宝樹の麓
Side・プリム
マナの妊娠が発覚してから3日、あたし達はようやく宝樹の近くまで到達した。
道中で襲ってくる魔物はガグン大森林に元から生息していた魔物も多かったけど、迷宮氾濫で溢れた魔物も多かったわね。
しかも上位種や稀少種ばかりか異常種もけっこうな数がいたから、あたし達も進むのが大変だったわ。
そんな魔物達を狩りながら進んだこともあって、全員が少なからずレベルを上げている。
もちろんあたし達もで、あたしはレベル96、ミーナとフラムがレベル84、リディアとルディア、エオスがレベル86、アテナがレベル83、真子がレベル94、そして大和がレベル99になっているわ。
マナは妊娠が発覚したから途中で離脱しちゃってるけど、レベル91になってるわよ。
宝樹の麓では、魔物達が血で血を洗う地獄絵図が広がっていた。
その中にはカトブレパスやクレストホーン・ペガサス、アバランシュ・ハウルっていう災害種もいたし、迎え撃っているであろうメガ・クエイクやクエイク・コング、さらには真っ白な体毛と竜翼の、20メートル程もある巨大なコングの姿も見える。
あれがハヌマーンね。
「メガ・クエイクが5メートルちょっとだから、ハヌマーンも10メートルあるかないかだと思ってたのに……」
「ええ。あれ、どう見ても昔の映画に出てきた怪獣よね」
「ですよねぇ」
大和と真子がよく分からないことを口にしてるけど、思ってたより大きいっていうのはあたしも同意。
さすがにあれを倒すのは、一手間も二手間も掛かりそうだわ。
「それにしても、とんでもない数だね」
「ええ。私達だけでも倒せると思うけど、可能なら援軍を呼びたいところだわ」
「た、倒せるのか?」
ファリスさんとエルさんのセリフに、アライアンス・リーダーを務めているハイビースター ミナリスさんが、驚愕している。
目の前にいるのは最低でも稀少種で、一番多いのが異常種、さらには災害種もいるし、トドメの存在が終焉種。
エンシェントクラスでも二の足を踏みかねない異常な光景が広がっているんだから、ハイクラスにとっては厳しいなんて話じゃないわね。
「倒せるかどうかで言えば、倒せるだろうね。なにせエンシェントクラスが12人いるし、内4人は終焉種討伐の実績もある」
「私は援護で精一杯だったから、数に含めてほしくはないわよ?」
なんていうエルさんだけど、エルさんがいなかったら倒すのはもっと大変だったし、被害も大きくなってたわよ。
「そんなことないと思いますけどね。で、どうします?」
「乱入っていうのがベストだろうね」
「だな。ハヌマーンもそれなりに傷を負ってるが、災害種の方はさらに酷い。ラオフェン迷宮の様子を見てる間にケリが付く可能性は否定できねえ」
「そうね。それなら乱戦となってるあの中に突っ込んで、一気に勝負をつけた方が良いわ。討ち漏らしたりしたら、どうなるか分からないし」
ファリスさん、クリフさん、エルさんの意見にあたしも賛成。
ガグン大森林に逃げた魔物もいるだろうけど、数はこの場にいる魔物よりは少ないでしょう。
ガグン大森林の生態系は変わるだろうけど、ハヌマーンを倒せば空からの調査も出来るようになるから、この場の魔物を殲滅すれば全体的な被害は小さくできるはずだわ。
「フィールド・コスモスは使いますけど、万が一が無いとは言い切れませんからね」
真子の固有魔法フィールド・コスモスは最大半径1キロの球状結界で、災害種でも破ることが出来ない程の強度を持っている。
宝樹の麓は広場になってるけど、精々直系500メートルだから、フィールド・コスモスなら全域を覆える。
だから討ち漏らしの心配はほとんどないんだけど、フィールド・コスモスに閉じ込めるのは高ランクモンスターが優先されるから、稀少種や異常種が漏れてしまう可能性は否定できない。
「それでも大助かりだよ。さすがに終焉種相手じゃどうなるか分からないから、最優先で討伐しなきゃいけないけどね」
「そうよね。だけどその終焉種は、大和君がやる気になってるから、私達は周囲の災害種をメインにするべきじゃない?」
「本音を言えば俺達も終焉種とやり合ってみたいが、本当にエンシェントクラスの上があるのかも興味があるからな。今回は大和、お前に任せる」
「了解です」
