白虎の従魔
Side・真子
大和君達と別れてクラテルのヒーラーズギルドに残った私達は、大急ぎで怪我人の治療に当たった。
ヒーラーは私を含めて10人いるけど、ハイヒーラーはキャロルちゃんとリリー・ウィッシュのハイフェアリー スリザ、そしてエンシェントヒーラーでもある私の3人だから、ユーリ様を含む他の7人には、私達の補佐をしてもらうことになる。
怪我人がノーマルクラスなら任せるんだけど、ハイクラスの治療をするとすぐに魔力が尽きちゃうから、こればっかりはどうにもならないのよ。
「怪我人は全部で43人、四肢の欠損があるのが26人か。被害甚大ね」
「全くね。しかもその内の4人は、スリュム・ロードに切断された四肢を食べられちゃったみたいで、どこにも見当たらないって話だし」
スリザと私は、大きな溜息を吐くしかない。
四肢の欠損は、治癒魔法エクストラ・ヒーリングじゃないと治せないけど、エクストラ・ヒーリングはAランクヒーラーに昇格しなければ使えない。
私もスリザさんもPランクヒーラーだから、2つも上のランクってことになる。
Gランク昇格で使えるようになるノーブル・ヒーリングも、切断肢さえあれば、どんなにボロボロの状態でも接合できるんだけど、残念ながら4人の手足はどこにも見つからなかった。
180年前はエリエール様の右腕と左足を食べたって話だけど、当時はまだヒーラーズギルドはなかったから、エクストラ・ヒーリングは回復魔法の最上位ってことで、使える人はそれなりに多かったらしい。
でもヒーラーズギルド設立の際に、エクストラ・ヒーリングを含むいくつかの魔法は治癒魔法に分類されちゃったから、使うためにはヒーラーズランクを上げるしか方法が無くなってしまった。
これはサユリ様にも誤算だったみたいで、今もすっごく頭を痛めているんだけど、本当にどうしたものかと思うわ。
「ともかく、無い物は仕方がない。エクストラ・ヒーリングはヒーラーズマスターなら使えるから、そちらは任せるしかないわ」
「それしかないか。じゃあ私は、あっちから治療してくるわ」
「お願い」
四肢の欠損が激しくても、残っていれば繋げられる。
もちろん多少のリハビリは必要になるんだけど、地球と違って切断前と全く同じ感覚で動かす事が出来るから、本当に魔法って凄いと思うわ。
地球じゃ神経が上手く繋がらなかったとか、指が曲がらないとか、そんなことが普通とまでは言わないけど、かなり多い事例なんだから。
「キャロルちゃん、そっちはどう?」
「大丈夫です、上手く繋がりました」
ラウス君の婚約者でユーリ様と同じGランクヒーラーのハイエルフ キャロルちゃんも、ヒーラーズギルドで治療を行っている。
15歳の女の子が直視できないような光景が広がってるけど、キャロルちゃんもユーリ様も、忌避することなく治癒魔法を使って、しっかりと治療を行っている。
本当に逞しいというか頼りになるというか、ちょっと複雑な気分だわ。
「『ノーブル・ヒーリング』。……こんなもんかな。『ブラッド・ヒーリング』。これで良し。次は?うわ、何この切断肢!?」
「驚くのも分かるけど、ちゃんとくっつくし、無くなってる指も再生出来るよ」
「そうなの?」
「それがノーブル・ヒーリングの凄い所だよ」
指が全部無くなっている左の切断肢を見て驚いた私に、グレイシャス・リンクスの女性ヒーラーでオーガのラナが補足をしてくれた。
切断肢がボロボロでも良いっていうのは、こういった状態でも大丈夫ってことなのね。
そういえばGランクの昇格試験で、そんな問題あった気がするわ。
医大生だったサユリ様が人体解剖図なんかも作られているから、ヘリオスオーブの人達は臓器がどんな働きをしているのかとか、脳や神経の存在もしっかりと理解している。
もちろん理解度は人によるけど、脳や内臓の働きは、簡単にでもいいなら誰でも知ってるわ。
いえ、ヒーラーズギルドが無い国じゃそこまで教えるのは難しいから、誰でもってのは言い過ぎね。
だからヒーラーズランク昇格試験も、人体の構造を理解出来ている事が前提になってるのよ。
その点は私も医大生だから全然問題ないんだけど、魔法なんてヘリオスオーブに来てから使う事になったんだから、効果や使い方はしっかりと勉強して試験に臨んでるわ。
