召喚契約
クラテル迷宮第5階層でグレイシャス・リンクスのディオス、ラナさん達と再会した後、俺達は第6階層へ続く階動陣があるセーフ・エリアを目指した。
その近くにも大きな森が広がっていて、しかもそこにはグランシルク・クロウラーよりロイヤル・クロウラーの方が多く生息している事が理由だ。
その分G-Uランクのシルケスト・クロウラーの生息数が減るんだが、それでも一定数は必ずいるから、アリスに契約してもらう分は確保できるだろう。
既にアリスは真子さんとミーナに護衛してもらいながら、2匹のシルケスト・クロウラーと召喚契約を結ぶ事に成功してるからな。
「アリス、あと何匹ぐらいいけそう?」
「思ったより魔力を持っていかれるので、多分2,3匹が限界だと思います。あ、でも明日になったら魔力は回復しますし、もう少しいけるかもしれません」
召喚契約をする場合、召喚獣との契約の際にいくらかの魔力が持っていかれるそうだ。
従魔契約だとそんなことはないんだが、召喚契約を結ぶと魔物の魔力を自分のものとして使う事が出来るし、逆に自分の魔力を魔物の魔力として譲渡する事も出来るようになるから、そのためのパスだか何だかを作るために、魔力を消費するんじゃないかって考えられている。
消費する魔力は契約者のレベルや魔物のランクによって変わるんだが、レベル34のアリスとGランクモンスターのシルケスト・クロウラーだと、消費魔力はアリスの予想より多くなってるそうだ。
「アリスにとっては明確な格上の魔物だし、魔力もヒューマンの平均からしたら少ない方らしいから、無理はしないようにね?」
「はい、ありがとうございます」
真子さんに向かって丁寧に頭を下げるアリスだが、その顔は念願のクロウラーと召喚契約を結べたことで綻んでいる。
クラフターズギルドにも登録し、さらに育成師の資格も持っているアリスだが、シルケスト・クロウラーはアルカの森で放し飼いの予定だ。
だがアルカの森もそこそこの大きさがあるから、野山の管理を担当しているホムンクルスのカントにも頼らないと大変だし、さらにアリスにはホムンクルスのノンノと共に従魔殿の管理や従魔達の世話も任せてる。
トドメとして、春になったらフィレがセラスの侍女として総合学園に同行するから、アリスだけじゃなくルミナさんやローレルの負担も増大する事は避けられない。
だから帰ったら、バトラーの増員を考えないとだな。
あー、バトラーといえば、フロートに完成したフレイドランシア天爵家の別邸を管理するバトラーも、本格的に雇わないといけないんだった。
俺が使う機会はあんまり無いんだが、バトラーを雇っておかないと設備とかが痛むし埃とかも溜まるから、俺の後を継いだ子供が訪れた際には廃墟同然って事にもなりかねないぞ。
「大和さん、どうかしたんですか?」
突然頭を抱えた俺に、アリアが心配して声を掛けてくれた。
「ああ、大丈夫だ。最近従魔も増えてきたし、アリス達の負担を減らすためにもバトラーを雇おうと思ったんだけど、フレイドランシア天爵家の別邸の方を忘れてたってだけだから」
「え?フレイドランシア天爵家別邸の方って、今完全に無人なの?」
「普通に無いわよ、それは」
呆れるプリムと真子さんの視線が痛い。
現在フレイドランシア天爵家別邸は、週2回ほど掃除や維持なんかをバトラーズギルドに頼んでるぐらいで、それも俺が依頼したんじゃなくルミナさんがやってくれたものだ。
しかも雇っているのはCランクバトラーだから、派遣されてくる日はルミナさんも必ずフレイドランシア天爵家別邸に足を運んで、掃除とかの指揮を執っている。
ただでさえアルカやフィールのユニオン・ハウスの維持管理まであるのに、フレイドランシア天爵家別邸まで加わったとなると、ルミナさんの負担もマジでとんでもないじゃないか。
「先送りにしてたけど、本格的にバトラーを雇わないといないわね」
「エスメラルダ天爵家でも不足気味だし、フロートだけじゃなく他の町でも探すしかないわよ」
正直に白状すると、真子さんとプリムに深刻そうな顔をされてしまった。
自分達の家の事でもあるし、俺がちゃんと手配してたと思ってくれてたから、多少軽蔑されてしまったかもしれない。
「わ、悪い」
「忙しかったから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど、大和君は全部自分で抱え込む癖があるからねぇ」
