ヘリオスオーブの船事情
Side・マナ
リオに派遣されているアライアンスに多機能獣車を渡した後、私達はベスティアに寄ってからアルカに戻った。
ベスティアでリベルターの情報を集めてからフロートに飛んで、お兄様と情報を交換しあったんだけど、驚いた事にリベルターは、国土の4割近くをソレムネに占領されてしまっていたわ。
普通これだけの被害が出れば、アミスターやトラレンシア、アレグリアに援軍を要請するものだけど、ベスティアどころかフロートにも救援要請は届いていないから、リベルター議会に裏切り者がいて、ソレムネと内通してるって事なんでしょうね。
だけど救援要請が無いのに勝手に派兵なんてしてしまったら、ソレムネの問題が片付いた後で、今度はリベルターとの間で問題が起きてしまう。
だからお兄様もグランド・オーダーズマスターも、今の所は静観する事に決めているわ。
大和や真子はハンターとして行く事を考えてたみたいだけど、ウイング・クレストはアミスター所属のユニオンだし、大和はOランクオーダーでもあるから、それを問題にしてくる議員はいる。
だから2人には申し訳ないけど、本当に救援要請が出るまで、私達に出来る事は無いのよ。
だからなのか一夜明けた今日、大和と真子はやり場のない怒りを、魔物にぶつけているような気がするわ。
「ここにもアイスバーグ・スワンがいたとはな」
「確か異常種が多いと、災害種が出てくる可能性も上がるんだっけ?」
「いや、異常種と災害種が同時に出る事は無いって聞いた覚えがあるな」
現在私達はセリャド火山に来てるんだけど、そこにもP-Iランクモンスターのアイスバーグ・スワンがいたの。
だけどそのアイスバーグ・スワンは、既に大和と真子によって倒されている。
しかも氷に高い耐性を持っているはずのアイスバーグ・スワンを、ニブルヘイムとアルフヘイムの結界だけで、一歩も動かずに倒しちゃったのよ。
私達はもちろん、プリムだってドン引きだったわ。
「……私の戦闘訓練も兼ねてると聞いているのですが、私にもあのような事をやれということなのですか?」
「なワケないでしょ。アリアは無理をせず、確実に魔法を使ってれば良いわ」
既にアリアの専用装備も完成していて、やっと今日初の実戦に出て来れたんだけど、いきなりP-Iランクモンスターを一歩も動かずに倒されたりなんかしたら、普通はドン引きものよ。
なのにアリアは、引いてこそいるものの、思ったよりダメージは少ない感じがする。
ああ、アリアは戦闘経験が皆無だから、魔法での援護を主体にしてもらう事になっているわ。
だから武器はユーリと同じ短杖か、真子やキャロルみたいな長杖がいいと思ってたんだけど、大和が面白い武器を考案して真子もグイグイと推してきたから、それを使うことにしたの。
その武器、大和は星球儀って言ってたけど、ムーンライト・ドラグーンの魔石を加工した天魔石を核に、周囲には火、水、風、土、雷、氷、光、闇の魔石を星のように巡らせ、太陽と三日月を合わせたような装飾が施されている。
天魔石が太陽に該当するらしいんだけど、三日月部分はアリアの身を守るための盾を展開する事も可能で、非力なアリアでも吹き飛ばされないよう、念動魔法のサポートも入るわ。
そもそもその核になる天魔石は、私と大和、プリム、真子の属性魔法だけじゃなく、大和の念動魔法とプリムの結界魔法までフラムが融合魔法で融合させ、その上でムーンライト・ドラグーンの魔石を加工しているから、馬鹿みたいな性能の天魔石になってるわ。
全属性の念動結界天魔石、とでも言うべきかしら?
