瑠璃色の合金
ついに瑠璃色銀が完成した。
しかも、俺が思ってたより早くできたし、性能もいい。
これで武器を作ってもらえれば、かなり長く使うことができそうだ。
「じいちゃん、タロスさん!完成したぞ!」
エドが喜色満面で工房に駆け込んだ。
ここまでの合金ができたんだから、鍛冶師としての血も騒ぐんだろうな。
「なんじゃエド?まだ途中なんじゃぞ?」
「そうだぜ?いったい何ができた……おいエド。そのテーブルの上にあるのは、もしかして例の合金か?」
迷惑そうに工房から引っ張り出されてきたリチャードさんとタロスさんだが、テーブルの上にある4つのインゴットを見た瞬間、表情を変えた。
「ああ。出来たぜ」
「出来たということは、満足のいく物になったということじゃな?」
「ああ。こいつだ。見てくれ」
「どれどれ」
2人も興味津々だな。
リチャードさんもタロスさんも一流の鍛冶師だから、未知の金属には惹かれるものがあるのかもしれない。
「なんと……。まさか、これほどの物が出来るとは……」
「こいつぁすげえ……。まさに革命だ!」
メジャーリングで確認を終えた2人の顔は、驚愕に彩られている。
翡翠色銀と青鈍色鉄は、それぞれ魔銀と金剛鉄の上位版になるが、瑠璃色銀は神金と大差ないし、コストも神金を買うよりも安くつく。
魔銀と晶銀の産地でもあるアミスター、金剛鉄の産地でもあるバレンティアにとっては、この製法はまさに革命といっても過言じゃない。
だけど問題がある。
しかも、現在進行形の大問題だ。
「すぐにクラフターズギルドに報告したい気持ちはわかりますが、レティセンシアが色々と工作をしてた事実がありますから、下手に公表すると今までより過激なことをしてくる可能性が高くなります。もちろんいずれは公表してもらいたいんですけど、今というタイミングは避けてくれませんか?」
「レティセンシア?ちょっと待てよ。それってどういうことなんだ?」
今までフィールを荒らしていたハンター全員がレティセンシア出身であること、ハンターが連絡員となってレティセンシア本国から工作員が送られていたこと、そしてサーシェス・トレンネルもレティセンシア出身の可能性が高いこと、俺達が討伐したエビル・ドレイクがサーシェスの従魔だったことなど、とてもじゃないが話せる内容じゃない。
俺達もそれは理解していたから黙っていたんだが、瑠璃色銀が完成し、それを作れるのがエドだけという現状では、アルベルト工房の人達には話しておかないとマズいことになりかねない。
だから俺は、俺達が知っていることを、全てではないが話すことにした。
黙って話を聞いててくれたエド、マリーナ、リチャードさん、タロスさんだが、俺が話し終えると、その顔には隠しようもない怒りが浮かんでいた。
「あいつら、そんなことのためにフィールを荒らしてやがったのかよ!」
「ホントにロクでもない国だね、レティセンシアって。しかも盗掘までしてたなんて、ふざけてるにも程があるよ!」
「だけど色々と納得だ。しかもエビル・ドレイクが元ハンターズマスター サーシェス・トレンネルの従魔だったとはな。そんなやつが従魔なら、ブラック・フェンリルやグリーン・ファングがいても、移動するぐらいなら大きな問題じゃなかったということか」
「まったくじゃな。しかもレティセンシアは、クラフターを軽視どころか蔑視しておる。さすがにそろそろ限界じゃから、近々クラフターズギルドは、レティセンシアから全面的に撤退する予定だったはずじゃ。クラフターズギルドがなくなれば国民の生活にも大きな影響が出るが、そもそもクラフターを蔑視するのは庶民も同様じゃ。そんな国がどうなろうと、ワシの知ったことではない」
王家や貴族だけかと思ってたが、国民性だったのかよ。
そういえば捕まえたハンター達も、似たようなことを言ってたな。
ということは自分勝手に責任転嫁、職人軽視、さらには火事場泥棒ってのは個人の話じゃなく、レティセンシアっていう国そのものの国風ってことなのか。
穏やかでのんびりとしてて、困ってる人には手を差し伸べる人の良いアミスターとは、見事なまでに真逆だな。
マジで一度滅ぼした方がいいんじゃないか?
