裁縫師の夢素材
Side・フラム
スター・ウインドと別れた後、私達は教えていただいたセーフ・エリアで昼食休憩を挟み、同じく教えていただいた森へ向かいました。
セーフ・エリアからは1時間近くかかりましたが、それぐらいは想定内です。
そして教えていただいた情報通り、その森にはP-Rランクモンスター グランシルク・クロウラーが多数生息していましたし、シルケスト・クロウラーもいました。
さらに30分程進んだ所では、M-Iランクモンスター ロイヤル・クロウラーまで狩る事が出来たんです。
どちらも50センチ程の大きさしかありませんし、糸は体内の器官にある分しか取れませんが、それでも1匹分あれば貴族用ドレスが仕立てられる量になりますから、シルケスト・クロウラー43匹、グランシルク・クロウラー56匹、ロイヤル・クロウラー7匹は十分な成果です。
「これだけあれば、しばらくは服とかに困らなくて済むな」
「下着の問題もあったし、助かるわ」
「進化してから、かなりの頻度で買い替えてますもんね」
私もですが、エンシェントクラスに進化した女性陣は、予備も含めて100着近い数の下着を用意しています。
その理由は武器や防具と同じで、エンシェントクラスの魔力に耐えきれず、魔力疲労による劣化を起こしてしまうためです。
普通に生活しているだけでも数度肌に付けただけでダメになってしまう事があるのに、狩りなどに行けば、下手をすれば戦闘ごとに着替えなくてはなりませんでした。
ですから予備も含めて大量に用意しておかなければ、最悪下着無しで過ごす事になってしまうんです。
「あー、じゃあ下着を優先した方が良いのかな?」
「悪いけどそうしてもらえる?」
私もそうするべきだと思います。
ですが普段着にも使いたいですから、出来れば今日はここで狩りをしたいです。
「ならもう少し奥に行って、グランシルク・クロウラーやロイヤル・クロウラーを探すか?」
「セーフ・エリアも遠くないですし、狩り尽くす勢いでやっても良いかもしれませんね」
「あたしも賛成」
大和さんに提案に、フィーナさんとマリーナさんが即座に同意していますが、多分私と同じ事を考えているんでしょう。
マリーナさんは仕立師、フィーナさんは木工師ですが鍛冶や裁縫なども一通り出来ますから、グランシルク・クロウラーやロイヤル・クロウラーの糸で織られた布を使ってみたいと思ってるんですよ。
ヘリオスオーブの布は、魔物素材で織られる布と植物の種子や茎から紡がれた布になります。
植物由来の布は木綿と麻、扶桑の3種ですが、木綿は育てるために大量の水が必要らしいので、トレーダーズギルドがしっかりと管理しています。
綿のような種子を紡いだ糸で織った物が木綿布です。
麻はいくつか種類があり、ポーションの材料になる物もありますが、布の材料となる種類は亜麻と呼ばれ、油も採れるそうです。
亜麻糸は茎をお湯に浸してから乾燥させるんですが、その乾燥させた茎から糸を紡ぎ、その糸で織った布が亜麻布だったはずです。
アミスターでは南方でしか栽培されていないのでフィールではほとんど見ませんから、私もあまり詳しくないんですよ。
そして扶桑ですが、これはハウラ大森林やガグン大森林でしか採れません。
こちらは多数の葉を、樹液で煮詰める作業があったと記憶しています。
魔物素材の布ですが、こちらは魔物の糸が主原料になります。
使われる糸はスパイダー、キャタピラー、クロウラーです。
スパイダーは数も多く、生態やランクも様々ですから地域によって微妙に糸や布の性質が異なっているんですが、キャタピラーとクロウラーは各ランク1種しかいませんから、性質はもちろん品質も安定しています。
その中でもクロウラーの糸は絹と呼ばれており、最上の糸、布として有名なんです。
ちなみにシルケスト・クロウラーの糸は上絹、グランシルク・クロウラーは光絹、ロイヤル・クロウラーなら王絹と呼ばれていますね。
災害種や終焉種は名称も含めて判明していませんから、何と呼ばれる事になるかは分かりません。
「クロウラーはS-Nランク、シルケスト・クロウラーでもG-Uランクだから、従魔や召喚契約は出来るんだけど、私はやろうとは思わなかったわね」
「裁縫師にとっては、是が非でも契約したい魔物なんですけどね」
真子さんは微妙な顔をされていますが、実際にキャタピラーと従魔契約をされている裁縫師は多いそうです。
中には召喚契約を結んで10匹近いキャタピラーを飼育し、安定して大量の布を供給している人もいるんだとか。
従魔・召喚契約はGランク以下の魔物と結ぶ事が出来るため、クロウラーとの契約に成功した方も少数ながら存在しています。
