風車の真価
Side・真子
フィールド・コスモスを展開しながら、私は4つの戦場に意識を割いている。
さすがに大変なんて話じゃないけど、アクセリングっていう加速強化魔法のおかげで思考速度も加速されてるし、スピリチュア・ヘキサ・ディッパーの高い処理能力のおかげで、何とか出来てるって感じね。
学生時代の話を思い出して検証してみた結果、スピリチュア・ヘキサ・ディッパーは複数属性特化生活型だったことが判明しちゃったから、そうじゃなかったら無理だったかもしれないわ
高校時代の先輩生成者に複数属性特化型を生成した人がいるんだけど、刻印法具を生成してから半年ぐらいは単一属性型だと思ってたって話を聞いた事がある。
その人は設置型の生成者なんだけど、設置型と生活型は単一属性型でも複数属性特化型に匹敵する処理能力があるそうだから、言われなければ分からなかったって言ってたわね。
ちなみに複数属性特化型かどうかの確認は、そんなに難しくない。
だけど同じA級術式を同時に使うなんて、普通は考えないし使う意味もないから、知らない人も珍しくないのよね。
単一属性型だと同じA級術式の同時行使は不可能なんだけど、複数属性特化型は複数の属性っていうだけじゃなく、並列演算も特徴の1つだから、それで判断が出来るわ。
武装型や装飾型は分かりやすいからそんな事しなくてもいいんだけど、生活型や設置型は処理能力が高いから、こうやって確認しないと判断しにくいって先輩が言ってたのを思い出して、それで念のためにやってみただけなんだけど、出来ちゃったからビックリしたわよ。
私が複数属性特化型を生成してたとは思わなかったけど、大和君の両親の影響もあるらしいから、これはこれで納得しているわ。
ちなみにスピリチュア・ヘキサ・ディッパーは、風と水の複数属性特化生活型で、柄杓のある風車っていう形状も、実は風で回る水車っていう意味だったっていう事になるから、形状も複数属性特化型を示してたって事になる。
もっと早く気付いておきなさいよって話よね。
それはそれとして、今は目の前の戦場に集中しないと。
1つは目の前で戦ってる大和君達のところだけど、はっきり言ってここの援護は最低限。
宝樹のある広場は、全域が私のフィールド・コスモスとスターライト・サークルの領域内になっていて、下手に動くとスターライト・サークルの光で、ハンターやビースター達でも大きなダメージを食らってしまう。
ウイング・クレストも例外じゃないんだけど、目の前で戦ってるし、何より全員がエンシェントクラスだから、即死するようなことは無いでしょう。
本来ならこんな無茶な事はしないんだけど、治癒魔法や回復魔法があるヘリオスオーブだと、少々の無茶な戦いは許容範囲内って事もある。
生きてさえいれば治癒魔法エクストラ・ヒーリングで治せるし、腕とか足とかが無くなっても再生できるからね。
私的にはどうかと思うけど、今はそんなことを言ってられる事態でもないから、止む無く理解してるってとこだけど。
ホーリー・グレイブの方も、エンシェントクラスが2人いることもあって、危なっかしいところは感じられない。
だけどファルコンズ・ビークの方は、カールが不用意に前に出てるわね。
進化して間もないから無理もないんだけど、以前から突出癖があったから、そこは直してもわらないといけないわ。
まあお母さんのエルさんやホリーさん、相方のミリーもいるから、体に叩き込まれるでしょうけど。
一番苦戦してるのは、やっぱりビースターね。
元バリエンテ獣騎士団で、何人かは反逆者討伐に従軍した経験もあるそうだけど、今回みたいな大規模討伐戦は初めてだって聞いてる。
それにレベルも平均して46だし、ビースターズマスター ミナリスさんでさえレベル52だから、いくら翡翠色銀製の武器を持ってても、簡単に倒せるワケじゃない。
だからエオスが援護してくれてるんだけど、さすがに魔物の数も多いしランクも高いのばかりだから、1人だけじゃ限界がある。
だから私の意識も、ビースターへ向けてるものが一番大きい。
スターライト・サークルの光を集中的に、それでいて散乱させて展開させよう。
これでよし。
あとは悪いけど、エオスに頑張ってもらいましょう。
こっちでも余裕が出来たら、誰かが援護に向かう気もするし。
そう考えてから意識の一部を大和君に向けると、丁度カトブレパスの首を斬り落としているところだった。
カトブレパスの他にもコカトリスやバジリスクなんていう魔物もいるんだけど、ヘリオスオーブだと石化したりするような事は無い。