闇属性だけは誰も適正がないからちょっと弱いんだけど、それでもヘリオスオーブ史上初と言っても過言じゃない性能で、普通に国宝級の代物よ。
さらに各属性の魔石も、最低でもGランクモンスターの物を使ってるから、魔法の補助としては最高級の代物に仕上がっているわ。
柄とか取っ手とかはないから持ちにくいんだけど、念動魔法で思い通りに動かせるようになっているから、アリアの周囲に浮いているのも面白いわね。
防具となるクレスト・ディフェンダーコートは、基本は同じなんだけど、プリスターが身に付けてもおかしくないように装飾や装甲は控えめになっている。
教皇猊下、っと、グランド・プリスターズマスターと似た感じのデザインって言うべきかしらね。
スカートはプリスターの袴と同じような感じで、色は赤。
コートは胡粉色っていう、僅かに黄色がかった白色だから、プリスターとしても十分に使える逸品だと思うわ。
それでも大和や真子は、違和感がするって言ってたけど。
あ、星球儀の名前はスターライト・オーブっていうの。
「悪い悪い。次はアリアにも戦ってもらうよ」
「とはいえ、無理はさせないから安心して」
そんな事を目の前の客人2人に言われても、到底信じられないわよ。
「分かりました。私のレベルでは、セリャド火山の魔物はもちろんお2人にもに効果はありませんから、誤射してしまっても大丈夫ですよね?」
アリアのレベルは27だから、群れでセリャド火山に生息しているアイシクル・タイガーには、あまり効果は望めない。
だから遠慮せずに魔法を使ってもらいたいとは思ってるんだけど、それでも誤射ぐらいは気を付けてもらいたいわ。
いえ、確かにエンシェントクラスの私達は、アリアどころか並のハイクラスの魔法でも、完全に防ぐ事は出来るんだけどさ。
「私達は構わないけど、白雪には誤射しないでよ?」
「もちろんです」
真子は召喚契約を結んだスリュム・ロードの仔、白雪を連れてきている。
白雪はスノーミラージュ・タイガーという種族に進化しているから、モンスターズランクはジェイドやフロライトと同じP-Rだと思う。
まだ生まれたばかりだから、実際にはSランク相当だと思うけど、それでも普通の従魔よりは強かったりする。
だからってワケじゃないけど真子はバトル・ホースの楓も召喚しているし、私もルナ、スピカ、シリウスを、他のみんなも従魔を連れているわ。
「あたしも早く従魔契約を結びたいんだけど、どんな魔物にしようか迷ってるんだよね」
「私もです。出来れば船を引く事が出来る魔物が良いと思ってるんですけど、水棲の魔物だと普段は一緒に狩りに行けませんから、どうしたものかと……」
ルディアとフラムだけじゃなくリディアも従魔契約を考えているんだけど、3人ともどの魔物と契約をするべきか決めかねている。
特にフラムとリディアは、船を引く事も出来る魔物との従魔契約を考えているから、選択肢はルディアよりもさらに狭い。
船を引く事が出来る従魔でメジャーなのはプレシーザーだけど、フィールにいるプレシーザーはトレーダーズギルドの船を引くための魔物でもあるから、残念だけど購入する事は出来ないの。
フロートやメモリアでは購入出来るけど、あまり数は多くないし、何よりプレシーザーは、陸の上を這う事が出来るとはいえ、本領は水の中だから、陸上での狩りに連れ出す人はいないわ。
「悩ましい問題ですね」
「ああ。今の所船体も、風属性魔法を付与させた魔石で動かしてるからな。これはこれでアリだと思うが、魔力の消耗が激しいから、下手したら魔石は使い捨てになりかねない」
「かといって蒸気戦列艦みたいに火を焚くのも、空気を汚染する事になるから、やりたくないのよね」
ユーリの呟きに、大和と真子が溜息を吐いた。
大和や真子、サユリおばあ様が蒸気戦列艦を全て破壊したい理由の1つに、空気の汚染があるらしいわ。
蒸気に混じっている煤が体内に入ると、鉱山労働者と同じ肺の病を患う可能性が高いそうだから、私はもちろんだけど、話を聞いたヒーラーのユーリとキャロルは猛烈に反対していたわね。
「他に方法ってないんですか?」
「あることはあるが、俺も原理を理解してる訳じゃないし、ヘリオスオーブで作ろうと思ったら結局は魔石頼りになるから、多分今と大差ないんじゃないかな?」
ミーナの質問に答える大和だけど、結局は魔石を使う事になるのね。
「結局一番良いのは、帆船って事なんでしょうね」
「あれはあれで面倒だと思うけど?」
「そうだけど、帆の操作は念動魔法で出来るから、自動操縦に近い感覚でいけるんじゃないかと思ってね」
また2人で、よく分からない会話をしてるわね。
帆船って何なの?
