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白狐の想い

Side・プリム


 あたしは母様と一緒に湯船に浸かりながら、今日の出来事を思い浮かべていた。


 今日は本当に厄介な日だったわ。

 父様が処刑されて以降、私達を捕らえるために放たれた刺客を何度も返り討ちにしながら、母様と数人の従者とともにやっとポルトン近くまで来たっていうのに、そのタイミングでまた刺客に襲われて、しかも盗賊までやってきたんだからたまらない。

 従者達は全員命を落としてしまい、私も母様を守りながらじゃ全力を出せなかったから逃げるしか手がなかった。


 だけど逃げている途中で出会った少年は、見たことも聞いたこともない結界を広めると、あっさりと盗賊達を倒してしまった。

 それだけでも凄いのに、ライブラリーを見るとあたしよりレベルが高かったし、何より彼は客人まれびとだった。

 客人まれびとは類稀な知識と膨大な魔力を持ち、一国の運命すら変えてしまう伝説上の存在。

 記録に残っている最後の客人まれびとは、80年ほど前にアミスター王家に嫁いだ女性だったはず。


「どうしたの、プリム?」

「なんでもないわ。今日は大変だったなと思って」


 母様に答えながら、あたしはずっと大和のことを考えている。

 今まで見たことも聞いたこともない戦い方、魔法よりも完成された刻印術。

 レベルが高い人ほど強くて、その差を覆すことは難しいけど、レベル差が5ぐらいまでなら不可能ってワケじゃないし、そもそも翼族は、同レベルのハイクラスと同等の魔力を持つって言われてる。

 だけどあたしと大和の差は、おそらくだけどレベルや種族以上にありそう。

 今のあたしじゃ絶対に勝てない、それぐらいあの戦いは衝撃だった。


「大和君のこと、考えてるんでしょう?」

「そ、そんなワケないじゃない!」


 湯船に浸かった母様が、断定してきた。

 そんなワケないじゃない!

 なんであたしが、大和のことなんか考えなきゃいけないのよ!?


「別にいいじゃない。あなたよりレベルが高い人なんて同年代じゃいないんだから、気にするなという方が無理でしょう。彼が客人まれびとだったことは、私も驚いたけど」


 確かにそうだけど、だけど別に意識してるワケじゃないわよ!


「隠す必要はないじゃない。さっきのあなたの顔、とっても女の子の顔だったわよ?」


 母様に言われて、あたしは顔が熱くなったのがわかった。

 あたしを娶りたいって言い寄ってきた貴族は多いけど、どいつもこいつも公爵家の権力と財力を狙っていた愚者ばかりだった。

 そんな馬鹿どもはもちろん全員叩きのめしてあるし、そのせいか最近じゃそんな連中もさっぱりいなくなったから、あたしは魔物を狩ることが増えてきていた。

 盗賊も、二度ばかり討伐したことがある。

 そんな殺伐とした生き方をしていたあたしが、女の子の顔をしてたってどういうことよ!!


「恋はね、理屈じゃないのよ?それに大和君、あなたより強いんでしょう?だったら問題ないじゃない」


 問題ありまくりよ!

 確かに大和はあたしより強いけど、あたしを受け入れてくれるかどうかは別問題でしょ!


 ……あれ?

 なんであたし、そんな風に考えてるの?

 ち、違うわよ!

 別にあたし、大和のことなんか……!


「なんて考えてるんだろうけど、真っ赤な顔して否定されても、説得力ないわよ?」


 母様、心を読まないで!

 ていうか、なんでそう言い切れるのよ!?


「母親ですもの。娘の恋心ぐらい気づけますよ?」

「こ、恋って……そんな、あたしは別に……!」

「そういうことにしておきましょう。それに大和君も、今はそれどころじゃないでしょうしね」

「あ……」


 忘れかけてたけど、大和は客人まれびとだ。

 しかもついさっき、ヘリオスオーブに来たばかり。

 本人は当面の問題を優先したって言ってるけど、簡単に気持ちを切り替えられるはずがない。

 国を追われた私達親子だけど、私達はギムノスを何とかすれば帰れるだろうし、そうでなくともバリエンテの地に足を踏み入れることは難しくない。

 だけど大和は、二度と帰れない可能性の方が圧倒的に高いんだから、彼の心中は私には察して余りある。


「いずれは落ち着くだろうけど、そうなってから彼がどうなるか、どうするかはわからない。でもかつての客人まれびと達がそうだったように、彼も帰るための方法を探すでしょう。その時にプリム、あなたはどうしたいのかしら?」

「それは……」


 ……即答できなかった。

 母様が大和に依頼したのは、フィールまでの護衛とアミスター王家に私達を拘束されないための後見。

 そのためにハンター登録をしてもらうことになっているけど、ハンターになるということは旅に出ることとイコールではないにしろ、それに近い。

 つまり常にあたし達の傍にいるとは限らない、ということになる。

 大和だってそれぐらいはわかってるだろうから、帰る方法を探す旅に出ることも十分あり得る、というか、それが普通だわ。

 そうなったらあたしは……いったいどうしたいの?


