初妻の役割
Side・プリム
あたしとフラムの妊娠が発覚してから、今日で2週間。
あたしは特に体調の変化とかはないんだけど、フラムは少し吐き気がしてるみたいで、なかなか大変そうだわ。
悪阻っていうんだっけ?
個人差が激しいって話だけど、実際に体験してみないとどれだけ辛いのかはわからないでしょうね。
あ、でも時々酸っぱい物が食べたくなるから、これが体調の変化になるのかしら?
だから最近のあたしとフラムは、あまりアルカから動かなくなっていた。
妊娠初期になるそうなんだけど、だからこそ無理は、自分ばかりかお腹の子に悪いって言われちゃったしね。
それもあって今日は久しぶりにアルカを出て、グラシオンにやってきた。
真冬だからけっこう寒いけど、獣族は寒さに強いし、クレスト・ディフェンダーコートは防寒対策も施されてるから、言うほど寒さは感じない。
もちろんお腹を冷やすなんて以ての外だから、クレスト・ディフェンダーコート以外にもしっかりと対策はしてるわよ。
「よく来てくれた。既に聞いていると思うが、スカラーズギルド・アレグリア本部が完成した。だが本当に、MINERVAの一部にしてしまって良かったのか?」
今日グラシオンに来たのは、グリシナ陛下の仰る通り、MINERVAの一部となるスカラーズギルド・アレグリア本部が完成したから。
さすがに目玉となるコロシアムは完成してないけど、スカラーズギルド本部もそれなりの大きさがあるし、ここにも小型の魔物の調査を行うためのMARSを設置する予定なの。
もっとも本部に設置するMARSは、デモンストレーション用っていう意味合いの方が強い。
もちろん研究にも使えるけど、ルーキー・スカラーの研修や希望者への説明にも使うから、研究だけに使うワケじゃないわ。
ただ戦闘訓練ができるスペースはないから、ハンターやビースターの使用はコロシアムが完成してからになるわね。
「ええ。獣王家に献上したとはいえ、使用や管理はスカラーズギルドに委託しますから、施設の中に組み込んでしまった方が手間も省けると思うので」
グリシナ陛下にも大和の考えは伝えてるし、理解もしてくださっているんだけど、それでもやっぱり心配になるわよね。
なにせMARSにはA-Cランクモンスターの魔石をはじめとして、インペリアル・クロウラーや桜樹、瑠璃色銀まで使われている。
だから防犯対策もしてあるし、アマティスタ侯爵家にも渡している防犯の魔石も献上してるから、何かあったら獣王家の権限と権力で使用を停止することまで可能。
このことはスカラーズギルドにも伝えてあるし、既にメモリアっていう前例もある。
それに盗まれて困るのはスカラーズギルドも同じだから、警備とかはしっかりしてくれるでしょう。
「分かった。まあ今更マズいと言われても、既に完成してしまっているからな。スカラー達も今日という日を待ちわびていたのだから、下手をすれば暴動になっただろう」
「でしょうね」
それは確かにね。
そもそもグラシオンにMINERVAを建造することになった理由は、メモリア総合学園のMARS施設、通称メモリアンMINERVAだけでは需要を満たせず、それどころかスカラーやハンターから場所を増やしてほしいと嘆願があったことが原因なの。
だからスカラーズギルド・アレグリア本部にMARS設置スペースがあるのも、それが理由ね。
なのに本部が完成したタイミングで、やっぱりここじゃないとか言われたりしたら、スカラーだって暴動を起こすに決まってるわ。
「それじゃあ今から行って、設置した方が良さそうですね」
「すまないがそうしてもらえるか。本部はもちろん、スカラー達も首を長くして待っているそうだからな」
「分かりました。それでは申し訳ありませんが、行ってきます」
「頼む」
そう言って大和は、真子とルディアを伴ってスカラーズギルド・アレグリア本部に向かった。
2時間ぐらいで帰ってくるかしらね。
その間にあたしは、しばらくあたしの代理として前に出てもらうミーナのことを紹介しないといけないわ。
「ところでプリムローズ夫人、妊娠したそうだな?」
「はい。しばらくは私が参りますが、いずれは動けなくなります。ですからその間は、こちらのミーナにお役目を任せることになりました」
「ミ、ミーナ・ミカミ・フレイドランシアです。至らぬ所もあるかと思いますが、よろしくお願い致します!」
力いっぱい挨拶するミーナ。
国のトップとはけっこう頻繁に会ってるけど、ミーナが直接やり取りすることは滅多にない。
ある程度慣れてるとはいえ、それでも直接となるとどうしても緊張しちゃうみたいね。