「これだけのことをしてきた以上、陛下もそれなりの態度で臨むじゃろう。しかもハンターまで利用したんじゃから、ハンターズギルドも敵になっておるはずじゃ」
「まだ非公式ですし決定した訳でもありませんけど、ハンターズギルドとしてもかなり厳しい処分を課すことになるそうです。最悪の場合、ハンターズギルドの撤退も視野に入っていると聞いています」
これはライナスのおっさんの予想だが、ハンターズマスターとハンターが結託しての陰謀でもあったんだから、ハンターズギルドとしても非常に大きな問題だ。
おそらく、王都にあるアミスター本部からアレグリア総本部に報告が行ってるだろうから、そう遠くないうちに処分が決まると思う。
「ハンターズギルドもか。そうなると、トレーダーズギルドも撤退するだろうな。幸いレティセンシアにヒーラーズギルドはないが、バトラーズギルドも同調する可能性が高い。さすがにプリスターズギルドはわからないが、それでもほとんどのギルドが撤退すれば、レティセンシアは間違いなく衰退するだろうな」
「じゃろうな。ソレムネのように全てを国内で賄っていれば別じゃが、依存しきっているレティセンシアではどうにもできん。仮に戦争を起こしたとしても武器や食料の調達もできんのじゃから、行軍すらできんようになるじゃろう」
依存してるくせに見下してるのかよ。
よく今まで我慢してたな、クラフターズギルド。
こりゃ、撤退が早まる可能性が高いな。
知ったことじゃないが。
それよりも俺としては、瑠璃色銀を使った武器や防具の製作をお願いしたいんですが。
話を切り出すにしても、タイミングが難しいなぁ。
しばらくして俺とプリムの爆弾発言からようやく復活、というか渋々納得してくれたアルベルト工房の面々だが、マイライト山脈を挟んでレティセンシア皇国との国境があり、しかもマイライト採掘場第三坑道の東には、魔物が寄り付かない地域が存在している。
既にそこにはレティセンシアの工作員がいると目されており、近日中に俺とプリムに調査依頼が出る予定にもなっている。
さすがにこのことは伝えていないが、他にもそんな地域、天然の結界に囲われた地域がないとは言い切れない。
だけどマイライト山脈は、ヘリオスオーブでも指折りの難所に数えられていることもあって、並のハンターでは無駄に命を散らすことになる。
だから落ち着いてから、そしてジェイドとフロライトの獣具が完成してからになるが、他にもそういった地域がないかどうか、空から探せないかとも打診されている。
ワイバーンがいればオーダーズギルドも動けるんだが今のフィールにワイバーンはいないし、そもそも空を自由に飛べる従魔を有しているのは俺とプリムだけだから、安全のためにも俺達に依頼を出すしかないわけだ。
仕事がないよりマシだが、それでもけっこうこき使われてるよなぁ。
「すまんな。ではこの瑠璃色銀を使って、2人の武器を作ることにしよう。形状はミスリルブレード、ミスリルハルバードが基本ということでいいかの?」
「それなんですが、俺が客人ってことはもうご存知だと思います」
「うむ、エドとマリーナから聞いておる。驚いたが、同時に納得もしたよ」
俺は納得できないが、今する話じゃないからそれはいい。
俺はストレージから情報端末状携帯型刻印具(じょうほうたんまつじょうけいたいがたこくいんぐ)を取り出すと、日本刀の画像を写し出した。
画像って言っても、俺がやってたゲームのCGだから、装飾とかはけっこう凝ってたりするんだが。
「ほう、これは美しい剣じゃな」
「ああ、見事だ。大和君の世界には、こんな武器もあるんだな」
「これは刀、あるいは日本刀と呼ばれていまして、俺の育った国に昔から伝わっている武器でもあります。これを作ってもらいたいんですけど、いいですか?」
「もちろんじゃ。じゃがこの刀、じゃったか?その製法を、ワシらは知らん。形だけなら似せられんこともないが、そういう訳ではないんじゃろう?」
ヘリオスオーブの剣、というか武器は、炉で熱した金属を工芸魔法デフォルミングで変形させ、形が整ってから魔力を込めた槌で叩くことで強度と硬度を高め、最後に冷水に浸すことで完成する。
