ミステルへの救援
Side・ミーナ
プリムさんのトラベリングでミステルへ到着した私達ですが、既に戦いは始まっていました。
視界に入るのは魔物の群れと、その群れをミステルの結界を上手く使う事で食い止めているハンターやビースターです。
結界に負担をかけますから本来でしたら取られない戦法ですが、ハンターとビースターは合わせても100人程なのに対して魔物はその半分程の数とはいえ、モンスターズランクも高く異常種や災害種も見受けられますからやむを得ないでしょう。
「これは……間に合ったと言っていいのか?」
「微妙な所だけど、それは後で考えましょう」
「そうだね。今は1匹でも多く倒さないと!」
ガグン迷宮から溢れた魔物は、最低でも1,000は下らないとされています。
目の前の魔物達は足の速い種ばかりですから、いずれは後続も追いついてくるでしょう。
そうなってしまえば、ミステルを守る事は叶いませんね。
「見た感じGランクが多いけど、PランクとかMランクも混じってるわね」
「Aランクもいるよ。ほら」
ルディアさんが示す先に視線を送ると、確かにAランクモンスターがいました。
しかもあれはアビス・パンサーですね。
A-Cランク、つまり災害種です。
「あれはマズいな。行ってくる」
災害種は町を覆っている魔物侵入防止結界も効果が薄いですから、町中に入ってくる事もあります。
ですから最優先で対処しなければならないんですが、ハンターもビースターも目の前の魔物で手いっぱいですし、アビス・パンサーは戦場を縦横無尽に駆け回っています。
A-Cランクという事もあり、誰も正面から戦う事が出来ていませんから、戦線が崩壊するのも時間の問題でしょう。
戦線が崩壊してしまえば、ミステルにアビス・パンサーが入り込み、その後で魔物達も雪崩れ込む事になるでしょうから、私達としても最優先で倒さなければなりません。
「ええ。ついでに救援に来たことも伝えてね」
「分かってるよ」
この場にいるハンターとビースターを合わせても、ハイクラスは30人もいないようです。
救援に来た私達ですが、人数は10人ですから、数の面では頼りないと思われます。
ですが全員エンシェントクラスですから、戦力としては十分です。
さらに大和さんと真子さんは、刻印術を使う事で魔物だけを倒す事が出来ますから、犠牲者も大きく減らす事ができます。
「お、おい!何してんだ、馬鹿野郎!不用意に近付くな!」
マルチ・エッジとミラー・リングを生成し、薄緑を抜きながらアビス・パンサーに近付く大和さんですが、ハンターやビースター達から見れば不用意に接近しているようにしか見えません。
他にも似たような言葉を投げかけられていますが、実際にその通りですから、大和さんも気にしていませんね。
その大和さんは、歩きながらアイスエッジ・ジャベリンを作り出し、アビス・パンサーに向けて放ちました。
アビス・パンサーは体長5メートル程ですが、パンサー種という事もあって身軽な魔物です。
その身軽さを活かして飛び道具は簡単に避け、凄いスピードで接近してくるので、弓術士や魔導士にとっては天敵とも言えます。
当然アイスエッジ・ジャベリンも簡単に避けられているのですが、大和さんもそれは織り込み済みです。
「なっ!!」
驚くハンターですが、それも当然でしょう。
大和さんが放ったアイスエッジ・ジャベリンは、アビス・パンサーが避けた直後に軌道を変え、背後から突き刺さったんですから。
さすがにA-Cランクという事もあってか即死はしませんでしたが、すぐに大和さんがアクセリングで接近し、首を切り落としています。
「う、嘘だろ……」
「アビス・パンサーが……こんな簡単に……」
驚くハンターやビースターですが、衝撃で手が止まってしまっています。
本来でしたら魔物の餌食にしかならないのですが、こちらも魔物が襲い掛かるような事はありません。
