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多機能獣車

 バシオンがアミスターに複領し、エスタイト王爵領が併合された翌日、俺達はリオにやってきた。

 エスペランサ沖での戦闘結果や反獣王組織の壊滅も話しておかないといけないし、リベルターの事も情報共有しておくべきだからな。

 それにこの時期のトラレンシアが海氷に覆われてる事は、当然リベルターも知っているが、リベルターからの救援要請が来てないとは言い切れないから、ヒルデにも話を聞いておくべきだと思う。


「いいえ、トラレンシアにも、救援要請は来ておりませんね」


 そう思ってたんだが、そのヒルデもリオに来ていた。

 トラレンシアもリベルターの状況は把握してるようで、要請があればセイバーズギルドを派遣する用意はあるらしいんだが、先の蒸気戦列艦やスリュム・ロードの被害のせいで、100人程度の派遣になってしまうようだ。

 エスペランサ沖での戦闘から、ハイクラスが数人いれば10隻程度なら問題なく沈められるとは思うが、ソレムネにもハイクラスはいるから、蒸気戦列艦に乗ってるハイクラスの人数によっては厳しいか。


「かといって、私達が行くっていう選択肢も取れないわ。私達はラインハルト陛下の依頼でトラレンシアに来てるんだから、リベルターに行くならラインハルト陛下の許可が必要よ」

「それにリオはソレムネのせいでハンターが減ってるから、下手に僕達が動くと、魔物が増える事にもなる」


 エルさんとシーザーさんが悩まし気な顔をするが、どっちももっともな理由なんだよな。

 特にシーザーさんが懸念してるように、現在リオにいるハンターは、アライアンスを除くと(シルバー)ランクレイド2組、(ブロンズ)ランクレイド5組、(カッパー)ランクレイド7組で、人数も50人ちょっと、ハイクラスなんて5人しかいない。

 ゴルド大氷河までは徒歩で1時間程の距離があるとはいえ、近い事に変わりはないから、その戦力じゃちょっと心許ないな。


「ちょっとどころじゃねえぞ。予想通りだがスリュム・ロードがいなくなったせいで、ゴルド大氷河の生態系にも変化があったみたいだからな」

「やっぱりですか」

「ええ。5日前はロングフット・イヤーサイスが20匹近い群れで現れたし、一昨日なんてアイスバーグ・スワンが出たわよ」

「アイスバーグ・スワンって、異常種じゃないですか」


 バウトさんとサヤさんが口を開くが、リオもなかなか面倒な事になってるな。

 ロングフット・イヤーサイスは(シルバー)(レア)ランクモンスターで1メートル程もあるデカいウサギだが、50メートル近い高さまでジャンプできる脚力を持ってるし、耳は鎌みたいになってるから、(シルバー)ランクの中じゃ手強い部類に入る。

 トラレンシアのハンターは好んで狩ろうとしないが、リオやクラテルだとたまに遭遇するらしいから、状況次第じゃ即撤退って判断を下すハンターも少なくない。

 さらにアイスバーグ・スワンは(プラチナ)(イレギュラー)ランクモンスターで、マナが召喚契約しているアイス・ロックの異常種になる。

 アイス・ロックより1回り大きく、氷を纏う事で(ミスリル)ランクに匹敵する防御力を発揮するし、自在に空を飛びながら氷の羽を放ってくるそうだから、討伐実績は数例しかないって話だ。


