連合王国の貴族
Side・フラム
ギムノス陛下からガグン大森林のお話を聞いていると、突然獣車が止まりました。
御者のヴィオラさんが上手くレアンとファーを宥めてくれたようで、思ったほど急にというワケではありませんでしたが、何かあったのでしょうか?
「何かあったのかしら?」
「多機能獣車が珍しいから、寄越せって事じゃない?」
「ああ、あり得るわね」
私達の他にも10のユニオンが使っていますし、オーダーズギルドも15台所有している多機能獣車ですが、開発も所有も全てアミスターですし、バリエンテで使ったのは今回が初めてですから、珍しいのは間違いありません。
ですから貴族かトレーダーが出てきて、こちらに譲れと声高に叫んでいるというワケですか。
「面倒な。仕方ない、行ってくるか」
「いや、済まぬがしばし様子を見たい。迷惑をかけるが助力願う」
大和さんがウンザリとした表情で表に出て行こうとされましたが、それをギムノス陛下が止められました。
様子を見たいと仰られていますが、何かお考えがあるのでしょうか?
「状況次第ですね。力づくでこの獣車を手に入れようとしてるんなら、こっちも黙ってられませんよ?」
「承知しているし、当然の話よな。だが我としては、誰が何を考えているのかを見極めたい。既に連邦天帝国、並びにバリエンテ、リベルターの分譲独立の話は、国中に告知している。そのような時期に馬鹿な真似をするような者は、天帝国には不要だ」
なるほど、つまりギムノス陛下は、この機会にこのような真似をした貴族なりトレーダーなりを処分されるおつもりですか。
連邦天帝国樹立後は、法もアミスター準となりますから、今まで横柄な態度を取っていた貴族や横暴なハイクラスも罰せる事が可能になりますし、アミスターとしてもそのような人物を重用する事はあり得ませんから、この件を理由にバリエンテ内の不安要素も排除されるという事なのでしょう。
「そういう事でしたら、あたしもお手伝い致します。顔見知りの可能性もありますから」
「手間を掛けるが頼む」
「なら音声は、私が拾います」
バリエンテの貴族だったプリムさんも、バリエンテの貴族には顔見知りがおられます。
ですからギムノス陛下と共にキャビンから様子を見て、判断をされる事になりました。
声も真子さんが、火性C級探索系刻印術式キャンドル・リーフという刻印術を使い、キャビン内でも聞こえるようにされるそうです。
刻印術って、何でも出来ますよね。
「大和様、大変です!」
そこまで決めてから、ユリアちゃんがリビングに駆け下りてきました。
「貴族かトレーダーが、この獣車を寄越せとでも言ってきたか?」
「それもなんですが、キャロル様も連れて行こうとしているんです!」
キャロルさんまで、ですか!?
ですがそんな事を、ラウスが許すはずがありません。
という事は、今は一触即発という事ですか?