Pランクに昇格してエリア・ヒーリングを使えるようになったことで、一度試験からは離れてみることにしたんだけど、それが裏目に出るとは思わなかったけどさ。
「凄いね、エンシェントヒーラーって。あんなボロボロの腕でも、本当に元に戻せるんだ」
「いや、出来るって言ったのはラナでしょう?」
「そうだけどさ、あたしはオーガだから魔力は少ないから、患者がノーマルクラスでも、1人を回復させることが出来るかも分からないよ」
あー、種族の魔力量の問題かぁ。
魔力量は個人差もあるけど、種族による差も小さくない。
一番多いのはドラゴニアンで、その次がフェアリーになる。
ヒューマンも少ない方ではあるんだけど、オーガは全種族中最も魔力量が少ないと言われているから、オーガの中じゃ魔力量が多いラナでも、ヒューマンと同程度しかないんですって。
治癒魔法や回復魔法も、回復深度は使い手の魔力に依存しているから、切断面がズタズタで、さらに一部が欠けているなんてことになったら、魔力の少ない種族じゃ一度の魔法で治し切れるかも分からないんだとか。
ハイオーガに進化できれば、ドラゴニアンすら凌ぐ魔力量になるんだけどね。
「いっそのこと、ハイヒーラーでも目指してみる?」
「いやいや、戦いが苦手なあたしじゃ、進化どころかレベルを上げることも難しいって」
オーガは魔力量が全種族中最低だと言われているけど、その代わり膂力は全種族中最高と言われている。
だからハンターやオーダー、セイバーになるオーガは多いんだけど、ラナは立派な体躯をしているオーガとしては珍しく小柄で、身長も私より低い。
あ、私の身長は165センチで、ラナは160センチになるわ。
オーガは女性でも平均身長が180センチ前後だから、いかにラナが小柄かがよく分かるでしょ?
だからラナの膂力は一般的なオーガに劣り、代わりに魔力が多めっていう、オーガの特徴に真っ向からケンカを売ってしまっているのよ。
「でもジェネラル・オーダーの奥さんの1人もラナと同じ小柄なオーガだけど、ハイクラスに進化してるわよ?」
「え?マジで?」
「ええ。はい、終わり。次は?」
ラナと話をしながらも、次々と治療を終えていく私。
私が言う小柄なオーガっていうのは、トラレンシア派遣部隊のジェネラル・オーダーを務めているレックスさんの奥さんで、セカンダリ・オーダーを務めているローズマリーさんのこと。
ローズマリーさんは、もしかしたらラナより背が低いかもしれないんだけど、レベル54のPランクオーダーでもある。
以前はフィールのサブ・オーダーズマスターだったそうだけど、レックスさんと結婚するためにその座を退いたって聞いてるわ。
そもそもローズマリーさんは、小柄な上にオーガの標準的な魔力しか持ってなかったそうだから、ハイクラスに進化するまでは本当に大変で、血の滲むような努力を重ねていたとも聞いてるわよ?
「真子、ちょっといい?」
「どうかした?」
「ええ。こちらはあらかた治療を終えてるから、あなたもあちらの患者を手伝ってくれる?」
「あちらって、まだ負傷者がいたの?」
スリザから追加の患者を回されてしまったけど、ハイフェアリーなんだから魔力が尽きたとか、そういうことはないと思う。
「ええ。誰かは行けば分かるわ。さすがに私の手には余りそうだから」
経験豊富なハイヒーラーでハイハンターなんだから、そんなことはないと思うんだけど?
そう思ってた私だけど、患者さんを見た瞬間にスリザの言いたい事が理解できてしまった。
「セルティナさん?」
「真子か。無様な姿を見せて、すまないね」
私の目の前でベッドに寝かされていたのは、レベル66のPランクハンターにして、トラレンシア最高戦力の1人 セルティナ・セルシュタールさんだった。
セルティナさんは右腕の肘から先が消失しており、以前お会いした時とは異なって顔からは生気が失せているようにも見える。
「もしかして、セルティナさんもスリュム・ロードと?」
「ああ。何も出来なかったけどね。私はクラールのおかげで生きさらばえているが……」
クラールっていうのはセルティナさんの従魔で、P-Rランクのフリーザス・タイガーのこと。
クラールは普通の虎より一回り大きいから、ヒーラーズギルドには入れない。
だから普段はセルティナさんの屋敷にいるそうなんだけど……じゃない!
