。
キャロルがベルンシュタイン伯爵令嬢ってことはみんな知ってるから、誰も怒ってないけど。
「では軍議を始めます。アーベント卿、現在のレティセンシア側の動きは把握できていますか?」
「スカウト・オーダーからの報告は随時入ってきておりますが、アバリシアからの援軍についてはグランド・オーダーズマスターからお聞きするまで、こちらも把握しておりませんでした」
ポラルのオーダーズマスターを務めている、男性ドラゴニュートのアーベント・フルトシュトロームさんが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
スカウト・オーダーの連絡は、基本的に鳥を使ってポラルに届けられるけど、1日に一度エンシェントオーダーの誰かが直接現場に赴いて、直接報告を受けることになっている。
アバリシアからの援軍がコバルディアに降り立った時は、丁度ミランダさんが報告を受けている時だったらしいわ。
だからポラルではなく、先にフロートに報告が上がったの。
鳥を使うよりトラベリングを使えるエンシェントオーダーが直接向かった方が早いし、同時に戦力の増強もできるから、別にポラルを蔑ろにしたワケじゃないわよ。
それでもレックスさんが尋ねた理由は、その間に鳥を使った報告が届いてるかもしれなかったからね。
「それは構いません。夕刻までには報告が来るでしょうが内容は同じはずですから、不要に混乱しないようポラル支部には徹底をお願いします」
「はっ」
「それではエンシェントハンターの方々もお越しになられましたから、改めて現状を説明させていただきます。ミューズ、頼む」
「分かった。簡単に聞いていると思うが、本日昼過ぎ、コバルディアに10を超えるドラゴンが飛来した。そのドラゴンは、獣車のような箱状の物体を抱えていたと報告されている」
私達は天樹城で報告を受けたけど、その箱状の物が兵員輸送用のコンテナっていうのはほとんど確定でしょう。
だいたいコンテナ1つに50人、詰めればさらに20人は乗れるぐらいの大きさがありそうだから、10匹以上のドラゴン全てが持っていたことを考えると、アバリシアからの援軍、魔族は最低でも500人、多ければその倍は来ていると見るべきね。
「アバリシアから1,000人近い魔族の襲来か」
「それも空輸とはね。私達もアテナやエオスの運ぶ獣車に乗ったことがあるから分かるけど、敵にやられるとすごく厄介だわ」
「だね。幸いコバルディアに降り立ったようだけど、情報収集が終わればまた飛び立つだろう。そうなったら今度はどこを目指すのか、予想も難しいね」
スレイさん、シャザーラさん、シーザーさんも、私達と同じ予想か。
夏に行ったマイライト山脈大討伐戦では、参加をお願いしたレイドもアテナかエオスの空輸、もしくは自前のトラベリングでマイライトを縦横無尽に飛び回ってたから、空輸の有用性はしっかりと理解してくれているし、同じ考えになるのも当然よね。
「レティセンシアも、こちら側にエンシェントクラスの30名近いことは掴んでいるでしょう。皇王家ならば信じることもせず、現状ですらコバルディアから兵を動かしていませんが、魔族の指揮官が優秀ならば、この戦力を無視することは考えないはずです」
「つまり戦力が集まってると予想して、まずはポラルを落とそうとしてくると?」
「はい。ポラルはアミスターへの橋頭保となり得ますから、そちらから見てもまずはポラルを、と考えるでしょう」
確かにポラルを落とすことができれば、領都シンセロは目と鼻の先だし、ポラルを落とすということはエンシェントウルフィーのバウトさんをも突破するということになる。
いくらバウトさんでも、1,000人近い魔族を相手にするのは不可能だから、ここまで迅速な行動ができていなければ、本当にポラルは落とされるかもしれなかった。
さらにポラルを落とすことができれば、その先にあるシンセロも、ポラルに戦力を集中させているから、防衛戦力不足で落とされてしまうはずだわ。