「もうちょっとあたし達を頼ってよ。それぐらいならこっちでも手配出来るんだから」
そんなつもりは無かったんだが、確かに俺がやらなきゃって思ってたな。
だけどプリムも真子さんも俺の奥さんなんだし、フレイドランシア天爵夫人っていう肩書もあるんだから、確かに頼るべきだった。
それぐらいなら俺がって思ってたから、頼ろうっていう気持ちがなかったのも問題かぁ。
「悪い。クラテル迷宮を出たら探しに行ってくるけど、その後は頼む事にするよ」
「そっちもあたし達が行ってもいいんだけど、下手に雇って想定以上の人数になったら、それはそれで問題か」
「雇えないワケじゃありませんけど、仕事が無くなりますしね」
フロートやフィールだけで雇うならともかく、そうじゃないからな。
人数の上限を決めておけば大丈夫だろうが、リディアの言う通り、雇ってもやってもらう仕事が無いなんて事態にもなりかねない。
ルミナさんみたいな子持ちバトラーもいるからな。
「そこは私達も様子を見るしかないわね。さて、気を取り直して、こっちも再開しましょうか」
「ええ。話は帰ってからでも出来るし、今はこっちが優先だわ」
今回クラテル迷宮に来た理由は、在庫が底を尽きかけてきている光絹布を補充するためだから、バトラーには悪いが優先度はこちらの方が高い。
なにせ光絹布は俺達が使ってるのはもちろん、天帝家をはじめとした各王家、ベルンシュタイン伯爵家にも出産祝いで贈ったし、グランド・オーダーズマスター達にも結婚祝いとして、さらにエンシェントハンターのいるレイドにも依頼報酬として渡している。
MARSで使うオーバーコートも光絹布製だから、もう2反かそこらしか残ってなかったはずだ。
光絹布は魔物1匹で1反仕立てられ、前にクラテル迷宮に来た際に200匹以上のグランシルク・クロウラーを狩ってたんだけどなぁ。
2反でも下着とかならそれなりの数を仕立てられるし、M-Iランクモンスター ロイヤル・クロウラーの王絹布は10反以上残ってるが、これからも時間が取れるかは分からないから、今のうちに在庫は確保しておきたい。
アリスはクロウラーにも忌避感はないし、既に2匹契約してるから、可能なら10匹ぐらいと召喚契約を結び、その上で進化させてもらいたいと心から思う。
Side・アリス
ウイング・クレストのバトラーとして契約をした際、可能であればいつかクロウラーと召喚契約を結びたいと口にした事があるんだけど、こんなに早く召喚契約が結べるとは思いもしなかった。
クロウラーはハウラ大森林に生息しているけど、強さは真ん中より下ぐらいになる。
Sランクモンスターではあるんだけど小型の魔物という事もあって、一部のBランクモンスターの餌になっちゃうこともあるって聞いた事がある。
それでもノーマルクラスじゃクロウラーの吐く糸に絡めとられたら、自力で脱出するのは不可能って言われてるし、油断してたらハイクラスでも危ないと言われている魔物なの。
だから機会があったとしても、契約出来るかは分からないって思ってた。
だけど先日、ウイング・クレストにとって必需品となっている光絹布の在庫が尽きかけている事が分かってしまった。
だから急遽クラテル迷宮に籠る事を決められていたんだけど、そこで私にも声を掛けられるとは全く思わなかったわ。
しかもその理由が、クロウラーどころかその上のG-Uランクモンスター シルケスト・クロウラーと召喚契約を結ぶためだったから、驚くなって言う方が無理。
契約してから戦闘訓練も何度かして頂いたおかげで、私のレベルは34まで上がっている。
だけど私はヒューマンの中でも魔力が少ない方だし、シルケスト・クロウラーは明確な格上の魔物だから、今の私じゃ一度に契約出来るのは3匹ぐらいが限界。
だから御者やお食事の用意が出来るか分からなかったんだけど、大和様はそれも織り込み済みで、春になったらセラス様の侍女としてメモリア総合学園に行くフィレにも声を掛けられたの。
フィレのレベルも30を超えてるんだけど、総合学園でトラブルに巻き込まれる可能性は高いから、安全のためにレベルを上げる事を薦められているって言ってたわ。
皆さんの仰る通りだから、最初はクラテル迷宮の魔物に怯えていたフィレだけど、今は大和様とプリム様に護衛をして頂きながら、私とは違う場所で魔物を狩っているはず。
「アリス、どう?」
「はい、無事に契約できました」