「でもみんなピンピンしてるって事は、どっちも問題なく倒したんでしょう?」


 プリムが意地の悪そうな顔をしているが、俺も気持ちは分からんでもない。

 実際アライアンスは(プラチナ)ランクハンターも多いし、(ミスリル)ランクハンターだっている。

 経験だって豊富だから、少なくとも(シルバー)(レア)ランクのロングフット・イヤーサイスは敵じゃなかっただろう。

 問題があるとしたら、アイスバーグ・スワンか。


「まあロングフット・イヤーサイスは、今の私達の敵ではなかったな」


 でしょうね。

 実際、ほとんどの人が一撃で倒したから、リオの人達はすげえ驚いたらしい。


「アイスバーグ・スワンは、遭遇したリリー・ウィッシュが倒しているよ」

「面倒だったけどね。スリザとシャルロットがフライングを使えたから、何とかなったようなものよ」


 アイスバーグ・スワンを倒してたのって、リリー・ウィッシュだったのか。

 さすがはアミスター1って言われてるレイドだな。


 サヤさんが名前を上げたスリザさんはハイフェアリー、シャルロットさんはハイドラゴニュートの女性で、どちらも(プラチナ)ランクハンターだ。

 フェアリーもドラゴニュートも翼があるから、スリザさんとシャルロットさんはフライングを使う事で空を飛べる。

 だからスリザさんとシャルロットさんが飛び回る事でアイスバーグ・スワンの注意を逸らし、男性ハイエルフの弓術士で同じく(プラチナ)ランクハンターのアルコさんが翼を射抜いて地面に落とし、後は全員でボコって終わりだったそうだ。

 まあ(プラチナ)(イレギュラー)ランクだから、(ミスリル)(イレギュラー)ランクのアイスクエイク・タイガーに比べたら攻撃力も防御力も劣るだろうし、地上に射落としたら尚更楽だっただろうけどさ。


「だからヒルデガルド陛下が、リオに来られているんだよ」


 ああ、そういう事か。

 スリュム・ロードがいなくなった途端に異常種が出たんだから、ヒルデだって慌てるよな。


「はい。トラレンシアでアイスバーグ・スワンが討伐されたのは、これが3例目ですから」


 おお、思ってたより討伐されてなかったんだな。

 そりゃヒルデだって気になるか。


「で、リオのハンターズギルドの反応は?」

「それを聞かれますか?ご想像通りですよ」


 マナの意地の悪い質問に、サヤさんは苦笑しながら答える。

 想像通りってことは、ものすごく驚かれたってことなんだろうな。


 リリー・ウィッシュは16人のユニオンだが、ハイクラスは9人いる。

 トラレンシア派遣前は6人だったんだが、今回の派遣に際して3人が進化した形だ。

 だからアイスバーグ・スワンは、ハイクラス9人が総出で倒した形になるが、終焉種討伐戦のアイスクエイク・タイガーは二手に分かれ、それぞれが倒していたりする。

 他のレイドは1匹ずつだったから、いかにリリー・ウィッシュが凄いかがよく分かる。

 全員がハンター登録をしているが、同時に他のギルドにも登録しているから、報酬の獣車にもそれぞれの希望がしっかりと繁栄されているぞ。


 っと、思い出した。


「遅くなりましたけど、獣車を持ってきました」

「おお、完成したんだね」


 皆さん、すげえお喜びのご様子。

 俺達が使ってる試作獣車は、多機能獣車っていう名称でクラフターズギルドに登録され、それが商品名にもなっている。

 開発者はフィーナだが、俺やフィールの乗造部門も協力者って事で名前が上がっていたな。


「出しますけど、場所は車場で良いですか?」

「そうだね、それが良いだろう」

「ええ、行きましょう」


 テンション高いなぁ。

 いや、気持ちはよく分かるけどさ。


 車場に移動し、俺はストレージから6台の多機能獣車を取り出した。


 車輪は太く大きくなっているがそれぞれが独立懸架式だし、車輪そのものもジャイアント・ロックワーム製だから、揺れにはかなり強い。

 さらに試作同様、車輪には重量軽減用として風属性魔法ウインドマジックを付与させているから、グラントプスなら1匹でも十分に引く事が出来るし、下り坂でもしっかりとブレーキを掛けられるようにしている。

 バトル・ホースだと2匹必要なのは、普通の獣車と同じだが。


 デッキ下はミラールームになってるから、キャビンは地上から50センチ程の高さで、ドアの開閉に連動してステップが出てくる仕組みだ。

 だからデッキ下の高さは30センチ強しかないんだが、ミラーリング付与は高さも拡張できるから、ミラールームの高さはミラーリング50倍付与で15メートルと、十分な空間が確保されている。