 考えるまでもない。

 あたしは大和と一緒に旅に出たいと思ってる。

 だけどそうしたら、母様を残してしまうことになる。

 フィールはザックから3日ほどの距離だから、刺客に襲われる可能性は低くはないと思う。

 あたしだけなら何とでもできるけど、母様はそうはいかない。

 もしあたしのいないところで襲われてしまったら、母様は……。


「大丈夫よ、プリム。いざとなったら、フィールのオーダーズギルドに保護を求めるから。それにこの時期だと王家の方も来られてる可能性があるから、警備は厳重のはず。そんな所に刺客を放って万が一の事態が起これば、それこそアミスターとバリエンテの間で戦争になってしまう。そうなれば、ソレムネ帝国やレティセンシア皇国が喜んで参戦してくるわ。そんなことになったらバリエンテはかつてのように分裂し、占領される地域だって出てくるでしょうね」


 確かにそうなるでしょう。


 ソレムネ帝国はアミスター王国に次ぐフィリアス大陸第二位の国土と人口を持ち、軍事力に関してはアミスターすら超えていると言われている。

 ソレムネ帝王はフィリアス大陸統一の野望を掲げ、隣国のリベルター連邦やトラレンシア妖王国にも兵を派遣していると聞く。

 それだけでも凄いんだけど、新型魔導兵器の開発に成功して、バリエンテにも侵攻するなんていう噂もあるからたまらない。


 さすがにバリエンテ、リベルター、トラレンシアの三国を相手にすれば、いかにソレムネといえど劣勢は免れないだろうけど、バリエンテがアミスターとの戦争状態に突入すれば話は変わる。


 そしてそんな事態になれば、アミスターのもう1つの隣国であるレティセンシア皇国も、間違いなく動く。

 国土の半分以上が湿地であり、鉱物資源も乏しく農地も少ないレティセンシアが、アミスターの重要な鉱山であるマイライト山脈を虎視眈々と狙い続けているのは有名な話だ。


 マイライト山脈は魔銀ミスリル晶銀クリスタイトの産地として有名で、フィールはそのマイライト山脈の麓のベール湖畔にある。

 しかもベール湖には魚も豊富に生息しているから、レティセンシアでなくとも喉から手が出る程ほしい土地なの。

 フィールはマイライト山脈に囲まれた地でもあるから、地形的にも天然の要塞なんじゃないかって思えるほどよ。

 その分、交通が不便なんだけどね。

 って、そうじゃなくて!


「何言ってるのよ!母様を残して、旅になんて行けるわけないでしょう!」

「ほら、見なさい」

「……あっ!」


 本音が漏れてしまった。

 ここまで見透かされている母様相手に隠し通せるなんて思ってなかったけど、まさか自爆しちゃうなんて迂闊だわ……。


「いい、プリム?もうハイドランシア公爵家はないの。称号にも元って、しっかりと記されているのだから。でもね、没落した貴族なんて、この世界には数多くいるのよ?今回は私達ハイドランシア公爵家だったけど、それが全て悪いことかと言えば、そうじゃないわ。もちろん悪いことだってあるけど、あなたにとってはそうじゃない。結婚して家に縛られることもないし、望み通りハンターになれば、あなたと大和君なら一流どころか、もしかしたらエンシェントクラスにさえ進化できるかもしれない」


 エンシェントクラスはハイクラスから進化することができ、だいたいレベル60ぐらいで進化が始まるらしい。

 今のヘリオスオーブには1人しかいないし、過去にもエンシェントクラスまで進化できた人は両手の指で足りるから、詳細はわかっていない。

 だけどその力は、神話の神々にも匹敵するとも言われている。

 だから古代エンシェントなんていうクラスだそうよ。

 そんなエンシェントクラスに、大和はともかく私まで進化できるかもって、いくらなんでもそれは無理よ。

 でも……っていう気持ちが、少しだけど芽生えてしまったのがわかる。


「何にしても、無事にフィールについてからの話よ。レティセンシアの動きも気になるし、出発前にあなたと大和君の装備を整えないといけないし、何より車獣を調達しないといけないしね。私は先に上がるけど、長湯してのぼせないように気を付けるのよ?」


 そう言うと母様は湯船から上がり、浴室から出て行った。

 フィールまでの道のりは2日程だけど、それまでに考えを、気持ちをまとめることが、あたしにできるんだろうか……?

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