会議前の打ち合わせ
Side・ラウス
大和さんとエドさんから、完成した双剣とクレスト・ディフェンダーコートを押し付けられた。
確かにこれはウイング・クレストの新メンバーで、俺の婚約者になるセラス様の物になるんだけど、だからって有無を言わせず押し付けなくても良いと思うんだ。
いや、俺が渡すべきではあるんだけどさ。
会議当日の朝、レックスさん、ローズマリーさん、ミューズさんとフィールの入口で合流した俺達は、大和さんのトラベリングでフロートに向かった。
会議はお昼からだけど準備や打ち合わせもあるし、セラス様だけじゃなくセラス様の姉君シエル様にも星球儀を作ってるし、何よりセラス様のウイング・クレスト加入手続きもしなきゃだからね。
俺達も会議に参加する事になってるけど、エンシェントクラスの大和さん達はともかく、俺達は必要ないとも思う。
そんな事を考えてるといつのまにか天樹城に到着して庭園に通されてて、しばらくするとラインハルト陛下、エリス殿下、マルカ殿下、シエル様、セラス様もやってきた。
「朝早くからすまないな」
「仕方ないわよ。ソレムネの統治はしっかりと行わないと、アバリシアに付け入る隙を与える事になって、フィリアス大陸どころかヘリオスオーブの情勢が不安定になるんだから」
その辺の事情は俺にはよく分からないけど、ソレムネはアバリシアから蒸気戦列艦の設計図を手に入れて、それを量産していた事はさすがに知っている。
だけどその設計図は、アバリシアが故意にソレムネの諜報員に渡していて、ソレムネがフィリアス大陸を統一したら蒸気戦列艦ごと討ち滅ぼす事で、ヘリオスオーブの支配しようと考えていたらしい。
その証拠、になるのかな?
ソレムネの蒸気戦列艦は鉄製だけど、アバリシアは砲弾も含めて神金製だって予想されているし、大和さんが開発したハイドロ・エンジンも実用化していると考えておくべきだって言ってた。
鉄の蒸気戦列艦はハイクラスでも沈められるし、俺もエスペランサ沖で沈めた事あるけど、神金製の蒸気戦列艦だとエンシェントクラスでも簡単にはいかないと思う。
「フィリアス大陸でも、神金を用意出来れば別なんでしょうけどね」
「さすがにそれはね。でも翡翠色銀、青鈍色鉄、そして瑠璃色銀という合金があるから、神金にも対抗は可能でしょう」
エリス殿下の言う通り、大和さんが提案してエドさんが完成させた3つ合金、翡翠色銀、青鈍色鉄、瑠璃色銀は、神金に匹敵する性能を持っている。
翡翠色銀と青鈍色鉄は一段劣るけど、瑠璃色銀はほとんど同じ性能になってるから、神金製の武器を持っているアバリシアが相手でも、こちらが一方的に打ち負ける事は無いかな。
瑠璃色銀は俺達以外だと一部の人達しか使ってないから、そこは考えないといけないと思うけど。
「瑠璃色銀については、また今度考えるよ。まだ翡翠色銀や青鈍色鉄だって、広め始めたばっかだからな」
「それに瑠璃色銀は軽いから、金剛鉄や青鈍色鉄を使ってる人には、ちょっと使いにくいだろうしね」
瑠璃色銀は魔銀と同じぐらい、神金は鉄と同じぐらいの重さだから、魔銀、翡翠色銀を使ってる人には使いやすいんだけど、青鈍色鉄は金剛鉄より少し軽いぐらいだから、こっちを使ってる人には使いにくい。
比率を研究すれば重い瑠璃色銀も出来るんじゃないかって思うけど、大和さんもラインハルト陛下も、翡翠色銀と青鈍色鉄が出回ってからだって考えている。
青鈍色鉄はともかく、翡翠色銀の需要が無くなる可能性があるから、これは仕方ないみたいだ。
「ところで陛下、レティセンシアの動きはどうなっているのですか?」
そのアバリシアの属国で、アミスターの北の隣国レティセンシア皇国は、アバリシアからもたらされた魔化結晶っていう魔導具を使って、俺達が拠点にしているフィールを奪おうと画策していた。
大和さんとプリムさんがフィールに来たから無事に解決出来たけど、そうじゃなかったらどうなっていたか、全く分からない。
しかも終焉種オーク・エンペラー、オーク・エンプレスまで生まれていたから、下手したらフィールどころかアミスターそのものが滅んでいた可能性も低くなかったんだ。
そのレティセンシアの王女や大使も処刑しているから、いつレティセンシアと開戦してもおかしくはないっていうのが、今の状況だったはず。
「ギルドが撤退し、トレーダーズギルドも規模を縮小しているからな。兵は集められても糧食が集まっておらず、難儀しているようだ。皇王はトレーダーズギルドに圧力をかけているが、レティセンシアのヘッド・トレーダーズマスターは突っぱねているとも聞いている」
無茶を言ったら、今度こそ完全にトレーダーズギルドも撤退するんだから、皇王も無茶を言えないのか。
「食料供給率が落ちてるのに軍を派遣って事になったら、本当に餓死者が出るからね。それでも馬鹿な皇王家は何とかアミスターに軍を送りたいらしく、ハイクラスのみで部隊を編成中っていう報告もあったね」
ハイクラスのみの部隊か。
でもレティセンシアのハイクラスって、50人ぐらいしかいないんじゃなかったっけ?