「驚くのは分かるけど、戦闘中に余所見なんて、命がいくつあっても足りないわよ?」
そうです、真子さんがヴァナヘイムという光の刻印術を使い、魔物を一掃しているんです。
ですからハンターやビースターが衝撃で固まっていても、魔物から攻撃される事は無いんです。
「こ、こっちもか……」
「あ、あんたら……一体……」
「俺達はウイング・クレストだ。たまたまオヴェストにいたんだが、話を聞いて救援にきた」
「ウ、ウイング・クレストだと!?」
驚くハンターに、大和さんは自分のライセンスを見せられました。
近くにいたビースターも、慌てて駆け寄って見ていますが、全員の顔が驚愕に塗り潰されていますね。
「ほ、本物だ……!」
「じゃあ本当に……エンシェントヒューマンが救援に来てくれたの!?」
「ええ。ヴァルト獣公 ネージュ陛下から依頼を受けてね」
「ここに来たのは10人だけど、全員がエンシェントクラスよ」
マナ様とプリムさんが続けたセリフに、この場の全員が歓声を上げました。
ちょっと耳が痛いですけど、これぐらいは仕方ありませんか。
「俺達が前線に出る。ただ数が多すぎるから、討ち漏らしが出ると思う。悪いけどハンターとビースターは、そいつらを頼む」
「異常種や災害種は、優先的に仕留めるわ」
「わ、分かった。気を付けてな」
ミステルの前にいた魔物は全滅したとはいえ、50匹にも満たない数ですから、あまりゆっくりと説明してはいられません。
なるべく討ち漏らしのないように倒していくつもりですが、数が数ですからそれは厳しいです。
それでも異常種や災害種を私達が引き受けておけば、ミステルの結界を上手く使う事で、大きな被害を出さずに討伐する事も出来るでしょう。
「じゃあ、こっちは頼んだ!行くぞ!」
「ええ!」
真子さんがエリア・ヒーリングでハンターとビースターの傷を癒してから、私達は従魔を召喚し、ガグン大森林方面へ向かいました。
Side・ルディア
ミステルから従魔を飛ばす事20分、これぐらい離れれば大丈夫かな。
あたしと姉さんはまだ従魔と契約してないし、アテナとエオスは契約そのものが出来ないから、ジェイドやフロライト、フロウに相乗りさせてもらったけどね。
バトル・ホースやグラントプスと契約してもいいんだけど、フラムがリドセロスと契約したのも見てたから、もうちょっと考えた方が良いかな?
「おー、すげえ光景だな」
「さすがにこんな数の魔物を見たのは初めてね」
「普通は見る事はないですからね」
大和、プリム、姉さんがお気楽な事を言ってるけど、気持ちは分かる。
多分数は1,000じゃきかないと思うぐらいの魔物の群れが迫ってきてるんだけど、ランク的にはSランク、もしくはGランクが一番多そうな感じだ。
稀少種や異常種、災害種もチラホラと目につくけど、そんなに数は見えないかな。
だけど魔物達は、天敵同士と言ってもいい間柄の魔物がいるにも関わらず、そっちには目もくれずにあたし達に向かってきている。
これが迷宮氾濫の恐ろしいところで、溢れた魔物は魔物同士で食い合うような事はせず、固まって行動するんだ。
しかも群れを統率してる魔物がいるワケじゃないから、全滅させない限り魔物の群れは止まらない。
数が少なくなってきたら逃げる魔物もでるって聞いてるけど、多くの魔物は死ぬまで襲い掛かってくるから、相手をする側からしたらたまったもんじゃないよ。
「さすがにあれだけいると、削るのも一苦労だな」
「本当にね。これだと広域対象系じゃなく、広域干渉系の方が良さそうだわ」
「そうしますか」
そう言って大和がネプチューン、真子がヴィーナスっていう刻印術を使って、さらに重ね合わせた。
あたし達を中心に、巨大な球状結界が展開されて、多くの魔物が閉じ込められ、氷と風によって息絶えていく。
「ああ、これはダメだわ。大和君、解除するわよ」
「了解」
だけど真子は、すぐに大和に指示を出して、結界を解除しちゃった。
何かあったの?