「グランド・オーダーズマスター レックス卿の妹御だな。こちらこそよろしく頼む」
あたしと同じフレイドランシア天爵夫人の身分があるミーナだけど、グランド・オーダーズマスターの妹っていう肩書の方が有名なのよね。
それも理由の1つだけど、名高いオーダーを多く輩出しているフォールハイト子爵家のご令嬢でもあるから、騎士姫なんていう二つ名まで付けられてるぐらいだし。
「それにしても妻としての役割の代理とは、なかなかに面倒な話だな」
「そう思います。ですが重要なことでもありますから、手は抜けません」
「そうであろうな。私には縁が無かったから詳しくはないが、市井の民ならばいざ知らず貴族、それも天帝位継承権を有する天爵家の夫人ともなれば、内外ともに多忙であろう」
本当にグリシナ陛下の仰る通り、すっごく大変だったわね。
夜会とかに招待されたことはまだないけど、新年祝賀会じゃ凄い数の貴族に囲まれたし、その上であたしの方が捌かなきゃいけない数が多かったんだもの。
グリシナ陛下はご結婚されておらず、デイヴィッド殿下の父親はグラシオンを拠点にしているハイハンターの1人だと聞いているし、アレグリアの女王は代々結婚しないことでも有名だから、先代公王のグレイス陛下もご結婚はされていない。
だからグリシナ陛下は、初妻の役割については知識として知っているだけになる。
シングル・マザーはシングル・マザーで大変らしいけどさ。
Side・ミーナ
大和さん達がスカラーズギルド・アレグリア本部にMARSを設置している間、私はプリムさんから、獣王陛下や臣下の方々に紹介していただいています。
私が大和さんと結婚したのはプリムさん、マナ様の次になりますし、私より身分が上の方も何人もいらっしゃいますから、本来でしたら初妻の代理となるのはその方々になるのですが、妊娠されている方も多いですし、お仕事で身動きが取れない方もおられます。
ですから消去法のような形で、私が代理となることが決まってしまったんです。
もちろん今すぐというワケではありませんが、ここグラシオンにMINERVAが完成し、披露式典が催される際には、私は妊娠中の初妻の代妻として出席しなければなりません。
その頃でしたらマナ様の体調も回復されているでしょうし、サキちゃんのことは私達やバトラーに任せることもできると思うのですが、初妻に代理だと紹介された妻以外が出席することは、何かしらの理由がない限り非礼に当たりますから、私が行くしかないんです。
フォローはしてくださると仰っておられますから、それに期待させて頂きますけど。
「しかし騎士姫が代妻とはな。本来であれば、初妻であってもおかしくはないというのに」
「い、いえ、私が結婚した時は、一介のオーダーに過ぎませんでしたので」
二つ名があろうと貴族令嬢であろうと、必ず初妻になれるとは限りません。
実際私が大和さんと婚約したのは、大和さんのおかげでCランクオーダーに昇格した直後でしたから。
そこから1年もせずにエンシェントヒューマンに進化し、騎士姫なんていう二つ名を頂くことになるなんて、当時の私には想像すらできなかったことです。
だからなのか、気が付いたら私は大和さんと出会ってから結婚し、今に至るまでの過程をつぶさに語っていました。
「ほほう、なかなかに波乱万丈よな」
「お、お耳汚しを、失礼致しました……」
「何を言う。面白い話であったぞ」
お耳汚しになってしまっているかと戦々恐々としていましたが、グリシナ陛下は笑っておられました。
どうやら大丈夫だったようで、一安心です。
「大和がいたからという安心感があったのはもちろんですが、やはりミーナやみんなが頑張ったからこそ、ここまでレベルが上がったんだと思います」
「そうさな。私も一度ぐらいは共に戦いたいところだ」
やはりグリシナ陛下も、そう思われますよね。
実際ラインハルト陛下やエリス妃殿下、マルカ妃殿下、シエル妃殿下も大和さんと一緒に狩りに行った経験がありますし、陛下方はエンシェントクラスに、シエル妃殿下もハイクラスへの進化が見えてきています。
グリシナ陛下はレベル45のハイウルフィーと伺っていますが、王であるからこそ気軽に狩りには行けず、ビースターズギルドの前身の1つとなる公国騎士団が、常に護衛としてついていたそうです。
今でこそハンター登録をされていますが、以前はどこのギルドにも登録されていらっしゃらなかったため、護衛がつくのは当然です。
だからこそハンターとなった今でもロイヤル・ビースターの護衛が必須となっており、今まで一度も狩りに行かれたことは無いと仰いました。
