絹を求めて
Side・ミーナ
マナ様のラピスラズライト天爵家用獣車が完成してから1週間後、私達はクラテル迷宮にやってきました。
さすがに妊娠されているマナ様、執務のあるヒルデ様、ユーリ様、リカ様、そしてプラダでお仕事があるフラムさんは同行されていませんが、今回は在庫が怪しくなってきた光絹布や王絹布を補充する事が目的です。
大和さんもお忙しいですから3日後には帰る予定でいますけど、他の同行者はプリムさん、リディアさん、ルディアさん、アテナさん、アリアさん、真子さんと戦力は過剰ですし、バトラーからもフィレさんとクロウラーとの召喚契約を希望しているアリスさんが同行されています。
クロウラーはSランク、クラテル迷宮に生息しているシルケスト・クロウラーはG-Uランクモンスターですから、どちらも取れる絹は私達には使いにくいんですが、進化させる事に成功すればPーRランクモンスター グランシルク・クロウラーになりますから、契約に成功したら頑張って進化させてもらいたいです。
「多機能獣車は便利だけど、普段使いするにはデカすぎたな」
「マナやユーリの獣車を見た後だし、尚更そう思っちゃうわよね」
「これはこれで高性能なんですけど、客室は普段使いませんからね」
第3階層のアマゾネス・クイーンを倒して第4階層に入った私達は、竜化したアテナさんに獣車を抱えてもらい、そのまま第5階層へ至りました。
第4階層は一面海の階層ですが、階動陣のある場所は分かっていますし、距離もアテナさんなら1時間足らずで到着します。
今回は第5階層でグランシルク・クロウラーやロイヤル・クロウラーを狩りまくる予定ですから、時間は無駄にしたくないんです。
光絹布や王絹布は、私達にとっては生活必需品となっていますからね。
そのクロウラーが生息している第5階層に入ってしばらくすると、大和さんやプリムさん、リディアさんが多機能獣車の大きさについて言及し始めました。
確かに多機能獣車は大きいですし、ミラールームも大和さんが50倍付与させていますから、お邸より広いかもしれません。
大きくした最大の理由は兵員の輸送になりますから、戦時下ではとても有効なのですが、こと平時となると使うのは私達のみとなります。
ですからミラールームの半分以上が使われる事がありませんし、人数も今回は10名ですから、全員が後方デッキに出ても余裕のある広さです。
「かといって改造するにしても、この獣車は天樹を使ってるんだから、それも難しいわよね」
「それをやるぐらいなら、桜樹を使いますよ。とはいえ愛着もあるし、ウイング・クレストとして使う獣車はこれ以外考えてないですけどね」
大きい事が不便に感じる事もありますが、私も大和さんと同じくこの獣車に愛着が沸いています。
天魔石や船体、アテナさんやエオスさんに運んでいただくためのベルトもありますし、迷宮で野営する際にもお世話になっていますから。
「あれ?大和、あの森見てよ」
「ん?どうかしたか?……先客がいるな」
本当ですね。
確かあの多機能獣車は、グレイシャス・リンクスですか。
リーダーのスレイさんがエンシェントリクシーに進化されておられますから、私達と同じ理由で来られたのかもしれませんね。
「よう、大和」
「真子も久しぶり」
「おう、久しぶり」
「元気そうね」
真っ先に私達に気が付いたのは、グレイシャス・リンクスの男性ハイヒューマン ディオスさんと、女性オーガでヒーラーでもあるラナさんです。
「お前らもグランシルク・クロウラー狙いか?」
「それもあるが、この子がクロウラーと召喚契約を結びたいって言ってるから、そっちも試しに来た」
「クロウラーと召喚契約って、あの虫とか?」
ディオスさんと初めてお会いしたのはイスタント迷宮でしたが、最初は私と同い年だと思っていたんです。
ですがディオスさん、実際は私や大和さんより2つ年上の20歳なんです。
ディオスさんは成人するとほぼ同時にハイヒューマンに進化されたため、見た目は私達とさほど変わらず、そんな事情もあって大和さんとは親しくなられたんです。
あ、ラナさんは真子さんと同い年になりますから、今は21歳ですよ。
「俺も生理的に受け付けないが、それでもクロウラーと召喚契約を結べたら、アルカの森に放せる。世話は大変だが絹布は人気商品だし、グランシルク・クロウラーに進化できたら俺達だって助かるからな」