私も私で、グランシルク・クロウラーやロイヤル・クロウラーを狩りながら護衛をして下さっている真子様、ミーナ様と一緒に行動し、たった今10匹目のシルケスト・クロウラーと召喚契約を結ぶに成功した。
召喚魔法は従魔魔法と違って、契約の際に魔法は使わない。
だけど魔法陣を出す必要があって、その魔法陣を維持するのが大変なの。
その魔法陣を使って、魔物に契約者の魔力を馴染ませて、契約を結ぶっていうのが流れになる。
怪我をしているところを助けたりすれば魔法陣を出しておく時間は短くて済むんだけど、そうじゃなければすごく時間が掛かるわ。
しかも契約者のレベルやモンスターズランクに差があると、さらに時間は掛かるし魔力も消耗するから、成功するかどうかは運も大きく関係してくると思う。
だけど私は、エンシェントクラスの真子様とミーナ様に護衛して頂いているから、シルケスト・クロウラーが襲い掛かってきても動きを抑えて頂けるし、他の魔物だったりしたら簡単に狩られてしまうから、もの凄く安全に契約が出来てしまっている。
おかげで10匹のシルケスト・クロウラーと召喚契約を結ぶ事が出来たけど、世話をするのが大変かもしれない。
アルカの森に放す許可を頂いているから、餌とかは心配しなくても大丈夫だと思うけど、私と同じく召喚魔法を使えるマナ様と真子様からは、召喚獣との交流が深くなると進化させやすくなるってアドバイスを頂いているから、面倒くさがらずに世話もしないと。
「これで10匹目ですね。魔力は大丈夫ですか?」
「はい、お2人に守っていただけましたから、契約に集中する事が出来ました。ですから魔力も、あと1匹か2匹ぐらいは契約出来るぐらい残っています」
「それは良かったけど、既に10匹と契約してるんだし、世話もしないといけないんだから、これ以上は止めておいた方がいいわね」
「そうですね。無理をしても良い事はありませんし、これだけの数のクロウラーと契約出来たんですから、何年かすれば数匹は進化してくれるかもしれませんし」
ミーナ様が無自覚にプレッシャーを掛けてこられるけど、私がシルケスト・クロウラーとの契約のためにクラテル迷宮に同行できたのは、それも理由の1つだったりする。
もちろん無理に進化させようとは思っておられないんだけど、エンシェントクラスの皆様は最低でもPランクモンスターの素材を使わないと、普段の生活ですら難儀される事になる。
Gランク以下の魔物素材はエンシェントクラスの魔力に耐えられないそうで、以前は戦闘が終わるたびに下着を変えられることもよくあったと仰られた。
だから私が契約したシルケスト・クロウラーをグランシルク・クロウラーに進化させる事に成功すれば、定期的にPランクモンスターの素材を手に入れる事が出来るようになるの。
もちろん進化させるのは簡単じゃないんだけど、皆様の手間が大幅に軽減される事にもなるから、期待されているのも間違いないのよ。
進化させられなかったからといって解雇される事は無いし、必要になったらクラテル迷宮に来ればいいとも考えられているんだけどね。
「結構な数を狩れましたし、契約したシルケスト・クロウラーも早くアルカの森に放してあげないといけませんから、今回はここまででしょうか」
「そうなるでしょうね」
契約したシルケスト・クロウラーは10匹だけど、狩られたシルケスト・クロウラーは200匹を超えている。
ロイヤル・クロウラーもほとんど同数が狩られているし、グランシルク・クロウラーはその倍じゃ利かない数になってるから、私が契約した子達は、ある意味じゃ強運の持ち主だって言えると思う。
そのシルケスト・クロウラー達は獣車の近くの木に放しているから、クラテル迷宮を出る際に獣車に乗せる事になっている。
アルカに帰ってから召喚してもいいんだけど、狩りをしている人も増えてきているから、契約した子達が狩られてしまう可能性は否定できない。
だからクラテル迷宮を出たら、クラテルには立ち寄らずにアルカに転移して、その後で私はノンノさんやカントさんにシルケスト・クロウラー達を紹介してから、森に放す予定。
そのために最近ガグン大森林の扶桑も植樹して下さったから、きっと過ごしやすいと思う。
ガグン大森林は強力な魔物が多いからクロウラーは生息していないけど、ハウラ大森林にも扶桑はあって、クロウラーはそこに生息しているから、気に入ってくれるといいなぁ。
そして出来るなら、進化してくれると更に嬉しい。
もちろん私も頑張らないと進化は出来ないから、帰ったらちゃんとお世話出来るように頑張らないと。




