ハーピーの妊娠
Side・マリーナ
クラテル迷宮に行ってたみんなが帰ってきた夜、あたし達は本殿1階の食堂で、全員揃って夕食を食べている。
基本夕食は全員でって事になってるんだけど、ヒルデ様やユーリ様、リカ様は領主や代官としての執務もあるし、あたし達クラフターも作業が佳境に入ると後回しにする事が多い。
ハンターなんて遠征に出る事もあるんだから、何日もアルカを空ける事も普通で、誰かがいないっていう日もよくあった。
だけど今日は珍しくウイング・クレスト全員が揃ってるし、ヴァルト獣公ネージュ様も来られてるから、本当に久しぶりって感じがするよ。
「全員揃ってっていうのは、なんか久しぶりね」
「だな。こうしてみると、ウイング・クレストもデカくなったよなぁ」
感慨深げに口を開くプリムと大和だけど、元々ウイング・クレストはこの2人が立ち上げたレイドだったんだよね。
当時フィールにいたハンターはレティセンシアのスパイばかりだったから、大和とプリム以外は全く信用が置けなかったんだ。
ルミナもいたんだけど、1人で狩りなんて行けない状況でもあったし、ユニーもいるからバトラーとしての仕事だけじゃ厳しく、確かバトラーズギルドで解体師や調理師としての仕事に派遣されてたんだったかな。
特に解体師は、大和とプリムが狩った魔物を解体する事も多かったから、ルミナもそれなりの稼ぎになって助かったって言ってたっけ。
そのウイング・クレストも、今じゃ30人近い人数になってるし、ハンターばかりかクラフターにヒーラー、プリスター、オーダーまで擁している大型ユニオンになっちゃってるよ。
しかも半分近くがハイクラスどころかエンシェントクラスに進化してるし、リーダーの大和なんてエレメントクラスだからね。
たまにヘリオスオーブ最強のユニオンって聞こえてくるけど、それより多いのが特殊例外ユニオンっていう声なのが、ちょっとどころじゃなく気になるけどさ。
「そういや今回の遠征じゃ、誰もレベル上がらなかったのか?」
「上がらなかったな。今回は効率を重視してたし、相手も相手だったから全力を出す必要も無かったから、そこまで魔力を使った訳じゃないし」
「アリスとフィレぐらいね。アリスは召喚契約を優先してたけど、フィレはセラスの侍女になってもらうから、それなりの力は必要になるし」
確かにアリスは、帰ってきたら10匹ものシルケスト・クロウラー達と召喚契約を結んでいた。
さっきまでシルケスト・クロウラー達の棲み処となる扶桑の池にいたそうだけど、本当に嬉しそうだったな。
あたしは仕立師だから羨ましいと思ったけど、シルケスト・クロウラーの上絹は大和達には使えないから、しばらくは上絹布に加工してからフィールのクラフターズギルドかトレーダーズギルドに卸す事になると思う。
アリスはクラフター登録はしてないから、工芸魔法ウェービングはあたしやフィーナ、フラム、ルディア、真子、クララがやる事になると思うけど。
大和とエド?