「ああ、帆船っていうのは、帆っていう大きな布に風を受けて進む船の事だ。だけど風を受けて進むっていう特性上、風が無いと何も出来ない」
そんな船もあるのね。
ヘリオスオーブの船は、蒸気戦列艦が出てくるまでは全て魔物が引いてたから、初めて聞いたわ。
「帆を操作する事で進路を変更する事も出来るんですけど、結構力が必要なんですよ。だけど念動の天魔石を使えば、その労力は軽減出来ますし、風属性魔法もありますから、無風状態でも動けなくなる事はないと思います」
それだけ聞けば悪くないどころか良いアイデアだと思うんだけど、大和はあまり乗り気じゃない。
何か理由でもあるのかしら?
「速度が出にくいんだ。帆を大きくして、風を大量に受ける事が出来ればある程度は何とかなるんだが、そうすると全体のバランスがおかしくなって、転覆する可能性が高くなる。だからやるなら、その辺のバランスはしっかり取らないと危ないと思う。俺の知識じゃこれぐらいしか分からないし、合ってるかも微妙なんだが」
突風なんかを受けたりしたら帆が持たない可能性もあるし、受け止められてもその勢いで船が傾いて、転覆する恐れがあるのね。
しかもその帆を張るためにマストっていう高い柱も必要だそうだから、見た目の問題も出てきてしまう。
実用性重視って事にすれば目を瞑れる問題だけど、それだったら外観も合わせた方が良い気がするわ。
「そう言われると、帆船も問題があるわね。特に転覆の可能性は、すっかり抜けてたわ」
「やっぱり。帆船系の船体を作るのはアリだと思うんだけど、結局は趣味の域を出ないと思うんだ」
「確かにね。それによく考えたら、私は帆の張り方とか全く知らないわ」
「俺もですよ」
それ、根本的な問題じゃない?
帆は風を受けて進むから、船の進路がどうであろうと、しっかりと風を受けられるようにしないといけない。
だけど大和も真子も、その帆がどうなっているのか知らないって言ってるから、本当にそこから考えないといけないじゃない。
でも魔物に引かせなくても、風を受けて進む船っていうのは悪くない気がする。
2人が分かる範囲でいいから、もうちょっと詳しく話を聞かせてもらいたいわね。
「結局は魔石の魔力を、効率的に使えるようにした方が良いって事ね」
「そうなるよなぁ。出来るかは分からないけど、何か考えてみるか」
魔石の効率的な使い方か。
確かこないだの試乗だと、風属性魔法を付与させた風の魔石を使って、後方に風を吹かせる事で進んでいたけど、それだと無駄があるって事になるの?
「無駄ですね。20メートル以上ある船を動かす程の風を常時使っているんですから、いくら高ランクモンスターの魔石で長くは持ちません」
ハイクラフターのフラムも、その使い方には疑問を感じてたのね。
フラムの説明だと、水中にある船底部を含む船全体を突風で押し続けてるって事だったから、水の抵抗もあって、普通に使うより魔力の消耗が大きいらしい。
大和と真子が言ってた帆船なら、帆に風を受ける事で進めるから、その分魔石の消耗は抑えられるんでしょうけど、私達が使っている試作船体だとどうにもならない。
「ん?ちょっと待て。船底部?」
「えっと、確かソレムネの蒸気戦列艦は……」
って、何か大和と真子が悩みだしたわよ。
フラムの説明が原因ではあるけど、どこかおかしな所でもあったの?
「ソレムネの蒸気戦列艦って、確か船底後部に、スクリューっていう推進器を備え付けているんですよね?それを火を焚いて蒸気を起こして、その力で回していたんですから、技術の出所はともかく、船の推進機関としては画期的ですよね」
「それだっ!」
「それよっ!」
声を揃える大和と真子だけど、それってどれ?
「え?え?」
フラムが凄く困惑してるけど、私だってそうよ。
「推進器っていう単語で、やっと思い出した。そうだよ、あれがあったんだよ」
「そうよ。それを使えば、魔石の消耗は抑えられるはずだわ」
同じ世界の客人だからなんでしょうけど、息ピッタリで妬ましくなってくるんだけど?