「正確に把握している訳ではないが、多くても100人程度だろうな。レベルも50超はいないようだから、特に気にする必要もないだろうが」
まあエンシェントクラスが20人近くいるアミスターからしたら、歯牙にもかけない相手だよね。
レティセンシアが攻めてくるとしたら北からで、ポラルっていう町の北側が戦場になるんだけど、そのポラルにはエンシェントウルフィーのバウトさん率いるトライアル・ハーツがいるから、その戦力じゃポラルを落とす事も出来ないと思う。
「懸念事項は、魔化結晶だな」
魔化結晶か。
魔物を異常種や災害種に進化させ、人間を魔族に変化させる魔化結晶は、アバリシアが開発したと言われている。
しかも魔族に変化すると、ノーマルクラスはハイクラス並、ハイクラスはエンシェントクラス並の魔力になるみたいなんだ。
ハイクラスでも相手は出来るけど、かなり大変だって話だったかな。
「アバリシアが用意してくれるかどうか、ですかね」
「グラーディア大陸まで、どれぐらい掛かるのかも分かってないしね」
「ソレムネはグラーディア大陸で諜報活動してたみたいだから、しっかりと情報を吸い上げておくべきね」
あ、そっか。
アバリシアが魔化結晶を提供してくれるか分からないし、仮に提供してくれるとしてもグラーディア大陸までは船で行く事になる。
フィリアス大陸からグラーディア大陸に行った事があるのは、スパイを送っていたソレムネぐらいだから、片道どれぐらいの船旅になるかも分からないんだ。
「いや、それは既に聞いている。プレシーザーの引く船で、片道1ヶ月程らしい」
「1ヶ月?またけっこう距離がありますね」
「ああ。アバリシアはハイドロ・エンジンを使っていると考えると、もう少し短くなるだろうがな」
そんなにかかるんだ。
プレシーザーの引く船はだいたい時速20~30キロぐらいで、休憩を入れても1日に8時間進めるかどうかだから……えーっと、どれぐらいの距離になるんだっけ?
「4,000キロ以上あるわね。日本からハワイぐらいまでの距離かしら?」
「おお、けっこうあるな」
いや、大和さんや真子さんの世界の地名を言われても、さっぱり分かりませんよ?