 さらに車体は翡翠色銀ヒスイロカネで補強されているから、少々の攻撃ではビクともしない。

 俺達の試作と違って、車体は本体と一体化されているし、船体に接続するようなこともない。

 さらにミラールームの閉塞感を払拭するために小窓も設けてあるから、外の様子も見られるようになっている。

 展望席の幌にはフォートレス・ホエールが使われているが、グレイシャス・リンクスとブラック・アーミーの展望席には翡翠色銀ヒスイロカネまで使われていたりする。


 大きさは全て幅3メートル、全長12メートルで、それぞれ地球のクルーザーを模した外装だが、デザインはレイド毎に異なる。

 ホーリー・グレイブはキャビンは狭いがデッキが広く、ファルコンズ・ビークはその逆だ。

 グレイシャス・リンクスは展望席もキャビンみたいになってるし、リリー・ウィッシュは後部より前部デッキの方が広い。

 トライアル・ハーツは展望席と後部デッキが斜面で繋がってるし、ブラック・アーミーは展望席が後部デッキにまでせり出してきているな。


「大和君に見せてもらった絵も良かったけど、実物はさらに良いね」

「そうだね。外装も僕達の希望通りだよ」

「フィールの乗造部門も、かなり張り切ってましたからね」


 これらの獣車にも天樹の枝が使われてるから、マジで乗造部門のテンションは半端じゃなかった。

 なにせ寝る間も惜しんで作業する人が続出したらしいし、飯だってロクに食わなかったみたいだからな。


 外気や腐臭を遮断するための結界の天魔石、従魔用の出入口の展開や車輪の交換、横転した時のための念動の天魔石には、それぞれが報酬で貰ったアイスクエイク・タイガーが使われてるから、宝玉部門もハイテンションだったな。


「内装は予定通り、俺がミラーリングを50倍で付与させてあります。それぞれの個室もしっかりと完備してますし、リビングや中庭、風呂も備え付けてありますよ」


 全部リクエスト通りだからな。


 アミスターでも名高いトップレイドの皆さんだから貴人を乗せる機会もあるだろうって事で、貴賓室も3部屋ずつ用意してあるし、そのための使用人室も併設してある。

 そうそう使う事はないと思うが、それでも用意しておくに越した事はないし、みんなも必要性は理解してくれている。

 後は俺達と同じくアライアンスでも使えるように、客室も用意してあるぞ。


「それじゃあ中を見せてもらうよ」

「ええ、どうぞ」


 みんな嬉しそうに、それぞれの獣車に乗り込んでいくな。


 内装は内装で、結構色々バリエーションがあった。

 ミラースペースの広さはどの獣車も1,200平米だが、ホーリー・グレイブとファルコンズ・ビークは小規模ユニオンって事もあって、半分近い500平米が中庭だ。

 ホーリー・グレイブは体を動かす事が主目的だが、ファルコンズ・ビークは従魔のための空間だから、どちらもそれに沿った形で用意されている。

 逆に大規模ユニオンだったブラック・アーミーの中庭は300平米で、個室の数も多い。

 リリー・ウィッシュとグレイシャス・リンクスの獣車には工房も備え付けられているから、いつでも作業を行う事が出来る。

 トライアル・ハーツは、それぞれの個室を広く取っていて、風呂まで備え付けという豪華さだ。

 ああ、大浴場はどこも共通で、男風呂は30平米、女風呂は70平米だが、どこも女性比の方が高いから、これは仕方がない。


「皆さん、楽しそうですね」

「気持ちは分かるわ。あたし達だって、試作が完成した時はこんな感じだったから」


 フラムとプリムが、満足気な表情をしている。

 フラムもプリムも、結界の天魔石のために融合魔法やら結界魔法やらの付与を手伝ってくれたからな。

 特に腐臭の遮断は、フラムが考案したデオドリングと風属性魔法ウインドマジックの融合魔法が、迷宮ダンジョンでアンデッドと遭遇する可能性が高いハンターから大絶賛された。

 デオドリングと風属性魔法ウインドマジックを同時に使う、あるいはマルチリングで付与させても似た効果は出せるんだが、効率的には融合魔法で融合させた方が良いらしいから、フラムもいくつかの天魔石を作って、フィールやフロートのクラフターズギルドに納品している。