「王である以上護衛がつくのは当然だと思っていたが、天帝陛下はハンターとして活動している際、護衛どころか供すらつけぬと聞く。しいて言えば妃殿下方だが、夫婦である以上行動を共にするのは当然。だが私には夫はおらぬし、デイヴィッドの父親に頼むとしてもビースターが良い顔をせぬ」
デイヴィッド殿下のお父様はグラシオンを拠点にしているハンターですが、グリシナ陛下がご懐妊されてからは獣王城に登城することはほとんど無くなったため、デイヴィッド殿下とお会いされたことも数回ほどしかないそうです。
シングル・マザーですから特に珍しいワケではないのですが、それでも男女の仲になっていますから、近くに来た際は会いに行く男性も多いです。
アミスターの貴族にもそういった女性は多いですし、その場合は歓迎されると聞いています。
ですからビースターが良い顔をしないというのは、私には意味が分かりません。
「何故ビースターが良い顔をしないのかは分かりませんが、デイヴィッド殿下にとっては実のお父様なのですから、あまり良いことだとは思いませんね」
「私もそう思うし、実際私は父上とはよくお会いしていた。というより、先日も訪ねてこられたぐらいだ。なのにデイヴィッドの父親だけ登城を拒否されるというのは、正直理解に苦しむのだ。直接訪ねたこともあるが、ロイヤル・ビースターズマスターにはぐらかされてばかりでな」
グリシナ陛下の身辺警護ですからロイヤル・ビースターが担当になるのは分かりますし、尋ねるとしたらロイヤル・ビースターズマスターになるのも分かりますが、それでもはぐらかすことはあり得ないと思いますが?
「グランド・ビースターズマスターはなんと仰っているんですか?」
「シャルロットか。何度かロイヤル・ビースターズマスターに諫言してくれているし、その時は会っているんだが、現在はフロートの総本部に赴任中だ」
総本部に赴任されている最中でしたか。
ビースターズギルドも含めて、全てのギルドはフロートに総本部があります。
ですがビースターやファーター、ドラグナーは、それぞれアレグリア、トラレンシア、バレンティアの騎士団が母体となっているため、実質的な総本部は各国の国都です。
グランド、コンフォーム、アソシエイトのいずれかのマスターが半年交代で総本部に詰めることになっており、丁度今グランド・ビースターズマスター シャルロット卿は、フロートで勤務されているところだったそうです。
「陛下、差し出がましいことを申しますが、ロイヤル・ビースターズマスターについてはご一考されるべきではありませんか?」
「獣王国建国以前より近衛騎士長を任せていた男だが、それを見直すべきだと?」
「陛下が信頼されているのは分かりますが、デイヴィッド殿下の御父上に関しては公私混同しているように感じます。コンフォーム、アソシエイトの両ビースターズマスターはアレグリアの出身ではありませんから、強く言えないのではないかとも思いますが」
プリムさんが厳しい一言を口にされていますが、私もそうだと思います。
実際コンフォーム・ビースターズマスターはバリエンテの獣騎士団長を務めておられたゲオルグ卿、アソシエイト・ビースターズマスターは前グランド・オーダーズマスター トールマン様ですから。
トールマン様なら遠慮はなさらないと思いますが、アソシエイト・ビースターズマスターへの就任は設立されたばかりのビースターズギルドへの指導が主ですから、半ば隠居同然だとも聞いていますが。
「公私混同か。実際その通りだし、私にも負い目があることだからな。とはいえデイヴィッドのことを考えれば、致し方ないか」
なぜ陛下が負い目を感じられるのかは分かりませんが、ロイヤル・ビースターが公私混同してしまっては、護衛としての意味がありません。
ですからグランド・ビースターズマスターにも話を通さなければなりませんが、ロイヤル・ビースターズマスターの処遇については考えていただくべきです。
私の紹介だったはずなのに、いつのまにかロイヤル・ビースターズマスターのお話になってしまいましたね。
え?
目上の方とお会いした場合、主に対応するのは初妻か、もしくは初妻に代理を任された妻の役目になるんですか?
ということは、もしかして次から、私がこんな大変なやり取りをしないといけないんですか?
いえ、私には荷が重いですよ!
今からでもリディアさんか真子さんに代わっていただくのは……無理ですよね……。
うう……大変ですけど、頑張るしかないんですね。