「私達のトラベリング習得は、大和君のマルチ・エッジのアシストがあったからだけど、こんな事態になるとは思わなかったわ」
「だね。だけどそのおかげで最悪の事態は免れたんだし、大和君様々だよ」
「俺としても、こんなことになるとは思ってませんでしたけどね」
オーダーも含めて、トラベリングの習得には大和君の刻印法具マルチ・エッジのアシストが大きな役割を果たしていた。
マルチ・エッジは消費型刻印法具だけど、だからこそ大和君の魔力次第で何本でも生成できるし、魔法を付与させることもできるから、各人が苦手で足を引っ張っていた属性魔法を付与させることで苦手属性へのアシストとして使えたし、それでエンシェントクラスは全員がトラベリングを習得できている。
そのおかげでエンシェントクラスの移動速度も行動範囲も劇的に広がったんだけど、それがここで役に立つとは思わなかったわ。
「魔族がポラルを目指すだろうという理由は分かった。だけどどう動くかは、まだわかっていないんだろう?」
「はい。ですが現在ローズマリーとサヤが、スカウト・オーダーの下へ行っています。コバルディアからは距離もありますから正確には把握できないでしょうが、監視の目があるのとないのとでは全く違いますから、動きがあればすぐに報告が来るでしょう」
ローズマリーさんとサヤの姿が見えないと思ってたけど、スカウト・オーダーのところに行ってたのか。
どうりで姿が見えないワケだわ。
そう思ってたんだけど、突然本陣となっている多機能獣車のリビングに、当のローズマリーさんとサヤが下りてきた。
「マリー、サヤも。2人とも戻ってくるとは、コバルディアに動きがあったのか?」
「いえ、そちらはいまだ動きはありません」
「遠目だから正確には分からないけど、今日はコバルディアに滞在するんじゃない?空を飛んできたとはいえ、道中はどこかの島での野営だったろうし」
魔族の動きはまだないか。
サヤの予想は私達もしてたけど、野営じゃ気も休まらないし魔物への警戒も必要だから、今日ぐらいは安全な場所でゆっくりしたいっていう気持ちは分からなくもない。
コバルディアの結界はほとんど機能してないけど、街中と無人島じゃ環境も違うしね。
「私達が戻ってきたのは、後続が出現したからです」
「後続が?」
「ええ。現れたドラゴンは5匹ほどだけど、そのうちの1匹は豪華な箱を運んできたし、さらにそのドラゴンはOランクだったわ」
ここでサヤが、とてもイヤな情報をもたらした。
豪華な箱って、もしかしなくても神帝か神帝家の誰かが来たっていう推測につながるし、その上でドラゴンがOランクって、面倒にもほどがある内容じゃない。
「Oランクのドラゴンか。さすがに私達の手には余りそうだな」
「だな。サヤ、クエスティングを使ったんだろう?」
「ええ。種族はブラッドルビー・ドラゴン。種族名や体色から判断すると、火属性のドラゴンですね。全て見たワケじゃありませんけど、同行していた4匹はレッド・ドラゴンでしたから、既にコバルディアに降り立ってるのも同じ可能性が高いかと」
火属性のドラゴンが最低15匹で、うち1匹はOランクか。
アバリシアがどうやってそんな高ランクのドラゴンを隷属させたのかは分からないけど、現実問題としてしっかりと受け止めないといけないし、相手をするのはエンシェントクラスになる。
だけど情報がほとんどないから、どんな攻撃手段を持ってるかも分からないし、魔族以上に警戒しないとマズそうだわ。
「1,000人近い魔族を率い、さらにAランクどころかOランクのドラゴンまで従えてとなると、神帝っていうより魔王っていう方がしっくりくるね」
それは私も同感だわ。
それでいくと大和君は、魔王を倒すための勇者ってとこかしら。
本人は嫌がるだろうけど面白いことになりそうだし、今度からかってあげましょう。
「こうなると逆に、コバルディアに攻め入った方が被害が少なくなりそうな感じだね」
