最前線の救難信号
Side・リディア
3月に入ったある日、天樹城から緊急連絡が入りました。
レティセンシア皇都コバルディアに、10を超えるドラゴンが降り立ったと。
そのドラゴン達は驚いたことに、それぞれが箱のような獣車のような物を抱えていたんだそうです。
スカウト・オーダーはコバルディアの外から見ていただけですから詳細については不明のようですが、その獣車のような物を使って兵員輸送を行っているのだろうという予測は簡単に立ちます。
ドラゴンの大きさはアテナやエオスより一回り大きく、全長60メートルを超えているというお話しですし、そこから逆算すると箱は全長20メートル、幅7メートル、高さ3メートルほどのようです。
途中野営を挟んでいると考えられますし、魔族は魔力があれば食事の必要がないとわかっていますから、本当に兵員輸送だとすれば、1つの箱に50人前後は乗れるでしょう。
それが最低10個ですから、アバリシアから送り込まれた魔族は500人を超えていることになります。
「ついに来たか」
「ああ。陛下から、至急登城するように仰せつかってる」
情報を持ってきてくれたルーカスさんもエンシェントタイガリーですから、このまま同行されるようです。
「分かった。ただマナはサキを生んだばかりだし、リカさんとプリム、それからフラムは妊娠中だから、参戦するのは無理だぞ」
「それは陛下も承知の上だ。フラムの援護が無くなるのは痛いが、だからって妊婦を戦場に連れ出すような真似はしないさ」
それはその通りです。
妊娠しているのに戦場に立つなど、自殺行為でしかありません。
ルーカスさんの言う通り、プリムさんの炎やフラムさんの後方援護が無くなるのは戦力的にも痛いですが、私達もそこまで非人道的なことを言うつもりはありませんよ。
「多分陛下と話した後は、そのままポラル行くことになると思う。しばらくは帰ってこれないかもしれないが、みんなは構わないか?」
「もちろん」
「前から話してたことだし、問題ないよ」
「魔族が500人を超えてるなんて、さすがにトライアル・ハーツでも抑えきれないもの。私達も行くしかないでしょう」
ルディアもアテナも、即答ですね。
もちろん私やミーナさん、真子さんも同じ気持ちです。
レティセンシアとの最前線となっているポラルはベルンシュタイン伯爵領にありますから、キャロルさんも同行を希望されていますし、ラウス君とレベッカちゃんも参加するつもりですね。
そのポラルには、エンシェントウルフィーのバウトさん率いるトライアル・ハーツがいますが、いくらエンシェントクラスでも1人では500人を超える魔族を抑えることは出来ないでしょう。
ですから私達も、急いでポラルに行かなければならないのです。
「ああ。それじゃあプリム、マナ、リカさん、フラム。行ってくるよ」
「肝心な時に力になれなくて、本当にごめんね」
「気をつけて下さい」
「無事の帰りを祈っているわ」
「サキも待ってるんだから、無茶だけはしないでよ?」
「分かってる。サキ、行ってくるな」
留守番を余儀なくされるプリムさん、フラムさん、リカ様、マナ様が、心配そうに大和さんに声を掛けますが、私も気持ちは分かります。
同行できるだけマシだと思いますが、この後起こる戦いは、おそらくガイア様の予知夢の戦いになる可能性が高いですから、万が一の可能性も否定できません。
予知夢では大和さんは助かりますし、数年後にユーリ様、アリアと結婚されることも確定しているんですが、それでも残される皆さんの気持ちを考えると、胸が苦しみます。
「まだ分からないわよね。サキ、お父様はこれからお仕事だから、良い子で待っていましょうね」
サキちゃんは生後2ヶ月ですから、目も見えていますし、笑いかければ応えてくれることもあります。
今もそうで、笑顔で話しかけた大和さんに、とても可愛い笑顔を向けています。
「サキから元気ももらったし、行くとするか」
