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ヘリオスオーブ・クロニクル(旧題:刻印術師の異世界生活・真伝)  作者: 氷山 玲士
第一二章・変革するフィリアス大陸
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スラムの主

 ヒルデをソルジャーズギルドと共にデセオまで送った俺達だが、デセオの街に出ようとは思わなかった。

 ソレムネは天与魔法オラクルマジックを使えないため、魔導具も作れない。

 だから魔導具は他国からの輸入しかないんだが、ソレムネは周辺国に攻撃を仕掛けまくっていた事もあって、多くの魔導具が禁制品となっていた。

 さらにソレムネの商人が、輸入品を高値で売って暴利を貪っていた事もあって、市井に魔導具が出回る事は稀でもあった。

 だから風呂はもちろんマジック・トイレだって王侯貴族や豪商ぐらいしか持っておらず、そのせいで至る所に糞尿が溢れかえっていやがったんだよ。

 放置しておけば疫病の原因にもなるから、ラインハルト陛下やヒルデも焦って、俺達と交代した治安維持部隊に大量にトイレを持ってこさせ、ほとんど原価で各家庭に設置させようとしたんだが、そこでソレムネは通貨が異なる事が判明したから大変だった。

 何とか解決したとはいえ、それも最近の話だし、本格的な設置にはクラフターが必要だから、今は仮設公衆トイレを用意して急場を凌ぎ、クラフター登録をしているオーダーやセイバーが設置をしているらしい。

 それでもまだ3割程度しか設置が出来ておらず、さらにわざわざ公衆トイレまで行く事が煩わしく感じて自宅のトイレを使う者が多いから、衛生環境はあまり改善されていないみたいだ。

 自宅にマジック・トイレの設置が義務とは伝えているが、設置するためのクラフターが少ないために作業が滞っている事も理由らしい。


「クラフターを連れてくるのは明日になるけど、それでも全て設置するのにどれぐらいかかるか分かったものじゃないわね」

「さらに治安の方も問題です。犯罪奴隷となった元兵士はともかく、クラーゲン平原で捕虜となった兵士やデセオ駐留軍の中には、住民に乱暴を働く者が出てきております。もちろん捕縛していますが、数も少なくないため、迂闊に犯罪奴隷にしようものならすぐ人手不足になるでしょう」

「スラムの住人の方が、まだ従順ですね。スラムの主になる女傑は、我々と共に治安維持に協力してくれていますから」


 治安維持部隊を纏めているアソシエイト・セイバーズマスター ダーヴィドさんとアソシエイト・オーダーズマスター ディアノスさんも、この2週間ちょっとでかなりお疲れの様子だ。


「方針が定まっていませんでしたから、やむを得ないでしょう。ご苦労様でした」

「恐れ入ります」

「ヴィンセント代官、貴族はどうでしたか?」


 続いてソレムネ側の代官になる元宰相に、貴族の様子を訪ねる。

 兵の数が減っていようと、馬鹿どもからすれば反逆する絶好の機会だったからな。


「デセオ近郊では、アミスターに逆らうような愚を犯す者はおりませんでした。ですがいくつかの街の領主が、兵を集めているとの報告が入っております」


 やっぱりいたか。

 とはいえまだ兵を集めてる段階らしいし、その兵もあんまり集まってないらしいが。


「やはり出ましたか。明日わたくしの口からデセオの民に、正式な通達を行います。その領地の鎮圧は、その後で行う事としましょう」


 人数としてはソルジャーズギルド239人しかいないんだが、ハイソルジャーが50人近くいるし、グランド・ソルジャーズマスター デルフィナさんに至ってはエンシェントオーガ、さらにヒルデもエンシェントヴァンパイアだから、どれぐらいの数を集めてるかは知らんが鎮圧は容易だな。

 だけど逃げられる可能性はあるから、俺達も手伝おうと思う。


「それとスラムの代表ですが、会う事は可能ですか?」

「難しいですね。主の女傑は元将軍だそうですが、その女傑を中心にコミュニティが形成されていました。スラム内限定ですが治安も良く衛生環境も整えられていましたから、今更環境の悪い街に出ようとは思っていないでしょう」


 スラムの方が治安や衛生環境良いって、大問題じゃねえか。

 しかもダーヴィドさんとディアノスさんの話を聞くと、スラムだけに建物はボロボロだったりするが、その女傑さんの伝手でデセオ迷宮に入って食える魔物を狩ってたため、食い物や着る物は特に不足しておらず、仕事もそれなりにあるため、村みたいな集落と変わらない生活が出来ていたんだとか。

 それってスラムじゃないでしょ?