「それは同感ですが、陛下の裁可を頂かなければなりません。コバルディアを攻めるということは、同時に皇王家を滅ぼすということになりますから」
「そうなんだよねぇ」
ある意味じゃ、これが一番頭の痛い問題かもしれないわね。
魔族がコバルディアに現れたっていう時点で、アミスターは総力を以てコバルディアを攻め落とすっていう選択肢もあった。
だけどコバルディアを攻め落とすっていうことは、同時に皇王の首を取るっていうことでもあるから、残された皇王家やコバルディアの住人をどうするのかっていう問題が残ってしまう。
もっとも皇王家は処刑以外の道はないし、住人も魔族となっていたら命をもらうしかないんだけど、コバルディアはそのまま残るから、管理をどうするのかっていう問題になるかしらね。
レティセンシアはコバルディア以外の町や村は壊滅してるし、コバルディアであっても全てのギルドが撤退してるから、食料をはじめとした商品の取引は一切行われていない。
だから住人は、魔族にでもならない限り生き残れないでしょう。
「そっちはそうするしかないよね。あと問題なのは、神帝家の誰かが来たかもしれないっていうことか」
「はい。30年ほど前には神帝の親征が行われていますから、神帝本人という可能性も低くはありません」
確かに神帝家でも大問題なのに、神帝本人が来てたりなんかしたら、大問題どころの話じゃないわね。
神帝は剣状武装型刻印法具の生成者で、30年前はカズシさん、シンイチさん、エリエール様といった3人のエンシェントクラスを相手に互角以上に立ち回ったと記録に残っている。
結果は痛み分けだったそうだけど、レベルはカズシさん達の方が上だったっていう話だし、お三方はその時の傷が原因で亡くなられているから、結果だけ見れば神帝の勝利という見方もできてしまう。
その戦いで神帝の刻印具は壊せたそうだから、それだけが救いかもしれないわ。
「私達のレベルはカズシ様やシンイチ様どころか、エリエール様にさえ届いていない。しかも神帝は、魔族になったことでエンシェントクラスでは相手ができないと言われているから、まともに戦えるのは大和君だけか」
シャザーラさんのセリフは、私にも重くのしかかってくる。
以前親征を行ったとはいえ、正直神帝はグラーディア大陸から動かないと思っていたから、私は焦ってエレメントヒューマンへ進化する必要はないと考えていた。
だけどそれが、最悪の形で裏目に出てしまったかもしれない。
聞いている神帝より私の方がレベルは上だし、刻印法具も複数属性特化型を生成できるから、多分私は相手をすることができると思うけど、神帝の刻印法具が単一属性型だっていう確証はないし、レベルだって30年前のものだから、上がってないとは言い切れない。
それに魔族やドラゴンのこともあるから、どちらの相手を優先するべきかは、本当に悩むわ。
「そうか。同じ刻印術師なんだし、真子ならエンシェントヒューマンのままでも、対等に戦える可能性があるのか」
「だが真子の戦い方を踏まえると、ドラゴンや魔族の相手を頼みたいところでもあるな」
「だが神帝が出てきてると考えると、ここで倒せるものなら倒すべきだろう?」
「それで被害が広がっちゃ本末転倒じゃないかな?」
軍議でも、もし神帝がいたら大和君が当たることは早々に決まったけど、私はどうするべきなのか、なかなか結論が出ない有様だわ。
私の配置が決まらないとウイング・クレストの配置も決まらないし、中核戦力となるウイング・クレストの配置が決まらないと戦列すら決められない。
ソレムネとの戦争ではここまで紛糾したことは無かったけど、あまりにも戦力が違いすぎるから仕方がないわ。
だけど早ければ明日にでも、魔族は進軍を開始するだろうから、今日中に決めてしまわないといけない。
私もどうするのか、どうするべきなのか、しっかり考えてから発言しないといけないわね。