4,000キロって事だから、すごく遠いって事は分かったけどさ。
「距離もそうだけど、無事にレティセンシアまで運んでこれるかっていう問題もあるわね。海の魔物は大型種も多いから、神金製の蒸気戦列艦でも沈められる恐れがあるわ」
そっちの問題もあったっけ。
海には未知の魔物も少なくないって考えられていて、さらに大型種も珍しくない。
大型の魔物は大きさに見合った攻撃力に防御力、耐久力を持ってるから、神金製の蒸気戦列艦でも倒すのは難しいだろうし、逆に沈められる事になっても不思議じゃないや。
「時間的に考えると、アバリシアまで往復出来る時間はあったワケだから、警戒しておくに越したことはないわね」
「当然だな」
出来るか分からなくても、無警戒なんて自殺行為だもんね。
「レティセンシアの問題は、リベルターにとっても無関係ではないから議題の1つになっている。対策については、会議で正式に決定する事になるだろう」
雪で進軍が不可能なアミスターと違って、リベルターには大きな川がある。
リベルターはレティセンシア側の橋を落として、侵略を阻んでいるって教えてくれた。
「それを含めての会議ですしね」
「ああ。それで大和君、例の物は完成したと思っていいのか?」
おっと、ここで話が変わった。
ラインハルト陛下の言う例の物って、間違いなく星球儀の事なんだろうな。
「ええ、エド達が頑張ってくれました」
そう言ってストレージから星球儀を取り出す大和さん。
やっぱりか。
「ありがとう」
大和さんから星球儀を受け取ったラインハルト陛下は、自分もストレージからコートと帽子を取り出した。
あれがシエル様に贈られる装備なんだ。
俺もセラス様に贈る双剣とコートを出さないと。
「シエル、待たせたな。受け取ってくれ」
「ありがとうございます、陛下」
輝くような笑顔でラインハルト陛下から受け取るシエル様。
戦闘経験がほとんどないシエル様だけど、ラインハルト陛下もエリス殿下もマルカ殿下もハンターだから、ご自身もハンター登録をすると決められていた。
だけどそうすると、武器や防具はどうするのかっていう問題が出てくる。
だからラインハルト陛下は、大和さんに星球儀の製作依頼を、アイヴァー様にコートと帽子の製作依頼を出されていたんだ。
おっと、俺もセラス様に渡さないと。
「セラス様、ウイング・クレストにようこそ。これからよろしくお願いします」
「ああ!感謝する、ラウス!」
セラス様も嬉しそうに受け取ってくれた。
この後ハンターズギルドに行って、シエル様のハンター登録とセラス様のウイング・クレスト加入手続きをする事になってるから、早速着替えてくるみたいだ。
シエル様も星球儀と一緒にコートを受け取ったから、こちらも袖を通してみたいんだと思う。
一度身に付ければ奏上魔法イークイッピングで、いつでも瞬時に着用出来るからね。
「星球儀の説明は、これに書いてあります。陛下も目を通しておいて下さい」
「分かった。どれ……」
大和さんから星球儀の詳細書を受け取ったラインハルト陛下は、すぐに目を通し始めた。
どんな武器かしっかり理解しておかないと、大袈裟じゃなく命に関わるから当然だね。
あ、エリス殿下とマルカ殿下も、後ろから覗き込んでるや。
「アリアちゃんやレイナちゃんと同じ星球儀のはずなのに、用途は随分違うんだね」
「本当ね。2人の星に当たる物が大きなカード型になっていて、それが盾になるのはもちろん、攻撃にも使えるなんて」
「核になってる天魔石が星球儀の本体で、星とかカードとかはオプションみたいなもんですからね」
そうだったんだ。
ということは、作ろうと思えばもっと違う見た目の星球儀も作れるのかな?
あ、イヤ、ダメだ。
星球儀の核となってる天魔石はMランクモンスターの魔石を使ってるからこそ、とんでもない数の魔法を付与出来ていたんだった。
付与する魔法の数を減らせばGランクモンスターの魔石でもいけるかもしれないけど、どう考えても性能が落ちるんだから、それなら杖にした方がまだ良い気がする。
「だがこれはありがたい。シエルの戦闘経験は皆無と言ってもいいからな」
「本当ね。カードを繋ぎ合わせれば大盾にもなるから、身を隠す事も出来るじゃない」
「俺の念動魔法を付与させてますから、ちょっとやそっとの衝撃じゃ動きませんけど、過信だけはしないで下さい」
「それは当然だな」
ラインハルト陛下達も一流のハンターだから、武器がすごくても過信なんてしないか。
だけど戦闘経験の無いシエル様の安全を考えて作ってるし、大和さんの念動魔法だけじゃなくプリムさんの結界魔法にミーナさんのシールディングも付与されてるから、Gランクモンスター辺りまでの攻撃なら防げるんじゃないかな?
そういや今度、レイナの星球儀グリフィスライト・スターに、フラム姉さんの魔眼魔法も付与させてみるみたいなことを言ってたな。
グリフィスライト・スターはグリフォンの魔石を使っていて、外観はグリフォンを模している。
そのグリフォンの目に当たる所から、魔眼魔法を使えるようにしてみたら面白いんじゃないかって話なんだ。
魔眼魔法は鑑定系の協会魔法も使えるんだけど、大和さんやフラム姉さん、真子さんが考えてるのは金縛りとか衝撃波とかなんだってさ。
確かに面白そうだし使いやすそうだけど、エンシェントクラスの魔眼魔法なんて付与させたらどうなるか分からないよ。
でもレイナも乗り気だから、アルカに帰ったら改造するんだろうなぁ。