「サキちゃんを泣かせるような真似は、さすがにできないもんね」
ルディアの言う通りです。
さすがにまだ何が起きてるかも分かっていないでしょうが、私達もサキちゃんに元気をもらいましたから、サキちゃんを泣かせるようなことは絶対にさせません。
Side・ラインハルト
ノーブル・オーダーのルーカスに、王連街にある私の屋敷を使うことを許可し、大和君への伝令を頼んでから30分ほどで、大和君を含む現在戦闘可能なウイング・クレストのメンバーが天樹城に集った。
本来ならばフレイドランシア天爵邸を経由するため、もう少し時間がかかるのだが、此度は拙速を貴ばなければならないため、王連街経由が最も早く、確実となる。
「遅くなりました」
「いや、大丈夫だ。ルーカスから聞いていると思うが、コバルディアにドラゴンが複数体降り立った。前回のこともあり、コバルディアがドラゴンに蹂躙されていることはないようだが、アバリシアから送られてきたであろう魔族が南下してくることは容易に予想がつく」
「同感です。ですからここでの話が終わったら、すぐにポラルに飛ぶつもりです」
私もそうしてもらうつもりだったが、大和君もそのつもりだったか。
現在ポラルにはトライアル・ハーツがいるが、いかにトライアル・ハーツであっても敗北は免れないし、大和君にとっても避けられない戦いだろう。
私もその話は聞いているし、ガイア殿の予知夢の結果を信じる限りでは、魔族は突如現れた2人のヒューマンによって全滅することになっている。
大和君は窮地に立たされることになるが、そちらも助かると聞いているし、何よりアミスターが滅亡するかどうかの瀬戸際でもあるのだから、申し訳ないと思うが彼を利用させてもらうつもりだ。
「すまないが頼む。私も同行したかったのだが、今は天樹城を離れられない。既にレックスは派遣しているから、ポラルでは彼の指揮下に入ってくれ」
「分かりました」
グランド・オーダーズマスター レックス・フォールハイトは、報告を受けた時点で妻達を伴ってポラルへ向かった。
アソシエイト・オーダーズマスター ミランダと同じくエンシェントクラスだが、さすがにオーダーズギルドのトップ2が2人とも動くわけにはいかない。
本来ならどちらが向かうか判断に悩むところなのだが、レックスの3人の妻も全員がエンシェントクラスだから、レックスを派遣する時点で4人のエンシェントクラスの派遣が叶う。
だからこそこのような場合では、ミランダの派遣はあまり考えられていない。
「陛下、ドラゴンですが、真っすぐポラルに向かってくるのでしょうか?」
真子の疑問は当然のものだ。
ドラゴンという空輸手段がある以上、魔族はポラルどころかベルンシュタイン伯爵領を無視し、直接フロートを攻めることも十分可能だろう。
当然そちらも警戒しているし、だからこそ私は動けないのだが、魔族がコバルディアに降り立った理由は、以前入手した情報の精査も含まれているはずと予想している。
ソレムネとの戦争や迷宮氾濫を経て、フィリアス大陸のエンシェントクラスの数は過去最高になったと言っても過言ではない。
特にソレムネとの戦争後は、レティセンシアも情報を入手する手段は有していたし、こちらも情報を拡散させていたから、その頃の情報なら掴んでいるだろう。
魔族にとっては目新しい情報はないと思うが、今回は行軍でもある以上、状況に変化がなかろうと情報の確認は必要だ。
しかも今は雪も溶けているから、陸路を使った逆進攻も考慮しなければならない。
そして魔族がポラルを狙うであろう最大の理由は、こちらが用意した戦力になる。
「こちらはエレメントヒューマンの大和君を筆頭に、エンシェントクラスも多数配備する。魔族は確かに強力だが、エンシェントクラスの相手をするにはハイデーモンでもなければ難しい。アバリシアからの援軍となる以上ハイデーモンも含まれているだろうが、おそらく主戦力となるのはドラゴンとなるだろうから、そこまで数は多くないはずだ」