「それとヒルデ」

「はい、何でしょうか?」

「遅くなったけど、これを受け取ってくれ」


 婚約の短剣は褒賞授与式の日に渡してあるから、今日渡すのはヒルデ用に仕立ててもらったクレスト・ディフェンダーコートと大鎌だ。


 俺が参考にしたゲームには、残念ながら大鎌はない。

 だからそれに近い斧のデザインを流用しているんだが、思ったより悪くない感じになった。

 基本色は雪をイメージした白銀だが、刃は黄金色をしていて、その刃も三日月のような形をしている。

 それでいて両刃でもあるから、普通の鎌のように斬るだけじゃなく、峰に該当する部分でも十分な攻撃力があるだろう。


 クレスト・ディフェンダーコートは、基本色は葵色だ。

 女性陣共通で胸元が大きく開いているのは良いんだが、ヒルデの場合はその胸元に装甲はなく、なのに胸部はしっかり覆ってあり、腹部は鳩尾辺りまで伸びている。

 肩甲は大鎌の邪魔にならないよう小さめで、腰甲も両側に少々ある程度だ。

 スカートは女王って事を意識してか、膝下のロングスカートになっている。

 手甲は俺達と共通のマジック・ガントレットだが、足甲は貴婦人のブーツをイメージしてある。

 ああ、別にハイヒールって訳じゃないぞ。


「こ、これをわたくしに、ですか?」

「ああ。というか、基本デザインを決めたのはヒルデだろ?」

「それはそうなのですが、ここまで素晴らしい物になるとは思いませんでしたから……ありがとうございます、大和様」


 感極まって、ヒルデが俺に抱き着いてくる。

 俺の持ってるゲームのデザインから大きく変わってる訳じゃないが、それでも大鎌もコートも、基本デザインを決めたのはヒルデだ。

 自分が使う物なんだから当然なんだが、それをマイナーチェンジさせてくれたのはマリーナだから、礼はマリーナに言ってほしい。


「そうですか、マリーナが。では後程、お礼を言わせて頂きます」

「そうしてくれ。あと銘だけど、コートはクレスト・ディフェンダーコートって決まってるが、大鎌はどうする?」

「わたくしが付けてもよろしいのですか?」


 よろしいのです。

 エドの爺ちゃん、リチャードさんが言うには、使い手が銘を付ける事で、更なる一体感を出す事も出来るみたいだからな。


「分かりました。でしたら……スノーヒル・クレッセントとさせて頂きます」


 白い柄に三日月状の刃から連想して、雪の丘に輝く三日月か。

 良い名前だと思う。


「それでは陛下、お召し替えに参りましょう」

「私達がお手伝い致しますから」

「はい、お願い致します」


 ミーナとフラム、リディアに連れられて、ヒルデは俺達の試作獣車に乗り込んだ。

 一度しっかりと身につければ、後はイークイッピングで着替えられるし、どんな感じになるのか俺も見たい。


「なかなか見事なもんじゃないか」

「さすがに手慣れてるわね」

「ありゃ俺にも真似出来ねえな」


 突然の声に驚いて振り返ると、自分達の獣車を確認してたはずのアライアンスの皆様が、それぞれデッキや展望席、キャビンの中から、ニヤニヤした顔をしながら俺の方を見ていた。

 まさか……。


「弁解するようだけど、こっちに覗く意図は無かったよ。しっかりとした確認は後でも出来るから、簡単に見てからお礼を言おうと思って出てきたんだけどね」

「そしたらヒルデガルド陛下が大和君に抱き着いてたから、これは邪魔しちゃいけないって思ったのよ」


 ……どう反応したらいいんだ?

 いや、ヒルデとは婚約者っていう関係になってるから、別に見られてマズい事はないよ?

 アライアンスの皆様が、ざっと中を見て出てきたっていうのも、これから狩りに行くんだから理解できる。

 だけど思いっきり恥ずかしいぞ、これは!


「大胆な事する割には、全然慣れないよね」

「時間の問題だとも思うけどね」


 なんてことを言うアテナとルディアだが、お前らも似たようなもんだろうが。

 ああ、滅茶苦茶恥ずかしい……。

 このまま恥ずかしさで、リオの端から端まで転がれそうなくらいに……。


 ちなみにヒルデは、30分程でクレスト・ディフェンダーコートの着用を終えた。

 戦装束の女王様って感じになるんじゃないかと思ってたが、まさにその通りだったな。

 可愛い系の顔立ちをしてるヒルデだが、すげえ似合ってたよ。

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