その方達は例外なく大きな富を得ていますから、クロウラーとの従魔・召喚契約は、裁縫師にとっては憧れでもあるんです。
ところがクロウラーの見た目は毛の生えた芋虫ですから、キャタピラーは大丈夫でもクロウラーはダメという方は多かったりします。
真子さんは見た瞬間に悲鳴を上げられたぐらいですし、私もちょっと……。
「確かにあれは、俺もダメだな」
「私は平気だったけど、契約してまでとは思わなかったわね」
大和さんも見た目がダメ、マナ様は平気だったようですが、それでも契約しておく必要性は感じられなかったんですか。
いえ、私達は絹布どころか上絹布でさえ魔力の問題で使いにくいですから、確かに必要性は低いですね。
「あと2時間ぐらいで日も沈むし、今日はもうちょい狩ってからさっきのセーフ・エリアに戻って、そこで野営だな」
「そうね。行きましょうか」
もうそんな時間でしたか。
森の中に入っているとはいえ、セーフ・エリアに戻るだけならアテナさんかエオスさんに竜化して飛んでもらえばすぐです。
それでも暗い中飛んでもらうワケにはいきませんから、あと1時間ぐらいが限界でしょう。
ですがそうと決まれば、どんどん狩らないといけません。
なにしろ絹は、裁縫師にとっては夢の素材なんですから。
従魔・召喚契約をしていればともかく、そうでなければ最低でもS-Nランクのクロウラーを倒さなければなりませんし、吐く糸で動きを封じるのはもちろん、顔を覆われてしまえば窒息死の危険性もあります。
しかも吐かれた糸は、ノーマルクラスでは引きちぎれない程の強度を持っていますから、相手をするのはかなり大変です。
しかも糸を使う事で木々を自在に移動しますし、数匹で纏まって生活しているようですから、集中攻撃を受けてしまえばハイクラスでも命の危険があります。
そのくせクロウラーは、Sランクの中では下の方の魔物だったりしますから、他の魔物に捕食されてしまう事も珍しくありません。
ですから従魔・召喚契約をされている方は、常に安定して収入を手にする事が出来るんです。
通常種でさえこんな感じですから、上位種や希少種は攻撃力も防御力も上がっておりさらに相手をするのが大変ですし、異常種に至っては迷宮でも討伐例が数件程度ですから、王絹を扱った事のある裁縫師は数人程度しかいないでしょう。
その絹、しかも上絹や光絹、王絹を使えるんですから、狩りにも気合が入るというものです。
糸を作る器官は心臓の近くなので、下手に心臓を狙うと器官を傷付けて糸を台無しにしてしまいますから、そこだけは注意しなければ。
Side・真子
限界までシルケスト・クロウラーやグランシルク・クロウラーを狩っていた私達は、日が沈む前にエオスに頼んでセーフ・エリアまで運んでもらった。
だけどその甲斐あって、シルケスト・クロウラー65匹、グランシルク・クロウラー93匹、ロイヤル・クロウラー13匹を狩る事が出来たわ。
私が使える天賜魔法には召喚魔法もあるんだけど、あの見た目は生理的に受け付けないし、見た瞬間に年甲斐もなく悲鳴を上げちゃったから、召喚契約は絶対に無理。
フラムもダメだったし、マナ様も契約する意味がないって判断してたから、誰も従魔・召喚契約は結んでないわ。
「ほう、ロイヤル・クロウラーもそんなに狩ったのか」
「ええ。M-Iランクですから、気兼ねなく使えますしね」
スター・ウインドもセーフ・エリアに戻ってきてて、お互いの成果を話し合ってる所よ。
「王族でも使った事のない超高級品を下着にか。まあ、仕方ないといえば仕方ないんだが」
「俺もどうかと思うけど、毎日どころか戦闘が終わるたびに着替えるのはさすがに大変なんで」
「だろうな」
スター・ウインドはコールさんとシュランさんがレベル60近くになってて、4人のハイクラスもレベル55ぐらいはあったはずだわ。
だからG-Uランクのシルケスト・クロウラーの相手は簡単だし、P-Rランクのグランシルク・クロウラーだって少し無理をすれば狩るのは難しくない。
今回は数を優先したそうで、シルケスト・クロウラー一択にしたそうよ。
確か150匹ぐらい狩ったって言ってたわね。
「そっちにはロイヤル・クロウラーは出なかったんですか?」
「出なかったね。いや、出られても困ったけどさ。あたしとコールがいるから倒せなくはないと思うけど、怪我程度で済むかも分からないからね」
スター・ウインドのハイクラスは全員合金製の武器を使ってるから、Mランクモンスターが相手でも数人で掛かれば倒す事は出来る。
だけど怪我はもちろん、最悪誰かが命を落とす可能性もあるだろうから、好んで戦いたいとは思わないわよね。