ただ魔力の籠った視線を向けられると、体が石のように固まって動かなくなるそうよ。
闇属性魔法は精神に作用する魔法もあるって事だし、実際それらの魔物は闇属性魔法も使ってくるからね。
その視線だけど、エンシェントクラスなら油断しない限りはレジスト出来るし、ハイクラスでもなんとかならなくはないそうなんだけど、ノーマルクラスだとどうにもならないんですって。
だからカトブレパスだけじゃなく、異常種のダークブレス・ブルや稀少種のサードアイ・ブルも討伐優先度は高いわ。
私は後方からこちらに向かってきているカトブレパス3匹に、スターライト・サークルと並ぶ切り札カラミティ・ヘキサグラムを発動させた。
地面に描かれた六芒星から水と風の結界が現れ、カトブレパスを閉じ込める。
結界内を闇が支配し、電離させた炎がカトブレパス達の周囲に浮かび、積層術となったスターライト・サークルの光が上空から降り注ぐ。
光が貫いた後から発火し、それを合図に電離した炎が襲い掛かる。
だけど素材を無駄にするつもりもないから、カトブレパス達が息絶えると同時に水と風の結界を使い、消火する。
そこまでやってからカラミティ・ヘキサグラムを解除したけど、カトブレパス達は焦げてるし、所々穴も空いているわね。
……うん、やりすぎたわ。
迷宮氾濫を防ぐことを優先しなきゃだし、素材については後で考えましょう。
「久しぶりに見たけど、相変わらずえげつないわね、カラミティ・ヘキサグラムって」
声に反応して振り返ると、プリムが苦笑していた。
「えげつないのは認めるわ。私だって、ここまでの術式になるとは思ってなかったから」
カラミティ・ヘキサグラムもスターライト・サークルも、大和君の両親や先輩達に協力してもらって完成させたんだけど、その人達は当時から世界有数の生成者だったし、実戦経験も豊富だった。
だから私の当初の構想より、精度も強度も遥かに高くなってるし、それに比例して要求される処理能力も高い。
今は慣れてきてるけど、完成した当初は本当に大変だったわ……。
「大和のお父様とお母様か。一度ぐらいはお会いしたいけど、さすがに無理よね」
「そりゃね」
大和君のお父さんとお母さん、つまり私の親友達なんだけど、プリム達は会ってみたいってよく口にしてるんだけど、2人は地球にいるから、当然だけど会う事は出来ない。
私にとっても義理の両親って事になったから、出来るなら挨拶ぐらいはしておきたいけど、こればっかりはどうしようもないわ。
「お気持ちは分かりますけど、今はそんなお話をしてる場合じゃないですよ?」
私の近くで弓を構えているフラムに、そんな場合じゃないと窘められた。
確かに今は戦闘中だし、魔物の数もとんでもないから、雑談なんかしてる場合じゃないわよね。
フラムも私達に注意しつつ、固有魔法タイダル・ブラスターやアローレイン・テンペストを撃ちまくってるし。
「ごめんごめん。出来もしない事を、いつまでも口にするのはダメよね」
「叶わない願いですけど、ご挨拶したいのは本当ですからね。はっ!」
叶わない願い、か。
私も家族とは会えなくなってしまったし、仮に地球に帰る事が出来たとしても、最低でも20年以上経ってしまってるから、私も帰る事は諦めている。
それだけの時間が経ってれば、家族も立ち直ってるでしょう。
元気でやってること、結婚したことぐらいは伝えたいけど、まあ無理な話だし、あまり考えないようにしているわ。
みんな良くしてくれてるし、大和君じゃないけど私もヘリオスオーブの方が性に合うって感じちゃったしね。
それに今は、そんなことを話してる場合でもないから、私達はすぐに意識を切り替える。
「たあああっ!」
手にした魔扇・瑠璃桜にブラッド・シェイキングを発動させ、スターライト・サークルの網から逃れて襲ってきたサードアイ・ブルに投げ付けて切り裂く。
スピリチュア・ヘキサ・ディッパーを完全生成してるから、今は一対の扇として使うしかないんだけど、こんな使い方も想定してたし、何度も魔物を狩ってるから、特に問題は無い。
さらにブラッド・シェイキングを発動させたまま、風属性魔法と水属性魔法のブレーディングも纏わせ、アイスクエイク・タイガーに振り下ろす。
扇にブレーディングって、最初は相性も使い勝手も悪いと思ってたんだけど、慣れるとそうでもないし、付与された念動魔法を使えばミサイルみたいに使う事も出来るから、結構便利なのよね。
自分の念動魔法じゃないから、細かい動きは難しいのが難点かしら。
「そろそろいいか」
「え?ああ、ハヌマーンね。あっちはあっちで面倒な事になってるわよ?」