「スラムの住人は国民扱いされてないって聞いてたけど、帝王のお膝元でそんな真似が出来てたとはね。その主の女性、かなりのやり手だわ」

「仰る通りです。本人はもちろんデセオ迷宮に入る者はハイクラスも少なくないため、ソレムネ軍も迂闊に干渉出来なかったという理由もあります。衛生環境も、直接バリエンテやアレグリア、リベルターに出向いて入手した魔導具で整えたようで、デセオの街より快適でした」

「それはそれで問題ですね。ですがスラムの主がそのような女性なら、我々に協力もしてくれるのではありませんか?」

「既にその約束は取り付けてあり、ソルジャーズギルドへの登録も意欲的な者が多かったですね。主が陛下にお会いになりたがらない理由は、スラムの主が気軽に一国の王に会う訳にはいかないと考えているからです」


 やってる事もだが、考えも立派だな。

 ソレムネ軍の元将軍って事だが、ソレムネ軍にもそんな事を考えてる人がいるとは知らなかった。


「是非お会いしたいですね。ソルジャーズギルドも信頼出来る人手が増えますから、デセオの早急な治安回復が見込めます」


 グランド・ソルジャーズマスター デルフィナさんのセリフに、アソシエイト・ソルジャーズマスター ティリアさんも大きく頷く。


「ならばやはり、こちらから出向くしかないでしょうな」

「ですな。彼女は帝王に諫言したために、付き従う部下と共に軍を追われたと聞いていますから、城に呼び付けるのは気が引けます」


 そんな理由で軍を追放されたのか。

 そういや直接見えたソレムネの軍人は、横暴で傍若無人なクズばかりだった。

 いち兵士ですらソレムネのフィリアス大陸、そしてヘリオスオーブ統一を信じていたし、自国民以外は蔑んでいやがったからな。

 今は立場が逆になってるが、略奪とかされてないだけマシだろう。

 オーダーズギルドもセイバーズギルドも、略奪なんかしようもんなら即座に首が、物理的に飛ぶからな。


「では早速、先触れを送りましょう。ですが場所が場所ですから、多機能獣車では入れません」

「途中までは問題ないのですよね?」

「無論です」


 来て早々、スラムの主っていう元将軍のとこに行くのか。

 いや、ダーヴィドさんやディアノスさんからも評価が高いから、早い方が良いのは間違いないな。

 デセオは歩きたいとは思わないが、スラムの方が快適だって事だし、俺も興味あるから護衛としてついて行こう。


「ヒルデ姉様、私も行くわよ」

「あたしもよ。どこの街でもスラムは生活するのも大変なのに、デセオじゃ逆になってるって事だし、興味があるわ」


 マナとプリムもか。

 いや、同行したうちのメンバーはみんな興味ありそうだな。


「では護衛として……過剰戦力ですね」

「過剰ですね」

「陛下もエンシェントヴァンパイアに進化されたと聞きますからな。グランド・ソルジャーズマスターのデルフィナは当然としても、あまり大勢で押しかけるような場所でもありません。殿下方には申し訳ありませんが、人数はあと2人程度でしょう」