「スリザ、私はクラールを診てくるわ!」
「ええ、お願い。クラールはヒーラーズギルドの裏にいるそうよ」
「了解!」
スリュム・ロードはアイシクル・タイガーの最終進化系だと言われているけど、フリーザス・タイガーもそのアイシクル・タイガーの希少種になる。
だからスリュム・ロードとクラールは、ほとんど同族だと言ってもいい。
だけど格というか、魔力はスリュム・ロードの方が圧倒的に上だから、いくらクラールが従魔の中で最高峰だとしても、どうにか出来る相手じゃない。
だけどセルティナさんを助けるために出てきたっぽいし、しかもヒーラーズギルドの裏にいるってことになると、クラールだって怪我をしているはずだわ。
治癒魔法や回復魔法は、魔物にも効果がある。
だけど人間に使う場合より魔力の消耗が激しいし、普段ならともかく今回みたいな事態だと、多くの場合は人間が優先され、従魔や召喚獣は後回しにされてしまう。
多分クラールもそうで、ポーションぐらいは使ってもらっていると思うけど、しっかりとした治療はされてないと思う。
だから私は、急いでヒーラーズギルドの裏に回った。
「クラール!」
私の声に反応したクラールは、少しだけ顔を上げ、すぐに目を閉じた。
セルティナさんとお会いした際にクラールも紹介されてるから、クラールも私の事は知っていると思っていいし、従魔は無闇に人間を襲うことはないから、私が不用意に近付いても問題ない。
「これって……!」
クラールに近付くと、エグザミニングを使うまでもなく左前脚が欠損しているのが見て取れた。
フリーザス・タイガーは白い体に黒い縞模様が入っている、いわゆる白虎なんだけど、今のクラールは全身が朱に染まっていて、綺麗だった白い体は見る影もなくなってしまっている。
慌ててエグザミニングを使うと、致命傷になるようなケガこそ負っていないけど、それでもかなりの重傷だわ。
魔物にも効果がある治癒魔法だけど、エクストラ・ヒーリングだけは効果が薄く、欠損部が回復することはない。
リヴァイバリングなら回復させられるそうだけど、リヴァイバリングが使えるのはOランクヒーラーのみだから、ヘリオスオーブで使える人はサユリ様しかいない。
サユリ様なら使ってくれると思うけど、さすがに今呼ぶワケにはいかないし、ハイヒーラーでもどれ程の魔力を消耗するか分からないから、私だって躊躇ってしまうわ。
なるほど、これがセルティナさんの顔から生気が無くなってた理由か。
私はクラールにノーブル・ヒーリングを使い、欠損部も含めて傷を癒し、身体洗浄魔法ウォッシングで体に染みついた血を落とす事も忘れない。
私は医大生ではあるけど、獣医学を学んでるワケじゃない。
でも治癒魔法は、人間だろうと魔物だろうと関係なく傷を癒せる魔法だから、怪我程度なら大丈夫。
病気となると、話は別になるんだけど。
「これで良いわ。ありがとう、クラール。セルティナさんを助けてくれて」
クラールに声を掛けても、顔は起こさないし目も開けない。
でも尻尾を軽く振ってくれたから、もう大丈夫でしょう。
ついでってワケじゃないけど、同じくヒーラーズギルドの裏に放置されている従魔達にも、エリア・ヒーリングを使っておこう。
何匹かは既に息を引き取っていたけど、従魔や召喚獣は大切な相棒なんだから出来る限りの事はしておきたいし、エンシェントヒーラーの私ならそれが出来るんだから、やっておくべきだと思ったのよ。
魔物への治癒魔法はハイクラスでも消耗がはっきりと分かるから、私も消耗した事は分かった。
結構減ったけど、これぐらいなら許容範囲内ね。
「これで良し。クラール、セルティナさんは無事だから、もう少しだけ待っててね」
2回程エリア・ヒーリング使ってから私はクラールに声を掛けて、セルティナさんの所に戻ることにした。
後で聞いた話だけど、やっぱりクラールはスリュム・ロードに怯えてしまっていたそうよ。
だけどスリュム・ロードの爪の直撃を受けそうになったセルティナさんを庇い、その代償として左前脚を失ってしまった。
スリュム・ロードはクラールには何の興味もなかったみたいだから、それがセルティナさんやクラールの命が助かった理由になると思う。
セルティナさんを含めてヒーラーズギルドに運び込まれた人は、動けるまでに回復させる事が出来たけど、それでもしばらくは安静にしてもらう必要がある。
私達はヒーラーズマスターに後を任せて、セイバーズギルドの詰所に向かうことにした。