「え?あ、ごめんなさい。つい……」
真っ赤になって俯く真子だけど、なんか反応が……。
いえ、それも気になるけど、今はそのアイデアが聞きたいわね。
「ああ、それはな。っと、よっと!アリア、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます!」
私達が話を続けている間にも、アリアはアイシクル・タイガーに魔法を放ち続けていたし、プリムやミーナ達はそのアリアを援護してくれていた。
アイシクル・タイガーは群れで生息している特性上、数が多い。
前線で戦ってるプリムなら、簡単に一掃する事もできるんだけど、それじゃあアリアやユーリの戦闘訓練にならないから、今はアリアとユーリが魔法を放ちやすいように、適度に間引きをしてくれている。
ミーナやリディア、ルディア、アテナ、ラウス、レベッカ、キャロルも同じで、アリアやユーリから離れて戦っている。
これには理由があって、私や大和、フラム、真子が2人の近くで話をしているから、あまり2人の身を心配する必要がないからよ。
私達も、話をしながらアイシクル・タイガーを何匹か倒してるし、今も大和が話の途中でアリアを狙って飛び出してきたアイシクル・タイガーを迎撃したところなの。
その大和が弱らせたアイシクル・タイガーに、アリアのアース・ランスが直撃して絶命させる。
ユーリもだけど、こんな感じで何匹か倒しているの。
援護があるとはいえ、自分より格上の魔物に襲われると必死にならざるを得ないから、多分アリアだけじゃなくユーリのレベルも上がってるでしょうね。
「でだ、推進器っていう言葉で思い出したんだが、水流を使った物があるんだよ」
「水流を?」
「はい。水だって勢いがあれば、重い物でも動かせますよね?」
「ええ。水属性魔法を見てれば、それは分かるわ」
水属性魔法は、水流で相手を怯ませる事が目的で使う人が多いから、目にする機会は多い。
「その水流だけどな、勢いが強ければ、当たると痛いだろ?」
「痛いどころか高ランクモンスターが使ってくる水流は、体どころか金属だって貫通するわよ」
水属性の高ランクモンスターも、当然だけど水属性魔法を使ってくる。
だけどその水属性魔法は、水の刃で斬り付けてくる事はもちろん、水の槍で貫こうとまでしてくるからけっこう大変だったわ。
「その勢いというか、反動を使って船を動かすんですよ。アルカの湯殿に、お湯が勢いよく出てくるお風呂があるじゃないですか?あんな感じです」
そういえばアルカの湯殿にも、そんな感じのお風呂がある。
すごく気持ち良いけど、確かに体が押し出されてるような感じはしていたわ。
ああ、それを船に利用しようって事なのね。
「ああ。確かハイドロジェット、いや、ウォータージェットだったかな?ともかく、そんな感じの推進器を作ってみようと思う。今使ってる風の魔石よりは効率が良くなると思うし、帆船のように風を受ける必要もなくなるから、使い勝手も良くなるだろうしな」
どうやら大和は、水属性魔法と風属性魔法、それからミラーリングを使ってみるつもりみたい。
なんでミラーリングをって思ったけど、水を勢いよく噴出させる必要があるからある程度のスペースが必要で、そのスペース確保のためにミラーリングをって事らしいわ。
今日はユーリとアリアの戦闘訓練後、セリャド火山の宝樹にある転移石板を回収し、その後でベスティアにヒルデ姉様を迎えに行くから、実際に製作を始めるのは明日からになるけど。
ようやくヒルデ姉様の仕事がひと段落ついたから、アルカに来れるようになったのよ。
大和と婚約してから3週間近く経つけど、スリュム・ロードやソレムネのせいで数を減らしてしまったセイバーズギルドの再編もしなければいけなかったし、警戒度を下げられるとはいえゴルド大氷河は注視しておかなければいけない。
リベルターやバリエンテの情報だって精査しなければならないんだから、本当にヒルデ姉様は休む暇もない程大変だったの。
そのヒルデ姉様が、ようやく休暇を取れるようになったから、今晩初めて大和に抱かれるの。
ヒルデ姉様も初めてだから、歓迎の意味も込めて、私達みんなで可愛がってあげるつもりよ。