一度下がってきた大和君が、戦場を見渡してから口を開いた。
魔物の数は半分ぐらいになってると思うけど、それでもまだ異常種も災害種も存在している。
特にハヌマーンと戦ってるカトブレパスやアバランシュ・ハウル、クレストホーン・ペガサスもいるから、いくら大和君でも、単独でなんてのは自殺行為でしかない。
それでも大和君は、可能な限り単独でハヌマーンを倒そうとしている。
ちょっと入れ込み過ぎだから怖いけど、そうしようと考えてる理由も分かるから、私達は出来得る限りの援護をするつもり。
「行きます!」
「うん!」
ミーナ、アテナ、リディア、ルディアも同じで、大和君がハヌマーンに向かうと同時に、4人とプリムはハヌマーンと戦っている異常種や災害種に狙いを定めた。
フラムは弓による援護を行いつつ、私の護衛と残敵掃討を担当してくれているわ。
私はフィールド・コスモスを展開しているからこの場を動けないんだけど、それでもフラムと同様に援護も残敵掃討も出来る。
それに私も、エンシェントクラスの先には興味がある。
だから私は、スピリチュア・ヘキサ・ディッパーの風車を回転させた。
スピリチュア・ヘキサ・ディッパーは風車状複数属性特化生活型刻印法具。
風車の羽は6属性に特化した柄杓として使う事も出来るけど、本来の特性は疑似的な全属性付与になる。
だけどもっとも特徴的な特性は、風車を回す事で魔力を集め、刻印法具や刻印術の精度と強度にブーストをかける事。
これは魔法に対しても効果が得られる事は確認済みだから、現在私が発動させているスターライト・サークルはもちろん、固有魔法フィールド・コスモスの強度も段違いに跳ね上がった。
終焉種の攻撃を防げるかは分からないけど、簡単に脱出は出来ないでしょうから、逃走阻止っていう意味じゃ問題ないでしょう。
「凄いですね。ただでさえ強固なフィールド・コスモスが、さらに強固になるなんて」
「その分魔力を使うから、乱戦じゃあんまり使いたくないんだけどね」
刻印術は魔力効率が良いし、刻印法具があればさらに消費を抑えられる。
だけどその刻印法具の特性を使うには、そんなに多くはないけど魔力を使わないといけない。
短時間なら問題ないんだけど、終わりの見えない乱戦の場合、ペース配分を間違えると大変な事になるから使いにくい事もある。
スピリチュア・ヘキサ・ディッパーは風車なのに風を浴びても羽は動かないから、回すためには私の魔力を流さないといけないし、魔力を止めると回転も止まるから、さりげなく魔力消費は多い。
だからこそ風車を回転させた以上、短時間で全滅させないといけない。
「そんなワケだから、一気に行くわよ!」
私はS級術式カラミティ・ヘキサグラムを、既に発動させているスターライト・サークルと重ね、球状結界積層術とした。
積層術となったことでスターライト・サークルの光に土と火が宿って流星となり、命中と同時に魔法陣が浮かび、風と水の刃が発生し、魔物を斬り刻んでいく。
ホーリー・グレイブやファルコンズ・ビーク、ビースターの近くにいた魔物は任せるけど、そうじゃない魔物には追加で光の槍も突き立て、トドメを刺す。
Mランク以上の魔物はスターライト・サークルを集中させないと倒し切れないけど、カラミティ・ヘキサグラムを重ねれば大丈夫。
さすがに制御は大変だけど、クラーゲン会戦で突如現れたアントリオンの群れを相手にするのはスターライト・サークルだけじゃ厳しかったし、かといってカラミティ・ヘキサグラムだと味方を巻き込みかねなかったから、何か方法を考える必要があった。
そして出した答えがカラミティ・ヘキサグラムとスターライト・サークルの積層術であり、私の最大の切り札となる無性S級無系術式ミーティアライト・スフィアなの。
しかも対象は、私が認識した対象を自動追尾するように設定してるし、その逆も出来るように調整している。
おかげでスピリチュア・ヘキサ・ディッパーの7割近い処理能力を割かないといけないから、後はフィールド・コスモスを維持するのが精一杯ね。
それだけの処理能力を使ってるから、領域内にいる、私の認識した対象は絶対に逃がさない。
その証拠に、残っていた魔物も8割以上がミーティアライト・スフィアによって息絶え、残りはあと20匹程度になっている。
残ってる魔物は全部災害種だけど、ミーティアライト・スフィアが未完成だっていう事にしときましょう。
それじゃあ災害種は他のみんなに任せて、私もハヌマーンに一撃ぐらい入れさせてもらおうかしらね。