魔法付与をする場合は冷水に浸す前に工芸魔法の付与魔法インフリンティングか、天賜魔法付与魔法マルチリングを使うんだが、それでも金属が熱している間に終えなければならないため、場合によっては何度も炉に入れなければならない。
冷水に浸して熱をとってしまってからでもできなくはないが、その場合は武器の性能は著しく低下するし、魔法付与も失敗する可能性が高くなるため、緊急時でもなければそんなことは誰もしない。
俺達がエビル・ドレイク討伐に向かう時がその緊急時だったから、リチャードさんとタロスさんはこの方法を使って晶銀を配してくれたんだが、そのせいで普通の魔銀製の武器よりも性能が落ちていると言われていた。
その剣と槍は、かなり少なくなってきたが、今も俺達のストレージに入っている。
対して日本刀の製法には、当然だが魔法は一切使わない。
細かい工程は省くが、まずは玉鋼という砂鉄から作られた金属を熱し、丹念に槌を打ち付けて不純物を排除し、二枚に折り重ねながら十数回程鍛錬を繰り返す。
さらに刀が折れないように、刀身が曲がらないように、そしてよく斬れるように、心鉄と呼ばれる柔らかい玉鋼に鍛錬した皮鉄でくるみ、それを熱して棒状に打ち延ばして形を整える。
そして刃紋を作るために焼土刃と呼ばれるものを塗り、高温で熱した後に急冷する焼き入れを行う。
そして刀身や反りを確認しながら研いで仕上げ、最後に銘を入れる。
細かい作業はまだあるが、大雑把に説明すると、これが日本刀の刀身の製法になる。
まあ瑠璃色銀を使うから素材からして別物になるし、この製法でできるかどうかは未知数なんだけどな。
「ふむ、この刀という武器は、そういった製法で作られておるのか。いやはや、勉強になる」
「金属に含まれてる不純物があるから、武器によって当たり外れができるのか。しかもその不純物、必ずしも悪いって訳じゃないから曲者だな」
簡単に説明すると、リチャードさんとタロスさんに関心されてしまった。
金属に含まれている不純物を排除するっていう考え事態がないから、まさに目から鱗だったみたいだ。
鋼は鉄に微量の炭素を含ませることで精製され、鉄よりも強く硬くなる。
鉄にクロムを混ぜることで錆びにくいステンレスになるし、他にもステンレスより少量のクロムとモリブデンを加えたクロムモリブデン鋼、加熱することで元の状態に回復する形状記憶合金にも鉄が使われているが、鉄に混ぜることになるわけだからこれらも不純物と言えなくもない。
「魔銀にしても金剛鉄にしても、普通に剣として使える金属じゃからな。それらの合金でもある瑠璃色銀でも、おそらくは可能じゃろう」
「確かにまずはできるかどうか、そこからですね。試作分も引き取るつもりですから、お願いしてもいいですか?」
「それはありがたいが、ワシらの手元にも置いておきたい。それは完成してから考えるとして、上手くいったらプリム嬢ちゃんの穂先や斧刃、鈎爪もこの製法でやってみようと思う」
「お願いします。それと大和、あたしの槍はあれがいいわ」
「わかった。ちょっと待っててくれ」
俺は刻印具を操作して、別の画像を表示させた。
写っているのは飛竜が翼を広げたような、そんな穂先をもった槍だ。
「これはまた……。斧刃が二つあり、しかもワイバーンの翼を模したデザインになってるのか」
「しかも穂先も長く、ランスのように突くことに特化しておる。これは普通のハルバードよりも使いこなすのが難しいぞ?」
「覚悟の上です。翼族のあたしにとって、翼を武器のデザインに盛り込めることは誇りと共に戦えることになる。だから難しくても、あたしはこの槍を使いたいんです」
俺もプリムが翼族だってことを理解した上で、そういえばこんな槍があるぞって感じで見せただけなんだが、プリムの食い付きが凄まじかった。
これ以外の槍は使わない、頼まないと言わんばかりの勢いで、他の槍はけんもほろろに拒絶されてしまったからな。
「石突きがスピアになってるとか、マジでとんでもないな、この槍。大和の世界って、剣だけじゃなく槍もとんでもないんだな」
すいません、刀もそうだけど、この槍も実物じゃないんです。
CGで作られた架空の物なんです。
もっと言ってしまえば、ただの絵なんです。
「これも面白そうではあるが、デザインはプリム嬢ちゃんに合わせて少し変えるべきじゃな。マリーナ、準備してくれ」
「は~い」
準備って何のだ?