ハヌマーンは大和を中心に、あたし達ウイング・クレストが受け持つ。
これは宝樹に辿り着く前から話してた事だし、多分ハヌマーンを倒せば大和のレベルは100を超えるから、エンシェントクラスの上があるのなら進化出来るかもしれない。
だからホーリー・グレイブもファルコンズ・ビークも、ハヌマーンは私達、というより大和に譲ってくれているの。
さすがにハヌマーンが20メートル近い巨体だとは思わなかったから、大和1人じゃ厳しいんだけど、あたし達も援護するから、倒すだけなら問題無いと思う。
「災害種もだけど、異常種はどうすんです?」
「私達ハイクラスでもなんとかなるとは思いますけど、さすがにあの数は厳しいですよ?」
バークスさんとクラリスさんが眉を顰めているけど、言いたい事は分かる。
現在宝樹の麓にいる魔物は、終焉種ハヌマーンを筆頭に災害種メガ・クエイク、カトブレパス、クレストホーン・ペガサス、アバランシュ・ハウル、ブラストブレード・ビートルが数匹ずつ。
そして異常種はクエイク・コング、ダークブレス・ブル、クレスト・ユニコーン、アイスクエイク・タイガー、エクリプス・ビートルが、多分10匹ずつぐらいいるわね。
当然稀少種以下の魔物も多数いるから、総数は少なく見ても500匹は下らない。
ガグン大森林原生種と迷宮氾濫種の割合は3:7ぐらいだけど、ハヌマーンがいるからなのか戦力的には拮抗しているようにも見える。
それが救いではあるんだけど、ハイクラスだと厳しい事に違いはないわね。
「レイド単位で動くしかないか」
「だな。ビースターには……大和、誰かつけてもらえるか?」
それが無難よね。
ビースターにはエンシェントクラスがいないから、ウイング・クレストから誰かを派遣するしかないんだけど、誰をっていう問題がある。
まあ、マナが妊娠離脱してるから、エオスに頼む事になるでしょうね。
「分かりました。それじゃあエオス、悪いけどビースターの援護を頼めるか?」
「かしこまりました」
「すまない」
援護無しっていうのも考えたし、ハイビースターなら連携すれば災害種も倒せると思うんだけど、さすがに異常種や災害種が複数いるような戦場じゃ、何が起こってもおかしくはない。
無用な犠牲を出す必要も無いし、これがベストかどうかは分からないけど、ベターな選択であるのは間違いないわね。
「じゃあ俺達は、魔物の数を減らしながらハヌマーンを目指す。ミーナ、悪いけど真子さんの護衛は頼むな」
「はい!」
真子はフィールド・コスモスを優先しなきゃいけないから、周囲への注意が疎かになりやすい。
だから盾を持つミーナに、真子の護衛をお願いするのも忘れない。
「よし、それじゃあ行きますか!」
「だね!」
「はい!総員、突撃準備。突撃!」
アライアンス・リーダーを務めているミナリスさんの号令で、あたし達は武器を構えながら、乱戦となっている魔物同士の戦いに割り込んだ。
Side・リディア
ミナリスさんの号令で、私達も一斉に宝樹の麓に駆け込みました。
私達ウイング・クレストのメイン・ターゲットはハヌマーンですが、魔物の数が多過ぎるため、ハヌマーンだけを相手取るわけにはいきません。
異常種や災害種も多いですから、そちらも少しでも数を減らす必要があります。
「どけっ!」
目の前で戦っているクエイク・コングとクレストホーン・ペガサスを、大和さんが一刀の下に斬り伏せました。
大和さんのレベルは99ですから、異常種や災害種ばかりか終焉種までいるこの討伐戦が終われば、大和さんのレベルが100を超えるのは間違いないと思います。
もちろん、本当にレベル100以上があるのかとか、エンシェントクラスの上があるのかとか、疑問はあります。
ですがそれは、本当に到達してみなければ分かりませんから、大和さんはこの戦いで見極めるつもりなんだと思います。
「甘いよ!せやあああっ!」
私の隣では、妹のルディアが稀少種サードアイ・ブルの角を叩き落し、アサルト・ブレイザーで倒しています。
こちらが20人程の集団に対して、魔物の数は500を超えていますから、手当たり次第に倒していかないと、先に進めないんです。
空を飛べる魔物も100匹はいるように見えますから、空から近付くのも難しいですし、魔物の数を減らさないと私達も無用な被害を受ける可能性がありますから。