「陛下、これは様子を見るまでもないんじゃありませんか?」
「確かキャロル嬢は、ベルンシュタイン伯爵のご令嬢であったな。ならば早々に、処分を下すとしよう」
ベルンシュタイン伯爵家はアミスターの伯爵家ですから、バリエンテの貴族どころか王族でも好きには出来ません。
そのような貴族は、アミスターを主体とした連邦天帝国建国後も問題を起こすに決まっていますから、早々に処分を下さねば分譲独立するバリエンテに不利益をもたらします。
ですからギムノス陛下も、躊躇いなく処罰を科されるでしょう。
「ラウスやキャロルさんの事ですから、私も行きます」
ですが私も、黙っているワケにはいきません。
ラウスは私の弟のようなものですし、キャロルさんはラウスの婚約者なのですから。
「じゃあ、あたし達にケンカを売った馬鹿のツラを拝みに行こっか」
ルディアさんの意見に、全面的に賛成です。
私は真っ先に、階段を駆け上がりました。
「貴様!この僕に逆らって、ただで済むと思ってるのか!?」
「知らないよ!先に手を出したのは、そっちじゃないか!」
外に出ると、ラウスが貴族と思える男性ラビトリーと言い合いをしていました。
何人かは獣車の近くに倒れていますが、多分無理矢理獣車とキャロルさんを手に入れようと力で訴えてきたために、ラウスが撃退したということなんでしょう。
「僕はこの国の侯爵で、獣王陛下の信も厚いんだぞ!貴様のようなハンター如きが、歯向かっていい相手じゃないんだぞ!」
「だから何だ!貴族だからって、何をしても良い訳じゃないだろ!」
「この国では貴族は絶対だ!いいから貴様は、僕にその女と獣車を寄越せばいいんだ!」
身勝手な言い分に、私も呆れたらいいのやら怒ったらいいのやら……。
「そこまでにしときなさい。これ以上バリエンテの恥を晒すようなら、あたしが直々に消してもいいのよ?」
「ハンター風情が……プ、プリムローズ・ハイドランシア!?馬鹿な!ハイドランシア公爵家は改易されたばかりか、反逆罪で処刑されたはずじゃ!」
「確かに父様は処刑されたけど、その疑いは晴れているわ。シュトレヒハイト・フライハイト、レイン・エスタイト、ギルファ・トライアルが真の国賊であり、父様とギムノス陛下は、そいつらが国を乗っ取るために暗殺を仕組まれていたってね。確かあんたは、シュトレヒハイトの配下だったわよね?ねえ、ロイバー・ボーゲンシュッツェ侯爵?」
プリムさんの顔を見た瞬間、真っ青な顔になる貴族、ロイバー侯爵。
シュトレヒハイト王爵の配下という事なら、この貴族も裏切り者という事になりますか。
「だ、黙れ!今の貴様は王位継承権どころか貴族ですらない!たかが平民風情が、僕に逆らうな!」
「あんたは聞いてないの?バリエンテはアミスターに併合され、小国として独立する。だけどその実態は、自治権の強い貴族領と大差ない。だから法も、アミスターの物に変わるわ。つまりあんたみたいな悪徳貴族は、真っ先に処罰の対象よ」
「なっ!そ、そんな馬鹿な事が!」
「既に周知はしているはずだ。このセントロに居を構えている以上、知らなかったとは言わせぬぞ?」
「ギ、ギムノス陛下!?」
畳み掛けるプリムさんですが、ロイバー侯爵はアミスターとの併合を信じていなかったようです。
ですがギムノス陛下まで出て来られましたから、信じようと信じまいと、ロイバー侯爵には関係のない話ですね。
「ロイバー・ボーゲンシュッツェ。この獣車には我ばかりかアミスター王女殿下もおられ、所有者は殿下の夫君だ。さらにそなたが連れ去ろうとしたキャロル嬢は、アミスターのベルンシュタイン伯爵家令嬢であらせられる。これはアミスターに対する宣戦布告に等しい暴挙だが、そなたはその愚挙を理解しておるのか?」
「なっ!?」
青を通り越して白くなった顔色になったロイバー侯爵ですが、やはり知らなかったようですね。
知っていたらこんな馬鹿な事はしないでしょうが、貴族だから何をしても許されると考えているようですから、絶対とは言えませんか。
「此度の暴挙は、バリエンテを預かる獣王としてもいち貴族としても、見過ごす訳にはいかん。また先程捕らえたシュトレヒハイトとの関係も問い質す必要がある故、そなたの身柄は獣騎士団に預け、処罰はその後となる。覚悟しておくがよい」