万が一天樹城を落としたとしても、ポラルに集めた戦力が減る訳ではない。
アルカにはマナがいるし、万が一に備えて跡取りとなるレストと生まれたばかりのレジーナは、父上達とともに避難させておくつもりだから、私が討たれたとしても天帝家が絶えることもない。
さすがに天樹を折られてしまったら本末転倒だが、天樹の幹回りは数キロもあるから、いかに魔族でも簡単に折ることはできないし、エンシェントクラスは長距離転移魔法トラベリングも使えるから、すぐにフロートに戻ってくることも可能だ。
「なるほど、先にフロートを落としたとしても、魔族にも少なくない被害が出るから、先にポラルに集まっているであろう戦力を制圧、ないしは殲滅して、後顧の憂いを立とうってことですか」
「予想でしかないが、おそらくはな」
もちろん私の予想でしかないが、後方からのエンシェントクラスによる襲撃は、魔族にとっても警戒すべき事態だから、おそらく外れてはいないだろう。
「魔族と言っても元々は人間ですし、優秀な指揮官っていう可能性もありますしね」
魔族の正体は、魔化結晶を使った人間だ。
私もその現場をこの目で見ているし、ポラルでトライアル・ハーツが倒した魔族の報告も受けているから、魔族が正体不明の種族などではないことは分かっている。
食事が不要というのは軍としては魅力的だが、宝樹に悪影響を与えると神託が下っている以上、魔化結晶は第一級の禁制品であり、この世界から根絶しなければならない代物だ。
それは魔族も同様で、アバリシアからの援軍だろうと、1人残らず倒さなければならない。
だが元は普通の人間であり、意識もはっきりと残っている以上、魔化結晶を使う前との違いは魔族特有の能力以外ほとんどない。
だからこそ優秀な指揮官は優秀なままであり、派遣された魔族も優秀な軍人であることに、疑いの余地はないと言える。
「だからこそ、ポラルを無視できないってことですか」
「まかり間違ってフロートを攻めても、エンシェントクラスはほぼ全員がトラベリングが使えるから、すぐに転移できる。ドラゴンの移動速度がどんなもんかは分からないが、転移より早いなんてことはあり得ないから、ポラルを無視してもフロートで待ち構えることも十分可能だな」
「その手段がとれるからこそ、ポラルに戦力を集めていると言えるな」
大和君は軍事にも精通しているようで、私とほぼ同じ考えか。
もちろんポラルとフロートの中間にある街を襲撃する可能性もあるが、トラベリングを使えばそれも対処は可能だ。
魔族がそのことを知っているかはわからないが、アバリシア神帝は30年前にトラベリングを使う当時のエンシェントクラスによってフィリアス大陸への侵攻を阻止されているし、グランド・ハンターズマスターがトラベリングを使えることは知っているはずだから、さすがに無警戒ではあるまい。
「それに期待、っていうのも変だけど、そう考えて動くことにします」
「ポラルを通過されてしまった場合は面倒になるが、そちらへの警戒も怠らないでくれ」
「分かってます」
懸念事項は、アバリシアからの援軍はドラゴンによる空輸のため、こちらがどれだけ準備を整えていたとしても、普通であれば迅速な対応は難しい点か。
ポラルを含むベルンシュタイン伯爵領のオーダーやハンターならば即応はできるだろうが、他の地域では到着前にポラルが落とされてしまう可能性が否定できない。
だからトラベリングへの警戒は、こちらからの希望的観測も多分に含まれている。
空輸は想定していたが、実際にやられるとここまでだったとは思わなかった。
私の見通しの甘さ故に招いた事態だが、トラベリングの使い手が多いことでカバーできる状況だったのは幸いと言える。
今回私は戦場には赴かないが、ここフロートで防衛準備を整えなければ。
大和君達が発ったら、すぐにミランダ達を交えて会議だな。
その前にレストとレジーナを、アルカに避難させる許可を貰っておくとしよう。