「草原で襲い掛かってきた魔物もGランクだったし、俺達にこの先は厳しいだろうな」
「だね。だから明日もシルケスト・クロウラーやグランシルク・クロウラーを狩って、明後日には出ようって話をしてたんだよ」
「そんな早くに出るの?」
「ええ。元々第5階層の調査が目的でしたが、運良く予定より1日以上早く下りてこれましたからね。しかも結構稼ぐ事も出来たんで、無理をしても仕方ないと思いまして」
確かに無理をして命を落としたりなんかしたら、何の意味もないものね。
それどころかアンデッドになって復活、なんて事にもなりかねないわ。
いえ、迷宮内で死ねば、魔物に食べられなかった体とか装備とかは迷宮に吸収されるらしいから、アンデッドになる事はないんだけどさ。
「そっちはどうするの?」
「午前中はグランシルク・クロウラーを狩って、午後から調査を再開ですね。今回は1週間ぐらい入ってるつもりで来たんで、行けるところまで行ってみますよ」
「1日1階層としても、第10階層ぐらいまでは行けそうか。いや、それも魔物次第か」
「ですね」
クラテル迷宮が全何階層かは分からないけど、コールさんが言うように1日1階層で調査をしていけば最終日は丁度第10階層に到達する事になる。
だけど今回は調査以外にも魔物素材の確保が目的だから、場合によっては第7階層とか第8階層辺りで調査を切り上げる可能性もあるわね。
もちろん階層の魔物全部が、AランクとかOランクなんていう可能性もあるんだけど。
「そういえば他のハンターって、ここまで下りてこれそうなの?」
「微妙ですね。第3階層のアマゾネス・クイーンに第4階層の海は、どちらも事前にしっかりと準備を整えておく必要がありますし、それでも不測の事態は起こりやすい。エンシェントクラスがいない限り、運がなければ第5階層まで辿り着くのは難しいでしょう」
「ウイング・クレストがここにいるって事はアマゾネス・クイーンは倒してきたんだろうけど、次のクイーンが生まれるまでのサイクルもまだ分からないから、判断は難しいですね」
それもあったわね。
今回も私達は、第3階層のアマゾネス・クイーンを倒している。
実際に倒したのはリディアとルディアだけど、前回ミーナとフラムが倒してから1ヶ月近く経ってるから、どれぐらいの頻度で次のクイーンが生まれるのかは分からない。
しかもその期間が一定とも限らないから、特定には相当な時間が掛かるわ。
「それもそうか。運が良ければ君らの後に来た連中が第4階層に下りてるだろうが、船がなければ何も出来ないから、そこまで準備してるかどうかだな」
「実際俺達がクイーンを倒して第4階層に下りたから、それに便乗してきたレイドが2つありましたね。どっちも船は用意してなかったから、諦めて第3階層に戻ってたけど」
「クイーンがいるから第4階層に行くつもりはなかったのか、情報が大袈裟だと思ってたか、どっちもありそうだね。とはいえ第3階層の階動陣近くまで行ける事を考えると、前者の可能性が高いか」
第3階層は階動陣までほとんど一本道だから、第4階層に下りるつもりが無くアマゾネス・クイーンを確認するつもりだっただけでも、私達の後についてくる事になる。
構造上それは避けられないから私達も気にしてなかったけど、あっちはちょっと気にしてたみたいで、第4階層に下りてから謝罪の言葉を貰ってるわ。
リディアとルディアの2人だけで、アマゾネス・クイーンを倒せるとも思ってなかったみたいだけど。
「そう言ってましたね。アマゾネス・クイーンを確認したら、少し第3階層の様子を見るつもりだったそうです。だけどリディアとルディアが倒したから、せっかくだからって事で第4階層が情報通りなのか確認したかったみたいです」
「そういう事ね。まあ気持ちは分かるし、一本道なんだからよくある事だわ」
情報は大切だけど、自分の目で確かめる事も同じぐらい大切だしね。
「だけど、そいつらも損したわね」
損って?
「いや、そりゃそうだろ。お前らと交渉して同行させてもらえば、第5階層には来れたんだ。第3階層の階動陣近くまで来れるんなら、ここでも十分に稼げただろうぜ」
あー、確かにそうだわ。
あの2つのレイドは第4階層を見てからすぐに第3階層に戻っちゃったから、交渉とかいう話じゃなかったのよね。
第5階層にシルケスト・クロウラーやグランシルク・クロウラーがいるとは思わなかったから、結果論ではあるけど確かに大損だわ。
ハイクラスには礼儀正しくてモラルも高い人が多いけど、だからこそ逆に損する事も多いのよ。
それでも十分に稼いでるはずだから、今回はご愁傷様って事で。