「確かに伯母さんも、進化してから大変そうだしな」
実はディオスさん、グレイシャス・リンクスのリーダーを務めているスレイさんの甥御さんなんです。
スレイさんには残念ながらお子さんがおられませんから、殊の外ディオスさんを可愛がっておられるんです。
「他人事のように言ってるけど、ディオス君だって進化近いでしょ?」
「まあ、誰かさんのおかげでなぁ」
「俺のせいにするな」
「私だってハイオーガに進化出来たのは、大和君や真子のおかげだよ?」
ラナさんが話に混ざってこられましたが、そのラナさんもハイオーガに進化されていたようです。
「え?ラナ、進化したの?」
「昨日ね。ここまで魔力が増えるとは思ってなかったから、感覚を掴むのが大変だわ」
「進化ってそういうもんだしな」
「おめでとう、ラナ」
「ありがとう」
ハイクラスに進化すると、魔力が最も少ないと言われているオーガでさえ、最も魔力の多いと言われているドラゴニアンを凌駕します。
ラナさんはオーガの中では魔力が多い方だったと聞いていますが、それでも増えた魔力量はとんでもないですから、私も慣れるまで苦労しました。
「そういやディオス、スレイさんは?」
「森の中だ。さすがに多機能獣車じゃ入れないから、俺達は留守番兼見張りだよ」
「なるほど、だから暇そうにしてたのか」
「言う程暇って訳でもないけどな」
「そうだね。さっきもゲイル・バードが出てきたし、その前なんてミスリル・ゴーレムが出たんだから」
ゲイル・バードはアリアさんが従魔契約しているウインド・ロックが進化したG-Rランクモンスターになり、ミスリル・ゴーレムはイスタント迷宮の守護者ミスリル・コロッサスの下位種に当たるP-Rランクモンスターです。
ゲイル・バードが生息している事は私達も知っていましたが、まさかミスリル・ゴーレムまでいるとは思わなかったので、話を聞いて驚きました。
「ミスリル・ゴーレムまで出たのかよ。前に来た時は見なかったから、思ってもなかったな」
「俺達も驚いたよ。まあイスタント迷宮で、俺もミスリル・コロッサス相手に戦ったからな、そのおかげで思ってたより楽に倒せた」
さすがにA-Cランクのミスリル・コロッサスとP-Rランクのミスリル・ゴーレムは、比べられるようなものではありません。
ですがミスリル・ゴーレムの災害種がミスリル・コロッサスですから、同種の魔物という事で対策は立てやすいですし、何よりミスリル・ゴーレムはあそこまで巨体ではありませんから、まだ戦いやすかったんでしょう。
「それは良かったが、まさかミスリル・ゴーレムが出てくるとは思わなかったな」
「そうね。第10階層まででもゴーレムとかは出てこなかったから、もしかしたらその先にいるのか、それともこの階層にしかいないのか、すっごく判断が難しいわ」
大和さんとプリムさんの仰る通り、私達はクラテル迷宮第10階層にまで到達しています。
エンシェントクラス率いるレイドは第8階層まで到達していますが、それ以外のレイドは第5階層が限界のようです。
もっとも第4階層が一面の海ですから、船を用意できなければ第4階層の探索は出来ません。
ですから船をどうするかでトラレンシアのハンターは頭を悩ませており、船を所有しているレイドとの経済格差が広がりつつあるんだそうです。
これについてはハンターズギルドも同様で、現在グランド・ハンターズマスターに掛け合い、船を用意するための資金の貸し出しを検討していると聞きました。
「そこまで行っても出てこなかったのね。いえ、単純に遭遇しなかっただけっていう可能性もあるんじゃない?」
「それも否定できないけど、階層的に考えると微妙なのよね。いるとしたら、第9階層ぐらいかしら?」
「それぐらいでしょうね。とはいえそこまで行くとAランクもいるから、ゴーレムじゃなくてガーゴイルかコロッサスのどっちかじゃない?」
「それもそれで面倒な話ですね」
真子さん、プリムさん、リディアさんの仰る通りです。
クラテル迷宮第6階層は砂漠地帯、第7階層は空に浮かぶ島々、第8階層は森林地帯、第9階層は荒地帯、そして第10階層が雪原地帯ですし、Aランクモンスターは第8階層から出てきましたからね。
「面倒過ぎる……」
「伯母さんもここを攻略しようとは考えてないだろうから、ここの攻略はお前らに任せる」
「というか無理でしょ」
ディオスさんもラナさんも、クラテル迷宮を攻略しようという意気込みが微塵も感じられませんね。