あいつらはセンスが無いから、そっち系の仕事は一切任せられないんだよ。
フィアナは鍛冶師を目指してるから除外してるし、レイナはまだCランクだからちょっと荷が重いかな。
「アリスさんとフィレさんは、レベルアップできたんですね」
「ええ。アリスはレベル33、フィレはレベル34になったわ。だけどアリスはともかくフィレはまだ14歳だから、これ以上のレベルアップはしばらくは控えようと思ってるの」
フラムの質問にプリムが答えてるけど、あたしもその方が良いと思う。
下手にレベルを上げてハイクラスに進化したら、魔力が成長を阻害するために体中が激しく痛みだしてしまう。
今もユーリ様やラウスにレベッカが苦しんでるよ。
特にラウスとレベッカはエンシェントクラスに進化してるから、痛むときは本当に動けなくなってるね。
アリアとキャロルもそうだったんだけど、16歳になると体は大人になるって事で症状が出なくなるから、普通に生活しているよ。
それ以外にも、急激にレベルを上げると急性魔力変動症っていう病気に罹るから、一気にレベルを上げるのはあまりいいとは言えないんだ。
ああ、レベルを上げてるのはアリスとフィレだけじゃなく、ルミナとローレルもだよ。
特にルミナは先日ハイウンディーネに進化したから、ハンターズランクもGランクに昇格している。
たまに狩りに行ってるけど、ラウス達やエオス達と行く事が多いから、あんまり実感できないって言ってたけどね。
「入学生はノーマルクラスばかりだし、平均レベルも22だから、それだけあれば少々の荒事は乗り切れるわね」
「ああ、もう平均レベルも分かったんだ」
「思ってたより高いけど、既にギルド登録してる者もいるし、中にはハンターもいるから、ある意味じゃ当然か」
「ええ。年々平均レベルは下がっていくでしょうね。というか、下がらないと困るわ」
入学生の平均レベルが20以上っていうのは驚いたけど、成人する子も入学するし、特にハンター登録をして狩りをしてるっていう子も数人いるみたいだから、その子達が平均レベルを引き上げてるってリカ様が教えてくれた。
ウイング・クレストを除くと、最もレベルが高いのは16歳のタイガリーのハンターで、レベルはなんと32。
その次もハンターで、15歳のハーピーがレベル31みたい。
レベル30っていう子も4人いるみたいだし、やっぱりハンターは魔物を相手してるから、レベルが高いのは当然か。
「レベルもだけど年齢も高いからな。さすがに何年かしたら、成人は成人クラスに纏められるから、通常クラスの平均はレベル10かそこらに落ち着くだろ」
そうだよね。
本来総合学園は、未成年の子達の選択肢を広げる事を目的としている。
だから入学対象は、11歳になる子達だ。
今回もその子達を優先してるけど、フィリアス大陸初の総合学園でもあるから、成人を迎える子達も10人ちょっと受け入れていて、その間の子達もけっこうな数がいる。
だから平均レベルはもちろん技術にも大きなバラつきがあると思うけど、こればっかりはどうしようもない。
既にギルドで仕事をしてる子と、どこのギルドに登録するか迷ってる子とじゃ、技術に大きな差があるのは当然だからね。
「いずれは私達の子も通う事になるでしょうけど、その頃には落ち着いてるんでしょうね」
「でしょうね。……ちょっと待って、フィーナ。もしかしてあなた」
あたし達が子供を産むのはまだ先の話だし、そもそも産めるかどうかも分からない。
マナ様とリカ様は妊娠中、プリムとフラムも近いうちに妊娠する事がガイア様の予知夢で分かってるけど、それ以外は不明。
あたしもエドの子を産みたいと思ってるけど、こればっかりは授かりものだからね。
毎晩頑張ってもらってるけど、どうなることか。
あたしはこんな感じだし、結婚したばかりのカメリアも似たり寄ったり、フィアナはまだ未成年なんだけど、実はフィーナだけは話が変わる。
真子や妊娠中のマナ様、リカ様は気が付いたみたいだけど、まだみんなには教えてなかったんだっけ。
「はい。エド」
「あー、だよな。いや、今朝分かったんだけどよ、フィーナが妊娠したんだ」
というワケなんだ。
「おお!おめでとう、エド!フィーナ!」
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「ありがとよ」
口々に掛けてくれる言葉が嬉しい。
同妻だし、あたしにとっても自分の事のように嬉しかったんだ。
本音を言えばあたしの方が先に妊娠したかったけど、初妻だからって最初に妊娠するとは限らないし、それどころか妊娠出来ない事も珍しくない。