「だからなんで、私のとこには虫ばっかり来るのよ!」
真子さんの悲鳴が聞こえたと思ったら、次の瞬間光が舞い踊りました。
真子さんの刻印術スターライト・サークルですね。
そのスターライト・サークルによって、真子さんを襲おうとしていたライトニング・モスやフレアリング・モスが一掃されています。
オーバー・キル気味ですが、真子さんは虫が苦手ですから、こればっかりは仕方ないと思いましょう。
「真子ってホント、虫がダメだよね」
「仕方ないでしょ、地球じゃあんな大きな虫はいなかったんだから」
そんなお話でしたね。
大和さんや真子さんの世界に魔物は存在せず、陸上生物だと全長5メートル程が最大なんだとか。
さらに虫は小型の種がほとんどで、数センチ以下という虫も珍しくないんだそうです。
さらに生活環境から、遭遇する虫の多くは害虫らしく、見かけたら即駆除という事も多いんだとか。
ですから真子さんのみならず、大和さんやサユリ様でさえ、虫系の魔物は苦手としています。
苦手としているだけで、見かけたら即討伐されているんですけどね。
「育った環境の違いかぁ。でもヘリオスオーブでも、貴族のお嬢さんって虫系が苦手な人が多いって聞くよね」
そう言えば、そんな話もありましたね。
ですが街中でも小型の虫はよく飛んでいますし、森の多いバリエンテ地方で虫が苦手だと生きていくのも大変ですから、苦手だと明言している貴族令嬢は少なかったはずです。
ああ、ほとんど1年中雪が積もってるトラレンシアでは、魔物以外の虫はいないはずですから、苦手だという人はそれなりにいましたね。
っと、今はそんな話をしている場合ではありませんでした。
今も私に向かって、G-Rランクのランドシェイク・ホッパーが3匹程、飛び掛かってきています。
ランドシェイク・ホッパーはガグン大森林の原生種であり、バトル・ホッパーの稀少種になるバッタの魔物になります。
Gランクの中では倒しやすい魔物ですが、強靭な後ろ足から繰り出される攻撃は致命傷になりますし、動きも早くジャンプ力もありますから、平地で相手をするのは大変な魔物でもあります。
森の中ではその機動力が犠牲になりますが、ここは宝樹の麓で平地でもありますから、能力を十全に使ってきていますね。
そのくせ使える素材は、魔石と鎧用の外殻ぐらいで、しかも今ではよりランクの高い魔物が狩りやすくなっていますから、かなり値崩れしてきていると聞きます。
そのランドシェイク・ホッパーを、私は右手のドラグ・ソードに氷のブレーディングを纏わせて、まとめて斬り捨てました。
ウイング・クレストが使う固有魔法ブレーディングは、単一属性でも複数属性でも使えますが、実は組み合わせが多いので、名称については私達でも混乱していました。
ですから先日、プリスターズギルドで奏上しているんです。
名称は単一属性でも複数属性でもブレーディングで統一され、さらにハイクラス以上が使える奏上魔法となっています。
奏上された事でハイクラス以上の人は誰でも使えるようになりましたから、問題が出てくるのは間違いないんですが、街を覆っている結界内では使えないようにもなっていましたし、ハイクラスですと刀身は2メートルが限界でしたから、そこは何とかなるんじゃないかなと。
無責任に聞こえるかもしれませんが、悪用した場合は当然盗賊落ちという結果が待っていますし、逆に天与魔法剥奪という処罰も受けてしまいます。
しかも盗賊に落ちてしまえば、生死不問の討伐対象に成り下がりますから、生きていくのも大変になるでしょう。
それでも盗賊は、一定数いると言われていますから、本当に厄介です。
特にバレンティアでは、改易された貴族や資格を剥奪された元竜騎士が盗賊に落ちたという噂がありますから、一度行ってみようかと思っています。
さすがにこの件が落ち着かなければ動けませんから、それからになりますけどね。
バレンティアは私やルディア、アテナの故郷ですから、そんな輩はさっさと掃除しなければいけませんよね。
2019.5.14
ハヌマーンは終焉種、その後でハヌマーンの見た目が説明されていたため、魔物名をクレストホーン・ペガサスに変更しました。