「この魔導具を借りるわけにはいかないから、あたしが絵にしておくんだよ。同時にデザインを、そうだね、あんた達はヒポグリフを従魔にしてるから、ヒポグリフをモチーフにしたものに変更して、見た目も女の子が持つような感じのデザインに修正するワケ」
そういうことか。
確かにそれは重要だ。
それにプリムの翼は、天使とか鳥みたいな白くて綺麗な翼だから、ヒポグリフの翼ともよく似ているし、俺としてもそっちの方がいいな。
「ってことは少し時間がかかるか?」
「だね。プリムの意見も反映させるから、完全に1からってことになるよ。それにそうなると見た目の色も大切になるから、そっちの希望も聞かなきゃいけないしね」
うん、それだけでとんでもない時間がかかることが確定だな。
つか刻印具を見ながら絵にするんだから、刻印具を置いてけってことにはならないよな?
「この絵を写すだけならすぐだよ。元のデザインを上に描いて、修正した最終案を下に描くんだ。それに工芸魔法を使うから、そんなに時間もかからないから安心していいよ」
マリーナが言う工芸魔法はドローイングといって、図案や図面はもちろん、完成予想図や完成品に書く家紋や紋章の作成にも使えるし、銘を刻む際にも使われている用途の広い魔法だそうだ。
魔力で定着させているから、余程のことがなければ消えることはないっていうのもポイントが高い。
簡単に言ってしまえばお絵かき魔法なんだが、細部なんかは使い手の力量や感性にも左右されるから、ドローイングを使って同じデッサンをしたとしても、微妙に違う感じになることは珍しくないらしい。
下手な奴だと、これはなんだ?っていうこともありえるらしいから恐ろしい。
絵心のない奴は、魔法を使ってもどうにもならんってことか。
しかし治癒魔法もなんでもありかと思ったが、工芸魔法も大概だな。
まあ魔法で作業することが多いんだから、ある意味じゃ工芸魔法が一番多いのも当然なんだろうが。
「それとですね、できれば防具も頼みたいんです。こっちは報酬に含まれてないから、ちゃんと買いますよ」
「それも大和君の世界のかい?」
「ええ、まあ……」
すいません、これもゲームの物なんです。
カッコいいデザインだし、瑠璃色銀の他にもウインガー・ドレイクがあるから、素材はバッチリなんですよ。
「興味あるのう。どんなデザインかね?」
「そうですね。見た目はコートですけど、プリムのバトルドレスみたいに装甲をつけた感じになります。コートだから羽織るだけでいいし、緊急時に鎧を着るよりも早いんじゃないかって思って」
半分は建前だが、半分は本音だ。
実際には装甲があるから、単純に羽織ればいいってものでもないだろう。
もちろん手甲と足甲も瑠璃色銀で作ってもらうし、ズボン系もウインガー・ドレイクの皮で作ってもらう予定だ。
今使ってる装備は刻印化のテストに使う予定だから、無駄にするつもりもないぞ。
「なるほど、確かにそれは悪くないな。だがいいのかね?君が客人ということは、そう遠くないうちにアミスター国内に広まるだろうが、それとは別に君がデザインした鎧は、必ず誰かが真似をするぞ」
それは仕方ないし、それぐらいでいちいち目くじら立てるつもりもない。
それに流行を作るつもりでもないし、そもそもただ着てみたいっていうだけの理由だから、真似されても別に構わない。
「それならいいんだが、狙われないように気を付けてくれよ?まあ、君達の持ち物を狙うなんて、自殺行為以外の何物でもないが」
ええ、その場合は遠慮なく返り討ちにしますよ。
そんなわけで俺達は、完成した瑠璃色銀、そしてストレージに保管してあったウインガー・ドレイクを1匹使うことで、念願のオーダーメイド装備の製作を依頼することになった。
残念ながら、クラフターズギルドの在庫を考えても、瑠璃色銀は武器に使うのが精一杯だと言われてしまったから、防具の方は翡翠色銀でお願いすることになってしまったが。
ストレージから出てきたウインガー・ドレイクを見た工房の皆さん方は、目を見開いて絶句していたが、俺達だからってことで納得されてしまったことが納得できなかった。
完成はいつになるかわからないと言われたが、最優先で作ってくれるそうだから、また数日したら来てみよう。
いやぁ、楽しみだなぁ。