ハンターとしてはどうかと思いますが、クラテル迷宮の難易度はエンシェントクラスが数人程度では攻略不可能な感じがしますから、エンシェントクラスがスレイさんしかおられないグレイシャス・リンクスでは、第7階層や第8階層でも厳しいのかもしれません。
「攻略はしたいと思ってるが、さすがに時間がな……」
「天爵様だし、マナ様も妊娠されてるし、それは仕方ないか」
「俺達もだが、お前らや他のエンシェントクラスもここには頻繁に通うだろうから、迷宮氾濫どころか迷宮放逐も起きにくいのが救いだな」
「そうじゃなかったらこんな迷宮、マッハで攻略してるよ」
クラテル迷宮はその難易度から、早期攻略を望まれています。
ですが階層が予想より多いかもしれない事、モンスターズランクが第1階層から高すぎる事から、攻略するにはエンシェントクラスが必須です。
それも1人や2人ではなく、可能であれば10人単位で。
ハンターズギルドも、守護者は終焉種ではないかと予想しているぐらいですから。
それはヒルデ様や妹君のブリュンヒルド殿下も同じお気持ちなのですが、エンシェントクラスにとって必需品と言っても過言ではない光絹布を手に入れやすいという理由から、エンシェントハンターは頻繁に訪れています。
ですから迷宮氾濫や迷宮放逐は起こりにくいと考えられていますし、そもそもクラテル迷宮は誕生してから1年も経っていない若い迷宮ですから、そこまで魔物を溜め込んでいないとも考えられています。
「是非ともここも攻略してもらいたいね。っと、ここで話し込んでたら、さすがに迷惑だよな」
「別に構わないけど、今回は時間が無いからな。悪いけど俺達は、先に進むよ」
「貴族も大変だよね」
「なりたくてなった訳じゃないんだけどな。それじゃあまた」
「気を付けてね」
「そっちもね」
思わず話し込んでしまいましたが、お会いしたのは久しぶりですし、こんなところでお会いできるとも思っていませんでした。
既に友人同士と言ってもいい間柄ですから、また近いうちにお会いしたいと思います。
「ここにグレイシャス・リンクスがいるっていう事は、他の場所にも誰か来てるかもしれないわね」
「エンシェントクラスにとって、光絹布は必需品となってますからね。特に先日の迷宮氾濫で進化された方の多いブラック・アーミーやファルコンズ・ビークは、今ある光絹布じゃ足りないはずです」
「しばらくは大丈夫だろうけど、無くなってからじゃ遅いもんね」
先程リディアさんが上げられたレイドは、3ヶ月前のガグン迷宮並びにラオフェン迷宮の迷宮氾濫において、数名の方がエンシェントクラスに進化されました。
武器は翡翠色銀や青鈍色鉄を使われているので大丈夫ですし、防具もソレムネ進軍中に私達がお売りした高ランクの魔物素材を使っていますから、少々の手直しは必要でしょうけど慌てて買い替える必要もないと思います。
ですが問題となるのは普段着、特に下着類です。
エンシェントクラスの魔力に、Gランク以下の魔物素材は耐えきれない事が実証されましたから、エンシェントクラスはどうしてもPランク以上の魔物素材が必要になります。
その中でも最も使用頻度の高いものが布類になるのですが、それ程の布の素材となると扶桑を使った布か高ランクのスパイダー種、そして高ランクのクロウラー種しかありません。
一番入手しやすいのはクラテル迷宮第5階層に生息しているグランシルク・クロウラーですから、ブラック・アーミーとファルコンズ・ビークが来られていても不思議ではないんです。
「いたらいたで、俺達が場所を移せばいいだけだ。最悪第8階層に行って、ロイヤル・クロウラーやインペリアル・クロウラーを狙うっていうのもアリなんだからな。まあグランシルク・クロウラーが生息している森は多いし、第6階層の階動陣近くまで行けばロイヤル・クロウラーが生息してる森もあるから、俺達はそこを目指そう」
確かに以前来た時も、その森で予定時間をオーバーしてる事に気付かずに狩りをしましたね。
特に裁縫師のフラムさんと仕立師のマリーナさんは、もの凄い喜びようでした。
今回も成果を期待されていますから、出来れば第5階層で狩りをして、数も確保したいですね。
特にフラムさんはプラダでお仕事がありますから、今回は断腸の思いで断念されたんですから。
ですからどうか、ロイヤル・クロウラーの森に人がいませんように。