フィリアス大陸を1つに纏め、アバリシアに対抗するという目的がありますから、バリエンテの併合が拒まれる事はないでしょうが、小国としての独立が叶うかは分からなくなりますから、ロイバー侯爵のみならず、貴族特権とやらに凝り固まった貴族の処罰は必要です。
ロイバー侯爵は見せしめとして、ほぼ確実に改易されるんでしょうね。
「こ、この……この国賊がぁぁぁぁぁっ!」
逆上したロイバー侯爵は、あろうことか剣を抜き、ギムノス陛下に向かって突進してきました。
「させない!」
「極刑どころか、一族全てが連座決定ね」
ですがプリムさんが結界魔法でギムノス陛下をお守りし、ラウスは剣を掴んで止めています。
ラウスはハイクラスですがレベルは62ですから、それぐらいの事は問題なく出来ます。
「ば、馬鹿な……」
「あたしが結界魔法を使わなくても、大丈夫だったわね」
「やったのは初めてですから、万が一はありましたよ」
そう言いながらラウスは、ロイバー侯爵の剣を握り潰しました。
魔力の感じから、ロイバー侯爵がノーマルクラスだという事は分かりますから、ラウスとのレベル差は、おそらく倍はありそうです。
ですからラウスが剣を掴み損ねる事はありませんし、ギムノス陛下に凶刃が届く事もなかったでしょう。
プリムさんは反射的に結界魔法を使われたようですね。
「我に剣を向けた以上、国家反逆罪が適用される。取り調べも、より過酷となろう。連れて行け」
「はっ!」
同乗していた近衛獣騎士が、ロイバー侯爵や倒れている者に縄を打ち、1人が獣王城まで伝令に走っていきました。
罪人護送用の獣車を用意するためでしょう。
「迷惑をかけたな。謝罪は後程、正式に行わせてもらう」
「お気になさらず。バリエンテは先だっての内乱で荒れていますから」
「アミスターへの併合を機に内部の浄化をお考えなのですから、今後もこのような些事は起こり得るでしょう。私達としては、陛下の御身が心配です」
マナ様とユーリ様が仰る通り、今回の件でギムノス陛下の暗殺を企む者は出てくるでしょう。
仮にギムノス陛下が暗殺されてしまったとしても、バリエンテの併合は西の王爵でプリムさんの従姉にあたるネージュ・オヴェスト様、北の王爵を継いだリヴィエール・ロッドピース様はもちろん、セントロを含む中央西部、旧フライハイト王爵領の統治を任される2つの公爵家はギムノス陛下を支持されていますから、最終的に併合されるという事実に変わりはありません。
ですがその場合、オヴェストとロッドピースは独立しますが、セントロを含む王家直轄領、旧フライハイト王爵領、旧トライアル領は独立をせず、アミスターの一地方としての併合となりますから、条件としてはこちらの方が悪くなります。
その事も含めて伝えられているはずなのですが、ギムノス陛下の暗殺を試みるような貴族は先の事を見据えるようなことはしませんから、短絡的な行動を起こすのではないかと思えます。
「その点については、近衛獣騎士達に負担を掛けてしまう事になろう。だが天帝国建国までに、不要な膿は出さねばならぬ。我の命でその膿が一層できるのであれば本望だ」
「ですが!」
「無論、簡単に死ぬつもりはない。ハイクラスにこそ進化しておらぬが、我もレベル40故、少々の難事は乗り切ってみせよう」
ギムノス陛下の御意思は固いようですから、翻意を促すのは無理みたいな雰囲気が……。
「では参ろう。歓待としては最低限のものになろうが、シュトレヒハイト捕縛の立役者なのだ。精一杯持て成させていただこう」
「急なお話ですから、そこまで気を遣って頂かなくても構わなかったのですが」
「そういう訳にもいかぬ。メンツもある故な」
「分かりました。ではご招待に預かります」
歓待など無用と言いたいですし実際にそうなのですが、ウイング・クレストにはマナ様、ユーリ様というアミスターの王女殿下がおられますから、国としては歓待しないワケにはいきません。
私にはよく分からないお話ですが、その手のお話は何度も聞いていますから、必要な事だと割り切りましょう。