 確かにいきなり大勢で押しかけるのも非常識だし、仕方ないか。


「でしたら大和様、同行をお願い出来ますでしょうか?」

「俺?いや、勿論構わないが、俺で良いのか?」

「はい。夫となる方と一緒に出歩いても、おかしなことではありませんから」


 そりゃ確かにそうだ。


「あたし達も行きたかったけど、仕方ないか」

「ヒルデ様はアルカに来られない日もありますからね」


 なんかみんなも、仕方ないって感じで納得してるな。


「それと真子さん、あなたも同行して頂けますか?」

「私もですか?構いませんけど、何故私を?」

「あなたは(アダマン)ランクヒーラーでもありますから。スラムの衛生環境は整えられていると聞いていますが、初めて行く場所ですから警戒はしておきたいのです」


 俺もなんで真子さんをって思ったけど、確かに言われてみればそうだよな。

 出向くのはハイクラスやエンシェントクラスだから病気に罹る可能性はほとんどないんだが、襲われて怪我をする可能性はゼロじゃない。

 しかもこれから会いに行く元将軍はハイクラスでレベルも高い方らしいから、エンシェントクラスであっても油断はしない方が良いに決まってる。


「そういう事なら、確かに私が適任か。分かりました」


 となるとヒルデの護衛件同行者は俺に真子さん、デルフィナさん、ソルジャー5名で、ダーヴィドさん以下セイバー3名が案内か。


「多機能獣車は入れないって事だし、こっちを使うか」

「こっちって……ああ、最初に作った獣車か。人数的には問題なく乗れるし、街中で使う分には特に警戒も必要ないでしょうね」


 さすがに一国の女王に、徒歩で向かってもらう訳にはいかないからな。

 インベントリから最初に作った箱型獣車を取り出し、ジェイドに引いてもらおう。

 本当はバトル・ホースかグラントプスの方が警戒させずに済むんだが、グラントプスはアプリコットさんしか契約してないし、バトル・ホースは1匹じゃ獣車を引けないから、今回は仕方がない。


「インベントリが使えると、本当に便利よね。多機能獣車だって、誰かに預けなくてもいいんだから」

「本当にね。でも小型の獣車は、もう1台ぐらい用意しておくべきじゃない?」

「そうした方が良いか」


 多機能獣車を作ってからはほとんど使ってなかったが、それでもエンシェントクラスの魔力のせいでガタがき始めてるから、ある程度の生活空間を確保した獣車を作って、最初に作った獣車を改装して街乗り用にしてみるか。

 幸いまだ天樹の枝が2本ばかり残ってるから、獣車1台分ぐらいなら余裕で作れる。

 フィールに戻ったら依頼を出そう。


「では準備が整い次第、ウイング・クレストの獣車で出発します。どれほどかかりますか?」

「1時間もあれば整います」

「分かりました。では手配をよろしくお願いします」

「はっ!」


 出発は1時間後か。

 来て早々スラムに行く事になるとは思わなかったが、デセオの街より衛生環境が整ってて、治安も良いなんて更に思いもしなかった。

 既にスラムとは言えないと思うが、だからこそ逆に興味が沸く。


「ではデルフィナ卿、同行するソルジャーの選出をお願い出来ますか?」

「はっ!ハイソルジャーで固めます」

「ティリア、あなたは仮設宿舎や仮設ギルド庁舎建設の指揮をお願いします」

「お任せください」


 予定じゃ今日明日中に仮設ギルド庁舎の建設を終わらせて、各ギルドからの出向者を連れてくる手筈だから、仮設建設は最優先事項になる。

 出向するギルド関係者もソルジャーと結婚してたり恋人だったりするから、仮設宿舎の部屋は広めのを用意してきているし、住まいに関しては問題ない。

 衛生管理用の魔導具も用意されてるから、飯はもちろん、共同とはいえ風呂やトイレもあるぞ。

 問題となるのは住民との軋轢だが、仮設ギルド庁舎は多機能獣車の1台を使う事になってるし、ソルジャーも必ず護衛に付いてるから、多少の問題は何とか出来るだろう。

 言いがかりをつけてくる輩は出るだろうし、高圧的に出てくる馬鹿もいるだろうが、ソレムネは敗戦国だから、あんまり酷いようなら捕まえる事になるらしいし。

 いずれはこちら側の施設や待遇に文句を言ってくる連中も出てくるかもしれないから、確か見せしめっていう意味でも必要があるって結論になったんだよな。


 ちなみに連合軍に参加したアミスター・アライアンスのハンター達も、ハンターズギルドの仮説支部が完成したら来る事になっている。

 デセオ迷宮に興味があるそうだし、ラオフェンっていう町の近くにも未攻略の迷宮ダンジョンがあって、しかも行軍中に迷宮放逐(イクスペルド)だか迷宮氾濫(スタンピード)だかも起こしてたから、早めに調査をした方が良いって言ってたな。

 余裕が出来たら、俺達も行ってみるか。

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