「どうかしたの?」
「ええ。アバランシュ・ハウルとホワイト・ドラグーンを確認しました」
あー、なるほどね。
アバランシュ・ハウルはA-Cランクのタイガー種で、スリュム・ロード討伐戦の際にも姿を見せた事がある。
あの時はプリム、マナ様、ファリスさんが討伐したけど、今ならあたしでもいけるんじゃないかと思う。
ホワイト・ドラグーンはアイス・ドラグーン系の稀少種、A-Rランクモンスターになる。
アバランシュ・ハウルもホワイト・ドラグーンも、どっちも氷属性魔法を使ってくるし、寒冷地に生息してることもあって氷属性への耐性も高いから、大和のネプチューンが強力でも、効果が薄くなるのは避けられない。
その2匹がいるって事は、ガグン迷宮の深層にそっち系の階層があるって事にもなるね。
「さすがにA-Cランク相手だと、積層結界だけじゃ倒しきれないか」
「さすがにね。それに残ったのもMランクが多いし、Aランクも思ってた以上にいるみたいだから、そっちに集中なんてしてられないわ」
刻印術は強力だけど、必ず火、土、風、水、光、闇のいずれかの属性を使う事になるから、使う刻印術をしっかりと考えないと、魔物によっては相性が悪くて効果が無いんだよね。
大和と真子なら少々の相性は問題にならないんだけど、さすがに異常種とか災害種とかになると難しい。
それに制御が難しい刻印術も多いから、そっちにばかり集中してると、すぐに魔物に囲まれて袋叩きになるって聞いてる。
「それでも半分は減ってるから、助かるわ」
「数が多いだけならともかく、高ランクまで混じってると面倒だしね」
高ランクモンスターと戦ってる最中に、横からちょっかいかけられると、それが大きな隙になるもんね。
「あれを全滅させれば、しばらくはガグン迷宮も落ち着くか」
「落ち着くわね。ガグン大森林の奥に向かったっていう魔物もいるから、楽観は出来ないけど」
「それがあったか」
迷宮氾濫は、迷宮が抱えきれなくなった魔物を溢れさせるっていう現象だから、マナ様の言う通り目の前の魔物を倒し切れば、しばらくは落ち着く。
だけど問題なのは、ガグン大森林の奥に向かった魔物達。
どの程度の質と数が向かったのかは分からないけど、ガグン大森林の生態系が変わる可能性があるし、終焉種ハヌマーンに手を出す魔物がいないとも言い切れない。
さすがにハヌマーンがやられる事はないと思うけど、A-Cランクが数匹いたら無傷で乗り切るのは厳しいんじゃないかな?
最悪の場合、ガグン大森林を追い出されるっていう可能性まであるから、ここが落ち着いたらガグン大森林にも入らないといけないよ。
「そっちは後で考えましょう。今はこの場を収めないといけませんから」
「だな。真子さん、悪いけど雑魚は任せてもいいですか?」
「そのつもり。後ろには1匹も通すつもりはないわ」
真子の刻印術の精度は大和より上だから、あたし達も後ろを気にせず戦える。
しかも結界でもあるから、魔物達を外に逃がさないのはもちろん、偶然通りかかった人が巻き込まれるような事もないから、本当にありがたいよ。
「ミーナとフラム、リディアとルディアで組んで、異常種を頼む。プリムは真子さんの護衛だ」
「はい」
「分かりました」
「了解です」
「分かったわ」
あたし達はいつも通りコンビで、異常種討伐か。
「マナとエオスも、なるべくコンビで動いてくれ。アテナは俺とだ。場合によっては竜化してもらう」
「ええ」
「かしこまりました」
「分かった!」
大和はプリムと組むとばかり思ってたけど、アテナと組むのか。
そういや大和とアテナは竜響契約を結んでるから、相性っていう意味じゃ一番良いんだっけか。
竜化したアテナとの固有魔法も考えたって言ってたし、それを試してみるつもりかな?
マナ様もエオスと竜響契約を結んでるから、こっちもそれを踏まえてるんだろうな。
「よし。それじゃあ迅速に、あいつらを殲滅するぞ!」
大和の号令で、あたし達は戦闘を開始した。
約1,000匹の魔物、しかもA-CランクやM-Cランクもチラホラ見えるから、ここで倒さないとミステルどころかヴァルトやシュタイルハング、いや、バリエンテ地方が壊滅しかねない。
出し惜しみせずに、一気に狩るよ!