そんなことは考えないようにしてるけど、それでもフィーナの産む子はあたしにとっても大切な子になるから、今から楽しみにしてる。
「フィーナ、何ヶ月なの?」
「3ヶ月です。ユーリ様やキャロルさん、アプリコット様にも確認して頂きましたから」
「やっぱり定期健診をしてても、気付くのはそれぐらいになっちゃうか」
フィーナもハイハーピーに進化してるから、妊娠に気付くのが遅れるんじゃないかって考えられていた。
実際フィーナは、今朝アプリコット様の定期健診を受けるまでは、体調が優れないとか酸っぱい物が食べたくなるとか、そういった妊婦特有の症状が一切無かったんだ。
エンシェントエルフのマナ様は悪阻が酷かったみたいだけど、ハイエルフのリカ様は酸っぱい物が食べたくなる以外は特にフィーナと変わらなかったから、個人差が大きいって事なんだと思う。
だからウイング・クレストのヒーラー達は、週に一度、必ず妊娠しているかどうかを調べてくれる事になっているんだ。
あたし達はクラフターだけど、それでも仕事に影響が出るって話はよく聞くんだから、ハンターやオーダーなんて本当の意味で生死に直結する大問題だからね。
マナ様の妊娠が発覚した時だって、迷宮氾濫の調査のためにガグン大森林に赴いてた時だったんだから、話を聞いた時は本当に驚いたよ。
「最短で妊娠2ヶ月なんだっけ?」
「ヒーラーズギルドの統計を見る限りじゃ、2ヶ月にならないとエグザミニングにも反応しないわね。ただ個人差もあるから、絶対っていうワケじゃないの。人によるけど、4ヶ月近くになってやっと反応したっていう人も記録にあったから」
実際リカ様も、4ヶ月になってからやっとエグザミニングが反応したんだ。
いくらエグザミニングで確認できるといっても、確実に分かるワケじゃないっていうのはヒーラーには辛いよね。
「進化してるから分かりにくくなってるのか、それとも魔力の質なのか、ヒーラーズギルドも長年頭を悩ませている問題ですからね」
「研究している方もいますが、本当に個人個人で違いが大きいですし、何より再度妊娠した場合にはすぐに分かる事もあるそうですからね」
うわ、それはすごく面倒くさい話だね。
キャロルとユーリ様が言うには、同じ女性の妊娠であっても、1人目と2人目じゃ症状が違うのはもちろん、エグザミニングが反応する時期もズレる事がよくあるんだって。
だから研究してるヒーラーも、明確な基準を見出す事が出来ないみたいだ。
「お腹の中の子が影響してるんじゃないかって考えている方もいるけど、妊婦を研究に付き合わせるワケにはいかないから、本当に難儀しているそうよ」
アプリコット様も悩まし気な顔をしてるけど、そりゃそうだよね。
「本気で頭の痛い話だな」
「だな。個人差があるのは妊婦だけじゃなく、更にお腹の中の子までって事だと、マジで特定なんかできねえだろ」
本当に大和やエドの言う通りだよ。
それでもヒーラーは研究を続けてるそうだから、いつか報われて欲しいと思うよ。
「それにしても、フィーナも妊娠か。3ヶ月ってことだと、リカさんのお腹の子と同い年って事になるか」
「リカ様の予定日が4月なら、そうなるな。まあフィーナはハーピーだから、生まれてくる子もハーピーになると思うが」
「いや、女の子の方が生まれやすいんだから、リカさんだけじゃなくマナの子供も女の子かもしれないぞ」
まだ生まれてもいない子の事で、大和とエドが盛り上がってる。
だけど確かにフィーナはハーピー、つまり妖族だから、生まれてくる子はハーフでもない限りハーピーの女の子で確定してるね。
マナ様とリカ様はエルフだから男の子が生まれる可能性もあるけど、10人生まれたら9人が女の子だったなんて話もあるぐらいだから、やっぱり女の子なんじゃないかなぁ。
ラピスラズライト天爵家とアマティスタ侯爵家の跡取りになるんだから、男の子の方が望ましいのは間違いないんだけど、こればっかりはどうにもできないしね。
年が明けたらマナ様が、春になったらリカ様とフィーナが出産だから、ウイング・クレストも今までとは活動方針が変わりそうだよ。
だけど出産は待ち望んでた事だし、いつかはそうなるって分かってたんだから、それぐらいは何の問題も無い。
そもそも今でも、大和やマナ様、ユーリ様が天爵に叙爵されちゃってるから、活動方針が変わってるぐらいだしね。
何人かはノーマルクラスだけど、いずれはハイクラスに進化するだろうし、子育てが終わってからの方が長い人生になるんだから、これから数年はのんびりとして過ごすのもいいかもしれないね。




